第三章 初陣
「とりゃ!」
「きゃー遙くんかっこいい!」
「うりゃ!」
「よっ!遙くん日本一!」
「てーりゃっ!」
「結婚してー!」
「やかましいわ!」
俺は魔法を使い始めてから二週間、月姫から魔法の指導を受けていた。ちなみに魔法を使うときに使用する杖は、月姫の物を使っている。
今日は花奏の定期検査ということで、この二週間の成果を花奏に見せている所だ。
「どうだった?俺個人としては、悪くはないと思うけど……」
「前よりは格段に成長していますがまだまだですね。ただ、風を使った魔法に関してはなかなかの物だと思いますよ。それよりも……どうして防御魔法しか教えていないんですか?」
花奏はジトッとした目を月姫に向ける。
「だって遙くんが心配なんだもん!攻撃魔法を教える時間があったら、防御魔法の精度を上げた方が、遥くん個人が生き残る可能性は上がるでしょ」
「攻撃出来ないんじゃあ、戦場で使い物にならないじゃないですか!」
花奏が頭を抱えてうなだれる。確かに、防御魔法が使えないなら、戦場で逃げ回るしかない。それでは邪魔になるだけだから、確実に足手まといだな……それでも。
「俺だって攻撃出来ない訳じゃないぞ。初めて魔法を使ったときに木を真っ二つにできたんだから」
「相手は防御魔法を使うんですよ。その位の攻撃で通用する訳ないじゃないですか!」
「それはそうかもしれないけど……。でも慣れてきたんだし、今ならもっと強い魔法が使えると思うぞ。見てろよ!」
俺は再び杖を前に構えなおし、頭に構成式を書き始める。
「まさか私の技を使おうとしているんですか!?危険ですから止めてください!私の使っている構成式は、遥希君が思っているよりもずっと複雑で難解なんです。私のマネをしても怪我をするだけですよ!」
そんな花奏の話を気にせず。構成式を書き続ける。しっかり魔法については勉強したんだから出来るはずだ。
「天界の聖……」
ドンッっという音が耳に届くと同時に、手に衝撃を感じる。
「あー!私の杖が!」
目を手元に向けると、月姫の杖は折れてしまっていた。
「ひどいよ遙くん……。長い間使っていたから、それなりに思い入れがあったんだよ……」
そう言って月姫は折れた杖の先端を手に取るとしょんぼりする。
「悪い!まさかこんな事になるなんて思わなかったんだ!直るよな……」
「無理ですね。杖は一度折れたら二度と使えませんから……」
「そんな……」
花奏の言ってる事だし、まず間違いない。さすがにどうにもならないよな……。
どう月姫に謝ろうと思っていたその時。
「「「……!」」」
花奏のスマホからサイレンの様な音が流れ出す。
花奏は即座にスマホを取ると、一言だけ話すぐにポケットに戻した。そして俺を見据えながら口を開く。
「遥希君。初陣です」
◇
花奏に連れられてやって来たのは、心葉市役所の地下にある一室。なんでも、作戦 説明をするための部屋らしく、部屋の壁にはスクリーンが取り付けられている。
「大分大きい部屋だな。ところで作戦の説明は誰がするんだ?」
「今回は翡翠元帥が直々に説明してくれるそうです。普段は各部隊の隊長が集められて説明された後、隊長から伝えるんですけどね」
「へー。その辺は私の所と一緒なんだ」
「……なんで月姫がしれっとここにいるんだよ!まずくないか?」
「平気平気!許可は取ってあるから」
許可?軍事機密とかあるのに、他の市の人である月姫が許可なんて取れるのか?
そんな俺の意図を汲み取ってのか、花奏が話し出す。
「本当のようですよ。何日か前に翡翠元帥と長い事話していた用ですので、多分その時だとおもいます」
そんな花奏の考えを肯定するかの様にニッコリとほほえむ月姫。一体どんな事情があるんだか……。
そんな事を考えていると後ろのドアが開き、見知らぬ男女が入ってくる。
一人は学ランを着崩した、見るからに柄の悪い男。髪は黒と茶色が混ざっていて、正直苦手なタイプである。腰に付いたバッチはB。
もう一人はセーラー服を着た、中学生ぐらいの女の子。日本人形の様な落ち着いた外見をしているが、その雰囲気は弱々しく、何となくビクビクしている様に見える。ここまで聞くと、保護欲をかき立てられる可愛らしい女の子に思えるが、物騒な事に自分の背よりも大きな、対物戦車ライフルの様な物を背負っていて、腰に付いたバッチはC。
すると男の方が、俺を睨みながら口を開いた。
「あぁ?誰だテメェ」
うわっ。見た目通りのしゃべり方だ……。良いキャラしてるよアンタ。
「こら!なんですかその態度は!初対面ならそれなりの態度があるでしょう!」
「チッ。わかったよ」
そう言いながら俺の方に体を向ける。花奏の言う事は聞くんだな……。
「帝堂柊二少尉。十五歳だ。よろしく」
「お、おう、よろしく。俺は篠原遥希。隣に居るのが宇野月姫で、どっちも十五歳だ。えーっと……君は?」
「……私は……その……小川静音曹長……十二歳です……よろしく……お願いします……」
こちらも見た目通りのか細い声だ。そんな声や外見もあってか何となく庇護欲をかき立てられる。
「よろしく。静音ちゃんで良いかな」
「はい……えっと……遥希先輩?」
首をかしげながら訪ねてくる静音ちゃん。愛くるしいな。
「好きに呼んでくれていいよ」
「じゃあ遥希先輩で……ヒッ」
すると突然、静音ちゃんの顔が強張る。先程よりもビクビクしている様な気がする。
疑問に思って静音ちゃんの視線をたどる。するとその先には……物凄い形相で静音ちゃんをにらみつけている月姫がいた。
「遙くん……その女に近づいちゃ駄目だよ……。その女、そこの金髪よりも目じゃないくらいに泥棒猫の臭いがプンプンするよ!」
「誰がそこの金髪ですか!それと静音さんを怖がらせないで下さい!」
