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ヤンデレ幼馴染みが魔法使いになって帰ってきました。  作者: かじかん
ヤンデレ幼馴染みが魔法使いになって帰ってきました。
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第五章 心


 元帥から連絡を貰ってからすぐに市役所へ向かった。

 市役所の地下内は、宣戦布告されたせいか、いつも以上に騒がしい。様々な立場の人間が行き交う中、真っ直ぐに翡翠元帥の部屋を目指す。足取りはいつも以上に重かった。

 重々しい扉を開け、焦る気持ちを抑えられないまま、翡翠元帥に詰め寄る。


「里木市と戦争ってどういう事ですか!たしか同盟関係にあるって言っていましたよね」

「ええそうよ。そして同盟関係はまだ破棄されていないわ。ただ、宣戦布告されたってだけ」


 は?訳が分からない。

 同盟関係にある相手と戦争するなんて、どう考えたって矛盾しているじゃないか!


「おかしいですよ……そんなの……」

「ええ。とてもおかしな状況なの。戦争が始まるという事は、当然同盟も破棄されるという事。重要なのは、まだ戦争をするには至っておらず、宣戦布告されたってとこよ。戦争が始まってしまったら、私達は負ける……全員死ぬのよ。だから戦争が始まる前に終わらせる」

「始まる前に終わらせる?そんな事出来る訳……」

「出来るわ。そうでしょ、月姫さん」

「……」


 月姫は黙ったまま、下を向いている。どんな表情をしているのか分からないが、全身から恐怖にも似た緊張が伝わってくる。


「今回の事は、全部この子の家出から始まった事なの。その子さえ帰れば、また今まで通り里木市と同盟関係でいる事ができるはずよ。宣戦布告されたのも宇野元帥が、心葉市が月姫さんをかくまっていると考えた事が原因らしいわ」


 翡翠元帥は椅子から立ち上がり、月姫の前に立つと、月姫の目の高さに自分の目の高さを合わせて話し出す。

 まるで子供に語りかける様に……。


「月姫さん、もう十分でしょう」

「嫌……だ……」


 絞りだす様にして声を発する月姫だったが、諦めにも近い響きを感じた。

 月姫と翡翠元帥の目線が重なる。

 俺には分からない言葉のやりとりが、確かにそこにあった。


「……分かりました」


 宙に涙を残して、勢いよく部屋を飛び出す月姫。

 呆気にとられること数秒。ようやく頭が動き出し、月姫を追おうと前に駆け出そうとする。


「待ちなさい!」


 珍しく大きな声を発した翡翠元帥に反応し、足を止める。


「月姫さんを追うのは止めなさい。これは命令よ」

「……すいません」


 俺は月姫を追って、市役所を後にした。


    ◇


「くそっ!何処行ったんだよ月姫!」


 一度家に帰ってみたが、月姫はいなかった。

 もう、月姫の行きそうな場所を全部当たるしかないだろう。

 月姫の行きそうな場所……。


「今日のデートコース……」


 十分あり得るだろう。

 全力疾走で住宅街を駆けていく。


 神社……いない。

 湖……いない。


 激しく脈打つ心臓を手で押さえながらも走り続ける。


 富士山パーク……いない。

 そしてあの公園……いない。


「月姫……」


 もう探すあてはない。

 どうしようもない現実に、絶望感と喪失感が込み上げてくる。

 日はすでに没していた。暗い公園に一人。

 行き場のない寂しさが胸の中に漂う。


「急にいなくなりやがって……」


 これじゃあ……まるで……。

―――六年前と同じじゃないか。


 今、自分がすべき事が分からず、仕方なく帰路につく。


「ただいま……」


 返事はない。

 自宅がこんなに静かなのは、何日ぶりだろうか……。


 電気も付けないままリビングに入る。


「……っ!」


 窓から入り込んだ月明かりに照らされ、テーブルの上の物が光る。

 これは……『涼秋』。


「なんで……どうしてだよ!」


 指輪の下には手紙が添えられていた。



『遙くんの事が嫌いになりました。私の事は忘れて下さい。さようなら』



 バレバレの嘘つきやがって……。

 月姫の事を忘れるなんて、出来る訳ないだろっ!


 こんな状況になってようやく、俺にとって月姫がどれだけ大きな存在か自覚した。


 月姫の面影を探して、月姫の使っていた部屋に入る。部屋の中は少しばかりの家具を残し、何も無くなっていた。まるで、初めから月姫がそこにいなかったかのように。


「月姫……本当にこのままで良いのかよ……。教えてくれ……俺は……どうしたら良い……」


 ゆらゆらと歩みを進め、部屋の中央に来たところで力が抜け、その場に崩れ落ちる。

 このまま一生、月姫と会うことはないのだろうか……。

 すると視界の隅……ベットの下に何か落ちているのに気づく。


「これは……日記?」


 見覚えのない一冊のノートを手に取る。

 本人の了承を得ずに日記を読むことは、やってはいけない事だと思っている。しかし、もう手遅れかもしれないが、月姫を求めて日記を開く。





【五月一日】

 やっと全ての準備が整った。遙くんの役に立てる様に、遙くんに振り向いてもらえる様に沢山の知識や技術を身につけた。六年もかかっちゃったのは残念……。

 遙くんは昔、気持ちを捕まえておかないと意味ないって言ってたよね。

 今の私なら、きっと遙くんも認めてくれるはずだよね。





【五月二日】

 パパと喧嘩した。パパは私が遙くんの所に行くことを許してくれないみたい。

 でも諦める訳にはいかない。

 この六年間、遙くんに会う事だけを考えて生きてきた。たとえパパだろうと、絶対に邪魔はさせない。パパを説得するのは、時間がかかりそう。

 でももう待てないよ。だから私は家出する事にした。




【五月三日】

 やっと遙くんと会えた!

 成長して少し大人っぽくなっていたけど、すぐに遙くんだって分かった。中身はあの頃のままだった事に感動した。

 遙くんは、私にここにいても良いって言ってくれた。

 嬉しい。

 一緒に同棲できる事にもなって、ついつい顔がにやけてしまう。

変な子って思われなかったかなぁ?

 これから頑張って、しっかり遙くんの心を掴まなくちゃ!





【五月四日】

 今日は遙くんにお弁当を渡すのを忘れてしまい、学校にお弁当を届けに行った。遙くんとお昼ご飯を食べる事が出来て、とっても幸せだった!

 遙くんは軍隊に入隊してしまったらしい。魔法の存在を知ってしまった以上、しかたない事だけど、とっても心配。

 翡翠元帥から電話があった。私がSランクだから警戒しているようだった。

 私は遙くんに会いに来ただけなんだけどね。





【五月五日】

 パパに居場所がバレた。家を出て行く時に、遙くんの話をした事もあり、心葉市に連絡がいった様だ。パパがなんと言おうと、私は遙くんのそばを離れる気はないもんね!





