歩幅合わせる気の無い世界
友希を外で待たせて忘れ物を研究所の中に取りに行くと、誰も居ない筈の部屋に影が写っている。
誰かが私と同じように忘れ物を取りに来たのだろうと思って外に出ると、背後から誰かが飛び付いて来たのか、体を押される。
腰の異常を感じて触ってみると、痛みが突然走る。
指を見ると、綺麗に傷口が裂けていて、赤い血が流れる。
「背中になんかあった……」
手の平を自分の方に向けると、一面真っ赤に染まっていた。
それが血だと気が付いた脳が、背中の痛みを一気に体の隅々まで走らせる。
「聖冬さん大きな忘れ物ですかー?」
「聖冬! お前か!」
偶然迎えに来た鈴鹿が、私を見て立ち尽くす友希を掴んで、体を大きく揺さぶる。
「すず……友希は違うよ」
「そんな事より救急車だ、疑って悪かった。剣闘士の中から清潔な布を持ってきてくれ」
必死に首を縦に振った友希は、すぐに研究所内に駆け出して、何枚も布を持って出て来る。
それを傷口の周りに当てた鈴鹿は、必死に声をかけ続けてくれるが、既に意識が遠のいていて何も聞こえない。
到着した救急車を見た途端に途切れた意識に、ゆっくりと深淵まで引き摺られる。
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意識が回復したのは、既に朝の光が差し込む白で囲まれた病室だった。
倦怠感に支配された体は動かず、高熱の体は呼吸をしようと必死になる。
「聖冬さん、鈴鹿さん起きました」
「ん、本当か!」
私を覗き込んだ二人に笑顔を見せられて、安心が体の中を満たして停止する。
目の前には泣き崩れる二人の姿と、横たわって静かに眠る自分。
「すみません。出掛けてきます」
突然耳と尻尾を出して立ち上がった友希は、誰かに電話をしながら病室を出ようとする。
「聖冬を見送らずにどこに行く気だよ」
それを引き止めた鈴鹿だったが、珍しく腕を振りほどかれる。
「殺す、刺したやつを殺す。家族から親戚まで洗い出して、恋人や友人もひとり残らず」
「馬鹿な事を言うな、聖冬はそんな事……」
「望んでないとでも? 死者を持ち出すのは強いよな、死者は何も語らず何も伝えてくれない。生者の貴女がそう言ってしまえばそうなってしまう、だが私は私の都合で殺す」
「そんな事をしたらお前は……」
「構いません。人殺しの犯罪者に情状酌量の余地は無し、即刻死刑にするべきだ。そしてそれと同じ血が流れている者もな」
そう言い捨てて廊下の窓から飛び出した友希を追って、飛べるようになった幽体で行き先を特定する。