「随分と騒がしいわね……」
そう言いながら翡翠元帥が入ってくる。それを受け、月姫以外の全員が敬礼する。
「適当に座ってちょうだい」
翡翠元帥は全員が着席したのを確認すると、スクリーンに市と市の境界線の地図が映し出される。よく見ると地図上には二つの点が打たれており、それぞれB三四とC一七と書かれていた。
「時間が無いから手短に話すわ。ここ数日、村雨市との市の境界の至る所で戦闘が起きていたのだけれど。今スクリーンに映している所、ポイントB三四に配置していた部隊がついさっき壊滅したわ。現在は別の部隊が交戦中なのだけれど、諜報部から敵戦力がポイントB三四に集まりつつあるという情報が入ったそうよ。そこでポイントC一七にいる部隊を援軍としてポイントB三四に向かわせるから、代わりにポイントC一七を守護して欲しいの」
「あの、俺も行くんですか?攻撃魔法が使えないんですが……」
「はぁ⁉あなた今まで何やってたのよ……。まぁいいわ。戦場を経験することも大切な事だから行ってきなさい。ただ……初陣は死亡する確率が高いから気をつけて」
「……どうしても行かなきゃ駄目ですか?」
「だめよ。そんなに心配することないわ。貴方達が子供だという事を考慮して、向かわせる場所をポイントC一七にしたのよ。あそこは敵が少なくて、比較的落ち着いた戦場だから」
行かなきゃだめか……いつかは行かなきゃいけないんだし、今のうちに行って経験しておくのも有りか。
「分かりました。できる限りやってみます」
「よろしい。落ち着いた戦場と言っても重要な場所だから、気を引き締めて行ってきなさい。それと……遥希にプレゼントが届いているわ」
そう言うと翡翠元帥は、小さな紫色の箱を差し出してきた。中を開くと二つの指輪が収まっていた。
一つは桜色、もう一つは狐色の宝石がそれぞれ付けられて、見る物を引きつける怪しい輝きを放っている。
「これ……もしかして『四季』シリーズの『陽春』と『涼秋』ですか⁉」
「ん……?花奏はこれについてなんか知っているのか?」
「知らないんですか!……って遥希君は仕方ないですね。『四季』って言うのは五十年前に生きていたSランク魔導士、神童道三によって作られた恵具の一種です。道三は一生をかけて四つの恵具を作り出し、死ぬ寸前まで恵具に自らの魔力を注いだそうです。四つの恵具はそれぞれ『陽春』『盛夏』『涼秋』『晩冬』と名付けられていて、それらを総じて『四季』と呼んでいます。確かその四つはバラバラになって、今はどこに有るか分からないと聞いていたんですが……」
「今からちょうど十六年前に全部集めた人……正確には夫婦がいたのよ。今回、その人達が遥希にプレゼントしたって訳」
「まさかその人って……」
「貴方の両親よ。あのバカ夫婦の事だから、結婚指輪のつもりで集めたんでしょうね。『陽春』と『涼秋』、『盛夏』と『晩冬』はそれぞれ対をなして、互いに反応し合うと言われているし。遥希に残り二つを送ったのも、早くいい人見つけて、結婚しろって意味だったりして」
冗談めかす口調で言ってくる翡翠元帥。て言うか、バカ夫婦って……。
「結婚指輪の代わりね……」
再び手元の指輪に目を落す。まぁこんなに綺麗な色をしているのだし、結婚指輪にしたいと考えてもおかしくないか。恵具だけど……。
「遙くん……」
げっ。コイツのこと忘れてた!コイツがその手の話に反応しない訳ない!
「遙くん。私嬉しいよ。一生大事に持っているからね!」
「なんでお前は自分が貰えること前提で話しているんだ!別にお前にやるなんて一言もいっていないだろ!」
「へぇ……。他に宛てがいるんだ……。私、その人にご挨拶したいんだけど……いいかな?」
「いない!いないから、今手に持っている金属バットを床に置け!」
完全に目が据わっている月姫。つかそのバットはどこから湧いて出た!
「遙くん……。私の杖を壊したよね……。私、ほかに恵具は持って無いんだよなー。あぁー困ったなぁー。困ったなぁー」
くっそー……人の罪悪感につけ込みやがって……。まぁでも、月姫ならこの指輪を使いこなせるよな……。
「わかったよ。手をだして」
スッと左手を出す月姫。手の平を出せって意味合いで言ったのだが、手の平は下を向いている。
……付けて欲しいって事だよな。
左手で月姫の手を持ち、右手で月姫の人差し指に狐色の指輪を近づけていく。
「その指じゃない」
じゃあ中指に……「その指じゃない」
小指に……「その指じゃない」
親指に……「その指じゃない」
「薬指はまずいだろ……」
「なにもまずい事はないって。えい!」
月姫は自ら指を指輪に通す。その瞬間、指輪は月姫を認知したかのように、月姫の指に会わせて収縮する。
「次は遙くんの番だよ。もちろん薬指ね!」
「はいはい」
左手を前に出す。薬指はさすがにおかしいよな……。まぁ、俺も月姫みたいに手を動かして、人差し指にでもはめようかな。
「手元が狂うといけないから、手を動かさないでね。万が一間違えて、別の指にはまっちゃった時は……その指を切り落すから……」
俺はこの状況で指を動かせる程の勇気は持ち合わせていなかった。
◇
十数分後、俺は学徒第一部隊の面々と共に、林道を歩いていた。月姫はどうしたのかというと、翡翠元帥に呼び止められ、軍の本部に残っている。
「ポイントC一七ってどんな所なんだ?」
「一言でいうと、とても広い丘って感じですね。見晴らしが良くて高い土地です」
見晴らしがいいって、隠れるところが無いって事か……。
やっぱりいざ戦場に行くとなると緊張するというか何というか。
「なんだ。お前緊張してんのかよ。だせー」
うっぜー。なんでお前はいつもけんか腰なんだ。
「しょうがないだろ。柊二は何回も経験しているだろうけど、俺は初めてなんだから!」