【五月十八日】

 パパが直接会いに来た。私は遙くんと一緒にいたいと言って、パパを説得しようと頑張ってみたけど、交渉は決裂。強引に私を連れて行かれそうになったので、魔法を使って抵抗したら魔法の打ち合いになってしまった。やっぱりパパには勝てないね。

 やっとの事でパパから逃げ切り、遙くんの元に駆けつけると、遙くんが大ピンチ。

間に合って本当によかったと思う。





【五月二十四日】

 翡翠元帥に呼び出された。もう私を心葉市においておくのは無理らしい。

 もう私に強力をしてくれる人はいない。皆が私と遙くんを離れ離れにしようとしている。

 そんなのは嫌だ!

 もっと遙くんとお話した。もっと遙くんと手をつなぎたい。

 ……もっと、私を見ていて欲しい。

 神さまがいるのなら聞いて欲しい。

遙くん以外は何もいらない……だからどうか、私から遙くんを奪わないで下さい。





【五月二十五日】

 パパから電話があった。パパ曰くこれが最後の通告らしい。たぶんパパは数日中……最悪明日には、強硬手段に出るだろう。

 もう一刻の猶予のない。

 もう二度と遙くんと離れ離れになりたくない……。でも、大好きな遙くんやこの街が破壊されるのを見るのは、もっと嫌だ。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。どうすれば良かったんだろう。

 私には分からない。

 明日は遙くんとデートだ。でもこれが最初で最後になるかもしれない……。

 告白しよう。

 断られる事を考えると怖い……。

だけどもし、もしも受け入れてもらえたらその時は……。





最後の文字はくすんで見えない。きっと涙のあとだろう。


「その時は……なんだよ……」


 月姫の感情が、この一冊の本を通して流れ込んでくる。それに呼応して、俺の今までため込んでいた感情が、息を吹き返したかの様に動き出す。


「なんで何も言ってくれなかったんだよ!」


 涙を流しながら叫んだ声が、部屋の中に反響する。

今ここに月姫がいたとしたら、たとえ何があっても俺だけは月姫の見方だと言いたい。月姫を安心させてやりたい。

そう思っても月姫ば今、俺の声すら届かない場所にいる。


「このままで良い訳ねぇ……」


 心を落ち着かせながら立ち上がる。

 俺が今からやろうとしている事は、正しい事か分からない。だけど、俺の心はもう決まっていた。


 俺は月姫の使っていた部屋を出て階段を降りると、何の支度もせずにそのまま玄関を出る。月姫が帰ったため、翡翠元帥の言った通り戦争は起っておらず、周囲は閑静としていた。

 夜の寒さを肌に感じつつも、しっかりとした足取りで歩いて行く。


「どこにいくつもりですか?」


 庭を出た瞬間、金色の髪の少女から声をかけられる。


「ちょっとお姫様を迎えに行ってくる」

「学徒第一部隊隊長として命じます。家に戻りなさい」

「その命令には従えない」

「遥希君のために言っているんですよ……」

「分かってる」

「死んでも良いんですか?」

「いいわけないだろ。俺は死んでも良いなんて考えるような奴じゃないよ」

「だったら……」

「ごめん。もう決めた事だから。俺は月姫を連れ戻……」

「そんな事、絶対に無理なんですよ!」


 花奏はそう言うと、俺の服に掴みかかる。それは、まるで引き留めようとする様に、そして、懇願する様に見えた。


「遥希君が月姫さんを連れ戻す事なんて、不可能なんですよ!」


 月姫の物凄い剣幕に、僅かにひるむ。


「月姫さんはその気になれば、一人で軍隊さえ相手に出来るんです。そんな膨大な力を持っていながら、父親には逆らわない……」


 言いたい事は分かっている。


「遥希君が初陣したあの日、月姫さんは、ボロボロの状態で戦場に現れたそうですね。前日は、あんなにも元気だったにも関わらず」


 分かってる。


「つまりそれは、月姫さんの父親が月姫さんを……Sランク魔導士を相手に出来る事を意味しています」


 分かってる。


「Sランク魔導士を相手に出来る存在なんて……一つしかないじゃないですか……」

「……月姫の父親もSランク魔導士なんだろ」


 黙って頷く花奏。

 薄々気づいてはいた。でも考えないようにしていたのだ。月姫を諦めようと考えてしまうかもしれないから……。


 でも今は違う。


 なんとなく流されてきたこれまでとは違い、月姫を取り戻したいという、はっきりとした自分の意志を持っている。


「分かっているならどうして……。命をかける程の事なんですか!」

「あいつは六年も頑張ってたんだ。俺だって一日ぐらい頑張ってみせるさ」

「馬鹿!」


 花奏の手が俺から離れる。花奏は目を伏せ、肩を震わせていた。それは怒っているようにも、泣いているようにも見えた。


「……たとえ月姫さんを連れてこられたとしても、状況は良くなるどころか、悪くなるんですよ」

「俺にとっての最悪の状況は、月姫がいない今だ。これ以上悪い状況なんてないよ。心配しなくても大丈夫、心葉市に迷惑はかけない」

「心葉市の話はしていません!私は遥希君の話をしているんです!」


 花奏の張り上げた声が住宅街にこだまする。花奏が本気で俺の事を心配している事に対し胸が痛むが、決意は変わらない。


「どうしても……行くんですか……?」

「ああ。どうしてもだ」

「…………」

「…………」

「ふぅ……。仕方のない人ですね……。そこまで言うのなら止めません。ただし条件があります」

「条件?」

「私も同行させて下さい。一人よりも二人の方がいいでしょう」

「だめだ。危険すぎるからここで待ってろ」

「こと争いに関しては、遥希君よりもプロフェッショナルですよ。これでも私はAランク魔導士ですから。それに待たされる方の身にもなってみて下さい。もしも逆の立場だったら、遥希君もついてきてくれるんでしょう」

「二人か……」


 俺一人なら別に気にしなくても良いと思っていたけど、花奏を巻き込むなら、せめて最低限の安全は確保してあげたい。

 返答に迷っていたその時、急に花奏の後ろの曲がり角から、三つの陰が出てくる。


「魔導士のボランティアは必要かのー?」

「じっ、情報は……必要ですよねっ」

「ちっ、めんどくせえ」

「陽⁉静音ちゃんに柊二まで……」

「あなた達……。考える事はみんな一緒だった様ですね」

「ちょっと待て!俺が今からどういう事をしようとしているか、分かっているのか!」

「もちろん、分かっているのじゃ。水くさいのー。こういう時程、頼ってほしいのじゃ」

「気持ちは嬉しいけど……」

「先輩っ!」


 静音ちゃんがらしくない程の大きな声を発して、一歩前に出る。


「私はこの前の戦争で、先輩達を……見捨ててしまいました。あのままでは……先輩達が死んでしまうのが分かっていたのにも関わらず……。あの後……私はとっても後悔しました……。罪悪感に押しつぶされそうでした……。もうあんな思いはしたくない……。だから、私も連れて行って下さい!」

