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この国には国滅ぼしの悪魔の言い伝えがある。
昔々、領土も狭く資源もない、領土を広げるための戦をする力もない小さな国があった。
かつて栄えていたその国は、もう一度その栄華を取り戻すべく、1人の男を迎えた。
珍しい夕闇色の瞳をもつ美丈夫は、その国一番の宝を譲り受けることと引き換えに、王に仕えることを約束した。
膨大な魔力を持つ男は、領土を広げることも、国を富ませることも、天を味方につけることも難なくやってみせた。
おかげで国は歴代類をみないほど、豊かになった。
しかし、王様は強欲だったばかりに男との約束を守らなかった。
そればかりか、国の脅威になると男を殺してしまった。
すると男は一瞬で悪魔に変わり、王様に呪いの言葉を残した。そして一夜にしてその国を滅ぼしてしまった。
そこから夕闇色の目は、国滅ぼしの悪魔の生まれ変わりだと言われている。
その言い伝えがあるせいで、平民貴族を問わず、夕闇色の目は奇異の目で見られ、畏怖の対象とされるのだ。
「サラ、その目は…」
驚きでその目は見開かれたまま、ルードヴィヒがサラの方へと手を伸ばそうとした。
そのとき、フェリクスがルードヴィヒを庇うように間に割り込んだ。
「殿下、その者に近づいてはなりません」
今までのフェリクスからは想像もつかない程、鋭い目つきと固い声でサラを見据えていた。
「殿下に仇なすものならば、即刻斬る」
フェリクスの言葉に迷いはなく、その手は剣の柄にかかっている。
サラは後退りながら、青褪めた顔で首を横にふる。
「私は違う、国滅ぼしの悪魔なんかじゃない!」
「サラっ!待てっ!」
サラはルードヴィヒの制止を無視して、勢いよく部屋から飛び出した。
サラは、生まれた時はごく普通のヘーゼル色の瞳をしていた。
サラの目は父親譲りなのだと母が嬉しそうに言っていたのを覚えている。
母と子の二人で貧しいながらも慎ましく暮らしていたが、流行病で母が亡くなり、孤児院に身を寄せることになったのだ。
孤児院での暮らしにもすぐに慣れ、それなりに暮らしていた。
しかし、ここに来てしばらく経ったある晩、サラは高熱をだしてしまい、数日間死の淵をさまよった。
ようやく意識が戻り目を開けたとき、サラを見た先生の顔は青褪めていた。
サラの瞳が夕闇色に染まってしまっていたからだ。
その日を境に、孤児院でサラはいないものとして扱われるようになった。
この間まで仲良く話をしていた子供達も、親切だった孤児院の先生も、誰一人としてサラと話をしなくなった。
視線すら合わせようとしなくなった。
そんな中でも、サラはいつか前のようにみんなと過ごせるようになると信じていた。
しかし、皆が寝静まったある晩、トイレに起きたサラが先生たちの部屋の前で、偶然話していたことを聞いてしまった。
ーあの子がいるから、このままではここへの援助を打ち切るって言われてしまったのよ。ー
ーそんな!じゃあどうするんですか!?ー
ーいっそのことあの子が、自分からいなくなってくれれば…ー
ーこのままでは…ー
その言葉を聞いた時、身体中の血が一斉に引いていくようだった。
指先は一瞬で冷たくなり、身体は震えていた。
ーー私が何をしたって言うの?ただいることすら許されないの?ーー
サラは涙がこぼれないように、唇をきつく噛みしめた。
そしてサラは静かに外へと続く廊下を歩いて行った。
満月のおかげで、月明かりでも十分明るい。普段なら獣や夜盗など怖いと思うものもあるのだが、この時のサラに怖いものはなかった。
サラはこの先どうなろうと心底どうでも良いと思うほど、自棄っぱちの状態だった。
誰も見てくれない、誰にも生きてることを望まれない、本当に一人ぼっちになってしまった。
気が緩むとすぐにでも泣いてしまいそうになる自分を励まし、宛もなく夜道を歩いた。
そして偶然夜道に居合わせた、おばばことサラの師匠のイングリット・ドーレに拾われた。
溢れる涙を拭うことすらせず、ただ我武者羅に廊下を走った。
日が昇れば、侍女や侍従といった諸々の人達と顔を合わせることになってしまう。
そうなれば王宮の中はパニックになってしまうだろう。
だからまずは、人と顔を合わせないで済む場所に行かなければと考えていた。
サラは走りながら思考の海に漂っていた。
そのせいで前方不注意になり、突然現れた壁にぶつかった。
派手にぶつかった割には、痛みは少ない。
「…待てと言ったはずだ。勝手に逃げるな」
「ひぃっ」
そこにはサラが思わず悲鳴を漏らすほど、恐ろしい顔をしたルードヴィヒが壁のごとく立っていた。
先ほどのことを考えると、フェリクスに捕まるよりはマシだと思ってもいいのだろうか。
そんなことを考えていたからか、サラが走ってぶつかっても、ビクともしないルードヴィヒにそのまま確保された。