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ヤンデレ幼馴染みが魔法使いになって帰ってきました。  作者: かじかん
ヤンデレ幼馴染みが魔法使いになって帰ってきました。
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第四章 初デート



「うぅ……体がいてぇ……」


 あれから一週間後、魔力切れを起したせいで、魔力がある程度回復した今でも、全身の痛みに襲われていた。そんな訳で現在俺は、学校に登校すると直ぐさま机に顔を伏せていた。


「おはようございます遥希君。ふっふっふ。どうですか?人生初の魔力切れは」


 伏せていた顔を上げるとそこには、からかう様に笑っている花奏がいた。


 久しぶりの再会に、熱い物が込み上げてくるが、平然を装う。

 まぁ恥ずかしいからな。


「痛てーし、辛れーし、眠みーよ。まぁ怪我とかもまだ有るから、全部が魔力切れのせいって訳じゃないけどな。花奏は平気なのかよ?結構酷い怪我してただろ?」

「はい。おかげさまで大事には至りませんでした。それにうちの救護班の力をもってすれば、大抵の怪我は五日有れば直るんですよ」

「そうだったとしても、花奏だって魔力切れで、全身が俺みたいに痛いはずだろ」

「痛いですよ。と言っても、見た感じ、遥希君程ではないようですね。個人差があるのかもしれません」

「そんな、理不尽な……」


 再び机に伏せる。多分、俺と花奏の差には、俺が月姫の魔力を使った事も関係しているんだろうな……。

 ……っとそこで周囲の異変に気づいた。


「ん?なんかいつもより、教室が騒がしくないか?何かあったのか?」

「それは転校生が来るからなのじゃ!」

「……っ!」


 それは一週間ぶりに聞く声だった。しかし一週間よりもずっと長い間あっていないと錯覚してしまう程懐かしく、自然と目頭が熱くなる。


「陽……なのか……」


 立ち上がり、よろよろとした足取りで陽に近づいていく。


「おうとも!わしは正真正銘、陽なのじゃ」

「陽―!」

「遥希―!」

「「ひし」」

「私との差が激しくありませんか!?」


 花奏はいかにも『プンスカ』と呼ぶに相応しい顔で抗議する。


「冗談冗談。とにかく二人とも無事でよかったよ。ところで陽。転校生ってどういう事だ?」

「そのままの意味じゃよ。今日からこのクラスに転校してするみたいなのじゃ」

「いや、もっと詳しい情報は無いのかって意味だよ。そういう情報っていうのは、俺の親友である陽が持ってくるのがセオリーだろ」

「それはおぬしがやっているゲーム中の話じゃろ……。まぁ知っている事といったら、相当な美女って事かのぉ。あと茶髪らしいのじゃ」

「美少女⁉あー失敗した。イベント発生させるの忘れてたわ。早めに登校して、曲がり角で待機しとけば良かったわ」

「いい加減ゲームから離れたらどうなのじゃ……。ほら先生がきたのじゃ」


 俺を含めた、クラスの全員が着席する。先生がいるため、みんな静かであるが、なんとなくわくわくした雰囲気が伝わってくる。


 転校生か……。今からフラグ立てるの間に合うかな……。

 美人か……茶髪か……。茶髪美人か……。

 茶髪……茶髪……茶髪……茶髪?


「はーい。皆さんおはようございます。HRを始める前に、重大発表があります。なんと今日からこのクラスのメンバーが一人増えるんです!では、早速入って下さい」


 先生にそう言われ入って来た人物の顔をみた瞬間……。


「先生!お手洗いに行ってきます!」


 思いっ切り横へ……ドアのある方向へ飛ぶ。しかし外に出ようと、ドアに手をかけた所で気づく。

 開かねぇ……。鍵のせいではない。ドアから僅かに魔力を感じる。


「篠原君。すぐに終わりますから、もう少し我慢して下さい」


 自分の席に戻りながら、転校生……月姫を見る。

 彼女は『逃がさねぇぞ』とでも言いたげな目をしていた。月姫の事だ、どうせ『転校イベント!完璧に成し遂げてみせる!』とか思っているんだろうな……。

 頼むから余計な事言うなよ……。


 月姫は俺が席に着いたのを確認すると、口を開く。


「本日からお世話になります。宇野月姫と申します。色々とご迷惑をおかけしてしまう事もあるかと思いますが、精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いします」


 礼儀正しく一礼する月姫。そんな態度と美しい外見が相まって、凄まじいお嬢様オーラが月姫から流れてくる。


「綺麗な人……」


 そんなクラスメイトの呟きが聞こえる程に、教室が静まりかえる。美少女が転校してきたんだから、教室に入って来た瞬間に大盛り上がりになってもおかしくないと思う人もいると思うが、神にひいきされているとしか思えない美しさにただただ圧倒されているようだ。


