序章 芽生え
「ヤンデレ幼馴染みが魔法使いになって帰ってきました。」の続編です。
いろいろな方々に読んでいただけたので、続編を書いてみました。
楽しんでいただけたら幸いです。
どんなに長く思っても。
どんなに長く願っても。
どんなに強く思っても。
どんなに強く願っても。
失恋する時は一瞬のようだ。
小学校五年生の春。私はここ……心葉市に引っ越してきた。
初めて見た町。全てのものが輝いて見えた。あの人を除いて……。
あの人に初めて会ったのは、引っ越した日の翌日。引っ越しの挨拶をするために、私は母と共にあの人の家を訪れた。
暗く沈んだ目を向けてきたあの人。
なんて冷たいんだろう……。
この世の何にも感心を示さないのではいかと思う程、あの人の心は空っぽに見えた。
学校の中では、あの人は別人の様にいつも笑顔だった。皆があの人の周りに集まり、話に華を咲かせていた。
誰もが理想とする様な、平和な光景。
でも私はあの人の本当の顔を知っている。それだけに学校で見かけるあの人は、酷く痛々しかった。
「どうして無理をしてまで笑おうとするんですか?」私は聞いてみた。
「無理をしてでも笑わなければ、誰も近寄ってきてはくれなくなるだろ」
そう答えたあの人の顔は笑っていた。
このままでは本当の意味で笑う事が出来なくなってしまう。
あの人の本当の顔を知っているのは私しかいない。
私しかあの人を救う事が出来ないのなら……いや、たとえ私ではなくてもいいとしても、私が救ってあげたいと思った。
それから、私はあの人に話しかけ続けた。
他愛のない会話。
一見すると中の良い友達に見えるのだろうが、私にはまだまだ心を開いてもらえていないように思えた。それとも私が気づかないだけで、少しずつでも開いてくれているのでしょうか……。
心葉市の軍から招集がかかった。戦況の悪化により、新しい部隊が新設された。
その名は学徒部隊。
四十七名の学生から構成された部隊で、私は副隊長になった。
隊長は柳瀬綾桜さん。高校生の女の人で、面倒見の良いお姉さん。私が副隊長であることもありすぐに打ち解ける事が出来た。
この調子で、あの人とも仲良くなれたらいいんですけど……。
学校では話をしてくれるあの人だったが、放課後は別だった。どうやら極端に日常を、学校とプライベートの二つに分けているようだ。この事実こそ、あの人と周囲の心の溝を深くしているのでしょう。
もちろん、休日にも誘ってみたが来てはくれなかった。学校外でも一緒にいる事が出来たら、それは大きな一歩になるだろう。
でも、どうすれば良いのでしょうか……。
行き詰まってしまった私は綾桜さんに相談してみた。
真剣に私の話に耳を傾けてくれた彼女は、穏やかな口調でこう言った。
「それは花奏ちゃんだから断っているんだよ」
「……私が嫌われているからでしょうか」
「違うよ。花奏ちゃんが本当の事を知っているから、本心で話してもらえるんだよ。多分その子は、他人に気を使うせいで疲れているんじゃないかな」
「無理に誘うのは悪い事なんでしょうか……?」
「どうだろうね……そればかりは、時間が経ってみないと分からないな……。でも、何もしなかったら良いことなんて起きやしない。事を進展させたいなら行動するしかないよ」
「たとえ相手を疲れさせてもですか?」
「……程々にね。ともあれ私は花奏ちゃんを応援しているよ」
「でも、どうすれば私の誘いに乗ってくれるのでしょうか?」
「う~ん。他の人を一緒に連れて行ってみてはどうかな?そうすればその人に気を使って誘いにのってくれるんじゃない?」
「他の人ですか……。人選が重要ですね」
「学徒部隊に同じ学校の子が何人かいなかったっけ?その子たちなんてどう?同じ部隊なんだし、ある程度信用できるでしょ」
「そうですね。頼んでみます」
綾桜さんの助言通り、何人かの友人と共にあの人の家を訪ねたところ、ようやく出てきてくれた。一回行っただけでは意味を成さない。何日も何日も通っていく。
十分――三十分――一時間――三時間――六時間。
連続して一緒にいる時間が、時を重ねるごとに増えていく。それと反比例するかの様に、時折見せる暗い顔は減っていった。私だけで家を訪れても、一緒に遊べる様になった。
嬉しかった。私自身も毎日の時間を大切にするようになった。
しかし、あの人が時折見せる暗い顔の理由をあんな形で知ることになるとは思わなかった。
粉雪が舞う肌寒い冬の夜。
元々積もっていた雪の全てがが、熱線で溶けてしまう程に激しい戦場だった。
全ての方位から聞こえてくる怒声の中、部隊の皆と共に前へ進んでいく。横たわる死体の中には、大人だけでなく私達とさほど年が変わらないものもあった。
もう何人やられたか分からない。
「くっ、左翼は捨てる!陣形を保ったまま右翼に集まれ!」
綾桜さんの指示が入り、全体が大きく動き出した。
「綾桜さん、もう魔力がほとんど残っていません。おそらく他の皆さんも」
「もう長くは持たないか……。仕方ない、学徒部隊はこ―――全員防御魔法展開!」
「えっ……」
次の瞬間、集まりつつあった私達の部隊に向かって、雨粒よりも小さな、しかし雨よりも密集した光の弾丸が振り注いだ。