「静音ちゃん……。命がけだってのに……。まったく、学徒第一部隊は馬鹿ばっかりかよ」

「おぬしに言われとーないわ」


 いつも以上に豪快に笑う陽をみて、張り詰めていた気が抜ける。

 これから敵地に乗り込むにも関わらず、暖かな目を向けてくれる仲間に対し、しっかりと自分の思いを口にする。

「みんな、ありがとう。そして、命がけの私用に付き合わせてごめん。俺は両親の事を覚えていない。みんなも知っていると思うが、俺はずっと一人だったんだ。そんな状況にいた俺を助けてくれたのは、月姫だったんだ。いなくなって、初めて気づいたよ……。俺はそんな大切な人を諦めたくない。だから改めて、手を貸してくれ!」


 仲間達に向かって、誠心誠意頭を下げる。


「大切な人ですか……。遥希君にとって、私達も大切な人に入りますか?」

「ああ。もちろんだ!」


 だからこそ、みんなを巻き込むようなマネはしないようにしようと思っていた。でもその考えは間違っていた。

 俺は誰一人として失いたくない。だからこそ、一人のためにみんなの力を借りる事にしたのである。


「ふふっ。それは嬉しいですね。ではそろそろ……行きましょうか。学徒第一部隊、出陣!」

「「「「「おー」」」」」


    ◇


 市境を出て、里木市に入る。郊外は少人数の魔導士がそれぞれの地域を巡警しているだけだったが、中心部に近づくにつれて、敵魔導士の数が増えていった。

 余計な戦闘を避けるため、敵を避けながら高速で進んでいく。


「大分時間が経った気がするのじゃが、あとどれ位で着くのじゃ?」

「もう……見えています……。もう少しです……」


 月姫宅の位置は、静音ちゃんが調べてくれていた。諜報部隊なだけあって、仕事が早い。

 左右にビルが建ち並ぶ中、正面に巨大な高層マンションが見える。その後ろに大きな山があるためか、なんとなく周囲の建物とは異なった空気が流れている。


「あの高層マンションの最上階が月姫の家って所か。こんな高級な高層マンションに住んでるとは、さすが元帥の娘って感じだな」

「いえ……それは使用人用の家の様です……。目的の場所は……その上……」

「その上?」


 山の頂上。明らかに自然のものとは異なる、陰があるのに気づく。僅かな光を頼りに注視すると、徐々にその骨格を露わになり、西洋風の建築物が現れる。


「これに潜入するのは……。なかなか難儀な事になりそうじゃな」


 前もって知っていた静音ちゃん以外のみんなが呆気にとられている様だ。


「森の中を進んで行くのはどうかのー?月姫の家から少し光が漏れてるのじゃから、迷う事もなさそうじゃし」

「それは……無理です……。この山の警備には……どうやら人以外にも……任せている様ですから……」

「人以外?まさか!オークとか?」

「それは……先輩の持っている薄い本にしか……出てきません……。現実世界にそんな生物が存在する訳……ないじゃないですか……」

「そうだよな……。いくら魔法が存在するからといって、そんな超生物が存在する訳ないよな……って、ちょっと待った!なぜ静音ちゃんが俺の持っている同人誌の内容を知っているんだ!」

「情報は……命です……」


 理由になってねぇよ!

 だが、この事について言及している時間は無い。


「じゃあ、人以外って何なんだよ?」

「空間支配系の魔法です……。本来は接近戦闘の際に……敵の動きを正確に把握するために使います。ただ……この魔法は……自分の周囲数メートルを塵一つに至るまで完璧に把握する代わりに……莫大な魔力を使います……。ですから……一瞬しか使えないため……実践では使えません……」

「自分の周囲数メートルで、しかも一瞬しか使えないのなら、問題ないんじゃ……」

「大ありです……。この山のはその魔法が……全体に……持続的にかけられています……」

「Sランクだからこそ成せる芸当じゃな……」

「ここから先はどうやっても居場所がバレてしまうのですから、もうスピードで勝負するしかないかもしれませんね」

「スピード?」

「はい。戦闘を最小限に抑えて、素早く月姫さんと接触し、連れ帰ります」

「それは無理があるだろ……」

「そうですね。遥希君が初陣した時の作戦と大差ありません……。でも他に方法がないんですよ。小細工が一切通じないんですから」

「…………」


 元々、月姫を連れ戻す事は困難だということは分かっていた。今更どんな事があっても引くつもりはないが、無謀な事には変わりない。


 他に手は無いのか?


 ヒントでもいい。仮に俺が思いつけなくても、仲間の誰かがアイデアを出してくれるはずだ。そう思考している内に、ある一つの疑問にたどり着く。

 どうやって月姫は家出をする事が出来たんだ?


「……なぁ、その魔法って地表より下も有効なのか?」

「消費する魔力量がかなり多くなってしまいますが有効かと……」

「魔力を節約するため、地上のみに魔法を使っているのだとしたら?」

「待つのじゃ遥希。莫大な魔力を有するSランク魔導士が、魔力を節約するとは思えないのじゃ」

「なるほど。そういう事ですか……」


 答えを見つけた様子の花奏は、自身の答えの正誤を確かめるために頭のなかで何度も反芻する様に、深く考えながら口を開く。


「宇野元帥は、外部だけでなく内部……月姫さんを警戒していたんです」

「それじゃったら尚更、地面の下も警戒するじゃろ」

「いえ違います。Sランク魔導士といえど、莫大な魔力を消費するとは変わりません。そんな状態で、同じSランク魔導士である月姫さんを捕まえておくことは出来ないでしょう。だから宇野元帥は地面より下には、魔法を使ってはいない」

「確かに理屈は分かる。じゃがそれは、状況から考えた事に過ぎないのじゃ。今一確信にかけるのー」

「でも賭けてみる価値はある」

「でもどうするんだ?まさか、地面を掘って進むとか言わないよな?」


 訝しげな表情で問う柊二。


「いいえ、さすがに私達にそんな事は出来ません。でも月姫さんなら?」


 花奏がそう言った瞬間、花奏の導き出した答えに追いつく。


「月姫さんが家出する時に使った道、つまりトンネルを使うんだな」

「はい。この作戦はトンネルを発見できるかにかかっています。そしてそれは『遠視』の能力を持っている静音ちゃんにしか出来ません。お願い出来ますか?」

「はい……任せてください……」


 静音ちゃんは目を閉じて、左手を左眼の瞼に被せる。

 この考えは証拠も何もなく、ただの希望に過ぎないものだということは分かる。もしトンネルが見つからなければ俺達の予想が間違っている事になり。それは、もう打つ手がない事と同義だった。