「皆さん仲良くしてあげて下さいね。月姫さんの席は……あっ、前の席が一つ……」

「結構です」


 月姫はそういうと、落ち着いた足取りで歩き出し、俺の右隣の席……花奏の席で止まる。


「どけよ、金髪」

「花奏です!いきなり何なんですか!」

「遙くんの隣にいて良いのは私だけなの!だからどいて!あんたみたいな泥棒猫になんて絶対渡さないんだから!」

「そんなわがまま許しませんよ!前の席が空いているんだからそこで良いでしょう」

「いやだね!これは譲れないよ!」

「私だって嫌ですよ!」

「チッ」


 花奏を退かすのは無理だと悟ったのか、月姫は俺の左隣に移動し、そこに座っていた女の子に話しかける。


「すいません。どいて頂けませんか?」

「えっ……あの……」

「どいて頂けませんか?」


 笑顔で女の子に迫る月姫だが、目は全く笑っていない。お願いと言うよりは脅迫だった。


「……どうぞ……」


 女の子は萎縮した様子で月姫に席を譲り、月姫はクラス中の視線を釘付けにしながら着席する。


「どういうこと?」

「なんか訳ありって感じ」


 一気にクラス中がざわめき出す。こんなやりとりを見せられては当然だろう。

 さて、どうしたものか。


「あの……月姫さんと遥希は知り合いなんですか?」

「はい!私はここにいる遙くん……篠原遥希さんとは婚姻関係にあります」

「よしお前ら!たった今取り出したスマホを机において、手を頭に付けろ!」


 どんな噂も一瞬で広まるのがネット社会である。油断の隙もあったもんじゃない。

 そんな俺の様子を気にも止めずに、月姫は指輪を皆に見せびらかしていた。


「その指輪って……結婚指輪?」

「えっ……でも年齢的に結婚は無理なんじゃ……」

「違う!俺は結婚した覚えなんてねぇ!」


 クラス内のボルテージはどんどん上がっていき、ついには隣のクラスの生徒が教室の窓から覗き見る程になっていた。


「遥希って、一人暮らしだったよな。結婚したって事は、まさか二人で住んでいるのか⁉」

「それは……」

「いいえ。お腹にもう一人」

「洒落にならない冗談を言うな!」


 そう言いながら、抗議の意を込めて立ち上がった瞬間、机の中から一冊の雑誌が落ちる。

 あれ、雑誌なんて持ってきた覚えは……。


「?遥希君、雑誌を落しましたよ……ってこれは⁉」


 雑誌を持ったまま固まった花奏が気になり、雑誌の方に目を落す。


 『た●ごクラブ』……だと……。


「遥希君……まさか本当に……」

「これは月姫の罠だ!俺のじゃねぇ!」

「遙くん、大きな声を出さないで。この子がびっくりしちゃう」

「もうお前黙ってろよ……!」

「うわー最低だー遥希。責任とれよ!」

「これはさすがに引くわ……」

「だから誤解なんだって!」


 クラス中の批難が全身に突き刺さる。

 月姫が何か仕掛けてくるのは分かっていたが、まさかここまでするとは……。


「……話を聞く必要がありそうですね。篠原君、昼休みになったら月姫さんと二人で職員室に来なさい」

「はい……」


 まずは先生の誤解を解くところから始めようか……。


    ◇


 本日最後の時限終了の鐘が鳴り響く。


「終わった……長かった……」


 本当に長い一日だった。

 結局あの後、俺は誤解を解くために一日の全てを費やしてしまった。とはいっても、みんな半信半疑といった様子だったが……。


「遙くん、帰ぁーえろ!」


 背中に一人分の体重がかけられる。いつもなら一人分の体重ぐらいなんてことないが、疲れているせいか、体が少しふらつく。


「遙くん、お疲れだねぇ」

「お前のせいでな……。それじゃ帰るか。いつも通り、花奏と陽も一緒に」

「私は特に用事がないので一緒に帰ろうと思えば帰れますが……遠慮しておきます」

「わ……わしも……」

「ん?どうして?」


 そう問いかけると、二人は同時に俺の後ろを指さす。


「……金属バットを常備してるのは、お前か熱血野球部員くらいだぞ」

「私は遙くんに熱血だよ!」

「はいはい。それより、皆で一緒に帰った方が楽しいんだし、皆で帰ろうぜ」

「嫌ぁーだ。遙くんと二人きりが良い。どうしてそんな事言うの。遙くんは二人きりが嫌なの⁉」

「嫌ってわけじゃないけど……」


 その時、携帯電話から警告音のような音が流れ出す。


「これは……軍の!」


 一体今度はなんだって言うんだ。また戦争が始まるのか?

 花奏と陽と顔を見合わせ、うなずき合う。


「悪い月姫!急用が出来た。先に帰っていてくれ!」

「えー。分かったよ……。買い物でもして帰る事にする。早く帰ってきてよね!」


 軍の事となると、しょうがないと分かってくれたのか、あっさりと月姫から許可を貰う。

 こうして、花奏と陽と共に、教室を後にした。


    ◇


 学校を出てから数十分後。軍の施設の一つである『応接室』の中で、三人並んで立っていた。目の前には二つの高級そうなソファーが向かい合わせに置かれており、そこに座っている人物が四人いた。

 一方には翡翠元帥。いつも通り、堂々とした態度で腰掛けている。

 もう一方には、六十~七十歳ぐらい老人が一名、その両脇に四十代ぐらいの男が座っていて、なにやら申告そうな顔をしている。


「それで、ご用件は何でしょうか?戦争って訳ではなさそうですね」

「ええ。戦争ではないわ。少々厄介な事になっているのよね……」

「貴方が篠原遥希君だね」


 そういって鋭い目を向けてきたのは三人の中心にいる男。


「はい。そうですが……」

「私は里木市軍の落合中将だ。今日は、君に頼みがあって来たんだ」


 里木市って……月姫の実家の……。


「……どんなご用件ですか?」

「率直に言うと、月姫さんが家に帰るように説得して欲しい。我々の説得には応じてもらえなかったが、篠原君なら何とか出来るかもしれない」


 そういえば、月姫はここに来るために家出してきたと言っていたな。

 本当だったって事か……。


「そんな事……急に言われても……」

「君には急な話に思えるかもしれんが、これは急な話などではないのだよ。数週間前から月姫さんを帰るように説得しているし、一週間程前には宇野元帥が直々に月姫に合いにいかれていた」


 そんな前から……。


 まてよ……。

 一週間前、それは俺の初陣の日。そしてその日、月姫がボロボロの状態で目の前に現れた。


「……まさか、月姫を連れ帰るために、月姫を攻撃したんですか!」

「宇野元帥は手段を選ばないお方だ」

「そんな……」


 いくら家出したからと言って、自分の娘を攻撃するなんて……正気かよ!

