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サラはフェリクスの話が終わるまで、静かに耳を傾けつつ、頭の中で話を整理していく。
先日運命を視た相手が、この国の王太子殿下だったこと、その王太子殿下は眠れず衰弱し、いつ死んでもおかしくない状態であること。
原因不明の体調不良が、実は呪いであることにサラが気がついこと、更に偶然とは言え、殿下の不眠が一時的に改善された。
ーーのっぴきならないどころじゃないわ。ーー
フェリクスの少しとは一体どこまでだったのか、これは少しどころの話ではない。
サラは想像を遥かに超える内容と、これから起こるであろう現実に、頭痛さえしてきてしまう。
「つまり、私の魔力が殿下の呪いに何かしらの影響を与えた、ということなのですね」
「ええ、それは今証明されました。
貴女が殿下に魔力を流すことで、殿下の不眠は緩和される。
顔色と顔つきで、それが悪い状態にするものではないと言うことも。
これを続けられれば、この状況を好転させることができるかもしれません」
確かに、王太子殿下を可哀想に思わない訳ではない。
しかし、本音を言えばこんな面倒ごとに巻き込まれるなんて真っ平ごめんだ。
師匠のおばばが残してくれたあの店で、今まで通り身の丈にあった暮らしをすることが、サラにとって何よりの贅沢だ。
「私以外の人が殿下に魔力をお渡ししても、いいのではありませんか?」
「もしかすれば、そうかもしれませんね」
「では、他の方に」
「ですが、殿下が望まれたのは、貴女です」
サラに聞かせるようにフェリクスは被せ気味に、言い切った。
「…私にそのような重要なお役目を全う出来るとは思えません。
私は街で魔法薬を売る、しがない魔女です。
殿下のお力になりたいとは思いますが、荷が勝ちすぎてしまいます。
ですからどうか、私よりも適した方にお願いしたいのです」
王太子殿下とこれ以上関わりになれば、今の平穏は跡形もなく消え去るだろう。
人目に晒されるような生活など御免被りたいサラにとって、死活問題だ。
サラは手をぎゅっと握って、そのまま俯いてしまった。
「そうですか…残念ですね。
サラさんならきっと期待に応えていただけると、思っておりましたので」
そっと、フェリクスを伺うように見れば、目に見えて意気消沈していた。
余命幾ばくも無いと、言われていた王太子殿下の命を救う望みが僅かでも見つかれば、誰でもすがりたくなる。
ルードヴィヒ殿下とフェリクス、更にはこの国の未来にとって、今はサラが頼りなのだ。
しかし、代わりがいると言うならばサラがここで断ったとしても延命することはできるだろう。
召喚状で呼び出して連れて来られたものの、王命で縛ることをせず、サラに選ばせてくれる今は穏やかな眠りの中にいる王太子殿下は、どこまでも優しい人なのかもしれないとサラは思った。
自分を頼りにしてくれている人を目の前にして断ることは、心苦しいがサラもこればかりは譲れない。
「申し訳ございません…」
すると、先ほどの憂いた顔から一変、なぜかにっこりとフェリクスが微笑みかけた。
「先ほどお伝えした通り、この事は国家機密です。
しかも最重要に位置付けられたものだとお話もしましたね」
「えぇ、ですからここで見聞きしたことは一切話しません」
真摯な表情でサラは返事をするが、フェリクスはそれを聞いても尚ニコニコとしている。
断りの言葉を聞いたのに笑っているなど、嫌な予感しかしない。
「サラさんが帰る道すがら谷に落ちてしまったり、どこかにさらわれて幽閉されてしまうなんて…そんなことも、あるかもしれませんね」
「…それは、どう言うことでしょう?」
含みのあるフェリクスの物言いに、サラの心臓はバクバクと嫌な音を立てて、すでにその指先からは、血の気が失せて冷たくなり始めていた。
「無事に帰れるといいですね、サラさん」
今日の天気を告げるように紡がれた言葉。
つまり、断れば無事にここから出してくれるつもりがない=イエスしか返事を認めないと言われたも同然だった。
フェリクスはもとい、眠っているルードヴィヒの意思は、そう告げている。
ここにきた時点、いやもっと前のフェリクスが迎えに来た時点で退路なんてものはとうに断たれていたのだ。
そんなことも知らず、ここまでのこのことサラはついてきてしまった自分の判断に、痛む頭が更に痛くなる。
だからサラが、口の中に石をいっぱい詰め込んだようなしかめ面になってしまったのは致し方ないことだろう。
しばらく誰も話さない静かな時間が流れた。
僅かな時間だったのか、それともだいぶ経ったのか許容範囲を超えた話の後では、よくわからない。
「強引なことをしているのはわかっている。
…お前に縋る以外手立てがないのも本当のことだ。
もうお前に見捨てられれば、間違いなく俺は死ぬだろうな」
まだ眠っていると思っていたルードヴィヒに急に声をかけられ、サラは驚きで小さくはねてしまった。
ゆっくりとルードヴィヒの方に視線を向けると、パチリと視線が交わる。
ルードヴィヒはゆっくりとソファから立ち上がると、フラつきながらもサラまで歩み寄り、その足元に跪いた。
「殿下っ、」
「お前の憂いが何かはわからん。だが、それは俺が取り除くと約束しよう。
俺はまだ、死ぬわけにはいかないんだ。この国の民のため、未来のために。
俺にはもうお前しかいない、どうか俺の力になってはくれないか?」
サラの手をそっと取ると、ルードヴィヒは不安気な瞳でサラを見つめた。
初めてサラの店に現れた時、2人は草臥れきっていた。
ルードヴィヒは勿論のこと、その側にいるフェリクスもこの数年、ずっとルードヴィヒの命の灯を消さないように必死だったのだ。
だからフェリクスは脅してまででも、サラを引きとめようとしていた。
王族が膝をついてまで、ただの一介の魔女に懇願しているなんてありえない状況だ。
そんな必死な人を前に、自分のことだけを考えていたサラは、恥ずかしくなった。
「…私にできることでしたら」
躊躇いながらもそう返事をして、不安げなルードヴィヒを安心させるようにそっと手を握り返した。
「本当に、力になってくれるのか?」
「はい。私にできる限りのことですが」
「…よし。言質は取ったからな」
「へ?」
そう言うとニヤリと笑って、先ほどまでの不安げな瞳をしたルードヴィヒは、もう跡形もなくきえさっていた。
その変わり身の早さにサラは、狐につままれたような顔をしていたが、ルードヴィヒとフェリクスはどんどんと2人で話を詰めていく。
「では、サラさんには殿下の側にいてもらわなければなりませんから、やはり侍女として殿下の側にいてもらうのが一番かと思います」
「そうだな、それならここにも入りやすいし、いつでも呼べるな。
俺付きの侍女ならそれなりの身分も要るが、そこら辺の諸々はできているんだろ、フェリクス」
「はい。もちろん。」
「まずはどれ位の頻度で魔力を流されれば、眠れるようになるのか調べなくてはな。
眠れれば間違いなく体力も戻るし、頭の回転も今より良くなるだろうしな。
次に今後他の人間で、魔力を俺に送って同じ効果がある人間も探さねばなるまい」
「では、まずは毎日殿下が就寝する前にサラさんには魔力を送ってもらうようにいたしましょう。
まずは殿下の身体を休めることが先ですね」
「よし、そう言うことだ。わかったな」
どんどんと様々なことをサラ抜きで決められて、問答無用の侍女生活が始まりを告げた。