「……東南東。七百三十メートル先に空洞を確認……。ありましたっ……!」

「よかった……ありがとう!」


 静音ちゃんに礼を言ってから、視線を花奏に移す。


「ここからはSランク魔導士の屋敷に入るのですから、何があっても不思議ではありません。想定外の事態に対応できるように、固まって行動します。それでは……行きますよ」


 そう言って走り出した花奏のすぐ後ろをついて行く。幸いにも周囲に敵魔導士はおらず、最短距離を駆ける事数秒、林の中に人一人がやっと通れる程の小さい空洞を見つけた。


「一人ずつしか入れないようじゃな……。それなら、わしが先頭を行くのじゃ」

「お願いします。では、柊二君は一番後ろを」

「わかった」


 先頭の陽に続いて中に入る。


「ん?なんじゃあの光は?」

「もしかしたら、直接建物の中につながっているのかもしれないな」

「それは妙な話ですね」

「妙?」

「はい。なぜ家の中から直接トンネルを作ったのでしょうか。家の中には、警備員や使用人がいるようですから、見つかる事を恐れて外に作るのが普通だと思うのですが」

「外には魔法がかけられていて、宇野元帥に行動が筒抜けなんだろ。そのせいじゃないか?」

「そうでしょうか?月姫さんなら、山を出る事は出来なくても、少し位なら見つからずに行動出来そうですが……」


 どこか腑に落ちない様子の花奏だが、気にしすぎだと思ったのか、すぐに元に戻る。

 出口まで残り数メートル。

 なんか思いの外、簡単に入れたな。このまま戦闘せずに月姫と会って、そのまま帰れるんじゃないか?

 そんな甘い考えが頭をよぎる。


「ステルスエントリーとダイナミックエントリー。どっちにするのじゃ?」


 トンネルの出口の前に着いた陽が振り返って、花奏に尋ねる。


「ダイナミックエントリーで行きます。遥希君以外は、私の合図に会わせて魔方陣を展開させた後、出来るだけ派手に敵を片づけて下さい」

「折角バレてないんだからステルスエントリーの方が良いんじゃないか?」

「月姫さんの部屋が分からない以上、どうしても時間がかかってしまいます。この人数ですから、見つからない可能性はかなり低いでしょう。ダイナミックエントリーなら敵を混乱させる事が出来ることに加えて、運が良ければ月姫さんに気づいてもらえるかもしれません」


 全員が出口に集合し、花奏の合図を待つ。

 張り詰めた緊張感の中、花奏が拳を振り下ろした瞬間、一斉に魔方陣を展開させる。


「「「「魔方陣展開――パターン《正義(ジャスティス)》――

       ――パターン《期待(エクスペクション)》――

       ――パターン《友情(フレンドシップ)》――

       ――パターン《不安(アンクシャス)》――」」」」



 地面が幻想的な光に染まると同時に花奏が杖を前に突き出し、トンネルの周囲を凄絶な閃光を発しながら爆破する。


「天界の聖矢(ヘブンオブミストルティン)!」


広くなった出口から勢いよく飛び出すと同時に驚愕の表情を浮かべる敵魔導士数名を発見するが、すぐに消える。それが、陽の攻撃によるものだと気づくのに時間はいらなかった。

 トンネルを出た先は、どこかの王宮を思わせるような豪華な装飾が施されており、足下には紅の絨毯が敷かれていた。その絨毯を眼で追っていった先、廊下の曲がり角から複数の陰が慌ただしく出てくる。


「皆さん!行きますよ」


 敵とは反対側の方向に走りながら、すぐに俺を取り囲む様な陣形を組む。俺達の侵入を知らせる警報音を聞きながら走り続ける俺の横で、後ろを振り向きながらも交戦している花奏の眼は強い意志が感じられる。


「遥希!部屋のドアを片っ端から開けていくからお前が確認しろ!」


 柊二が俺達との距離を広げ、眼で追うのが困難な速度で、次々にドアを開けていった。

 走る速度を落さないまま横目で部屋を確認していく。


「くそっ。どんだけ広いんだよこの家!」


 凄まじい勢いで繰り出される弾幕を撃ち落とし、あるいは避けながら目的の場所を探す。

 俺達の通ったあとの壁や床には、弾痕の様な穴が無数に空き、豪華な豪邸は徐々に廃墟と化していく。


「前方から敵の接近を確認!花奏!どうするんだ!」

「すぐそこを右に曲がって下さい!」


 疲労のせいで魔法の精度が落ちていくのに対し、激しさを増していく攻防。

 自らの血飛沫を散らしながら、杖を振い続ける仲間達の姿を眼にして、もう長くは持たない事を悟る。


 くそっ!月姫の居場所さえ分かれば!


 そう思った矢先、正面にひときわ大きな扉が出現した。その扉の左右に道はなく、荘厳とした雰囲気が辺りを支配していた。

 勢いよく扉を開け、なだれ込む様にして中に入る。


「遙……君……」


 教会の様な部屋の中、月姫は聖母が描かれたステンドガラスの前に座っていた。

 まるで、俺達が来るのを待っていたかの様に。


「後ろは私達に任せて、遥希君は月姫さんの方へ」


 俺は頷くと仲間達の間を通り抜け、月姫の前に出る。


「帰ろう、月姫」

「嫌だよ。私はもう心葉市に戻るつもりはないの」

「もういいんだよ。月姫が我慢する事なんてない。今までの俺は、月姫に頼ってばかりだった。ほんと……駄目な奴だった……。でも、これからは違う。今後は俺にも頼って欲しいんだ!月姫の頼みなら何だって叶えてみせるさ」

「何だって……ね。じゃあ、帰ってくれない?」

「え……」

「帰ってくれって言ってんの。こんな夜中に……正直迷惑なんだけど」

「いや……だから無理をする必要は……」

「無理なんてしてないよ。本当に帰って欲しいの」


 月姫から明らかな敵意を感じる。それ故に月姫の言っている事が理解できず、頭が混乱してきた。

 月姫から敵意を向けられるなんて……初めてだ……。


「それに『帰ろう』って何……?ここが私の家なんだけど。私は家出して、また帰ってきただけ」

「……」

「『月姫の頼みなら何だって叶えてみせる』って、そんなの無理に決まってんじゃん。どーやって叶えてくれるつもりなのかなぁ?」

「努力に決まってるだろ」

「努力?は?馬鹿馬鹿しい……。努力で何でも叶うわけないじゃん」

「馬鹿馬鹿しい?」

「馬鹿馬鹿しいよ。努力したからといって何でも叶うなんて大間違いだよ。そんな大変な思いするよりは、元々得意な事をやった方がいい。努力なんてするだけ無駄でしょ」

「……お前……誰だよ……」

「はぁ?」

「確かに、努力したら何でも叶うなんてのはあり得ない……。努力が報われないことなんてざらにある事だよ……。でも、努力をしたからこそ出来る様になった事だって沢山ある。願いを叶える事だって出来るんだよ。無駄な努力なんて無い。それを俺に教えてくれたのは……月姫だ。月姫が努力は無駄だなんて言うはずないんだよ!月姫のふりなんてしてんじゃねぇ!」

「……フッ」


 俺の目の前にいるソイツは静かに右手を上に上げると、パチンと一回乾いた音を立てた。


「くっ……」


 その瞬間、視界が大きく婉曲しだす。いや違う……歪んでいるのはこの空間全体だ!