 心の奥から沸々と怒りが込み上げてくるのを感じる。

 俺がまだ小さい頃、月姫の家にはもちろん行った事がある。でも月姫の親父がそんな奴だなんて知らなかった。許せねぇ。


「お断りします!そんな月姫を傷つけるような奴の所に月姫をやる訳にはいきません」

「君に拒否権があると思っているのかね。だいたい、君は月姫さんの何なんだ?」

「俺は!俺は月姫の……」


 返答につまる。俺は月姫の何なんだ?

 幼馴染みで、クラスメイト。昔の隣人で今の同居人。

 何だろう……。足りない……。


「宇野元帥は大変ご立腹だそうよ。このままでは怒りの矛先が心葉市に向きかねない……つまり外交問題に発展しそうなのよ。だから、私からもお願いするわ。月姫さんを説得して頂戴」

「そんな、翡翠元帥まで……」


 確かに、月姫が帰れば解決する問題は沢山ある。だけどそれは、月姫のためにならない。

 月姫のために……?

 月姫のために……なのか?


「私は反対です。月姫さんに手をあげる様な親の所に帰す事なんて、私の正義に反します」

「わ……わしも」

「花奏……陽……。ありがとう」


 こんな状況でも、二人が味方してくれた事は嬉しい。


「はぁ……。心葉市の軍人として取るべき行動をよく考えなさい。月姫さん個人よりも心葉市民の安全を優先させる事なんて、説明するまでもなく当たり前の事だとおもうのだけれど?」

「それは……そうかもしれませんが……」


 立場の話を持ち出されては、さすがに花奏も分が悪いようだ。


「我々はこれで失礼するよ。月姫さんの件、頼んだよ」

「……」


 沈黙を肯定と受け取ったのか、落合中将は俺の左肩をポンと叩いてから、退出する。


「私からの話は以上よ。解散」


    ◇


 夕日に染まる住宅街の中に一人、帰路につく。

あれから少し時間がたち、少し冷静になる事ができた。

 市にとって、月姫がここにいるのは、悪い事ばかりで良いことなんて何もない。悪い事の中でも、里木市に睨まれるのは最も避けたい事だった。


 俺はどうすればいいのだろうか……。

 俺はどうしたいのだろうか……。


「んしょ……んしょ……」


 目の前に悩みの種の主が、俺と同じ方向に歩いているのが見えた。両手には、買い物袋をぶら下げている。


「持つよ」


 小走りで月姫に追いついた俺は、後ろから両手の袋を取り上げ、月姫の左側にまわる。


「別にいいのに……」

「月姫は力が弱いんだから、力仕事は俺に任せればいいんだよ」

「えへへ。さすが遙くん。優しい」

「ああそうだ感謝しろ!てか、よく考えたら、魔法使えば良かったんじゃないか?前にバレなきゃいいみたいな事言ってただろ?」

「家事には魔法は使わないって決めているの。買い物も家事の内の一つでしょ」

「何でまたそんな事を?」

「それは、遙くんの事は全部自分の手でやりたいからだよ」


 夕日に照らされ、頬を赤くそめた月姫の顔がのぞき込む様にして目の前に現れる。


「そ、そうか……。でも月姫の負担は大きいだろ。今までよくやってくれていたとは思うけど、これからは家事を分担しないか?」

「ううん、いいの。私は遙くんのために出来る事は何でもやりたいから」

「そうは言ってもな……」

「それじゃあ」


 月姫は俺の右手から買い物袋を取ると、開いた手で手をつなぐ。


「今はこれだけでいいよ。それじゃあ行こうか」


 歩くペースを月姫に合わせ、歩き出す。

 俺は、こんな健気な彼女に、言わなければいけない事があった。


「あのな月姫……」

「ん?なあに?」

「家に……帰る気は無いか?」


 月姫の足が止まる。


「どうして……。どうしてそんな事を言うの……」


 月姫の瞳に雫がたまっていき、頬に一筋の線を作る。それは俺が初めて目にする月姫の涙だった。


「他の人になんて言われても構わない。でも……遙くんにだけは言われたくなかった!」


 月姫が真っ直ぐこちらを見ている。


 違う……俺はこんなつもりじゃ……。


「私はね、何も考えないでここに来た訳じゃないんだよ……。パパの事とか、心葉市と里木市の関係とか、色々考えた。私がここにいる事で、沢山の人に迷惑をかけているのも知っている。だから今回の事で、私は沢山の責任を取らされるかもしれない。それでも……それでも私は遙くんといたい!」


 震えた声で言葉を紡ぐ月姫。しかしそんな涙声でも、強い意志が感じられた。


 くっそ……どうして忘れていたんだ!

 昔遊んでいた月姫は、別に才女って訳じゃなかった。

 ごく普通の、何処にでもいる様な女の子だったじゃないか。

 月姫は頑張ってアメリカの大学に入って、頑張ってプロに匹敵する程の家事をこなせるようになって。頑張って頑張ってここまで来たんだ。

 そんな月姫に……俺は何を言ってるんだ!


