002 就職浪人にはなりたくない
3か月前、年明けの1月後半、俺は都内某メッセの就活フェア会場に居た。この時期の就職活動なんてのはあぶれてしまった敗者達と、それでもその中からなんとか使える人材を探したい中小企業が互いに最後の望みを掛けて行うもんだ。
会場内は、必死になって片っ端からブースを回る奴、無表情のままふらふらしている奴、今年は諦めて来年に向けて情報収集してる奴、いろんな奴らが混じって一種独特の雰囲気を醸し出していた。
俺、喜瀬俊一も濃紺のリクルートスーツを着込んで会場内を回っていた。背負ったディパックの中には会社説明の資料と名刺がパンパンに詰まっている。
「ふえー。」
流石にしんどくなって大きなホールの隅にある仮設の休憩スペースに向かう。
壁にある大きな時計を見るともうすぐ3時だった。
うーん、やっぱこの時期に条件のいい仕事なんか残ってないよなあ…
自販機でカップのコーヒーを買って折り畳み椅子に座る。
「よう、どこかいい会社あったか?」
声を掛けられて見ると、同じようにリクルートスーツを着た男が居た。
「いや、期待してはなかったけど全然だねえ。」
ソイツのの人懐こそうな顔に、思ったことそのままを口にする。
「だよなー。3琉大の留年じゃあ、取ってくれる所は無いよな。」
「ああ、俺も同じ。浪人してJ大だからなあ。」
「あはは、俺もF大だから同じもんよ。仲間仲間。」
そう言って笑う。やけにフレンドリーだな、こいつ。
「条件良いところは良い大学の奴を取りたがるし、話を熱心に聞いてくれると思ったら、ブラックだったりするしな。」
「もう今年は無理かもしれないよなあ。」
二人してハーっとため息をつく。
その後、互いに無言でコーヒーを飲んでいたが、しばらくして
「なあ、お前この後どうする?」
とソイツが言ってきた。
「ん?どうするって?」
「いや、このままここで探してても駄目そうだからさ、これからバイトの説明会にも行こうと思ってて。良かったら一緒に行かねえ?」
「んー、バイトかあ。」
「バイトって言ってもかなり時給が高いらしくて、紹介してくれる先輩の話だと、そこらの初任給よりよっぽど貰えるらしいぞ?」
バイトねえ。ここで決められなかった場合4月からの生活を考えるとバイトがあった方がいいけど。
なまじ条件がいいバイトだと、そのままズルズルとバイト生活になっちゃいそうなんだよなあ。
「紹介じゃないと出来ないらしいんだが、先輩顔広いし、ここでこうやって話したのも何かの縁だしさ…」
コーヒーを飲みながら熱心に誘ってくる話を聞き流す。なんか、どんどん美味い話になってるよな。だったらコイツなんでこんなところで就活してるんだ?
でもって、出会ったばかりの他人に美味しいそうなバイトの話をするか?なんか、これは、逃げた方がいいかもしれない。
(ルルル♪…ルルルルルルル♪……)
なんでこれ?
鈴の音のような笛のような音。ざわついた会場なのに頭に直接響いて来るような感じで聞こえる。
「どうした?急にきょろきょろして。」
「なんか聞こえねえ?」
「なんかって?特に変わった音とかは…」
「いや、鈴の音とゆーかメロディ…あっ」
音の出元を探して会場を見回してたら、会場隅の非常口の近くにブースがあるのが目に入って来た。
うーん、あんな所にブースあったけか?
でもまあ、いいや。ちょうどコイツから離れたいところだったし、何かあるかもしれんし行ってみるか。
「あー、俺、ちょっとそこのブースに顔出してみるよ。もう少し頑張ってみるわ。バイト誘ってくれたのにごめんな。」
「あっ、ああ」
あっけに取られた表情のソイツを置いて、俺は空カップをくしゃっと握りつぶすとブースに向かった。
「なんだあアイツ?なんも無い空きスペースに向かって。就活上手く行かなくてぶっ飛んじゃったかあ?」
と、後ろで突然置き去りにされたソイツがつぶやいていたのは俺には聞こえなかった。
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「あ、いらっしゃいませー。どうぞ寄って話を聞いて行ってくださいねー。」
なんか、商店の呼び込みみたいだな。
でも、確かに音はこのブースから聞こえてくる。でもなあ、見た限りスピーカーらしきものも見当たらないんだけど…
「せっかくだからパンフレットもあるし、見て行ってくださいねー。」
ブースの前できょろきょろ見回していたら、呼び込みしていたお姉さんに腕を組まれた。
「ふぉっ??」
変な声を発してしまったが、お姉さんは構わず俺をぐいぐいブースに連れて行く。
あ、いや、組んだ腕に何か柔らかいモノが当たっているんですけどっ!?
自慢じゃないけど、この年になるまで女性と腕組んだコト無いんですけど?
「ごめんなさいね。久しぶりのお客さんだから嬉しくって。」
「あ、いや…はい。」
やばい、気が動転してる。
落ち着かねば。
「え、ええと。ここにブースありましたっけ?」
「そうなのよ。隅っこだから気付かない学生さんが多くって。でも気付いてくれる人が居て良かったわー。」
ニコっと微笑むお姉さん。
ぐわわ。
その笑顔は反則ですっ!