「皆さん!緊急事態です!一カ所に集まって下さい!」


 足はすんなり動いた。皆と合流し、それぞれがそれぞれの背中を預ける様にして外を向きながら円形に陣形を組み、いかなる事態にも対応出来る様に集中力を高める。


「……っ!」


 顔が強張っているのが自分でも分かる。

 ここは教会などではなかった。部屋の全面を追おうのは鳶色の土。一階と二階からなる吹き抜けの構造になっていて、二階のテラス席のように突き出ている場所には、すでに魔方陣を展開させているAランク魔導士が数十人。俺達の周りを取り囲んでいる。


「幻覚系魔法……。罠だったって訳ですか……」


 目の前にいる男を睨む。先程までは月姫の姿をしていたソイツは、スーツを着た三十代後半の凜とした男に変わっていた。


「久しいね。遥希君。随分と成長した様でびっくりしたよ」

「……久しぶりですね、おじさん。いや、宇野元帥と呼んだほうがいいですかね……」

「おじさんで構わんよ。もっとも、もう呼ぶことは無いだろうけど」


 翡翠元帥の言葉に呼応し、周囲の魔導士が一斉に杖を構える。


「悪く思わないでくれたまえ。娘に近寄るような害虫は駆除しなければならんのだ……やれ」


 炎や雷など、様々な形を得た魔法が、一気に飛び込んでくる。


「「「吃緊防護(ノートファルプロテクト)」」」


 花奏、陽、柊二の三人が、反射的に緊急用防御魔法を展開させる。

 しかし、敵魔導士の放った攻撃はそんな即席で出来た壁を軽々破り、俺達の体を蝕んでいく。

 視界が徐々にくらんでいき、気づけば足下に、血だまりが出来はじめていた。


「花奏……もう……」

「大丈夫です……そろそろ……」


 花奏が何かを言いかけた瞬間、足下が天色に激しく発光しだした。


「これは……魔方陣?こんなに巨大なもの……」


 宇野元帥のものでも、ましてや月姫のものでもない。冷たく輝く魔方陣が部屋を突き抜けて広がっていた。その魔方陣の主……静音ちゃんがそっと目を開く。


「私の魔方陣は……《不安》。沢山の敵意が……私に向けられている……怖い……悲しい……そんな感情が大きければ大きいほど……魔方陣は大きくなっていく。つまり、ピンチになればなる程、私は強くなるっ!」


 そう言って銃口を真上に向けた静音ちゃんの右手に魔力が収束していく。


「逃げ道は……私が作りますっ!ですからその後の事は……お願いしますすっ!」


 静音ちゃんの魔力を吸収した銃の銃口から、周囲に向かって強烈な圧力が放たれ始める。それは不思議と風が吹ている様に感じた。


「これは私の全ての魔力をつぎ込んだ必殺の一撃――尽魔操氷砲(ファイナルリョートオペレーション)


 周囲の温度が急降下する。冷気を纏った空色の光が天上に触れた瞬間、細かな氷と化し、空気中に漂う。数秒と経たないうちに現れた漆黒の空を見上げて、静音ちゃんが叫ぶ。


「今です!はやく上へ!」


 山をくり抜いて出来た深い穴から這い上がれる程の力強い魔力を持っているのは、俺達の中では陽と柊二しかいない。俺と花奏は陽に、静音ちゃんは柊二に肩を借りると、壁を駆け上がり、夜の闇で満たされた外にでる。それと同期して、穴を漂っていた氷は急速に凝固し穴を塞ぐ。


「この氷は……普通の魔導士には壊す事は出来ないでしょう……ですから……今のうちに……」


 静音ちゃんはそう言い残し気を失う。そんな静音ちゃんを嘲笑うかのように穴を塞いでいた氷が弾け飛ぶ。

 相手は普通の魔導士では無い。


 すぐに穴との距離をとり、戦闘態勢をとった時にふと気づく。目の前には、本来の目的地であった、月姫の家が建っていた。そしてその間には、行く手を阻む翡翠元帥が。


「見事だ……Aランクじゃないのが不思議な位だ……。彼女に免じて、君達にはチャンスを与えよう。今すぐ心葉市に戻りたまえ。そうすれば今回の事は不問にしよう」

「お断りします。遥希君は誰一人として諦めたくないって言っていました。私はそれについて行きたい、助けたいんです。遥希君は私にとっても大切な人だから!」

「そうか……残念だよ。私としても、未来ある芽を摘み取るのは避けたかったのだが……仕方あるまい。せめて楽に殺してあげよう。魔方陣展開――パターン《執着(アタッチメント)》――」


 宇野元帥の足下から出された魔方陣は、瞬時にこの山全体を覆う程の大きさに広がり、夜であるにも関わらず、周囲が昼間と遜色ない位に真朱色に発光する。


「一度離脱して態勢を立て直したかったんですが話している間に周囲を囲まれた様ですね……。やむを得ません。ここで迎え撃ちます!」

「まっやってやるよ」

「無茶な注文じゃが、心得た!」


 柊二と陽が杖を構えながら答える。


「私達が出来るのは周りの魔導士の相手をする事までです。ですから遥希君は宇野元帥を、そして月姫さんをお願いします。宇野元帥の相手をするのは、遥希君が相応しいでしょうから」


 俺は頷くと体の向きを変え、宇野元帥と対峙する。


「最後の戦闘です、どうかご無事で……。戦闘開始!」


 花奏の声を合図に陽と柊二がそれぞれの方向に向かって飛び込んでいく。

 俺はゆっくりと歩きながらここまで温存してきた魔力を解放し始める。


「魔方陣展開――パターン《孤独》――」


―――――えっ……?

 出ない……。

 魔方陣が出てこない……。

 ――っ!よりのもよってこんな時に!

 なんで……なんで出てこないんだよ!

 もう少しで……もう少しで月姫に手が届くってのに!

 自分自身に対する怒りが込み上げてくる。

こんな大事なところでなんで出てこないんだ!