「私は遙くんの事、大好きだよ。でも遙くんはどうなの……?私の事……好き?」

「俺は……」


 月姫の事は大事に思っている。でも月姫に対するこの感情をどう言葉にしたらいいか分からない。

 月姫の事は『好き』だ。でも月姫が聞いている『好き』は恋愛感情の『好き』である。

 俺の『好き』が月姫の『好き』と同じかどうか、いまいち確信が持てないのだ。


「ごめん……意地悪な事聞いたね。帰ろっか」


 月姫が歩き出し、そこで初めて、つないでいた手がいつの間にか離れていた事に気づく。行き場の無くした右手を無意識の内に月姫へ伸ばすが宙をかくだけで終わる。

 このまま彼女を帰してはいけない。

今俺が感じている『寂しさ』を彼女も感じているはずなのだから……。


「月姫!ごめん!俺、月姫の気持ちを考えずに無神経な事言った。俺だって、月姫にここにいて欲しいって思っているのに……。だからごめん!許してくれ」


 月姫に向かって頭を下げる。俺は、月姫にあんな顔をさせてしまった事を後悔した。

 顔を上げると、月姫は驚いた顔をしていたが、俺の意をくんでくれたのか、涙を残したまま、すぐに笑みを浮かべた。


「えへへ……。どうしようかな」

「ごめん……何でもするから」

「本当に……なんでもいいの?」

「ああ」

「確か明日は土曜日だよね……。明日デートしてくれたら許してあげる」

「へ、デート?そんなんのでいいのか?」

「それがいいの。楽しみにしてるね!」


 目に涙を少し残しつつも笑顔で答えてくれた月姫に安心すると共に、もう二度とあんな顔をさせないと決心した。


    ◇


 翌日。


「おーい、まだかー月姫。そろそろ行く時間だぞー」

「ごめーん。もうちょっと待ってて!」


 俺は現在、自宅の玄関で月姫を待ってた。月姫曰く、今日のデートはリードさせて欲しいとの事だ。本来は、一緒に計画を立てるか、男の俺がリードしたいのだが、月姫がやりたいのなら、別に任せていいだろう。

 そういえば昔、月姫と遊ぶ時もこうして待たされていたっけな……。

 昔の事を思いだし、少ししんみりとしてしまった自分に苦笑する。

 とはいえ、あの時と状況は違うけどな。まぁいちよ……デートだし……。


「お待たせ遙くん!」

「……っ!」


 上品な桃色のワンピースの上に、レースのすかし編みがされてある純白のカーディガンを羽織った月姫が階段を降りてくる。ウエストに結ばれている黒色のリボンが、月姫のスタイルの良さを際立たせていた。

 あの頃よりも成長して女性らしくなった月姫に思わず見とれ……。


「遙くん、私に見とれているしょ?もっと見ていいよ!」

「……断じて違う」

「嘘だよぉー。だってこの服、遙くんの好みのど真ん中のはずだもん。遙くんってこんな感じのお嬢様系ファッションが好きなんでしょ?」

「なんでそんな事を月姫が知っているんだよ!」

「遙くんの事だからだよ。遙くんの事なら、遙くんよりも知っているんだから!」

「そんな馬鹿な事あるわけないだろ!大体、俺の好みなんてどうやって知ったんだ?昔と変わっている可能性だってあるだろ!」

「お風呂の天井に取り外し可能な蓋があるよね」

「お前、まさか……中身見たのか?」


 月姫は笑顔を崩さぬまま、得意げに話し出す。


「美少女ゲーム三十七本、同人誌八十三冊。内、姉もの十二%、妹もの二十六%、後輩のも七%、教師もの四%、そして幼馴染みもの……五十六%」

「……」

「幼馴染みもの五十六%!」

「聞こえてるよ……。ちょっと言葉が出てこないだけだ……」


 くそっ。陽ならまだしも月姫に見つかるとは……。しかもデータ化していやがるし!

 くわぁぁぁー。羞恥心で死にそうだぁぁぁ!


「ちなみに、幼馴染みもの五十六%の内、お嬢様設定だったのは四十五%だよ。まぁ今となっては全体に占める幼馴染みものの割合は百%だけどね」

「残りの四十四%はどこいったんだよ!」

「うーん。今頃は焼却炉の中なんじゃないかな」

「お前なんて事をぉぉぉー」


 まじか!まじかまじかまじか!


「遙くん元気出して!逆に幼馴染みのもは増やしておいたから!」

「幼馴染みものばっかりだったら飽きるだろうが!」

「飽きる……」


 月姫の表情が一変する。

 やべ、地雷ふんだ。


「飽きるってどういう事かなぁ……。それはいつか私にも飽きるって事なのかなぁ……。そんなの……そんなの……」

「違うから落ち着けって!ほ、ほら幼馴染み最高ぉー」

「……本当?」

「本当だから!それより今からデート行くんだろ?こんな所で話してたら、時間がもったいなくないか?」

「……そうだね。今日はいっぱい行きたい所あるし」

 よし。なんとか落ち着いたようだ。

「それじゃ行くぞ!今日はリードよろしくな!」

「うん!」


 まったく……とんだデートの幕開けだぜ……。


    ◇


「よぉーし到着。やっぱり午前中にくると風が気持ちいいね!」

「だな。最近きてなかったから、久しぶりの感覚だ」


 月姫に連れられてやって来たのは、自宅から徒歩数十分の場所にある湖。家の周りに比べて少し気温が低く、冷ややかな風が月姫の長い髪を揺らしていた。

 二人で湖畔を歩いて行く。


「懐かしいなぁ。私がここに来るのは六年ぶり位だよー。相変わらず、綺麗な所だね」

「あぁ、なんでも湧き水が湧いて出来た湖らしいぞ」

「知ってるよ。元々はここに住んでたんだもん。ここら辺の事は小学校の時に習ったでしょ」

「そうだっけ?よく覚えているな」

「へへーん。他にも色々覚えているよ。ほら、あそこの神社とか」


 月姫の指さした方向を見ると、石で作られた小さな階段があり、その上に少し錆び付いた鳥居がある。階段の左右は木で囲まれていて、ここに神社の入り口があると知らなければ通り過ぎてしまうだろう。