「二人共!無駄口はそこまでにして下さい。そろそろ戦闘区域なので、改めて陣形を確認しましょう」
「わしと柊二が前に出るのじゃろ。わしと柊二の距離はだいたい十メートルぐらいじゃったな」
「俺と花奏がその後ろに続くんだよな。陽たちとの距離はだいたい二十五メートルで花奏との距離は五メートル」
「わっ……私は……後方支援で……皆さんとの距離は……私の好きにしていいって言われて……います……」
「よろしい。ただ一つ変更点があります。遥希君は今回に限って、遥希君は私の近くにいて下さい。もちろんこの陣形は状況によって変えますが。それと皆さん、これを受け取って下さい」
花奏の出した手の平には、インカムが五つ。それを受け取った俺達はそれぞれ耳に付ける。
「そういえば妙じゃのー。戦場が近いはずなのじゃが、それらしい音が一切聞こえてこないのじゃ」
「おそらく硬直状態にあるんでしょう。前方をよく見て下さい」
そう言われ前方に目を向ける。坂の下に大人が五人、さらによくみると林の中に数十人の大人が確認できた。
花奏は坂の下にいる大人たちの方に駆け寄ると、軽く会釈する。
「学徒第一部隊隊長、菊谷花奏大佐です。戦場の引き継ぎに来ました。現状報告をお願いします」
「これはこれは菊谷大佐。お疲れさまです。現在はお互いの出方を探っているといった状況ですね。ただこの坂を上った先がポイントC一七なので、相手に押されています」
「両陣営の被害状況はどうですか?」
「こちらの死傷者は十三名ですが……相手の被害状況は確認出来ていません」
「そうですか……分かりました。ここは私達に任せて、貴方方はポイントB三四に向かって下さい」
「承知しました……おい、お前ら聞こえたか!ポイントB三四に行くぞ!急げ!」
男の一声で林の中に潜んでいた大人達が一斉に動き出す。
「さて、私達も行きますよ。いまなら奇襲が出来……」
その時、悲鳴にも似た、大勢の人間の声が辺りに響く。
「……先を越されたみたいですね。皆さん!急いで下さい!」
第一学徒部隊の全員で一気に坂道を駆け上がる。先程の声には、正直ひるんだが、そんな気持ちを走る事で誤魔化す。
坂を上がった先は聞いていた通り、とても開けた土地だった。しかし……。
「うそ……だろ……」
ありえない……。敵が多すぎる。五十人、下手したら百人以上いるかもしれない人数が、こちらに押し寄せてきていた。もちろん、一人一人の足下には怪しげに輝く魔方陣が。
「敵が少ない所って言ったよね⁉」
「少ないですよ」
「これのどこが少ないんだよ!こっちはたったの五人じゃねぇか!まだ死にたくねぇよ!」
「まぁうちは田舎じゃからな……けど、戦争は数だけじゃないのじゃ!質で勝負なのじゃ!」
「質でなんとか出来る人数差じゃねぇよ!」
「そうでもないですよ。私、言いましたよね『私達は精鋭部隊だ』って。五人いれば十分ですよ」
「でもまぁ。お前みたいな雑魚じゃあ、役にたたねぇから、実質的に四対百ってとこだな」
「悠長に会話している場合ではありませんよ!総員!魔方陣を展開して下さい!」
「「「了解」」」
「「「「魔方陣展開――パターン《正義》――
――パターン《期待》――
――パターン《友情》――
――パターン《不安》――」」」」
「まっ、魔方陣展開――パターン《孤独》――」
学徒部隊全員の足下に多様な魔方陣が出現する。
花奏は前と同じ黄金色。陽は花奏よりも濃いが、輝きの少ない黄味色。柊二は暖かく光る紅緋色。静音ちゃんは、暗い光を帯びた天色。やはり大きさは花奏が一番のようだ。
「三十秒以内に陣形を形成、維持して下さい!静音さんは敵戦力の分析を!」
「「「「了解」」」」
花奏の指示に返事をした後、陽と柊二が一気に前に駆け出す。その少し後を花奏と共について行く。
『こちら陽。あと十秒後に敵と接触するのじゃ!』
「交戦を許可します」
花奏と陽の通信を聞き、戦闘が始まる事を再確認する。
陽と柊二の背中を眺めながら、まだこの状況を楽観している事に、この時の俺は気づいていなかった。
「えっ……」
衝撃的な光景を目の当たりにしたせいか、周りの動きがスローモーションに見える。
陽と柊二の動きに合わせる様にして、血しぶきを上げながら倒れていく人々。彼らの泣き声の混じったような、苦痛に満ちた断末魔が、後方にいる俺の元まで届いてきた。
自然と足が止まる。それと同時に足が震えだし、立っているのがやっとな状態に陥ってしまった。
「遥希君!しっかりして下さい!戦闘を見るのは、初めてというわけではないでしょう!」
「そう……だけど……でも……血が……」
「そういう事ですか……。私は一撃一撃の火力が強くなるように強力な魔法を使っています。ですがあの二人は違います。あの二人をよく見てください」
ビクビクしつつ、よく注意して二人を見る。
精錬された無駄のない、ただ人を殺す事のみに特化した動き。
一体……何人の人を殺めればこんな芸当が出来る様になるんだ……。
「あの二人みたいな前衛にとって最も重要な技術。それは、私や月姫さんのような強力な火力でなく、どれだけ短時間に、効率よく敵を殺すか。……敵がこっちにきます。迎え撃ちますよ!」
「……むっ……無理だよ……。俺……こんな事になるなんて……聞いてない……」
「今更何を言っているんですか!血を見ないですむと思っていたんですか⁉誰も死なないって思っていたんですか⁉ここは戦場です。そんな甘い考えでいると……死にますよ」
「……」
「遥希君!」
「……」
「……せめて自分の身位は、自分で守って下さいね」
そう言うと花奏は、杖を片手に敵の方にかけていく。
あれ……どうやって自分の身を守ればいいんだっけ。えっと……くっそ!頭が混乱してやがる!