今持っている魔力を総動員して耐えしのぐ。
数秒後、立っていられたのは私を含めてたった十名ほどだった。
「綾桜さん!」
地面に伏している綾桜さんに駆け寄り声をかける。綾桜さんは顔を僅かに傾けて、私の顔を確認すると微笑んだ。
「柳瀬綾桜大佐より本部……これより指揮権を菊谷花奏少尉に委譲……」
「そんなの……だめです!」
指揮権の委譲。それは指揮官の死を表すものだった。
「この怪我だと……助からない……。死んでるも同然なんだ……。それだったら、混乱を最小限に抑えるためにも……指揮権の委譲は早いほうが良い……」
「綾桜さんは……私の悩みを聞いてくれました、私に色々な事を教えてくれました。何度も何度も笑いかけてくれました……。一人っ子だった私にとっては、姉みたいなものなんです。お願いです……どうか……どうか生きて……」
「……最後のアドバイスだから……良く聞いて……軍人なら……仲間の死体に祈りを捧げている暇があったら進め!たとえ非情であっても……やりべき事を優先させなさい」
交差する視線の中、胸の内にある思いが言葉を介さずに伝わっていく。
今やるべき事……それは、指揮官として被害を最小限にする事だった。
「……各員に通達……撤退します」
立っていられた者と、まだ助かる見込みのあるものを連れ戦場を後にした。
学徒部隊生存者十六名。犠牲者三十一名。
逃げようのない現実が、私の頭の中を支配していった。
もう一週間以上学校には行っていない。それでも夜の間は戦いに身を投じていた。
穏やかな昼下がりの町並みを眺めながらふと思う。
これが綾桜さんの守りたかったものなのだろうか……。
何事もなく流れていく日常は、まるで私達の犠牲を無かった事にしている様にも思えた。
……報われないですよ……こんなの……。
「こんな所にいたのか。探したぞ、花奏」
振り向くとそこにはあの人がいた。肩が上下している事から走って来た事が見て取れる。
「人の心を無理矢理こじ開けといて、今更急に居なくなるなよ」
返す言葉が見当たらず下を向いて黙り込む。すると、頭上から大きく息を吐く音が聞こえた。
「今の花奏の目に心あたりがあるんだ。少し前の俺と同じ目をしてる……」
「同じ目……」
「あぁ、心の何処かが欠け、閉鎖的になった危うい目をしてる」
「大切な人を……失ったんです……」
「そうか……やっぱり俺と同じだったんだな」
すぐさま顔を上げ、あの人の顔を見る。なぜなら、あの人は過去の話を今まで避けていたのだから。
「俺も突然に大切な人が居なくなったんだ。ずっと小さな頃から人生を共にしてきた人を……。それからは毎日がどうでもいい物になった。少し間違えていたら自暴自棄になって、危ない事にも手を出してしまっていたかもしれない。けど、そんな不安定な俺を元気づけてくれた……生きる活力をくれた奴がいたんだ」
「それって……」
「花奏だよ。だから俺は新しく大切な人になった人が……花奏がかつての俺と同じ目をしているのを黙って見過ごすわけにはいかない」
私の両肩にあの人の両手の重みが乗せられる。
「こんな俺だからこそ、今の花奏の悲しみを分かってやれると思う。だからといって、何があったかを詳しく聞くつもりはない。俺はお前の支えになりたいんだ。花奏が俺に対してそうであった様に……。別に恩返しとかそんなつもりはない。ただ純粋に花奏の笑った顔を……心の底から沸き上がる最高の笑顔を見たいんだ」
視界が徐々に霞んでいく。
戦場では出なかったのに……なぜ涙が出るのでしょうか……。
「こんな私でも前のように……毎日が楽しかった頃の私に戻れるでしょうか……?」
「戻れるさ。なかなかに強引なやり方で心を開かされたんだ。俺も強引に行くからな」
いたずらをしている少年の様に無邪気に微笑むあの人……遥希君に惹かれるのに時間はかからなかった。
この恋が実らないものと知るのはずっと後の話。
◇
ふと気が付くと、目の前には鼠色した地面の上に立つ自分の両足が見えた。
下を向いていた顔を上げながら、ぼんやりとした視界を回復させようと瞬きを数回繰り返すが、なかなか晴れてはくれない。長い夢を見た後の様な倦怠感が全身を襲う。
随分と昔の事を思い出していた。
まだ胸の内に残っている、少しばかりの郷愁の念を愛おしく感じている自分に気づき自然と頬が緩む。
えっと……今は何時なのでしょうか……。
駄目です……頭が働きません……。
「遙くん!しっかりして……遙くん!」
不意に女の子の声が鼓膜を刺激し、それと同時にぼやけていた視界が急速に明瞭になり、目の前の光景が網膜に映し出された。
「えっ……」
心拍数が急上昇し、頭の活動が活発化する。しかし、私は目の前に広がる光景を理解する事は出来なかった……いや、したくなかった。
月姫さんが少年に向かって、涙を流しつつも懸命に呼び掛けている。
少年……遥希くんは地面に横たわり、今にも消え入りそうな程に浅い呼吸を繰り返していた。その腹部からは血液が流れ紅色の血だまりを作っていた。
「遥希君!」
慌てて駆け寄ろうとした瞬間……。
「何……これ……」
私の手の中に収まっていたのは
――――――血の付いた短刀だった。
近々、一章を投稿する予定です。
感想などもお待ちしております!