「行ってみるか?」

「うん!でも実は初めから行くつもりだったんだー」

「そうだったのか。デートで神社とか、結構いい趣味してるな。結構好きかも」

「遙くんと私って結構感性が似ているのかもね。やったぁー!」


 階段をしばらく登ると、境内に着く。

 周囲を木に囲まれているからか、木のざわめき以外は聞こえず、外界から隔離された感覚に陥る。


「あれ、境内ってこんなに狭かったっけ?」

「そりゃあ、俺らが大きくなったからそう感じるんだろ。いや、月姫は今でも小さいか」

「ぶー。私だって大きくなってるもん!」

「あれ、月姫どこ行った?あーこんなとこにいたのか、小さすぎて分からなかったよ」

「遙くん、私をいじめて楽しもうとしているでしょ……。でもそうはいかないよ!遙くんが低身長好きなの知ってるもんね!」

「なぜそんな事まで知っているんだ……」

「遙くんの事ならなんでも知っているもんね!」


 月姫の場合、本当になんでも知ってそうで怖い。


「折角ここまで来たんだし、お参りしてこっか」

「おう」


 賽銭箱の前に立ち、五円玉を投げた後、二礼二拍手。

―――これまで通り、楽しく暮らせますように。

 一礼した後に月姫を見ると、まだ手を合わせていた。

 その目には一滴の雫が。


「月姫……お前……」

「ん?なに?」


 あれ、消えてる。

 よかった、気のせいだったようだ。


「そろそろ行くか。次はどこに連れて行ってくれるんだ?」

「湖でデートと言ったら手こぎボートでしょ!」

「おっ、いいね。行こうか」


 神社を出て、湖畔沿いを歩き出す。そして数分後には、貸しボート屋の前に着いていた。


「すいませーん。高校生二人でーす」

「おっ、お嬢ちゃん元気がいいね!彼氏とデートかい?」

「夫婦です!」

「友達です!」


 貸しボート屋のおじさんに冷やかされながら、ボートに乗り込む。


「ボートを漕ぐのは私に任せて、遙くんは休んでて!」

「いや、いいよ。別に疲れている訳じゃないし」

「いいから、いいからー!」


 月姫にせかされ、両側のオールを渡す。


「それじゃあ、しゅっぱぁーつ。ふんっ……しょ。ふんっ……しょ」

「…………」

「そぉ……れ……。ふん……しょ……ふん……」

「…………」

「はぁ……ふっ……っ……ふん……」

「代わろうか?」

「……お願いします」


 たった数秒で力尽きた月姫からオールを受け取り漕ぎ出す。

 いやーしかし驚いた。月姫の力が他の人よりも格段に弱いのは知っていたけど、まさかオールが動かない程とは。


「折角いいところ見せようと思ったのに……」

「そんなしゅんとするなって。俺のために頑張ってくれた気持ちだけで十分だよ。ところで、どこか行きたい所あるか?一口に湖と言っても広いからな」

「遙くんとなら、どこでもどこまでもだよ!」

「おっけー。スピード上げるから捕まってろよ」


 ボートは水飛沫を上げながら、水面を滑走していく。

 こうして俺達は、ボートを進めたり止めたりを繰り返しながら談笑した。


    ◇


 楽しい時間は流れるのが早いと言うが、本当のようだ。自分のお腹の音をきっかけに、ふと我に返ると日が昇りきる直前まで来ていることに気づいた。


「はら減った……。そろそろお昼にしないか?」

「うーん。まだ少し早い気がするけどいっか」


 月姫はバックから、大きな弁当と小さな弁当をそれぞれ一つずつ取り出し、大きい方を俺に渡す。


「ありがとう。……ってこれ随分と手が込んでいるな」

「ふふふ。朝早くから、頑張ってみました!」

「それは、お疲れ様でした。まったく、良い嫁を持ったもんだよ」

「えっ……遙くん今嫁って……」


 一瞬驚いた顔をした後、真っ赤になって下を向く月姫。

 あれ、なんか思ってた反応と違う。

 軽い冗談のつもりで言ったんだけど……そんな反応をされては調子が狂う。


「そ、そうだ遙くん!あーんしよ!はい、あーん」

「あーん」


 まだ顔が赤いままの月姫にお弁当を食べさせてもらう。

 そうそう、いつもこんな感じに月姫から……そういう事か。


「月姫。口開けて。ほら、あーん」

「ええっ!私はいいよ!別に!」


 やっぱり。月姫は押しに弱いようだ。これはからかうしかない!


「遠慮するなって。ほら、あーん」


 月姫にゆっくりと詰め寄っていく。月姫は両手をわたわたさせながら、後退していく。


「は、恥ずかしいもん。だからいいよ……っと……わわわぁ!」


 盛大に水飛沫を上げながら月姫は水面に消えていく。

 やっべ、やり過ぎた。


「おっおい。大丈夫か月姫!」

「ふぇー。寒いよぉー。冷たいよぉー」

「悪かった!ほら、手につかまれ!」

「うん。ありがとう」


 月姫が俺の手を掴んだのを確認すると、一気に引き上げる。


「本当にごめん!」


 ボートの隅で縮こまっている月姫に声をかける。さすがに気分も落ち込むよな……。


「遙くん……」

「何だ……?」

「水に濡れた女の子って、なんかエロくない⁉」

「なんだ平常運転か」

「ほらほら、服が体にピッタリとくっついて、体のラインがくっきりだよ!さすがの遙くんも、こんな私を見たら平常心でいられなくなるんじゃないかな!」


 俺は無言でボートを漕いで、岩陰にボートを寄せる。誰かに見られない様に……。


「こんな人気の無いところに……。遙くん……まさか本気になってくれたの……?」

「……」

「は、遙くんが本気になってくれたのは嬉しいけど、少しまって欲しいと言うか……。別に嫌って訳じゃないよ!誘ったのは私って事も分かっているんだけど……心の準備がしたいというか……。でも、遙くんの気が変わっちゃうかも知れないよね……」


