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ストーリーの展開上、少し血なまぐさい表現がありますので、閲覧にご注意ください。
国滅ぼしの悪魔の話の真実は、王家の人間と、それに連なる僅かな貴族の家々だけで秘匿されてきた事実だ。
フェリクスがそれを知ったのは次期当主となる事が決まり、誓約をしてからのことだ。
規格外の魔力を持ち魔術を巧みに操ることに長けた魔術師は、政治的手腕にも長けていて、領土の拡大や肥沃な大地を作ったりと国の為にと尽力した。
国王からの信頼も厚く、この国も安泰だと思われた。
才能もあり人格者でもあった男と王女が恋に落ちるまでは。
男は戦から戻った暁には、褒美に王女との婚姻を望んだ。
周りもそれを歓迎したが、魔術師の男が功績を挙げ、臣下にも民にも慕われるようになるに連れて、王はその男に信頼よりも嫉妬と恐怖をいだくようになっていた。
王女を娶り、自分から王位を簒奪するのではないか、と。
ならば、戦で男がいないうちに王女を他の国に嫁がせてしまえばいいと。
男がその事実を知ったのは、戦から戻り王女が嫁ぐ直前で手の打ちようもなかった。
しかし、それだけでは済まず、男は国を裏切り他国へ売ったとありもしない嫌疑をかけられ捕らえられた。
男を慕う民たちは男を救うため、処刑場へと押しかけ、暴徒となった民と騎士団が衝突した。
力の差は歴然としていたにもかかわらず、王は暴徒に加わった者たちを情け容赦なく切り捨てた。
処刑場の前は、その者たちの血でまるで赤い海のようになっていた。
男は王の手酷い裏切りに絶望し、自分の無実を証明する間も無く処刑された。
そして悲しみに暮れる中、隣国へ嫁いだ王女も、嫁いで三月とたたずなんの前触れもなくこの世を去ってしまったのだ。
王が悲観に暮れる中、心安らかになるのならばと王女が亡くなる直前に描かれた絵を、夫である隣国の王子が譲ってくれた。
しかしその絵には王妃譲りの美しい翡翠の瞳が、魔術師の男と同じ夕闇色に描かれていた。
何故と問えば、嫁いだ時からこの瞳の色だったと聞いて王はその場で崩れ落ちた。
王女は魔術師の男に呪われて死んだ、夕闇の瞳を持つものは国を滅ぼすと。
そこでようやく王は、有能な臣下と愛娘である王女、多くの民とその信頼を失ったことに気づいたが後の祭りだ。
その後、この国が傾いたであろうことは想像に難くない。
これが、過去にこの国で起こったことだ。
「あの、何か不備がありましたか?」
クリスティアンから封筒ごと書類を受け取ったものの、中身までは確認していなかったため、眉間に深いシワを作ってため息をついたフェリクスを見て、何か不足があったのかと不安になる。
「いえ、問題ありませんよ。それよりも、もう体の方は大丈夫ですか?昨日は倒れられたときいたものですから」
「はい、ご心配とご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です。
今日はこの書類を届けたらお仕事は上がっていいと、クリスティーナさんから許可をいただいています。
昨日のできなかった分、今日は少し早く向かう予定です」
瞳の色の件で、フェリクスがサラを警戒しているのはわかっている。
あの日以来、フェリクスには会っていなかったから、会ったら何を言われるのだろうとも思っていた。
だから今、変に絡まれていたのを助けてもらったり、前と変わらず普通に話をするフェリクスに、少し驚いてしまう。
「そうでしたか。私も時間がありますので、ご一緒しましょうか」
「いえ、フェリクス様のお手を煩わすほどのことではありませんし、私1人でも大丈夫です」
サラは慌てて遠慮した。
正直、フェリクスに本気の殺気を当てられたこともあり、やはり怖いのだ。
だから2人きりになるような事態は避けたいのだ、全力で。
しかし、そんな願いも虚しくニッコリとフェリクスが微笑んだ。
以前にも見たことのあるその有無を言わせぬ笑みは、断ることを選ばせない。
「ご一緒しますよ、サラさん」
「…ハイ」
流石一流の騎士なだけあって、サラのことを警戒しているそぶりを微塵も感じさせることはない。
しかし、サラはフェリクスのどこか隙のない雰囲気を、感じ取ってしまう。
サラがおかしな動きをすれば、すぐにでも息の根を止める事が出来るようになっていると思うと、早くこの時間が終わってくれることを願うばかりだ。
ー警戒されないわけないものね。
サラはフェリクスに聞こえないくらいの、小さなため息をついた。
孤児院にいた時には、そこになかったものとしては扱われていたのだから、そのことを思えば表面上でもこうして話をしてもらえるのはありがたいことだと思うことにした。