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「おい、魔女の女。この間俺に何をした?答えろ」
「殿下、そんな親の仇を見るように睨んではいけませんよ。
サラさんが怖がっておいでですよ。」
巷で売られている姿絵や、噂に聞いていた麗しい王子様とはかけ離れた目の前の人物を見て、フェリクスは殿下と呼んだ。
つまりこ目の前の男こそが、幻の王子だということだ。
というか、何より怖い。取って食われそうだと思わずにはいられないくらい、殿下の雰囲気が恐ろしい。
挨拶の言葉もなく、単刀直入に尋ねた金髪の人相の悪い男、もといルードヴィヒ殿下は顔色も悪く、髪も癖だらけになっている。どこか濁ってすら見える紫の瞳の視線は鋭く、目の下のクマも1週間前よりも酷くなっている。
射殺せそうな視線を浴びて、サラは助けを求めるようにフェリクスを見るがひとつうなずき返されただけだった。
こんな高貴な身分の方と話したことなどないサラは、カラカラになって張り付きそうな喉をなんとか震わせて答えた。
「運命を視させていただくために、私の魔力を流させていただいた他には、何もしておりません」
「では、何故お前は俺に呪いがかけられているとわかった?」
「運命を視たときに殿下の魂には蛇のような呪いが絡み付いていたのが見えたのです」
「ほう。この国一番の魔術師でも、呪いがかかっているとは分からなかったのにか?」
「えっ?」
「俺には、ただ短命な運命だとだけ宣告された。受け入れろとな」
ソファに凭れるように座っているルードヴィヒは座っていることも辛いのか、眉間にしわを寄せて目を閉じてしまった。
「殿下、少しお休みになりましょう」
「眠れるものならばな」
いつの間にか扉を閉めたフェリクスは、ルードヴィヒに膝掛けをかけてから、サラへと向き直った。
「サラさん、もう一度殿下の運命を視てもらえないでしょうか?」
「それは構いませんけど…それよりも早く横になられた方が、いいのではありませんか?」
「ええ、もちろんです。
ですが、確認したいこともありますので、今一度殿下の運命を視ていただきたいのです」
ーーなぜ今、具合の悪そうなルードヴィヒ殿下の運命を視なければいけないのか?ーー
その真意がつかめずでフェリクスをじっと見つめてしまう。
噂通りの病人ならば、この間視たばかりなのだから無理をさせる必要はないはずだ。
それなのに側近であるフェリクスは、休ませるよりも運命を視させようとしている。
では、運命を視る以上の意味があるのか、サラにはわからない。
疑問と違和感を感じても、命令を断る権利などありはしない。
「わかりました。私が運命を視るには、相手の方に私の魔力を流さなくてはなりません。
それでもかまいませんか?」
「ええ、わかっています」
「殿下、お手を失礼させていただきます」
ソファに近づき、床に膝をつくと手を握る前に声をかけると、ルードヴィヒは一度目を開けサラを見たが、また目を閉じてしまった。
それを了承ととり、そっとルードヴィヒの右手を取り両手で包み込んだ。サラも目を閉じて自分の魔力を流すことに集中する。
――相変わらず、蛇が巻き付いているみたい。――
この間見たときとなんら変化のない運命。残酷な現実をまた目の前の人に告げなくてはならないことに、サラは唇を噛んだ。
一通り視終ったサラは、目を開け目の前のルードヴィヒに視線を向けた。
この間のように声を出すこともなく、大人しくされるがままのルードヴィヒは、サラが魔力を流している間に頬に赤みが戻り、幾分か穏やかな顔つきになっていた。
サラが声をかけようとしたが、側に控えていたフェリクスによって遮られた。
「どうか、このままで」
振り返り際に、小さな声で耳元でフェリクスに告げられ、サラは一瞬で顔が赤くなった。
赤くなった顔を隠すように、前に向き直るとすぐには気がつかなかったが、ルードヴィヒは僅かな寝息を立てて眠っていた。
サラは起こさないように、ゆっくりと握っていた手を離し、ルードヴィヒの側から離れた。
「サラさんもお疲れになったでしょう、今お茶を準備いたしますね」
サラはソファを勧められ、部屋の外に控えていた侍女にフェリクスは指示し、すぐにティーセットが運ばれてきた。
侍女は部屋には入らず、フェリクスがてきぱきとお茶の準備をしていた。
魔力を使い疲れてしまったサラは、お茶の準備をさせてしまったことに申し訳なく思うも、身体は言うことを聞いてくれないので大人しくソファに座っていた。
「あの、殿下に視たことをお伝えしなくてもよいのですか?」
「ええ、今はお休みになっていますし、確認したかったことも半分はできましたので、心配要りません」
フェリクスは穏やかに眠るルードヴィヒを見てから、次にサラに向けた視線は真剣なものを含んでいた。それを見たサラは何か引っかかるものを感じ、一度視線を落とした。
――ここで理由を聞いてしまえば、引き返せない。――
引き返せない厄介ごとに巻き込まれたくなくて、理由を聞かずに着いてきた。
しかし、詳しいことはわからずとも、目の前の殿下を見てのっぴきならない事態が起きていることだけはわかる。
一介の魔女であるサラを頼りにするくらい形振り構っていられない何かが。
「サラさん、少し話を聞いていただけますか?」
サラは覚悟を決めて、フェリクスの声に顔を上げ静かに頷いた。