「遥希君!そっちに行きましたよ!」
鬼の様な形相の男達がこちらに向かって来る。
俺は震える手を必死で相手の方に向け、頭に構成式を書く。
「頼む!当たってくれ!」
しかしそれらの攻撃は、あっけなくはじかれる。
やっぱり……花奏の言った通り、俺の攻撃なんて、全然効果が無いのか……。
三人との距離は、三メートルを切っている。急いで手を下に下げ、防御魔法を発動しようと試みるが……。
「おせえよ、クソガキ」
前方から聞こえてくる声に反応し、直ぐさま下を向いていた顔を上げると、そこには杖を振り下ろす寸前の男達が……。
―――初陣は死亡する可能性が高いから気を付けて。
そんな翡翠元帥の言葉が脳内に浮かんでくる。
最初から防御魔法を使っていれば……。しっかりとした意志を持って戦場に来ていれば……。
そんな後悔をしながら、自分に死をもたらすであろう衝撃に備え、歯を食いしばる。
……っとその時。
『……遥希先輩っ。伏せて下さい!』
重々しい銃声が三発戦場に響き渡り、それとほぼ同じタイミングで目の前の男達の体が、手足を残し弾け飛ぶ。そんな残酷な光景から目を背ける様にして、銃声のした方向へ顔を向けると、小柄な女の子……静音ちゃんが地面に伏して、対物戦車ライフルを構えていた。
『……敵戦力の精密分析……終わりましたっ……』
『報告してください』
『はいっ……。開戦時の敵の戦力は……Eランク六十名……Dランク三十名……Cランク十八名の合計百八人ですっ……』
『わかりました。静音さんは引き続き情報収集と後方支援をお願いします。陽君と柊二君!聞こえていますか!』
『聞こえているのじゃ!』
『聞こえてんぞ』
『思ったよりCランクが多いので気を付けて下さい。Cランクは、私の方に回してくれても構いません』
『『了解』』
『それと……遥希君!聞こえていますか!』
「あぁ、聞こえてるよ」
『万が一遥希君が死にかけても、私には助けに行けるような時間はなさそうなので、すぐに防御魔法を使って、戦場の隅の方でじっとしていて下さい』
「……そうさせてもらうよ」
通信から聞こえて来た花奏の声はまだまだ余裕そうだが、息が上がっている。ここで俺が無理してもマイナスにしかならない事は目に見えているし……。
格好悪いけど、これ以上花奏達に迷惑はかけられない。精神的にもきついしな……。
「不可侵空間」
来る者を拒む絶対的な風が、俺の周囲一メートルを包む。この状態を保ちながら、後方へ移動しようと体を反転させたその時。
「……!」
花奏達が見逃したのか六人の男達に囲まれる。付けているバッチはE。
それを認識してから一秒としないうちに、全方位が発光しだす。
……自分の身ぐらい自分で守ってやるよ。
攻撃に備えるため、さらに魔力を込める。するとそれに呼応するかの様に風の濃度が増していく。
瞬間、周囲が衝撃に包まれる。思わず目を瞑りそうになるがどうにか堪え、防御魔法の維持に努める。
「くそっ。なんだこのガキは!バッチしてない癖に防御が堅すぎるだろ!」
「どうせすぐに魔力がきれるだろ!とにかく打ちまくれ!」
より一層激しさを増す弾幕。その標的である俺の作った強力な風の壁は、少しずつ、しかし着実に減少していく。
「全方向に敵がいて、逃げられねえ……!」
このままではやられてしまう事は分かりきっている。しかしわかった所で解決手段がないのもまた事実だった。
『倐忽セシ死ノ円舞』
静音ちゃんから放たれた一発の銃弾は、周囲の地面を凍らせながら、一直線に俺の目の前の男をつら抜く。男の体は一瞬で凍結し、強力な冷気を纏ったままその場に鎮座する。
しかし一瞬で生を奪った弾丸の勢いは止まらない。
銃弾は俺を中心とした円を描く様に拘束に回転し、数秒後には俺の周囲に六体の氷の像が出来ていた。
『だっ……大丈夫ですか……遥希先輩っ』
「大丈夫。ありがとう静音ちゃん。助かったよ……」
こんな小さい子に心配されるなんて……情けなさ過ぎるだろ俺……。
『良かったです……また、何かあったら言って下さいね……』
静音ちゃんはそう言うと、花奏たちのいる方角への援護射撃を再開した。
花奏に言われた通り、戦場の隅の方に移動する。
何も出来ないけど、遠くから見守る位はしないとな。視力はかなりいい方だ。故に俺には、遠くにいる花奏達のことは鮮明に見えていた。
柊二は相変わらず、凄まじい攻撃速度で相手に攻撃を繰り出している。時折、柊二の体の表面を青白い光が走るのが見えるから、おそらく電気系の魔法を使って運動速度を速めているのだろう。防御魔法は一切使っておらず、敵の攻撃をすれすれで交わし続けている。
それとは対照的に陽の方は、腕に魔力を集中させ強化するタイプの防御魔法を展開していて、敵の攻撃を受けつつ自分の攻撃を放ち倒していっている。
「見た感じ、一番苦戦しているのは意外と花奏なんだな……」
『しっかりと戦闘を見ているのは感心ですが、通信で独り言が全部聞こえてますよ……』
そういえば、通信で聞こえるんだったな……。
とは言え、花奏が苦戦するのも無理もない。なんせ一人でCランク魔導士を七人相手している上に、相手の援護射撃部隊と思われる一団は、全員が花奏を狙い撃ちしているのだ。静音ちゃん程の射程距離と攻撃力が無いとはいえ、こんなに大勢に狙われては、さすがにAランクでも苦戦するだろう。
……ん、Cランク魔導士が七人……。
陽や柊二の方に目を向けても、Cランク魔導士と交戦している様子はない。
残りの十一人は死んだのか?
そこで初めてこの違和感の正体に気づく。
今戦っている人数と死体の人数を足しても、百八人にならない……。
花奏達を見て、逃げ帰ったならまだいい。
ただ……最悪の場合……奇襲……。
狙いは誰だ?花奏と陽と柊二は、常に様々な方向から攻撃を仕掛けられているため、今更奇襲しても効果は薄い。
という事は……俺?いや、奇襲するのにCランク魔導士を使う程、重要視されているとは思えない。
狙いは静音ちゃんか!あの威力で、しかもかなり遠距離からの狙撃兵の存在は、敵にとって相当驚異だろう。静音ちゃんの精密射撃を可能にしているのは、身長よりも大きな恵具である。どう考えても近距離戦闘には向いておらず、奇襲には持ってこいの標的だろう。
静音ちゃんの方に目を向けると、相変わらず地面に伏して援護射撃を行っている……その背後に複数の敵が潜んでいる事に気づかずに……。
通信で教えていては遅い。俺はとっさに静音ちゃんの背後の敵に左手を向け、強力な風を放つ。
効かない事は分かっている。ただ、敵の防御魔法と俺の攻撃魔法が接触することで、敵の動きを僅かでも遅らせ、尚且つ静音ちゃんにこの状況を気づかせる事が出来れば!
