白髪の居候
愛知県瀬戸市にある不動産屋の椅子に座り、私は出来るだけ安い家を探していた。
多数ある中で目に止まったのは、一際安い部屋を見に行く事もせずに決めた。
理由は只安いからだった。
いざその部屋に住んでみると、安い理由がよく分かったと同時に、厄介なモノが居ることに気付いた。
私はいつも通り無視してソファーに浅く腰掛け、机の上のマグカップの取っ手を掴んで、色が変わるまで砂糖を入れた珈琲を口に含んで飲み込む。
しっかりと足まであるそれは、ソファーの周りをぐるぐる歩きながら、私がパソコンで絵を描いているのを見る。
見えていないフリをしているからか、時折背もたれに寄り掛かかって、前傾姿勢になってパソコンの画面を覗き込む。
「おぉー……上手いな、どうやったらこんなに描けるんだ」
勝手にひとりで感心している女性は、成人しているのかも分からない程童顔で、真っ黒のゴスロリワンピースを着ている。
こうも見られていると落ち着かない為、画面の電源を落としてソファーから立ち上がる。
大学ノート程の大きさのデバイスを操作して、カラになったマグカップを持ってキッチンに行く。
そこにも付いて来る霊は手を後ろに組んで、注がれる珈琲を眺めて指で触れようとする。
人間じゃないのは分かっていたが、反射的に珈琲を注ぐのを止めてしまう。
恐る恐る少女を見ると、蒼い目とばっちり視線がぶつかり合ってしまう。
「もしかして見えてる? 嬉しいな!」
「はぁ……やらかした」
白い髪を揺らした少女は、真っ白な頬に両手を添えて喜ぶ。
その少女を無視して珈琲を注ぎ、角砂糖を六つ入れる。
スプーンで珈琲を掻き回すと、黒い色から茅色に色を変える。
これ以上関わるとろくな事にならないのは既に体験している為、足早に机の前に移動して、マグカップを置いてソファーに座る。
いつも持ち歩いている本を手に取り、ランダムに開く。
足音はしないが、もしあればどたどたと荒々しい足音を立てて歩いて来た少女は、隣に腰掛けて本に手を伸ばす。
「んー、やっぱり掴めないか。ねぇ、見えてるんだよね、久し振りに人が来て嬉しいな。お話しようよ」
本を通り抜けた手が邪魔で、内容が隠されて読めない。
何とか落ち着こうとしているが、こんな事されると余計落ち着かない。
見えることを認めてしまえば、こいつもまた私に何かを求めるに違いない。
喋れる事を認めてしまったら、こいつもまた私を怨んだりするかもしれない。
もうそんなのはまっぴらだった。
人に気味悪がられる事や、変人扱いされる事は慣れたが、どうもそれだけは慣れない。
その手はどんどん伸びて、私の顎先まで伸びている黒い髪に辿り着く。
「良いなー、こんなに綺麗な黒髪初めて見た。今まで住んでた人の中でも一番綺麗。私はアルビノだから色素が抜けちゃって、ずっと白髪のままなんだ」
自分の白髪を持ち上げた少女は、私の黒い髪と並べて交互に見る。
私の髪を触ろうとする指が、何度もすり抜けては往復を繰り返す。
次第に少女の顔から笑顔が消えて、髪を持っていた手を下ろす。
「やっぱり勘違いだったのか。久し振りに見える人が来て楽しみだったのに」
窓際に立った少女の髪に、夕日の赤が反射して、幻想的な風景を生み出す。
引っ越しの疲れが出て来たのか、私はとんでもなく強敵な睡魔に襲われて、そのままソファーに横になって寝てしまった。