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「二人はとても相性がいいようですね、順調な交際が望めると思いますよ」
「やっぱり~!私もそうだと思っていたの!ありがとう!」
若い女性はローブをまとったサラに、数枚のコインを渡し、一緒に来ていた男性とともにうれしそうに店を出て行った。
ここはサラの魔法の店。
魔法薬は薬草に魔法で力を強化したものから、1から魔力で作り上げたものまでピンキリの代物を取り扱う店だ。
そこの店主サラは主に薬草を強化した回復薬や傷薬といった魔法薬を売る傍ら、店の一画で占いもしている。
相手との相性をみたり、健康運を見たりと一般的な占いをしているが、それが当たると評判だ。
占いをするようになったのは、ここを贔屓にしてくれているお客――実は、お忍びで来ていた貴族だったのだが――が、あまりにも暗い顔をしていたため、放っておくことができず声をかけたのがきっかけだ。
話を聞けば、恋人の女性が条件のいい他の貴族の男性と婚約してしまったのだという。
貴族でも恋愛結婚をする人もいるが、貴族なのだから政略結婚など当たり前だし、家が結婚相手を決めることもままあることだとサラは現実的に思っていた。
しかし、あまりにもうなだれて元気のない男のために、「あなたの運命の人は案外近くにいるのかもしれませんよ」とアドバイス程度のことを伝えた。
それがきっかけで、彼は幼馴染の女性との仲を深めたらしい。
そのときに、真実の愛をあの店の女性は気づかせてくれたとお相手の女性に話をしたところ、その手の話が好きな女性の間であっという間にうわさは広がり、今では恋に悩んだらここを訪ねるようにとささやかれるほどだ。
いまでは、魔法薬を求めに来る客よりも、占いを目当てにくる客のほうが多いくらいだが、どちらでも収入がしっかりとあるのでサラとしては問題ない。
お客ももういないし、日も暮れてきたので店を閉めようと扉に鍵をかけようとしたときだった。
「運命を見れる魔女がいる店とはここのことかな?」
不機嫌そうに額に深いしわを刻んだ男と優男風の男の二人が入り口にいた。
二人とも背は高く身なりはよさそうだが、一人の男の金の髪は癖だらけで顔は青白く、目の周りには隈がある。
如何せん雰囲気がどこか殺気立っているように感じる。
もう1人は、茶色の髪に少し垂れた緑の瞳の優男風だ。だが、笑顔がどこか胡散臭げだ。
「そうよ。ようこそ、魔女の店へ。好きな女性にでも振られてしまったのかしら。
残念だけど、途切れてしまったものを戻すことはできないわ」
「はは、それは確かに本人次第のものだね」
「何をお望みかしら?運命の女性について?それとも結婚がいつ頃かかしら?」
「そんなんじゃない、ムダ口をたたかずにただ寿命をみてくれればいい」
金髪の男はつかつかと店の中に入り、進めてもいない椅子にどかりと勝手に座っていた。
つっけんどんな態度に、嫌なタイプのお客だと判断したサラは、営業用の笑顔を貼り付ける。
人に命令することに慣れている貴族にはよくある態度だと、わかっているからこその対応だ。
魔法を使うものは運命を見ることはできる。だが、しっかりと見ようとすればそれだけ魔力も体力も使うから、必然的に魔力値の高い魔術師だけが見ることができる。
サラもできなくはない。だが、詳しく見ると翌日は丸々一日ベッドとお友達になってしまうのは確定だ。
『あなたの運命を視ます』
そんな怪しい謳い文句の商売がなりたつのは、それが本当かどうか確かめようがないからだとサラは思っている。
つまり、この店にやってくる人は本気で運命の恋人や未来を知りたいわけじゃない。
中にはいるかもしれないが、今の恋人が運命の人であることを、確認しにやってきている者が殆どだ。
もちろん嘘は言っていない。しかし、運命はいつだって選択一つで変わると知っているから、サラも背中を押してあげるアドバイスをする程度の占いをするにとどめている。
しかし、目の前のお客は自分の運命を知りたいと望んでいる。
それならばと、サラは笑顔から真剣な表情ヘと変えた。
「しっかりと視るためにはそれなりの報酬をお願いさせていただくわ。
それにお二人ともその方法に口をださないでいただけるかしら」
「かまわん。いくらでも希望の額をだそう」
ため息混じりに話す男は、今にもテーブルに突っ伏してしまいそうだ。
よく見れば先ほどの不遜な態度も実は立って話をするのも辛い状態を隠すためなのかもしれない。
連れの男も和かにしているものの、その表情からは疲れが滲んでいる。
