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こんな風になってしまった原因はわからない。


数年前、ルードヴィヒの身体に、ごく僅かな異変が起きたことから始まった。


よく眠れない日がポツリポツリとあったが、日常生活を送るのに問題はなかった。たまに眠れない日があったって、おかしくはない。


疲れているからかと思っていたが、徐々に眠りは浅くなり、今では満足に眠ることもできないほどになった。


次に、ルードヴィヒを襲ったのは、自分の感覚と魔力を使った時のズレが生じ始めたことだ。


これも立て続けに入っていた公務の疲れが出たせいかと思っていたが、徐々に思うように魔術を扱うことができなくなった。


最近は軍事的に緊張状態になかった。だからルードヴィヒが前線に立つこともなく、酷くなるまで気づくのが遅れた。


気がついてからはどうにかしようと、誰にも弱みを見せず、懸命に足掻いていた。


しかし隠すにも限界がある。

眠れなければ、体が休まらず注意力も散漫になる。そうすれば剣を握る腕も鈍り、力も入らなくなる。


日に日に顔色悪くやつれていくルードヴィヒの変化を、毎日見ているフェリクスが気づかないわけがない。


ーー一旅団分の戦力を誇っていた、この俺がだぞ?今では指先に火を灯すのでも精一杯だ。


流石にここまでくれば、誰だっておかしいと思うだろーー


フェリクスにそう告げた時、既にルードヴィヒは何かを諦めているようにも見えた。


それからすぐに国王に相談し、まずは薬師に見せたが眠れない以外、体に異常は見つからなかった。


次に王国魔術師団の団長に呪いの類がかけられていないかも見せたが、これもハズレだった。

そしてルードヴィヒは自分の命が後幾ばくもないと告げられたのだ。


しかし、ルードヴィヒ自身も含め誰もがそれを受け入れることなど到底できなかった。


一人しかいない優秀な直系の王子が死の淵にあるなど知られれば外交にどれほど影響があるか、下手をすれば隣国が攻め入ってくることだって考えられる。

この事は箝口令がしかれ、この国の最重要機密扱いになった。


これを機にルードヴィヒは表舞台から姿を消した。


穏やかで聡明な王子だったルードヴィヒが、日ごと荒んでいく姿を、一番近くで見ていたフェリクスは、この国の未来のために、何よりも友のために奔走し始めた。


滋養にいい物があると聞けば、どんなに遠くに離れた場所にでも足を運び、少しでも手がかりがないかと寝る間を惜しんで本を片っ端から読み漁り、ルードヴィヒの命をつなぎとめる可能性があるなら、どんな眉唾物の噂でも確かめに行った。


しかし一向に好転しない状況に焦りが出てきた頃、貴族の娘たちが、まことしやかに囁く噂を聞いたのだ。


占いのよく当たる魔女がいると。


所詮色恋のことなど何の役にも立たない。だが、貴族の女性の情報網は侮れないものがあるのも確かだ。


占いや呪い程度のできる魔術師など掃いて捨てるほどいる。だから期待はしない。

それでもサラの店にやって来たのは、このまま彼を死なせたくないと言う一心で、藁にもすがる思いだったからだ。


期待せず店に入れば、黒いローブを目深にかぶり、高飛車な態度で貼り付けた笑顔を浮かべる魔女がいた。


ーーやはりハズレかーー


そう思いつつ、席に着いた。


だが、運命を視て欲しいと告げた時その魔女が、真剣な声で覚悟を問うてきたことを意外に思った。

ローブを目深にかぶり、更に長い前髪が顔半分を占めていて表情はあまり見えないが、この魔女が、一人の人間としてこちらに向き合っているその姿には好感が持てた。


つまり、先ほど会った時のあの態度はここに来るお客をふるいにかける為の演技なのだ。


また、困っている相手を見るとつい世話をしてしまうような女性のようだ。わざわざ滋養にいいお茶を振舞ってくれるくらいには。


しかし、ルードヴィヒに無断で魔女は魔力を流し始めてしまいフェリクスは、つい声を荒げてしまった。

だが、前もって彼女に言われたことを思い出し、フェリクスはぐっと言いたいことを飲み込んだ。


もちろん待つ間、おかしな動きをすればいつでも斬れるように、剣を抜けるよう構えていた。


しばらく手を握っていた二人は互いに目を閉じているから気がつかないが、ルードヴィヒの顔色が僅かによくなって表情もいくらか穏やかなものへと変化していた。


反対に魔女の方は息が上がって来ているようだった。


しばらくして、運命を見終わった魔女は少し草臥れた風だったが、告げられた言葉にフェリクスもルードヴィヒも驚きを隠せなかった。


「あなたの魂には何かの呪いがかかっています。相当強いもののようですね、このままなら近い将来命を落とすでしょう」


ーー呪い、だと!?ーー


王国一の魔術師でも分からなかった原因を、どこにでもいそうな目の前の魔女は見破ったのだ。


しかし、魔女にはどうすることもできないと言われてしまい、やっと掴んだ手がかりの彼女にすがりつきそうになったフェリクスを、ルードヴィヒが制した。


今いる死の淵は、逃れようのない運命ではなかった。

簡単にはいかなくとも、漸く掴んだこの手がかりは大きな一歩だ。


今まで何をしても光が灯ることのなかったルードヴィヒの瞳にも、僅かだが希望の光が灯った。


呪いを解く方法を探す為、早々に王宮に戻る途中、いつもは不機嫌そうに顔をしかめているルードヴィヒが眠っていた。


そう、眠っていたのだ。

穏やかな寝息をたてて。


最近ではほとんど眠れなくなっていたルードヴィヒが王宮に着くまでの間、一度も目を覚ますことなく眠っていた。


フェリクスは馬車の中で、あの魔女はどうすることもできないと言ったとき、まるで自分の事のように辛そうな様子だったのを思い出していた。


残念ながら眠れたのはその時だけで、翌日からはまた、いつもの眠れない日々に戻ってしまった。


ずっと眠れなかったルードヴィヒにとって、数年ぶりの心地よい眠りは、安らぎへの渇望となってしまった。


そのせいで益々凶悪な顔つきになってしまった。


眠れたあの日、いつもと違ったのはあの店の魔女に会ったこと、そこであの魔女に魔力を流されたことだけ。


確証はないが、状況証拠は揃っている。


魔女が側にいれば、ルードヴィヒがまた穏やかに眠れる日が戻って来るかもしれない。

もっとうまくいけば、呪いそのものを解くことができるかもしれない。


ーーあの者を側に。ーー


フェリクスの心に迷いはなかった。


戻ってすぐにフェリクスは恐ろしいスピードでサラのことを調べ上げ、ルードヴィヒ王太子殿下の召喚状まで準備して、有無を言わさず王宮まで連れて来たのだ。

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