 ゆっくりと月姫の方に手を伸ばしていき……。


「は、遙くんがお好きな様にどうぞ!」


 目をぎゅっと瞑る月姫を見ながら、頭に構成式を書き上げ、指先を一回転させる。


「……へ?」


 指先から生じた風は、月姫を優しく包み込む様に回転すると、みるみる内に月姫の服を乾かしていき、数秒後には湖に落ちる前よりもカラっとした状態にした。


「濡れっぱなしじゃ風邪引くだろ。この場所なら、魔法を使ってもバレないよな」

「なっ、なんだぁ……残念……」


 残念と言いつつ、安心した様子の月姫。

 感情が顔に表れやすく、コロコロと色々な表情に変えていく月姫だが、今日は、見たことない表情が見れて面白いな。


「そろそろ湖から移動しようか」

「わかった。次は何処に連れて行ってくれるんだ?」

「富士山パークだよ」


 富士山パークとはこの地域に古くから有る遊園地の名前である。俺がまだ小さい頃は、結構賑わっていたが、俺が中学に上がったあたりの頃に、ノイシュランドという別の遊園地が近くに出来てしまったため、現在は潰れる寸前だと言われている。


「なんでまた富士山パークなんだ?ノイシュランドの方が大きくて人気があって良いだろ……って、ノイシュランドが出来たのは、月姫がいなくなった後だから知らないのか」

「知ってるよ。里木市にいた頃にも、心葉市の情報は入ってきてたから。それでも私は富士山パークが良いんだ!」

「月姫が良いなら良いけど……」


 残りの昼ご飯を食べ終わった後、俺達は貸しボート屋にボートを帰し、富士山へ向かった。


    ◇


「ノイシュランドが出来てからこっちには来てなかったけど、思ったよりも綺麗じゃん」


 湖からバスに揺られて数十分。俺達は富士山パークに来ていた。

 衛生面に良く気を遣っているのか、園内にはゴミ一つ落ちていなくて、気分は良いのだが、やっぱりノイシュランドの影響が大きいのか、人の出入りがあまり芳しくない様だ。


「遙くん、何か乗りたいものある?」

「月姫について行くから、月姫の好きな所でいいよ」

「うーん。じゃあ、ジェットコースター乗りたい!」

「いきなりジェットコースターか……」


 ジェットコースターの方に目をやる。

 ここのジェットコースターって怖いことで有名なんだよなぁ……。

 小さい頃に身長制限に引っかかって乗れなかった事を思い出して、鼓動が早くなる。

 生唾を飲み込み、ジェットコースターの方へ歩き出そうとした時、月姫に服の袖を捕まれる。


「遙くん、そっちじゃないよ」

「そっちじゃないって、富士山パークのジェットコースターってあれしか……」

「いいから。こっちについてきて!」


月姫に手を引かれ、ジェットコースターとは別の方向に歩き出す。しばらく歩くと、周囲は一転し、メルヘンチックな風景に包まれていた。


「とーちゃーく!」

「月姫……。ここは子供向けのエリアだぞ。ジェットコースターなんてあるわけないだろ」

「あるじゃん、そこに」


 月姫の指指した方向に目を向けると、確かにレールがしいてあった。しかしそれは起伏に乏しく、ジェットコースターとは言い難いもので、完全に子供向けだった。


「これに乗るのか?俺達が乗っても楽しくないだろ」


 正直、あまり乗りたくない。だって考えてみろ、高校生二人組が、子供向けのジェットコースターに乗るんだぞ。物凄くシュールじゃないか。周りに人がいない訳でもないし。


「えー。いいじゃん、乗ろうよぉー」

「まぁ、月姫が乗りたいなら良いけど……」


 僅かな待ち時間の後、ジェットコースターに乗り込む。

 係員の女性は、全く笑顔を崩していないが、内心どう思っているのかと思うと、急に恥ずかしくなってきた。


「遙くん、あの女の人を見て顔を赤くしてる……。念のため殺した方が良いかな……?」

「独り言、聞こえてるぞ。物騒な事言うな。ただ単に恥ずかしかっただけだ!」


 変な誤解をされないように、あまり女性を見ない方が良いかな……。


 ジェットコースターは音を上げて動き出し、少し登ったあと、スピードを上げて降りるの繰り返し。

 やっぱり、物足りない気がするけれど……


「楽しいね!遙くん!」


 楽しそうな月姫を見ていると、子供向けの乗り物も案外悪くない様に感じた。


    ◇


 ジェットコースターを乗り終えた俺達は、子供向けエリアを離れ、お化け屋敷の前で順番待ちをしていた。お化け屋敷は結構人気があるようで、そこそこ待ち時間がある。


「月姫って幽霊とか大丈夫だっけ?」

「あんまり得意じゃないかな……。戦っても勝ち目なさそうだし」


 勝てるかどうかが重要なのかよ!