そう感じとってしまえばほっとけなくなるのだから、仕方がない。滋養にいいお茶ともう一人の男に椅子をすすめてから席についた。
「このお茶は?」
「マルゴに魔力を込めた滋養にいいお茶ですよ。
お二人とも大分お疲れのようですから」
「お気遣いありがとうございます。
視ていただく前に、無礼を承知で申し上げますが、わけあって名前をお教えすることはできません。こちらに来たことも他言無用でお願いしたい」
「わかりました、お約束いたしましょう。お客様の信用を落とすわけにはいきませんからね。
こちらからも確認したいことがいくつか。
運命をみるにあたって、辛いことも真実つたえなければならないわ。
それを聞く覚悟はあるのかしら?」
「はっ、今更だな。そんなのとうの昔にできている。どうせ長生きできないといわれているからな」
「そんなことおっしゃらずに…」
あきらめているといわんばかりの、自虐的な返事をした金髪の男に、茶髪の男が気遣うように声をかけていたのをみてこの店に連れて来たのはこの茶髪の男なのだろう。
「そう…ではあなたに残された人生の時間を視ましょう。あなたの手をだしてちょうだい」
サラはぐったりとしている目の前の男の右手を握り、自分の魔力を男に流し始める。
「うっ、」
「おいっ!何をしている!」
「だまって!私のやり方に口出ししないで頂戴」
すると金髪の男は表情をゆがめ、茶髪の男は声を荒げた。
まだ何か言いたげだった男は先ほどいわれた言葉を思い出し、ぐっと堪えるように口をつぐんだ。
魔力の高い魔術師ならばこんなことをしなくても運命をみられる。
しかし、サラは自分の魔力を相手に流し、溶け込ませることでしか視ることができない。
もちろん相手に調整してあわせるから、普通に見るよりも時間も労力も掛かってしまう。
それに、いきなり魔力を身体に流されれば誰だって、自分の身体に土足で踏み込んでこられたのと同じなのだから、怒りを顕にされても仕方がない。
しかし、金髪の男はおとなしくされるがままになっている。
サラは瞳を閉じて意識を集中させる。そう遠くない将来、彼の命が尽きるのは本当のようだ。
まがまがしいまでの黒い蛇のようなものによって、目の前の男の魂は雁字搦めになっているのが見える。
命の輝きも淡いものになりつつある。
きっと呪いの類に違いない。しかもかなり厄介なもののようで簡単には解けないだろうことがわかる。
細く息を吐き目を開けると、目の前の男の額にはうっすらと汗が浮かんでいたが、店を訪ねて来た時よりも幾分か穏やかな顔をしていた。
隣の男は疑うような視線をこちらに向けている。
何かあれば直ぐに対応できるように構えている。
「あなたの魂には何かの呪いがかかっています。相当強いもののようですね、このままなら近い将来命を落とすでしょう」
「呪い、だと?」
「…命を落とすのは運命ではなく、呪いだと言うのですか?」
「ええ、簡単には解けないような厄介なものだわ。
何をすればこんなに強力なものをかけられるのかと思うくらいのものですね。
でもそれを解くことが出来れば、死ぬことはないわ」
2人の男は目を見開いて呆然としながら、サラを見つめていた。
「おい、魔女の女。これをお前は解けるのか?」
「私にはできませんね」
「貴女には彼を救う気はないのですか!?」
「お役に立ちたいのは山々ですが…」
運命を視ることと、呪いを解くことは別物だ。
呪いはその種類によって解き方が千差万別な上に、上位の魔術師にしかできない。
単純に返せるものもあれば、手順を踏んで解くものもある。それを見極めるためには、呪った本人に聞くか、呪いを解析できる高度な魔術が使えなければならないからだ。
ゆるく横に首を振って自分にできることはないと言外に示すサラの肩を、茶髪の男が掴み掛かった。
「何か方法はっ、」
「よせ、フェリクス」
「ですがっ、」
サラの肩を勢いよく掴んで言い募る茶髪の男、フェリクスを金髪の男が止めた。
フェリクスは悔しそうな顔をしていたが、失礼しましたと言ってサラから手を離してくれた。
「邪魔をしたな」
金髪の男がさっさと店を出るのに対し、フェリクスは苦しげに顔を歪ませながらもお礼と代金を置き去っていった。
自分の運命は覚悟がなければ聞くべきではない。
良い結果も悪い結果も必ずあるのに、人は良いことばかり聞きたがり、悪いことには耳を貸さない。
そして、その運命に対してサラは無力だ。劇的に変える何かをできるわけではない。ただ、視るだけしかできないのだ。
「だから、嫌なのよ」
ーー自分の無力さに嫌気がさすわーー
ため息を一つつくと、店の重い扉の鍵を閉めた。