大きな音を立て、魔法と魔法が接触する。
静音ちゃんはポカンとした表情になり、動きが止ってしまう。
「静音ちゃん!早くこっちへ!」
『……はっ……はい!……きゃー』
対物戦車ライフルを担いで、全力でこちらに走ってくる静音ちゃん。そんな静音ちゃんの通った後を、無数の火の玉が通過する。
無意識のうちに、俺も静音ちゃんの方に走り出していた。
「不可侵空間」
俺は背中に静音ちゃんが隠れる様にして身を寄せてきたのを確認すると、すぐに防御魔法を展開した。
それから数秒と経たない内に周囲を轟音が包む。
「はわわわっ……遥希先輩……どうするのですか……。このままでは後三十秒ぐらいしか保ちませんよ!」
背中から顔を覗かせ、不安そうに訪ねる静音ちゃん。相手にはCランク魔導士もいるから、三十秒も保てばいい方だろう。
徐々に薄くなっていく風の壁。それに比例するかの様に、静音ちゃんに捕まれた背中にかかる力も大きくなっていく。
静音ちゃんは優秀な魔導士だけど、小さな女の子であることには変わらないんだな……。
この子一人守れないで、なにが魔導士だよ!
「……静音ちゃん。俺達の上空を任せてもいいか?」
「いいです……けど……。先輩は、防御魔法しか……使えないんですよね……。一体どうするつもりなんですか?」
「そうだよ。だから……一か八か、防御魔法で攻撃する!」
「そんなの……無茶苦茶ですよ……」
頭に、一度も書いたことない複雑な構成式を書く。
「そんなに沢山の魔力を使うんですか……。やめましょうよ先輩!失敗したら……大惨事ですよ……」
周囲の空気が、自分を中心にして、ゆっくりと回転し始めたのを感じる。微弱な変化故に、俺以外は気づいていない。
そうして作り出した風は、徐々にそのスピードを、影響力を上げ、繊細かつ透明で、殺傷能力を備えた、巨大な竜巻と化す。
「防衛者ノ暴威!」
ある者は体を引き裂かれ。ある者は押しつぶされ。そしてまたある者は天高く打ち上げられる。
「静音ちゃん!来るよ!」
「……はっ、はい!」
打ち上げられた男達は竜巻の中心……俺達をめがけて落下してくる。
「樹氷咆哮」
静音ちゃんから放たれた一撃は、氷の柱となり、雲の先へ突き抜けていく。それに触れた人間は一瞬で凍結、破壊され、青く輝く粉を生み出す。そしてそれは周囲に拡散し、幻想的な光景を作りだす。
「……っ!」
ひどい頭痛に襲われ、思わず地面に倒れ込む。それと同時に周囲の風が止んだ。
「せっ……先輩!大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ……。ちょっと頭が痛いだけだから……」
「魔力を使いすぎた様ですね。遥希君」
横からの声に反応し、見るとそこには花奏や陽、そして柊二が歩いて来ていた。全員が、服はもちろん体中傷だらけであることが、激戦を物語っている。
「終わったん……だな……」
「はい。相手は全滅。こちらに負傷者はいるものの、全員生きている事ですし、完全勝利といっていいでしょう」
「そうか……」
思わず、安堵のため息をこぼす。
「それにしても、遥希はよく生きてたのー。わしは今日が遥希の命日だとおもったのじゃが」
「ごめん……その冗談は笑えないから……」
ガハハと豪快に声を上げて笑う陽。まったく……人の気も知らないで……。
まぁようやく日常が戻ってきた気が、ほんの少しだけどして、ほっとするけど。
「お前。静音に助けてもらってただろ。だせーな。俺だったら恥ずかしくてこの場から逃げちまうぜ」
柊二……お前って奴は……。
「でもまぁ……。最後にお前が使っていた魔法は凄かったし……初陣にしては……良かったんじゃねぇの?」
「柊二、お前がデレても誰も得しないぞ、需要ないぞ」
「もう絶対褒めたりしねぇ……」
柊二は眉間にしわを寄せ、分かりやすく不機嫌な顔をして、そっぽを向く。
そういえば、柊二は《友情》の感情を魔方陣にして使っているんだよな。案外いい奴なのかも。
そこで、背中をつんつんとつつかれる。
「ん?静音ちゃん?」
「せっ……先輩!先程は……その……ありがとうございました!」
静音ちゃんはそう言うと、ぺこりとお辞儀をする。なんだデレる前兆か!?
やっぱりデレは可愛い女の子に限るな。はっはっは。
「いやいや。むしろ感謝するのは俺の方だよ。二回も命を救われているんだから」
「その位当然ですよ……。同じ部隊の仲間なんですから……」
「それなら、俺が静音ちゃんを助けるのも当然って事になるな。じゃあおあいこってことで」
「そうですね」
顔をあげて、ニッコリと微笑む静音ちゃん。この笑顔を見るのは初めてだな。
「ところで、静音ちゃんが使っているその銃は、やっぱり恵具なんだよね」
「はい。『暦年』シリーズの『霜月』って言います……。『暦年』シリーズは全て銃の形をしているんですけど……この『霜月』は射程距離と攻撃力に特化した作りになっています」
「へー。じゃあ後方支援のために作られたような物なのか」
「いえ……この恵具には特殊能力が備わっています」
「特殊能力?恵具って、ただ魔法を効率よく使うためだけのものじゃなかったのか?」
「はい……。基本的に恵具はそういう物です……。でもこの『暦年』シリーズの様にシリーズ化されている物は特殊能力を備えている場合が多いです……。先輩の『陽春』もなにかしらの能力が備わっているはずですよ……」
「そうなのか!?」
「はい……。話を戻しますと……私の恵具『霜月』は『遠視』の特殊能力を備えているんです」
「あー。つまりその能力のおかげで敵の数やランクを把握出来たって事か」
「そういう事です……。そんな訳で、私は後方支援よりも情報収集専門なんですよ」
「なるほどね。ちなみにどんな感じか見せる事ってできる?」
「出来ますよ……」
静音ちゃんはそう言うと、両目を閉じてから、左手を左目の瞼に被せる。すると、左手の中、左目のまぶたから空色の光が漏れる。
「……敵……接近中です!」
両目を大きく見開きながらそういう静音ちゃん。
「そっ……そこまでリアルにしなくていいぞ」
「……いえ……本当です……」
静音ちゃんが本気で言っている事に気づき、説明を求める様に花奏を見る。
「本部!本部!こちら第一学徒部隊隊長、菊谷花奏大佐です!応答願います!本部!」
インカムをしている方の耳を押さえながら、花奏は訴える様に連絡を試みる。
「通信が妨害されている……。インカムはもう使えないみたいですね。静音ちゃん!敵戦力は?」
「確認できるだけでも、Aランク十名……Bランク三十名……Cランク四十名。距離は五キロメートルくらいです……」
俺は情けない声が出そうになるが堪え、口を開いた。
「どうしてこんな事になっているんだ?しかもこんな急に……」
「おそらく上層部が嘘の情報を掴まされた事に加え、ここの警備が少なくなるという情報が相手に漏れていたんでしょう。だからここに敵の大群……おそらく主戦力を送りこんできたんでしょう。確実に攻め入るために」
さっきよりも敵の数が少ないんだから、奇跡が起きれば勝てるんじゃ……なんて思う程、俺は馬鹿ではない。敵との戦力差は俺でも分かる程圧倒的だった。
「どうするんだ……花奏……」
「そうですね……。柊二君は、今すぐ本部に戻ってこの事を伝えて来て下さい。魔法を使えば、この中で一番早いのは柊二君でしょうから」
「了解」
柊二は走り出し、その姿はすぐに見えなくなる。
「残った皆さんで、本部からの応援が来るまで食い止めて……っと言いたい所ですけど、今の私達では、五分保てば良い方ですね。戦えば相手に多少の被害を与える事は出来るでしょうが、こちらは全滅。ですから今回に限って作戦への参加は志願制にします。志願する者は名乗り出て、しない者は帰還して下さい」
立ち去る者はいない、しかし名乗り出る者もいない。陽も静音ちゃんも迷っている様子だった。
戦えば死ぬ。戦ったとしても少しの時間稼ぎにしかならない。
捉え方次第ではただの無駄死にと呼べるものになる。
「花奏は……どうするんだ?」
「当然、私は参加します。部隊の隊長としての責任が有りますから……」
俺はどうする?