「幽霊が苦手なら、どうしてお化け屋敷に来たんだ?」

「だってデートと言ったら、お化け屋敷だと思ったんだもん。お化け屋敷イベントをみすみす逃すなんて、私には出来ないね!」

「そうですか……。でも無理はするなよ。お化け屋敷の途中で出る事も可能だから、無理だと思ったら言ってくれよ」

「うん。ありがと、遙くん」


 そうこうしている内に、俺達の番が来た。月姫と二人、お化け屋敷の中に入る。

 ここは廃病院をモデルにしているようで、病院の待合室の様な所を抜け、暗い病棟に入っていく。


「遙くん少し震えてる……。もしかして幽霊とか苦手なの?」

「べっ、別にそんな事なないぞ!」


 本当は結構苦手だったりする。


 ここに入った瞬間に思ったよ。『あっこれ駄目なやつだ』って。


 すると突然、右側の病室から男性の幽霊が飛び出してくる。その装いは血で濡れていて、とてもこの世のものとは思えない、おぞましい姿をしている。


「きゃぁーこわぁーい。助けてぇー遙くーん」

「ぐふっ……」


 妙に甘ったるい声音で、月姫が胸に飛び込んでくる。そしてそのまま顔を胸にこすりつけ、深呼吸をし始める。


「ちょっ、何やってるんだよ!」

「合法合法」

「今、合法って言ったよね⁉お化け屋敷に来たのって、本当はそれが目的だろ!」


 次の瞬間、今度は突然、左側の病室から女性の霊が迫ってくる。


「おわっ……」

「きゃっ……」


 余りに突然の事だったので、驚きのあまり、月姫を巻き添えにしながら、盛大に転倒する。


「痛っ……。だっ、大丈夫か……月姫」

「手の位置が違う……」

「へ?」

「手の位置が違うって言っているんだよ遙くん!なんで私の胸を掴まなかったの!今、明らかにラッキースケベの流れだったよ!?」

「いきなり何を言っているんだ!見てみろ、幽霊役の人がぽかーんとしてるじゃないか!」

「他の人なんてどうでも良いの!遙くん、事の重大さが全然分かってないよ!例えるなら、今ので私のイベントCGが一つ無くなっちゃう位のミスなんだよ!」

「そんな事知らねぇよ。それに今回の原因は幽霊なんだ。月姫が意図しないラッキースケベを俺が起したりしたら、お前だって平常心でいられなかっただろ」

「ふっ、あのタイミングで幽霊が出てくる事さえ計算済みだとしたら?」


 なっ、何だと……まさかお前……。


「まぁ冗談なんだけどね」

「冗談かよ!」


月姫と話している内に、後ろから数人の足音が聞こえてくる。


「やべっ、後ろの人が、来ちまっているみたいだ。急ぐぞ」

「うん」


少し小走りで進んでいくと、長い廊下の様な場所につく。何でもこの先は集中治療室をモデルにした一室で、そこはこのお化け屋敷で最も怖いとか。

 小走りしていた足の動きを抑え、ゆっくりと歩き出す。


「暗いから、足もとに気をつけろよ」

「うん。ありがと遙くん」


 すると、長い廊下の中間辺りに、ぬっと人影が現れる。突然現れたその幽霊は、左右にゆらゆらと揺れながら、ゆっくりとした足取りで、こちらに近づいてくる。


突然出てくるだけじゃなくて、こんなパターンもあるんだな……。


 月姫のおかげと言うべきか、俺はお化け屋敷が怖くなくなっていた。


 月姫がピタリと足を止める。


「ん?どうした月姫?」

「……ううん。何でもない……」


 幽霊との距離がゆっくりと、しかし着実に近づいていく。すると月姫が何も言わずに、そっと手を握ってきた。


「月姫……本当にどうしたんだ?」

「なんでもない……」


 先程とは打って変わって大人しくなる月姫。

 一体どうしたっていうんだ?

 怖い……なんて事はないな。さっきまでそんなそぶり見せなかったし。

 そう考えている内に、幽霊がすぐ目の前まで迫ってきていた。


「えっ、何もしてこない……」


 てっきり驚かせたりすると思っていただが、意外にも、そのまま俺達の前を通り過ぎた。


「早く行こうよぉ……」

「お、おう」


 つい足を止めてしまっていたが、月姫にせかされ再び歩き出す。

そこで月姫の手からじんわりと汗がにじんでいた事に気づく。

具合が悪いのか?

そう思い、月姫に声をかけようとしたその時。


「遙くん……遙くん……」


 月姫が消え入りそうな声見上げてくる。


「どうした?」

「下……足が……二本多い……」

「足?」


 月姫に言われて下を見る。いつも通りの自分の両足、可愛らしい純白の靴を履いた月姫の両足、そしてもう一組。

 月姫とほぼ同時に振り向く。


「うわっ」

「きゃぁー。ごめん遙くん!もう私、我慢できない!」


 後ろを振り向くと、そこには先程すれ違った霊の顔が、すぐそばにあった。月姫は俺の手を離し、前方へ一目散に駆けていく。俺は急に人が目の前にいた事に対して驚いたのであって、幽霊が怖かったという訳ではないのだが、月姫にとってはそうではないらしい。