魔方陣が出なければ戦えない。宇野元帥は倒せない。


それじゃあ……俺のために戦ってくれている仲間達に申し訳がたた……。


仲間……。


下に伏せていた目を自分の周囲に向ける。


大量の、それも自分より高位の魔導士を相手にして、血を散らしながらも互角に戦っている陽と柊二。


自らの魔力を仲間のために全て使い果たし、意識を失った静音ちゃん。そんな彼女を守りながら、宇野元帥の加勢に行こうとする魔導士を次々に倒していく花奏。


それぞれが自分の感情を、信念をもって、たった一人の仲間を……俺を助けようとしてくれている。


あぁ……そうか……。俺はこんなにも大切な仲間が出来たんだ。


――――俺はもう孤独じゃない。


 だから……魔方陣が使えないんだ……。


「なんだよ……それ……。ふざけんなよ!」


 孤独じゃなくなった。そのせいで月姫を失おうとしている。


俺は……ずっと孤独でいろって事かよ……。


全身の力が抜け、地面に膝をつく。周囲に鳴り響く爆発音がどんどん遠くなっていく。


「は……君……遙……君……遥希君!」


 花奏の声で失いかけていた意識を僅かにとり戻す。


「しっかりして下さい!早く魔方陣を!」

「出来ないんだよ……。俺は孤独じゃなくなった……。みんなのおかげで……両親がいない俺でも、毎日が楽しいって……思えるようになった……。幸せになってしまったんだ……。でもそれは……《孤独》の魔方陣が使えなくなる事でもある……。どうやら俺は……幸せになりすぎてしまったらしい……。そのせいで月姫だけでなく……皆も失いかけている……。俺は……幸せになってはいけない人間なのかもしれな……」



 バチン



 乾いた音が爆発音よりも大きく耳に届く。その音の正体が俺にビンタした花奏のものであると気づくのに、僅かに時間がかかる。


「幸せになってはいけない訳ないじゃないですか!私だって……遥希君と一緒にいて楽しかった。幸せだった……。それを否定する様な事を言わないで下さい!」

「でも……そのせいで魔方陣を使えない……戦えないんだ……」

「魔方陣は使えます」


 花奏は目を閉じた後、何かを決心したかの様にゆっくりと目を開けて言った。


「もう一度問います。遥希君の中の最も強い感情は何ですか?」


 それは、初めて魔方陣を展開した時と同じ質問だった。


 俺の中の最も強い感情……。


 自分の意識の奥深く。感情を探し始めて初めて気づく。暖かい。

 最初に探しに来たときは、冷たく暗い所をさまよっている感覚だった。今は違う。

 暖かくて優しい気持ちで溢れている。

 そんなかけがえのない感情の中に、一際強く輝くを放つものを見つけた。

 いや……自分が認めていなかっただけで、初めから分かっていたのかもしれない。

 それは花奏や陽、柊二や静音ちゃんへのものとは異なった感情。


 彼女が来てからというもの、静かな家に帰ることはなくなった。無意識の内に求めていた『おかえり』を聞く事が出来きる様になった。

 彼女の何気ない動作の一つ一つが気になる様になった。自分がどう見えているのか、気にする様になった。彼女に自分の存在を認めて欲しかった。

 そして、彼女が家に帰った時、思い出した。

 六年前に彼女がいなくなって、公園で泣いた事を。そしてかつての自分もまた、彼女に惹かれていた事を。


 それは初恋の記憶。


 長い間、心の中で育っていた感情が溢れだす。

 そうか……。俺は小さい頃から今までずっと……月姫の事が好きだったんだ。


「心配かけた。花奏」


 短くそう言って花奏の横を通り抜け、宇野元帥の方に向かって歩きながら……。


 最愛の人物と同じ言葉を紡ぐ。


「魔方陣展開――パターン《愛情(アフェクション)》――」


 花が開花する瞬間の様に、美しく静かに広がっていく魔方陣。今までとは比べものにならない位大きくそれでいて密度の濃いそれは周囲に桃色の光を放っていた。


 これは六年分の恋心。


「結局は俺も……月姫と同じだったって訳だ……」


 そう呟いた瞬間、目の前が赤く発光する。


「煉獄ノ支炎(フェーゲフレイア)

「遥希君!避けて下さい!」


 こちらに向かって進んでくる、膨大なエネルギーを宿した、凄まじい火力の火柱をみて思う。

 あぁ、なんて冷たい炎なんだ。

月姫の炎はもっと繊細で、暖かくて、力強かった。まるで彼女自身のように。


不可侵空間(インバイオスペース)


 左手を上に突き上げると、俺の意志に反応した指輪が桜色に輝き出す。

 風の膜が全身を包んだ瞬間、火柱と接触し、周囲に爆風が吹いた後、火柱が風に溶ける。

 余りにも驚愕の光景に周りの人は皆、戦闘を止め、呆然と立ち尽くしていた。


「今のを防ぐ……か……。先程とは見違える様だが……何か心境の変化でもあったのかな?」

「変化なんてしてない。ただ前に進んだだけだよ。お父様」

「……っ!誰がお父様だ!」


 宇野元帥はそこで初めて自身の感情を露わにし、地を蹴り、柊二を遙かに凌駕する速さで突進してくる。


出妨壁風(エクローズヴィント)


 宇野元帥に向かって、風の壁と打ち出す。むろん、宇野元帥は突破してくるが、目に見える速さまで減速していた。

 宇野元帥の杖の振る方向を予測し、間一髪の所で避ける。そしてそれによって生じた勢いを利用し、肉薄した。


清風流軍刀(クレールセイバー)


 手の中、不可視の刃が出現し、左下から宇野元帥に斬りかかる。


「……っ貴様!」


 宇野元帥は咄嗟に防御魔法を展開しようとするが遅い。近距離で斬り付けられた宇野元帥は大きく後ろに飛ばされ、小さく呻き声を上げる。


 いける!相手がSランク魔導士だろうと渡り合える!

 手にしていた刀を空気に戻し、追撃しようと、宇野元帥に左手を向ける。


「まだ若い……か……」


 宇野元帥の姿が消えたかと思うと、すぐ背後に陰が現れる。


「なっ……!」


 先程とは比べものにならない、魔法を使う事さえ許さない程の速度。ついて行けずに背後から強烈な打撃をくらう。


「ぐっ……あぁ!」


 弾かれた様に、前方に打ち出されるが、受け身をとり、すぐに元帥に魔法を放つ。


「防衛者ノ暴威(プロテクションレイジ)改」


 初陣した時に使った魔法の応用。だが今までとは規模が違う。幾つもの層を成した、鉄をも簡単に切り裂く竜巻が、轟音と共に宇野元帥の身包む。


 決まった。手応え有り!