今日、戦争の怖さを身をもって知った。常に死と隣あわせにいなければならない事の怖さを。
だからこそ……ここで逃げる訳にはいかない。
ここに花奏を残して去ったら、一生後悔する事になるだろう。そしてその後悔は、俺にとって死にたいくらいつらいものになる。
今俺に出来る事。それはこの場にいる誰よりも早く、花奏の見方になってあげる事だ。
「俺、志願する!切れる寸前かもしれないけど、あと一発!敵のど真ん中で竜巻を起こしてみせるぜ!」
どう反応して良いのか分からないといった様子の花奏。その心境は複雑だろう。
「わしも志願するのじゃ!おぬしらを放ってはおけぬからな!」
陽はそう言いながら、俺の背中を思いっきり叩く。それは痛いが勇気が湧いてくるような、頼もしい一発だった。
「静音さんは……どうしますか?」
「私は……その……ごめんなさいっ……行けませんっ……」
泣きながら俯く静音ちゃんに、花奏は優しい声音で語りかける。
「謝らなくても良いですよ。逃げる事もまた勇気ですから」
静音ちゃんは何度も何度も謝りながらこの場を去った。
「それでは作戦を伝えます。っといっても急拵えの作戦になってしまいましたが……。まず敵の中心部を一緒に目指します。今はインカムが使えないため、余り離れないようにしてください。中心部についたら私と陽君でが遥希君にピッタリくっつきます。遥希君は敵が十分周囲にいる事を確認した後、『防衛者ノ暴威』を使用してください。その後、すぐに戦線を離脱します」
敵の前衛と見られる一団が、こちらに向かってくるのが見える。
「それでは……作戦開始!」
花奏のかけ声と共に、敵の方へ、一直線に駆けていく。
「敵との接触まで、推定三十秒!総員、魔方陣を展開させて下さい!」
「「「魔方陣展開――パターン《正義》――
――パターン《期待》――
――パターン《孤独》――」」」
魔方陣が足下に展開されるのと同時に、夥しい数の発光体が、目で追うのも困難な速度で飛んでくる。
これ全部防ぎきることは無理だよな……なら!
「不可侵空間」
俺と花奏、そして陽を不可視の障壁が包む。
次の瞬間、魔法同士がぶつかり合い、障壁を通過した幾つかの光の光線がこちらに向かってくる。相手にはAランクもいるんだから、これくらいは想定済みだ。
だけど、俺には仲間がいる!飛んでくる数を減らすだけで十分だ!
「上出来じゃ遥希。これくらいの数なら、わし一人で十分なのじゃ!」
俺達に向かってくる発光体を全て、一殴りで無効化していく陽。全てが無効化された瞬間、周囲の障壁も消える。
「私が活路を開きます!天界の聖矢!」
花奏から放たれた白色の一撃は触れた者を消し去り、目の前に一本の道が出現する。
そして、俺達はその道を全速力で駆け抜けていく。
「敵の攻撃の第二波来ます!」
「なら、またさっきみたいに……」
「さっきは前方からだけじゃったが、今回は全方向から来るのじゃ!わし一人で全部を防ぐのは不可能じゃぞ!」
「仕方ありませんね……。避けて下さい!たとえ被弾したとしてもけして止まらないように!」
すぐさま防御魔法を展開させる。自分に訪れる痛みを予測し、覚悟を決めた。
「……っ!」
全身に激痛が走り、両腕、脇腹、右足が出血しだす。
「はぁ……はぁ……あぁ……はぁ……」
すぐ両隣からひどく苦痛に満ちた息遣いが聞こえる。
「くそっ……足が……」
「死にたくなければ、足を止めないで下さい!もう少しで敵の中心部ですからそれまで……」
花奏の言葉が途中で途切れ、視界の端にいた花奏の上半身が倒れていく。
「花奏!」
思わず足を止め花奏に駆け寄る。花奏の腹部には、人目で手遅れだと思う位の大きさの穴が空いており、夥しい量の血が流れる。
「遥希!走り続けるのじゃ!今は生き残る事だけを考え……っ!……」
「陽!」
数秒前の花奏を写したかの様に、崩れ落ちる陽。
二人をおいていくことは出来ない。ここで使うしか……!
花奏と陽を自分の元に引き寄せる。気づけば、完全に回りを取り囲まれていた。
……早く!……早く!……構成式を!
