Imperfect Day2
研究所から出て正面に行くと、行く途中のタクシー内で呼んだ鈴鹿が、既に待っていてくれた。
「大丈夫なのか聖冬。お前が突然呼び出して今日は泊めてくれなんて、早くもストーカーとかか?」
「ちょっと鈴鹿が恋しくなっただけ」
「まぁ、兎に角車に乗ろう。ストーカーならきちんと言えよ、起きてからじゃ遅いからな。私が歩けなくなる程度に分からせてやるからさ」
冗談半分で笑いながら言った鈴鹿の言葉が、いつもより優しい声に聞こえた。
胸の辺りがきゅっと締まった事からして、心のどこかで本当に恋しかったのかもしれない。
不本意ながら、知らない間に鈴鹿に弱みを見せたのかもしれない。
鈴鹿の性格が自然とそうさせたのかと、少し恨めしい目で見ると、突然にこっと笑うからこの人はいつもずるい。
睨まれている自覚が全く無く、唯の見つめ合いとしか思っていない鈍感の最終進化型。
「四日くらいお世話になる」
「おぉ、四日か……長くないか?」
「迷惑かな」
「そうだな。割と」
「ひどっ」
先に車に乗り込んだ鈴鹿に続いて助手席のドアを開けて乗ると、余程急いで来てくれたのだろうか、鈴鹿にしては珍しく寝間着らしき服が乱雑に置かれていた。
「居候じゃ追い出すからなー、遂にうちにも四日間だけのメイドが来たかー。ってこら、私の服に顔を埋めるな」
「いけずー、その余分な脂肪を削ぎ落とそうか」
取り上げられた服を手で追い掛けるが、動きが全て分かっているかのように、全て綺麗に空振りをする。
「私は要らねーからやりたい気持ちは有るんだけどな、どうにもなんねーよなー」
「同じ素材から出来てるのに何でこんなに差が出るかな、それだけありゃ人生楽しいでしょ」
寝間着の代わりに渡された下着を受け取って、少しの間だけ考える。
「ねぇ、これをどう使えって?」
「御自由にどうぞ」
「寝間着よりこっちのが抵抗ある筈なんだけど、そう言った癖は別に無いんだけど」
「えっ」
「えっ?」
暫く沈黙が続いた後、次は靴下を取り出した鈴鹿は、私の膝の上に落とす。
「ごめん間違えたか」
「違う間違い不正解Wrong Answer。そっちでも無い」
「なんだ、何が望みだ。ほら言ってみろ、鈴鹿さんが頑張って用意するから」
「私をなんだと思ってらっしゃる?」
「そこそこ隠れ変態」
「明日家が謎の爆発で消えて無ければ運が良かったと思って」
赤信号に遮られた車は白線の前で停車して、他の車が無機質に流れて行くのをぼーっと見る。
「結構良いボケだと思って、家を出る前に持ってきたんだけどな。これで本当に貰われても驚かなかったけど」
「要りません、そもそも私はそう言った欲は薄い方だから。二十になってこの話題も馬鹿馬鹿しいけど」
「そうだな、大人として自覚を持てよ聖冬」
「どの口が言うか」
緑色に変わった信号を右折して、鈴鹿は家とは違う場所で車を停める。
用があるのなら待ってようと座っていると、先に降りて回って来た鈴鹿が助手席のドアを開けて、私の腕を掴んで子どものように引っ張る。
「何か適当に映画でも見て息抜きしよう。ノーベル賞の期待を背負うのも良いけど、たまには私の我儘も聞いてくれ」
「仕事帰りで疲れてるんですけど」
「そうかそうか、はいお疲れ様。行こうか」
鈴鹿に手を引かれて映画館に入り、人で埋め尽くされている空間で、たったひとつの指定された座席を探す。
立ち止まった鈴鹿に合わせて立ち止まると、突然眠気に襲われてたったまま意識が落ちそうになるが、頬をつままれて一歩手前のところで阻止される。
「立って寝るな、座席の場所が分かったぞ」
「うん、朝御飯はその辺のパンをパンに挟んで食べてね」
「寝惚けるな、訳が分からん。落ち着いて一枚ずつ食べさせろ。その辺のパンとか腹壊しそうだ」
的確なツッコミを貰ってから座席に座ってスクリーンを見ると、右から感じる視線で集中出来ない。
仕方無しに右を見ると、鈴鹿はスクリーンを見ずに私の顔を見ていた。
目が合うと優しく微笑んで、スクリーンの方を向いてしまう。
「なに……」
話し掛けようとすると丁度映画が始まり、唇に人差し指を添えられる。
諦めてスクリーンを見ると、肘掛に置いてあった手が握られる。
その細い手を握り返すと、応える様に手が包まれる。