 今までとは桁違いの魔法を発動した事から生じる安心感。左手を思わず緩めてしまった所で膝に激痛が走る。


「……っ!」

 声にならない叫びを上げる。自身の膝に目を向けると、矢の形を成した炎が突き刺さっていた。

 その場に膝をついた瞬間、竜巻が乾いた音を立てて消滅し、中から漆黒の弓矢を持った、宇野元帥が現れた。


「まさかこれを使う事になるとは思わなかったよ。遥希君の実力に敬意を示そう。この恵具の名は《(おぼろ)(つき)》。私の祖父から受け継いだ物だ。そしてその能力は《必中》」


 宇野元帥から放たれた一矢は、周囲に火の粉を巻き散らしながら、綺麗な弧を描き、俺の左腕に突き刺さった。


「づぁ……!」

「この弓から放たれたものは、全て狙った所に当たる」


 相手はSランク魔導士。放つ魔法は必ず当たる。


 考える限り、最悪の組み合わせじゃないか……。

それでも諦める訳にはいかない。激痛の走る足に無理をいわせ立ち上がる。


「さようなら遥希君。炎射一掃(アブフレイムクリア)!」


 矢となった幾千もの炎が一度に放たれる。

 避けられないのなら……逃げられないなら立ち向かえば良い!


伐魔縮風砲(ヘクセライオブリージュ)


 風が見える。密度を極限まで高め、魔力で強化した白銀の風が炎矢と衝突する。

 打ち出した風の力の反作用で後ろに追いやられつつも、徐々にその威力を増していく。


「実の父親だろうと、月姫は譲らない。渡してたまるか!」

「貴様っ、まだ言うか!」


 一瞬、周囲の音が消える。そして次の瞬間、俺と宇野元帥の放っている魔法がぶつかり合った地点を中心として、大爆発起った。舞い上がる砂煙の中、宇野元帥は空中に浮遊していた。



 静まりかえる戦場。



 嵐の前の静けさと呼ぶに相応しい、不穏な空気が流れていた。それは切迫した雰囲気などではなく、純粋な恐怖。


 感じる……月姫に似た何かを……。


 熱くなっていた頭が急に冷え、全身に鳥肌がたつ。


「遥希君!」

「遥希!」


 花奏と陽が息を切らしながら駆け寄ってくる。


「馬鹿!こっちに来……」


 視界がくらみ膝をつく。


「大丈夫ですか、遥希君!しっかりして下さい!」

「二人共逃げろ!ヤバいんだよ……。まずいんだよ!あれは!」


 そんな悲痛な叫びも虚しく、宇野元帥は唱え出す。



「地上に君臨する全ての皇神よ。我は全ての創造者の根源たる光を支配せし者なり。我が力を持って汝に命ず。理を破りし事象を……」



 詠唱魔法。それはSランク魔導士たる証。


 花奏と陽が上を見上げたまま、その場に崩れる。大きく目を見開いたまま固まるその顔は、死者と遜色ない程に、青白かった。

 宇野元帥が言葉を発するたびに、矢の先に熱を帯びた光が集り、巨大な球体となる。

 例えるならば、第二の太陽。否、太陽よりも遙かに小さいが、そのエネルギーは太陽を遙かに凌駕していた。

 発せられた熱線により、辺りの木々が炎上し始める。


 あいつ……この山ごと、俺達を消す気だ!


 敵魔導士はもちろん、月姫だって無傷ではすまないはずだ。

 それを踏まえた上でこんな事をしようとするなんて……正気とは思えない。


 外気に触れている肌が、針を刺した様に傷み出す。


 せめて……他の皆だけでも逃がしたい……。逃がしたいけど……。

 万策尽きた。やり場のない焦燥感が込み上げてくる。

 失うのか……月姫だけで無く……全てを……。


「……ははっ」


 全てというのは、自分の命も含まれる。

 それならば……そっちの方が楽なんじゃないだろうか……。

 ゆっくりと足下の魔方陣が小さくなっていく。

 何が間違っていたんだろうな……。Sランク魔導士と渡り合えているって、思い上がったからだろうか……。


「いや、それ以前に月姫を……」


 月姫を……。

 その先の言葉が出てこない。この先の言葉を続けてはいけないと、無意識の内にせき止めている。

 魔方陣が完全に消えようとしていたその時、ポケットから何か落ちる。放心状態のまま、目だけを向ける。


「指輪……?」


 狐色の……月姫の髪と同じ色をした指輪が目の前に転がっていた。

 二人をつなぐ、約束の指輪。

 その瞬間、脳裏に月姫の姿が、声が浮かび上がる。


 夕日の中、少しだけ先を歩く月姫。振り返りながら、楽しそうに笑いかけてくれる。そして時折、指輪を嬉しそうに見つめ微笑む。愛おしそうに名前を呼んでくれる。


「……諦めたくねぇよ!月姫!」


 自然と涙がこぼれ落ちてくる。霞んだ視界の中、指輪を広い、強く握りしめた。


 何を弱気になっているんだ俺は!

 今が……人生で一番頑張るべき時じゃないか!


 指の間から、狐色の光が漏れていることに気づく。手の平を開くと『涼秋』が激しく発光していた。その輝きに答えるかのように『陽春』も発光しだす。


これは……『共鳴』……。


 今までに無い程、明るく光る狐色の指輪を見て悟る。

 この指輪には、月姫の思いが詰まっている。


 やっぱり……俺と同じじゃないか。


「お前の主を迎えに行こうか」


 指輪にそう語りかけ、前に歩き出す。


「遥希君……どうするつもりですか……」


 震えた様子でそう問う声、振り返らず、前を向いたまま答える。


「なぁ知ってるか?物語の大団円ってのは、必ず愛が勝つものなんだぜ」


 足に魔力を込め、空中に浮かび上がる。魔方陣は気づかない内に戻っていた。

 詠唱魔法はその圧倒的な破壊力故に消費する魔力も膨大だ。俺達の勝機があるとしたらここにあるはずだ。

 頭の中でこれまでの経験、知識、そして現状を繋いでいく。


 なぜ周囲の木々が燃えているのに、宇野元帥自身の服は燃えないのか?


