終章 日常
「あれ、まだ来ていないのか?」
十日後、俺は花奏に呼び出され、学校の屋上に来ていた。
お昼時という事もあり、まぬけな音を立てて鳴るお腹をさすりながらベンチに座る。
「先に食べていても良いかな……?」
膝の上のお弁当に目線を落し、ごくりと喉を鳴らす。
いやいやまて、二人でお弁当を食べるのに、先に食べ始めてしまうのは失礼だろ。
ぶんぶんと頭を振り、空を見上げつつも、頭はついついお弁当の中身へいってしまう。
ここまでお弁当に執着してしまうのは、料亭なんて目じゃない程に高いレベルのお弁当を、月姫が毎日作ってくれているからだろう。
「お弁当がおいしすぎるのも困るな……」
そうは言いつつも顔はついついにやけてしまう。
「すいま……せん……。遅く……なりました……」
勢いよくドアが開き、花奏が現れる。歩み寄ってきた花奏の頬は紅潮していて、ついさっきまで走っていた事が見て取れた。
「いや、あんまり待ってないよ。それよりそんなに息を切らしてどうしたんだ?」
「これは……いえ何でもありません。もう大丈夫ですから、早くお弁当を食べましょう」
花奏にせかされ、ベンチに座る。花奏も隣に座り、膝の上にお弁当を広げていた。
「それで、どうしてわざわざ屋上に呼び出したんだ?いつも通り教室で食べても良かっただろ?」
「それは、遥希君に伝えたい事があったからです」
「伝えたい事?ここに来たって事は軍関連の事だよな……まさか、また里木市と戦争とか?」
「半分正解といった所ですね。遥希君をここに呼び出したのは、ここ数日の近況を伝えておこうと思いまして。遥希君は月姫さんを連れ戻してからすぐに倒れて、ずっと軍の病院に入院していましたよね。ですから、知らないはずだと思いまして」
「そうか、わざわざありがとう。気になっていた事だから助かる。で、半分正解って事は、里木市とは戦争にならないんだな?」
「はい。宇野元帥は月姫さんが心葉市にいる事を承認してくれました。これで、心葉市と里木市の同盟はより強固なものになったと翡翠元帥が喜んでいましたよ」
「よく許してくれたな。てっきりまた連れ戻しに来ると思ったんだけど?」
「先日の戦いで、二人の思いが伝わった様ですね。遥希君が使っていた『共鳴』は二人の思いを使う能力ですから、それがSランク魔導士を破ったとなると、認めざるを得ないでしょう」
「という事は、これで問題は全部解決したんだよな。良かった……」
これで俺の事も、宇野元帥に認めてもらえた事になるのかな。
「あっ、宇野元帥からの伝言を預かっているのを忘れていました」
「伝言?」
「はい。『娘に手を出したら、一族両党皆殺しにするぞ』だそうです」
「そ、そうか……なかなか刺激的な伝言だな……」
認めてもらえた訳じゃなさそうだな……。
「学徒第一小隊の皆は?」
「全員無事です。よかったですね、遥希君の『大切』が守れて」
「茶化すなよ」
いたずらっぽく笑う花奏。そんな彼女をみて、日常が戻ってきた事を実感する。
「前にも言いましたけど、私にとっても遥希君は大事な人ですよ」
「なんだよ急に」
「本当に分かってくれているのかと思いまして……」
ゆっくりと体を寄せてくる花奏。
え……え⁉
徐々に顔と顔の距離が近づく。
自身の高鳴る鼓動に気づいた所で―――屋上のドアが蹴り破られた。
「こらぁ!逃げてんじゃねえぞ金髪!ここにいるのは分かって……」
音のした方向に顔を向けると、金属バットを持った月姫がこっちを見て固まっていた。
風の音が聞こえる。
月姫は俺と花奏の顔を交互に見合わせると、みるみる内に、目の輝きを失っていった。
「あはは……あはは……」
月姫はしなやかな栗色の髪を逆立たせ、冷たい空気を周囲に放ちだす。
「遙くん……ハーレムルートなんて……聞いていないけど?」
金属バットを地面に引きずりながら、近寄ってくる月姫。
「ちょっと待て!誤解だ!」
「誤解……。まぁいいや……そこの金髪は、遙くんの幼馴染みを名乗っている段階で、殺す事は決定事項だし」
「だから今朝から、私を追いかけ回していたんですね……」
まじか⁉気がつかなかった。
「覚悟ぉー」
月姫は力一杯地面を蹴ると一直線に、こちらに向かってくる……が遅い。
相変わらず、体力はないんだな。
俺は勢いよく前に踏み出すと、一瞬で月姫に肉薄し、おでこに思いっ切りデコピンをくらわす。
「あいたっ」
金属バットを落し、おでこを両手でさすりながらうずくまる月姫。
「落ち着いたか?」
「落ち着くもなにも……あの女を殺すのは計画的犯行なんだから、初めから落ち着いているよ」
「なおのこと悪いわ!」
月姫の頭にそっと手を乗せる。
「第一小隊の皆の事は好きだ。でも愛しているのは月姫だけだから心配するな」
「遙くん!」
力いっぱいに抱きついてきた月姫を支える。
月姫から伝わってくるぬくもりを通して、守りたいものが出来たことを改めて感じた。
暖かい日差しに照らされた、昼下がりの屋上。
五月の涼風が月姫の髪をそっとなでた。
ここまで読んでいただき、有り難うございました。
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