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一言もしゃべらないルードヴィヒの顔はやはり不機嫌そうなままで、手を握るサラも難しい顔になってしまう。
流石に1日に2度運命を視るのは重労働だ。このままでは集中力が切れてしまいそうだったサラは、集中するため瞳を閉じた。
決して、ルードヴィヒの割り増しの不機嫌顔を見ないようにするためではない。
サラとルードヴィヒの2人の間に会話はなく、静かな時が流れてゆく。
「今宵くらいはゆっくりと休ませてやりたかったのだがな」
ルードヴィヒがポツリと独り言のように呟いた声は思いの外、大きく聞こえた。
「正直、この呪いが解けるまでどれくらいかかるのか、そもそも解けるのかどうかすらわからない。
それはつまり、お前の一生を縛り付ける可能性だってある。
ならば、せめて今夜くらいはゆっくり休ませてやりたいと思っただけだ」
「…そんな風に、思っていてくださったんですか?」
サラは驚きに目を丸くしながら、思わず本音をこぼしていた。
相変わらずルードヴィヒの表情は不機嫌そうなままだ。
「フェリクス様に問答無用で連れてこられたのでてっきり、目的のためなら手段なんて選ばないのかと思っていたので…」
「当たり前だろう。これでも俺のせいでこうなったことに、責任を感じている」
痛いところを突かれたルードヴィヒは、バツが悪そうな顔をしていた。
サラは信じられない思いでルードヴィヒを見つめていた。
「王太子殿下でもそんな風に仰るんですね」
「王族としてではなく、俺個人として話をしている」
「では、私も遠慮なくお話をさせていただいてもよろしいでしょうか。
このお話を聞いてどうしていいものかと、思いました。
まぁ既に、聞いた時点で辞退することはできませんでしたし、腹立たしく思ったことも事実です」
「…すまない」
「でも、やると決めたのは私です。ですから、殿下に謝っていただくことはありません」
サラはルードヴィヒに自分が覚悟をしていることが少しでも伝わるように、まっすぐ見つめ、両手で包み込むように、ルードヴィヒの手を握り直し微笑んだ。
「それに、殿下がそんな風にお心を砕いてくださっていることがわかっただけで十分です」
ーーやはりこの人は民にとって失ってはならない人だ。
王族からすれば、平民1人にこうして真摯に向かい合うなんてありえないことだ。個人的だと言えど、それができる王族がどれだけ稀有なことか。
きっとルードヴィヒはいい王になる。
目の前のルードヴィヒが、初めてサラの中で噂に聞く王太子殿下と繋がった。
「ありがとう。これからよろしく頼む、サラ」
ルードヴィヒは、ほっとしたように目元を緩ませてから目をとじた。
互いに思っていたことも話せ、スッキリしたのところでルードヴィヒのあの表情は不機嫌な顔ではなく、悩んでいた末の怖い顔だったのかもしれないと思うことができた。
暫くすると、目を閉じていたルードヴィヒから、静かな寝息が聞こえてきた。
サラも気を緩めると目を閉じてしまいそうなくらいには疲れているが、ここで寝てしまうわけにはいかない。
サラはどれだけ魔力を流し続ければいいのかわからないが、殿下が眠りにつけたのならば手を解いて部屋に戻ってもいいだろうと思った。
ルードヴィヒを起こさぬように、握っていた手をそっと解こうとした。
が、思いの外強い力で握られていて手が外せない。
少し強めに手を解こうとふるが、ビクともせずルードヴィヒはぐっすり寝入っている。
四苦八苦しているサラの元に部屋の隅からくつくつと笑う声が聞こえ、フェリクスが控えていたことを思い出した。
「フェリクス様、笑っていないでなんとかしてください」
「そう言われましても、これ以上すればせっかくお休みになられた殿下が起きてしまいますよ。
手を繋ぐくらいなんてことはありませんよ」
「このままでも困ります」
「騎士なら寝ずの番もありますし、一晩くらい寝なくても死にはしませんよ」
「騎士と一緒にしないでください!!」
男の人と手をつなぐことなどなかったサラは、恥ずかしさで徐々に顔に赤みを帯びていく。
「サラさんは随分と初心なんですね」
冗談交じりに答えていたフェリクスは更に可愛いですねと言ってまだ笑っていた。
顔を真っ赤にしたサラは、このまま2人で話をしても解決しそうにないと口をつぐんだ。
「殿下がこんなに穏やかに、お休みなられるのは随分久しいのです。
気になるのであれば、私も隣の部屋に控えていますから、どうか今はこのままでお願いできませんか?」
フェリクスはひとしきり笑った後、落ち着いた声でサラに言った。
今まで見たフェリクスの表情の中で一番自然で優しい顔で微笑まれた。
ただでさえルードヴィヒに手を繋がれたままで赤くなっていた顔が、美形のフェリクスに裏のない顔で微笑まれたことで、更に赤くなった。
「…今回だけでお願いします」
「ありがとうございます。
では、よろしくお願いしますね」
フェリクスが、サラのために膝掛けを用意するため部屋を出て行ってしまうと、張っていた気が緩んだせいかサラはあっという間に眠りに落ちていった。
「ーーサラ」
ーー誰かに呼ばれてる気がする。
「おい、起きろ!」
「ふえ?」
自分のベッドよりもふかふかのそこからサラが寝ぼけ眼で顔を上げると、そこには不機嫌顔のルードヴィヒの顔と苦笑いをしているフェリクスの顔だった。
「ようやく起きたか。
主人よりも遅く起きる侍女なんて、」
ルードヴィヒが続けようとしてサラの顔を見たとき、不自然に言葉が途切れた。
「国滅ぼしの悪魔…」
フェリクスの口からこぼれたその言葉で、サラは昨日ルードヴィヒに魔力を送った後、そのまま眠ってしまったことを思い出した。
2人は信じられないものを見るように目を見開きサラの瞳をじっと見つめていた。見つめられたサラの顔からは血の気がひいていた。
昨日までは平凡な茶色の瞳だったサラの目は、「国滅ぼしの悪魔」と呼ばれた魔術師と同じ夕闇色に染まっていた。