月姫が廊下の先の部屋に入ろうとした時、はっと気づく。


「まて月姫!その先の部屋は!」


 大きな声で呼ぶが気づかなかったらしく、月姫はそのまま奥の部屋に入ってしまう。


「いやぁぁぁ」


 慌てて月姫を追ったが、遅かった様だ。月姫に遅れて手術室に入る。


「うっ……遙くん……遙くん……」


 部屋の中央には、大号泣してうずくまっている月姫と、それを申し訳なさそうに見ている五人の幽霊がいた。

 俺は幽霊に軽く会釈すると、月姫に着ていた上着を掛ける。月姫は俺に気づくとすぐに全ての体重を預けてくる。


「ごめんね……遙くん……」

「しゃべらなくていいから。立てるか?」


 月姫は小さく首を振る。


「ほら、乗りなよ」


 月姫の前に中腰になる。月姫に背中に乗るように促すとすんなりと従ってくれた。


「ほっ」


 脚に力を込め、月姫に衝撃を与えないように注意しながら立ち上がる。

 リタイヤしようかと思ったが、ここまで来ると普通にゴールした方が早そうだな。

 出口に向かって脚を動かす。


「幽霊が苦手だって話、本当だったんだな」

「うん」


 弱々しく声を発する月姫。嘘をついている様には見えない。

 では、どうして月姫は最初、あんなにも普通だったのだろうか。

 普通……いや、いつもよりもむしろ、テンションが高かった様な気さえする。幽霊が苦手なのにお化け屋敷に入って、あんなに明るい訳がない。

つまり、幽霊が苦手という事が本当だとするならば、あの時のテンションは嘘なのだろう。


「なぁ月姫。どうして初め……」


 そこで思い出す。自分自身の行動を。

 俺は最初、お化け屋敷を怖がっていた。それは俺も月姫と同じで幽霊が怖かったからだ。

 その事を月姫が気づいていたとしたら。そう考えれば月姫の全ての行動が理解出来る。

 月姫は俺が怖がっているのに気づいた。だから明るく振る舞って、俺の気を紛らわせてくれたんだ。

 お化け屋敷は本来、恐がりに行くところである。そんな事を考える前に相手の事を思いやった行動をする。

月姫は昔から、そんな優しくて強い女の子。そして同時に弱い女の子だった。


 すると、周囲が光りに包まれ、頭上から太陽の自然な光が振り注ぐ。


「月姫、外だぞ」

「ん……ありがと」


 月姫はゆっくりと俺の背中から降りると、両手で自分の頬を叩いた。


「よし!ごめんね遙くん。もうこんな迷惑かけないから」

「迷惑なんて思っちゃいねぇよ。俺だって月姫に気を使わせちまったみたいだしな」

「じゃあお互い様だね」

「そうだな。さて、次は何処に行くんだ?」

「次はね……あー」


 月姫は自らの腕時計に目を落すと、突然大きな声を上げる。


「もうこんな時間なの!間に合わないかも……。遙くん、走るよ!」


 月姫は俺の手を強く握るとそのまま走り出す。


「お、おい。何処へ行くんだよ!」

「いいから、ついてきて!」


 月姫に手を引かれながら、月姫の速度に合わせて走りだした。


    ◇


 月姫に連れて来られたのは、自宅近くの丘にある小さな公園。今にも消えて無くなりそうな夕日に照らされ、朱色に染まる地面に二人の陰が写る。

 最後にここに来たのはいつだっただろうか。

 誰と来たかさえ思い出せない程に遠く感じる。


「急がせちゃってごめんね。どうしてもここに来たかったんだ」


 公園の小さな柵に手を乗せ、赤く染まる街を眺めながら月姫が話し出す。


「別に走る事くらいどうってことないよ。それより月姫が心配だ。走るのが苦手なくせに、全力疾走してただろ?」

「えへへ。なんか恥ずかしいな」

「平気そうで何よりだ。今日は楽しかったな。どうだ、六年ぶりの心葉市は?」

「私がいた頃に比べてだいぶ代わっちゃっているよ、やっぱり。だからちょっと寂しかったな」

「六年も経ったんだ、そういう事があって当然だよな」

「うん……。でも変わらないものもあった!」


 月姫は心底嬉しそうな顔でこちらを見る。


「六年ぶりに会った遙くんは、あの頃の遙くんのままだった!私はそれが何より嬉しいんだ。変わらないものも確かにある。変わる事が悪い事とは言わないけれど、私は遙くんと過ごしたあの頃がいとおしいんだ」


 月姫は再び街に目を移し、少し切なげな表情になる。冬を待つ枯れ葉の様な、もろく、儚げな様子の彼女を見つめると、得体の知れない不安が込み上げてくる。


「六年前とは違ったこの街も便利になっていいものだぞ」

「そうだね、生活しやすくなった気がするよ。それでも私はあの頃がいい。スーパーよりも近所の八百屋がいい。バスを使うよりも遙くんと歩きたい。そう思うんだ」


 あの頃がいい。

 そう話す月姫だが、彼女自身の変わってしまっている。あの頃よりもずっと綺麗になった。


「まだ……分からないの?」


 月姫がそう言った瞬間、様々な光景が脳裏に浮かんでくる。それはかつて実際にみた光景。

 そうか……思い出した……。ここはどんな場所なのか、どうして来なくなったのか。

 ここに来る時、隣には必ず月姫がいた。月姫と長い時間を過ごした、思い出の場所。

 そして、月姫がいなくなった事実を認めさせられた場所……。

 違う!月姫の言っている事はそれだけじゃない!

 どうして気づかなかったんだ……。

 今日行った、湖の富士山パークもこの公園も、そしてそこに行くために通った道でさえも。

 全て子供の頃に月姫と行った場所じゃないか……。


「どうして……」


「ずっと昔、いつも遊んでいた頃から遙くんの事が大好きだからだよ」


 小さな体を動かし、俺の方を向く月姫。いつものふざけた様子は全くなく、今までに見たこともない程、真剣な表情をしている。




「篠原遥希さん。あなたの事が好きです。付き合って下さい」




 なんの装飾もない、純粋な好意。それはいつだって自分の心に正直な月姫らしい言葉だった。


「俺は……月姫の事……」


 その時、ポケットに入っていたスマホから、サイレンの様な音が流れ出す。


「ごめん月姫!」


 月姫にそう謝ってから、ポケットからスマホを取り出し操作する。


「篠原です」

『遥希!そこに月姫さんはいる?』

「はい、いますけど……」

『丁度良かった。今すぐ彼女を連れて来なさい』


 なぜ月姫を?

 言葉に出来ないような、嫌な感じがする。


「また戦争ですか?」

『ええそうよ。先程、宣戦布告されたわ。今回の相手は……里木市よ』

「えっ……」


 一瞬にして思考が固まる。


「時間切れ……かな……」


 悲しげにそう呟いた月姫の独り言が俺の耳に届く事はなかった。


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