「いっっ……!クソっこんなの……」
頭痛に抗いなから、必死で構成式を書く……が。
「っは……はぁ……はぁ……」
痛みに耐えられず、地面に倒れ込む。三人が固まって倒れ込むこの状況……格好の的となるのは、必然だった。
視界がかすんで中、顔を前に向けると、奥の方にうっすらと五人の魔導士がこちらに杖を向けているのが見える。周囲を囲んでいる敵とは段違いの力を感じる。おそらくAランクの魔導士。……もはや抵抗する気力もなくなっていた。
衝撃に備え……いや、悔しさから歯を食いしばり視線を下に向ける。
敵の攻撃がこっちに向かってくるのを、感じたその時。
「まったく……。これだから遙くんが戦場に行くのに反対だったんだよ」
高く澄んだ声音が耳に届き、その慣れ親しんだ音に、顔を反射的に前に向ける。
瞬間、俺達を目掛けて飛んで来ていた敵の攻撃は少女に直撃、瞬時に周囲に爆風を引き起こす。
「……っ」
その風圧のため、思わず目を瞑り。数秒の沈黙の後、ゆっくりと目を開ける。
炎を周囲に纏いながら、栗色の髪をなびかせて悠然とたたずむ少女……月姫が立っていた。月姫は俺に背を向けたまま、先程とは違う、大きく、冷たい声を発する。
「跪け……!」
たった一言で、戦場の張り詰めた空気が、純粋な恐怖に変わっていく。
「その茶髪にSランク……お前……里木市の月姫だろ!心葉市と村雨市の戦争に里木市のお前が関わったら、どうなるか分かるよな!」
勇気ある敵の一人が抗議する様に言うが、その声は明らかに震えており、強い言葉とは裏腹に表情が引きつっている。
「そうだね……。他市の戦争に横槍なんて入れたら、色々な方面から避難され、最悪、戦争が起きても不思議じゃないね」
「そっ、そうだよな!上に報告されたくなったら、そこで大人しく……」
「上へ報告?誰がするの?」
「誰って……そんなの俺達の誰かに決まっているだろ!」
「俺達?アッハハハハハハハ。おじさん達、誰か一人でも生きて帰れると思ってるの?」
月姫が指を鳴らした瞬間、戦場が広大な土地であるにも関わらず、空も含め、全てが炎に包まれる。
「動かないなら、あまり苦しまない様に殺してあげる。どう?楽に死ぬ?それとも、抵抗してみる?」
動く者はいない。いや、正しくは動ける者はいない。
「聖炎圧縮丸」
月姫の指先一本一本から、ごくごく小さな球体が現れ、それぞれが意志をもったかの様に、別々の方向に飛んでいく。その球体は別々の地点で停止し、急に発光したかと思うと、その周囲にいた敵が、一瞬で炭の塊と化す。
そんな目の前の光景に、誰もが悲鳴さえ上げる事が出来なかった。
月姫は繰り返し魔法を使い、十人、二十人、三十人と犠牲者を拡大増やしていく。
やっと事態を把握できたAランク魔導士が口々に叫び出す。
「お前達!リーサルドラッグの使用を命ずる!村雨市のために……死んでくれ……」
Aランク魔導士達はポケットの中から一粒の白い薬を取り出すと、ひと思いに口の中に放り込む。それを見た、Bランク以下の魔導士も、数秒の因循の後、口の中に放り込む。
「あいつら!いつの間にあんな物を!」
月姫は前に駆け出そうとするが、もう遅いと悟ったのか、体勢を元に戻す。
瞬間、一番初めに薬を飲んだAランク魔導士達から、濃密な魔力があふれ出す。彼らの足元の魔方陣は歪な形となり、花奏をしのぐ程の巨大な物となっている。
「……コロス……コロス……」
至る所から聞こえてくる。そんな彼らの目は、誰かに操られているかのように虚ろで、しかし確かな怒りを感じさせる。
「月姫……何なんだよあれ……」
敵に目を向けたまま、月姫は口を開く。
「リーサルドラックっと呼ばれている物だよ。この薬を飲むとSランクと同等……とまではいかないけど、かなり膨大な力を五分間だけ得る事が出来るの……命と引き替えにね」
「命と引き替えにって……そんなの……五分経ったら死ぬって事なのか……?」
「そう。たいした忠誠心だよね。かなりレアだから値段もかなり高いはずなんだけど、ここまで集めるなんてね……」
「でっでも、月姫なら……この数相手でも……」
「特に問題無く全員殺せるよ……万全の態勢だったらね……」
そう言いながら振り返った月姫体は、背中とは対照的に前がボロボロで、切り傷や、打撲痕が無数にあった。
「月姫っ、その怪我!」
「ここに来る前にちょっとね……」
力なく笑ってみせる月姫。
「私は、逃げるのがベストだと思うんだけど……どうかな?」
「そうだな」
月姫は俺の手を取り駆け出そうとする。
「ちょっと待て。俺と月姫は自分で歩けるけれど、花奏と陽は無理だ。手を貸さないと」
「遙くん……あの二人を連れて逃げるのは不可能だよ……」
「そんな……」
視線を二人に写す。
花奏や陽とは、いつも一緒にいた。学校も……放課後も……。花奏は口うるさい奴だけど、面倒見が良くて、たくさん支えてもらった。陽はがさつな奴だけど、いろんな事を共にやって来た。多分一人じゃ……こんなにも楽しい日々は送れなかっただろう。
そんな二人は、両親が不在の俺にとって、大切な存在だ。
「ごめん月姫……。二人をおいていくことは出来ない」
「よく考えて遙くん!二人を助けようとして全滅するよりも、遙くんだけでも生き残った方がいいに決まってるじゃん!」
「そんな事は分かってる。だけど……ごめん」
「遙くん!」
月姫の言うことは、疑いようのない位の正論だ。しかしそれは気持ちが考慮されていない。そして二人を残して俺が生き残るなんて結末は望んじゃいない!