ちらっと横目で見たところ、ロングのストレートの髪の美人。セルの眼鏡にパンツスーツという、なんか出来るお姉さんという雰囲気…なんだが話し方はぽやぽやっとしている。また、そのギャップが…って、いかんいかん、就活中。俺は慌てて現実に戻る。
「でもなんか音楽みたいなの流れてるし…」
「あっ、やっぱり聞こえてたのねー。最近は中々聞こえる人居なくて。今日はあなたで二人目よ。やっぱり私ついてるわあ。」
そう言うと、お姉さんは俺を見てふふっ、と笑った。
やべえ、顔赤くなっているの見られてるんだろうな。
「あ、あの、すいません。こちらはどのような会社なんでしょうか?」
「あ、そうね。会社説明会ですものね。ごめんなさい、ちょっと待って。」
机の上にあったパンフレットを渡される。
なんか薄っぺらいやる気の無さそうなパンフレット。大丈夫かな…
会社名は、と。
『ジャポニカ調査開発株式会社』
と書いてある。
うーん、不動産系ならパスかなあ。
「ウチは土地とか遺跡とかの発掘や調査みたいなコトをしているの。詳しくは担当が説明するんで、こちらへどうぞ。」
そう言うと、奥の扉を案内される。
仮設ブースなのにここだけなんか物々しい感じで作られてるな…
ま、いいか。
ちゃんとリ●ルートのサイトで習った面接心構え通り先ずはノックをして…
「どうぞー。」
「失礼します。」
中に入って一礼。
「いらっしゃいませ。どうぞこちらにかけて下さい。」
うわぁ、また女の人だよ。まだ中年オヤジとかの方が落ち着いて話が聞けるんだけどなあ。これは嬉しいけど、普段免疫が無いだけにある意味試練。
さっきは眼鏡美人のお姉さんだったけど、目の前の人は優しいぽよっとした感じなのが少し救いではあるんだけど、こっちのお姉さんは何かテキパキした感じだ。
面と向かって座ったけど、目を合わせられずに壁を眺めてたりしたら、ドアの外とは随分雰囲気が違う事に気が付いた。
入った部屋は四方が石積みの壁、にしか見えない物で囲われていた。床は床で石畳っぽいし。
最近の建材は進歩しているんだなあ。
でも、仮設ブースの中の仕切られた個室にしちゃあ広くねえ?
一体どこにこんなスペースが?
空気もちょっとカビ臭い気がするし…
「壁に何か見えますか?」
ずっと壁を眺めてたら、話しかけられてしまった。
「い、いえ。随分凝った壁紙だなあ、と思って。」
「そうですか…では、わが社の説明をさせて貰いますね。」
うお。完全スルーですか?このお姉さんは、優しそうに見えて結構Sなのかもしれない。
「当社は、依頼を受けて建造物や遺跡等の発掘調査を行う会社です。」
手元のパンフレットを見ながら、説明を受ける。
お、会社は霞が関?社員数50名?
そんなに大きな会社じゃないけど、都内ど真ん中に会社があるんだ。しかも、支社は無い、と。
お、そうしたら今のアパートから通えるし、結構近いから通勤も楽そうだなあ。パンフレットに書いてある待遇も、まあ悪くない…というか、結構いい方なんじゃね?
でも、発掘調査、ねえ…
「ここまでで何か質問はございますか?」
「あの、俺…いや私、考古学や遺跡調査等に今まで全く関わっていないんですけど大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、そうですね。この仕事は経験や知識よりも、資質のあるなしが重要なんです。」
「資質…ですか。それだと尚更自信が無いんですけど。」
「大丈夫ですよ。あなたには資質があると思いますよ。」
真正面からじっと見つめられてニコっとされてしまった。
うおお、いきなりそんな攻撃を。
ツンデレですかっ。
収まっていた顔の温度が再び上がったのを感じる。
目が合ってしまってとっさに明後日の方角を見てしまった俺の前に、お姉さんがスッとタブレットを差し出す。
「では、是非面接においでください。」
画面には面接及び採用試験の申し込みフォームが表示されている。
おお!今日初めて面接申し込みまでたどり着いたよ。
何故だか知らないけど、熱心に見つめるお姉さんの視線を感じながら、タブレットに入力して行った。
「では喜瀬さん、お待ちしておりますね。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
あまりにあっさりと面接の予約が出来てしまい、現実感の無いまま退出する。出ると、さっきの呼び込みのお姉さんが期待に満ちた顔で聞いてきた。
「どうでしたか?」
「あ、一応面接の予約をさせて頂きました。」
「わあ、良かった。楽しみだわ。」
「あっ!」
お姉さんはいきなり俺の両手を取って、力強く握りしめた。
うわうわうわっ。
「面接頑張ってくださいね。一緒に働けるのを楽しみにしてますよ。」
「は、はいっ!」
そうして、お姉さんは手を振って見送ってくれた。
うおおお、いいのか?こんな幸せで。って、これは何としても面接と試験頑張らないと。多分この幸運を逃したら、俺には一生春が来ない気がする。
よしっ。
そんな決意をして、俺は就活フェアの会場を後にした。