「そうか……」


 ある一つの考えにたどり着いた瞬間、隣に月姫がいる様な錯覚をおこす。

 幻だということは分かっているが、確かな暖かさを感じた。


「一緒に戦ってくれ……月姫」


 実際には月姫はいないけれど、二人で戦うんだ。


 左手を宇野元帥に向け、頭の中に構成式を書いていく。宇野元帥の周囲に徐々に炎が溜まっていき、巨大な膜を形成していく。

 この魔法は、初陣の時に月姫が使っていた魔法と同じなので、その効果は実証ずみだ。これで宇野元帥の視界を奪う事が出来ただろう。


「問題はここからだ」


 目を瞑り、膜の外部から内部の風の動きを感じ取る。そして風の流れに自分の意識を反映させていった。


 出来るだけ自然に……気づかれないように……しかし、迅速に……。


 膜の中がどうなっているか、視覚的にとらえる事は出来ない。一抹の不安を持ちつつ、じっと待つ。

 そしてその時は来た。



「……道理を投函し、その欲のままに蹂躙する罪深き地上の民に裁きの鉄槌を!」



 宇野元帥から発せられた球体は膜を突き破り、勢いよく飛び出す。それと同時に消滅した膜の中の宇野元帥……正確にはその背中をみて成功を確信した。


「どこに向かって打っているんですか?」

「……なるほど。炎を利用して視界を封じてから、私の体の向きを反転させたという訳か。だか失策だったね、遥希君」


 宇野元帥は体の向きを反転させ、再び俺と向き合う。


「私の恵具の能力を忘れたのかな?必中というのは、たとえ反対側に向かって打ったとしても必ず当たるのだよ」

「もちろん分かってるさ。さて、ここで問題だ。放ったアレは、どういう軌道を経て、俺に当たるんだろうな?」

「……っ!」


 宇野元帥は行きよい良く振り返るが、遅い。


「くっ……砲緊防護(ノートファルプロテクト)!」


 球体と宇野元帥の防御魔法が接触し、鋭い閃光がまき散らされる。行き場の失ったエネルギーはそれぞれ、熱や光になって空気へ消えていく。


「私に詠唱魔法の処理をさせようとしているのなら無駄だ!コイツは私にも止められない。私はこれで失礼するとするよ……」


 宇野元帥の体が球体の輪郭に沿って、徐々に下へ滑っていった後、そのまま落下していく。その足下の魔方陣は消えていた。

 魔力切れの様だな……。


 障害の無くなった球体は、再びこちらに向かって動き出す。やはり宇野元帥が言った通り、消滅させる事が出来なかったようだが……。


「十分だ」


 宇野元帥が魔法を放った時よりは、確実に弱まっていた。

 自身の身につけている『陽春』と手に持っていた『涼秋』を見つめる。


「頼むぞ、月姫」


 『涼秋』をポケットにしまい、左手を頭上に高く突き上げた。

 目を閉じ、頭の中に構成式を書いていく。

 それは俺と月姫だからこそ、完成させる事ができた構成式。

 銀朱色の風が球体へ向かって流れ、球体の四方を囲む。

 球体との距離が五十メートルを切る。

 焼ける肌に激痛を感じつつも、防御魔法は使わずに、魔力を全て風に注ぎ込む。


 月姫……今行くぞ……。


炎彩風縮滅(ファルベディメント)!」


 開いていた手を握りしめた瞬間、銀朱色の風が球体を圧縮し、球体ごと霧散した。

 目と鼻の先で起った出来事。僅かに残った風が髪を少し揺らした。

 視界の端に月姫の家をとらえる。


「あのベランダの装飾……」


 ベランダの先、大きな窓に落ち葉を象ったアクセサリーの付いたチェーンが掛けられていた。


    ◇


 ベランダに降り立ち、半開きになっているドアをそっと手でおして中に入る。

 月明かりに照らされた室内に自身の陰を落した先、目的の彼女がいた。

 静かな室内には、膝を抱えたまますすり泣く月姫の声だけが響く。


「月姫」


 かつて自分がそうしてもらった様に、優しく月姫の名を呼ぶ。


「遙……くん……?」


 涙で濡れた顔を上げる月姫。月姫の赤くなった目をみて心が痛む。


 今までどれだけ月姫に無理をさせてしまっていたのだろうか……。


 月姫はよろめきながら立ち上げると、真っ直ぐに俺の胸に飛び込んでくる。


「どうして……どうして来ちゃったの……。折角遙くんの事は諦めようって決心したのに……。遙くんと会っちゃったらもう……諦められなくなっちゃうじゃん……」

「いいんだよ……もう……」

「良くないよ!私が戻ったら、心葉市と里木市が戦争になる。そうなったら、私の大好きなあの街がなくなっちゃう。遙くんだって死んでしまうかもしれないんだよ……。私……そんなの耐えられないよ……」

「それも大丈夫だ。俺に任せとけ」

「無理だよ……だってパパが……」


 ハッとした表情になる月姫。陶器の様な白い肌が青ざめていく。


「遙くん……どうやってここまで来たの?パパが気づかないはずないよ……。早く逃げて!でないと殺されちゃう!」

「宇野元帥なら外で伸びているよ。魔力切れでね」

「そんな……一体どうやって……」


 月姫の目線が俺の足下の魔方陣をとらえる。


「私と同じ……魔方陣……」

「あぁ、同じだ」

「やっと届いたんだね……私の思い……」


 月姫が全てを悟るのは、それだけで十分だった。

 その場に泣き崩れる月姫の小さな背中をそっと抱き寄せる。


「月姫は俺が死ぬのや、思い出の町が壊されるのが耐えられないって言っていたけど、俺にとっては、月姫と一緒に居られないって方が耐えられない。だから……俺に頑張るチャンスとくれないか?」

「チャンス?」

「ああ。やっと気づいたよ。俺は月姫にばっかり頑張らせちまっていたんだな」

「そんな……遙くんの為だもん。たいした事無いよ」

「たいした事だよ。普通の女の子がここまでの実力を手にするのは、俺が想像するよりもずっと大変だったはずだ。それに比べて俺は……。今まで何もしてやれなくてごめん!そしてこの六年間、本当に良く頑張ってくれた。ありがとう」

「遙くん……うぅ……遙くん……遙くん!」


 月姫は大声で泣きながら、何度も俺の名を呼ぶ。

 まるで今までに呼べなかった分をとり戻すかの様に。

 今までの人生はすべて、今日の為にあったんだな。

 そう思える程、至大な幸福感が心を満たした。

 そんな彼女に伝えなければならない事が、もう一つある。


「告白の返事……してなかったな」

「もういいよ。十分伝わっているから」


 顔を上げ、頬に涙を残しながらも、精一杯の笑顔を見せる月姫。


「そうか……。じゃあ、俺のわがままを一つ聞いてくれないか?」

「何?」

「しっかりと、俺の言葉で告白させて欲しい」

「遙くん……」


 一歩後ろに下がり、月姫の前で片膝をつく。二人の視線が交わる中、自然と心は落ち着いていた。俺はポケットから狐色の指輪を取り出すと、月姫の左手をそっと持ち、指輪を薬指に通す。



「宇野月姫さん。小さい頃から、ずっと貴方の事が好きでした。こんな不甲斐ない俺だけど、精一杯月姫を大切にする事を誓います。だから……これからの人生、ずっと俺と寄り添って生きて下さい!」


「はい!」


 涙を空中に散らしながら、飛び込んで来る月姫を受け止める。

 その瞬間、地平線の向こうから、太陽が顔を覗かせ、暖かい光が二人を祝福する様に包み込んだ。


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