「……まったく。しょうがないな、遙くんは……」
月姫は優しげな微笑を見せた後、体を反転させ、再び敵と対峙する。
「五分……。一人で相手して見せるから遙くんはその間にその二人を連れて逃げて」
「でもそれじゃあ月姫が……」
「大丈夫。私を誰だと思っているの」
「でも……」
「ほら。行って行って!」
月姫にせかされ、迷いつつも二人に両方の肩を貸し、引きずる様にして運んでいく。
それからまもなくして、後ろから爆発音が耳に届き、それと共に生じた光により、足下に陰を落す。俺は思わず足を止め、顔だけ後ろに向けた。
「すげぇ……」
宙を駆ける無数の閃光。月姫は、それら全てを紙一重の所で躱しながら、高速で敵に接近し、近距離で攻撃魔法を放つ。
今、俺の目の前では、これまでの事がお遊びに見えるほど規格外の戦闘が行われていた。
「急がねぇと……」
歩く速度を少し速める。
やっとの事で戦場の端に付き、月姫に声をかける。
「月姫!戦場から離脱したいんだけど、火が邪魔で出られないんだ。なんとかなるか?」
「わかったー。ちょっと待っててね」
月姫はこちらを一瞥するとこちらに向かって指先をくるりと一回転させる。するとそれに反応したかの様に、目の前の炎の一部が消え、円形の穴が空く。
俺は二人を穴から外に連れ出し、少し離れた木の下に寝かせると穴まで戻り、穴から顔を覗かせ、月姫に声をかける。五分相手をしてくれると言っていたが、離脱してしまえば、五分もいる必要はない。
「月姫!お前も早くこっちにこ……」
先程、こっちに意識を向けた事が仇となって被弾したのか、月姫は様々な場所から出血をしていて、明らかに移動速度も落ちている。
今や格好の的となっている月姫に、追い打ちを駆けるかのごとくいくつもの光が突き刺さり、ついには速度を失って落下しだした。
「月姫!」
「遙くん……こっちきちゃ……だめ……だよ……」
月姫が落下する方向に向かって、無意識のうちに体が動き出す。
気づけばいつの間にか、月姫が腕の中に収まっていた。
「えへへー。なんか幸せ……。月姫ルートへようこそ……」
「軽口叩ける程には、余裕があるみたいだな……。月姫。これからどうすれば良い?」
「遙くんが来てくれたから平気だよ」
「ばか言うな。あいにく俺には、この状況を覆せる様な、力や知識は持ち合わせてないよ」
「ふふふ……」
月姫はそう笑うと、俺の左手を優しく握る。
その瞬間、手にはめていた指輪……『陽春』が発光しだす。気づけば月姫の『涼秋』も発光していた。二つの光は徐々にその規模を増し、互いに交わりながら二人の前身を包み込んでいく。
「月姫から魔力が流れ込んできてる⁉これって一体……」
「『陽春』と『涼秋』は対をなすって、元帥が言ってたよね。それはこの特殊能力のせいなの」
特殊能力……シリーズの名を有する恵具の証。
「この指輪の能力は『共鳴』。私と遙くんは指輪を通してつながっているの」
「なるほど……察するに、魔力を二人で分け合う事が出来るのが『共鳴』の能力って事だな」
「そうだよ。まぁそれだけじゃないけどね」
月姫はふらふらとした様子で立ち上がり、どこか恥ずかしさを残した満面の笑みで言った。
「それじゃ。初めての共同作業といこうか!遙くん!」
二人のお互いに分け合う事が出来る様になったところで、状況をどれだけ変える事が出来るか分からない。しかし、こうして月姫と手を取り合う事で不思議と自身が湧いてくる。
「業火の素因」
人魂の様な形をした炎が一つ二つと、俺達の周りに出現する。月姫の作りだしたそれらを、俺の作りだした風で高速かつ丁寧に編み込んでいき、巨大化していく。
「「龍神炎舞二重奏」」
巨大な二匹の龍と化した炎が、互いに絡み合いながら、戦場を舞う様に跋扈する。
「……ア……死……」
全方向から何本もの光線がこちらに向かって伸びてくる。それに気づくと同時に、月姫とつないだ手とは反対側の手を、ゆっくりとした速度で、頭の上を通しながら回していく。
その手の動きに合わせて龍は動きだし、こっちに向かっていた光線をいとも簡単に無効化させていく。
戦況を変える事が出来る膨大な力。このまま一気に……。
「いっ……っ」
凄まじい痛みが頭を襲い、その場に膝から崩れ落ちる。それと同時に、使用していた魔法も消え、魔方陣を維持するだけで精一杯の状態に陥る。これ程の力を使ったのだから当然の結果だ。
そんな俺の様子を察したのか、敵のAランク魔導士全員……否、Aランク魔導士だった物全てが、人生最後の力を一点に厚め、紫紺の結晶を形成していく。
「死……ネ……死……かはっ」
結晶の形成のため、命を使い果たした敵は一人を残し、口から血を吐き息絶える。残る一人も生きているかどうかさえ分からない状態で、その様子は、魔法を使っていると言うよりも、魔法に使われていると言った方が正しいとさえ思える。
あんな物……防げる訳がない……。
五分経つまで、あと少しだってのに……。
ふらつく足に力を加え立ち上がり、相手に手を向けそうとした所で止まる。
さっきと同じ魔法を使ったとして防げないのは一目瞭然だ。
もう……俺に出来る事なんて……。
「大丈夫だよ」
いつの間に後ろに回ったのか、月姫は背中から手を回し、左手で俺の下がりかけていた腕を支え、敵に向けさせる。
「どうするなんだよ……。今度こそもう……どうしようも……」
「大丈夫だよ。私を信じて。私の事を考えて」
「私の事をって……。何を言って……」
「いいから。私を信じて」
視線を敵から月姫に移す。月姫はいつも通りの笑顔だった。
そんな月姫を見ていると、自然と心が落ち着いてくる。
私の事を考えて……。月姫の事を考えて……。
俺は月姫をどうしたいんだ……。
分からない……だけど……だけど、今は……。
―――月姫の助けになりたい。
瞬間、二人を包み込んでいた光が、互いの体の中に戻ると同時に、体が発光する。
そしてその光は足下に……魔方陣に流れていき――俺と月姫の魔方陣が今、一つになる。
「これは……一体……」
「魔方陣って、感情を可視化したものとも言えるよね。つまり……私と遙くんの感情は……心は、一つになった!」
そうか、これが『共鳴』の主たる能力。お互いの魔法を高め合う能力。
二人の足下に広がる、広大な魔方陣を見る。
魔力量が風前の灯火でも……。
「いくぞ月姫」
「うん」
お互いから目を離し、まるで鏡に映したかの様に、全く同じタイミングで敵の方へ向く。
「「炎風渾然」」
桃色の閃光が、衝撃波を纏いながら、直進していく。
それは、敵が攻撃魔法を放つのと同時だった。
しかし、敵の……敵自身の命をかけた、一生で最後の一撃だったにも関わらず……俺と月姫の繰り出した魔法の威力は圧倒的だった。
「……」
自分でも驚く程の力。敵の魔法を、最初から存在しなかったかの様に消滅させ、周囲の敵を巻き込みながら、戦場の空へと消えていく。
沈黙する戦場。
―――五分経過
そんな月姫の呟きを聞きながら、全身の力が抜けると共に、俺の意識が消えていった。