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前回のお話を加筆修正しました。流れは変わりませんが、細かい描写を追加させていただいております。
クリスティアンが研究室から出て行った後も、サラは魔石に魔力を注ぎ続けていた。
先ほどまでは、持っている魔力をほぼ使い切ったと思ったほどだったが、不意に力が湧いてきた感覚があった。
サラは自分が思っているよりも、意外と多くの魔力を注げるものなのだと感心していた時、誰かがこのま部屋に来たようだった。
振り向こうとすると、急に身体が傾いた。
「おいっ」
焦った誰かの声が聞こえたが、サラの視界はあっという間に黒く塗りつぶされた。
ルードヴィヒは身体の変調をきたしてから、延命の魔術や魔法薬の開発の為、クリスティアンの研究室に行くことが日課になっていた。
研究が生きがいのようなクリスティアンという男は、無理難題な新しい魔術の研究にも喜んで取り組んでいた。
ただ、その情熱が有り余っている感はあるが、この国一番の魔術師の作り出すものは間違いなく一級品だ。
強力な体力や魔力を回復する魔法薬も、ここには常備されており、管理も徹底されている。
サラのおかげでルードヴィヒは少しずつ眠ることができるようになってきてはいるものの、全快には程遠く、今日もいつも通りクリスティアンの研究室に向かうべく廊下を進む。
彼女は知らなかっただろうが、あの部屋にはただの資料や器具が散らかっていただけではない。ある種の危険地帯なのだ。
魔術式を書き付けた紙は、それ自体にも力が宿っている。
もちろん一般的な魔術師が作ったものならば、大した問題はないのだがクリスティアンが作り出したものは、その力の多さからうっかり触るだけで怪我をしかねない。
ルードヴィヒの延命のための魔術式など、かなりの魔力を使う術式なだけにうっかり発動させてしまえば、術者の命を奪うこともあり得るのだ。
それを知ってか知らずか、サラはその影響を受けることなく、テキパキと部屋を片付けていった。
本当にただの紙束のように扱うから、見ている方は気が気ではなかったが。
サラがクリスティアンの助手になったおかげで、あの研究室が元の部屋の様相を取り戻すことができ、サラ自身も魔力量アップができるといいことずくめではないかと考えていた。
ルードヴィヒは勝手知ったる研究室の扉を開けると、そこには魔石に魔力を注ぐサラの姿があった。
サラの魔力は不思議と心地よいもので、注がれている魔石からも温かな魔力が溢れている。
しばらくその作業を眺めていたが、その様子がおかしなことに気がついた。
集中していると思っていたが、サラの中の魔力はとうに枯渇しており、自身の生命力を魔力に変え始めていた。
それに気づき、止めるために声をかけたと同時にこちらを振り向こうとしたサラの体は傾き、そのまま意識を失った。
ルードヴィヒが慌てて抱きとめれば、床との激突は避けられたがその顔からは、血の気が失せており、体温も急速に奪われ始めていた。
空いている長椅子にサラを横たえると、いつも回復薬が置いてある棚を急いで開けた。
「サラ、これを飲むんだ」
サラの上半身を起こし口元に、回復薬を注ぐが飲みこめず、口の端からこぼしてしまう。
「くそっ、なんでこんな時に誰もいない」
サラの身体は生命力を魔力に変え始めている。
風もないのに髪が揺らぎ、身体からは命の灯火と引き換えに魔力が溢れてで初めていた。
このまま放っておけば、サラはただの魔力の塊になり身体はもちろん、魂そのものも無くなってしまう。
魔法薬か魔法で体力と魔力の両方を回復させることができれば、大事にはならないが今のルードヴィヒには、回復魔法など使うことはできない。
ならば今できることは、この回復薬をサラに飲ませこれ以上体力が奪われないようにすることだ。
ルードヴィヒは自身の口に回復薬を含むと、それをサラの口に重ねた。
サラがむせずに飲み下せるようにゆっくりと口に注ぐ。
それを何度か繰り返すと、効果の高い回復薬のおかげでなんとかサラの身体から魔力が溢れでるのが治まってきた。
ただ、今の状況は急場しのぎに過ぎず、魔力も回復させなければすぐに同じ状況に逆戻りする。
ルードヴィヒは僅かばかりしかない自分の魔力が、魔力枯渇を起こしている今の状況で、役に立つとは到底思えない。
しかしそれでも今は、ルードヴィヒのわずかな魔力をサラに分け与える以外に方法がない。
一か八かサラに再び口付け、縋る思いでわずかな魔力を送り込む。
ルードヴィヒの魔力はサラに拒まれることなく、馴染んでゆく。まるでルードヴィヒとサラの間を魔力が循環するような不思議な感覚だった。
ーー温かく、どこか懐かしい感じがする。
胸の奥から湧きあがる、ずっとこうしていたいと思うような不思議な感覚だが心地よい。
しかし、サラが身じろいだことでルードヴィヒは現実に引き戻された。
慌てて口付けをやめ、サラの顔を確かめるように見ると頬も血色が良くなり、手で触れれば温かくようやく、持ち直したようだ。
穏やかな顔をしているサラをみて、ルードヴィヒも柔らかく微笑んだ。
「あらぁ、殿下はもうこちらにいらしていたのねぇ」
雰囲気をぶち壊すように、クリスティアンが研究室へと入ってきた。
「クリスティアン、サラが魔力枯渇を起こしている」
「えぇっ!?魔石に魔力を注ぐだけよ?魔力枯渇を起こすなんて…申し訳ありません」
「クリスティアン、すぐに魔力の回復を頼む」
「わかったわ」
すぐにクリスティアンがサラの側により、その状態を確認し、サラに手をかざし回復魔法をかけはじめた。
「落ち着いているようだけど、魔力はほぼ空になってるわね。
これは殿下の魔力かしら?ずいぶん馴染んでいるみたいだわ」
「あぁ、極わずかだが一か八かで魔力を注いだ」
先ほどの事を思い出し、ルードヴィヒの目元は和らいだ。
「殿下が魔力を注いでくださったおかげで、大事にはならずに済んだようね」
クリスティアンがサラの魔力を回復させている間、ルードヴィヒは先ほど湧き上がった不思議な温かな気持ちを確かめるように、長椅子で眠るサラを見つめていた。