第二章 波乱の予感
月姫を救護班に預けてから数分後、俺は花奏につれられ、やってきたのは俺達が住んでいる市役所、心葉市役所の地下だった。地下といったら独特の生臭い臭いや薄暗いイメージをする人も多いだろうが、今歩いている所は、そういうのとは程遠く、公の施設として相応しい清潔感や華やかさがあった。
「なんで市役所なんかに来たんだ?逮捕だなんて言うからてっきり警察署とかかと思ったんだけど」
「警察署の方がよかったかもしれませんね……遥希君をここに連れてきたのは、翡翠元帥と会ってもらうためです」
「元帥って……そんな軍隊みたいな……」
「軍隊なんですよ……ここは。もう遥希君には教えてあげても良いかもしれませんね。どのみちもう今まで通りには生活出来ないんですから」
「今、さらっと怖いこといったね!この状況でそんな冗談笑えないから!」
「いえいえ、本気の本気ですよ。ここ、心葉市役所の地下は軍隊の総司令部なんですよ。もうすぐ着くので詳しい話は翡翠元帥から聞いて下さい」
するとすぐ目の前に重々しい空気を纏った両開きの扉が現れた。
花奏がノックを二回すると、中から若い女性の声が帰ってくる。
「失礼します。菊谷花奏、ただいま帰還しました」
「あぁ来たわね。ご苦労様、花奏大佐」
校長室にあるようなふかふかした椅子を回転させてこちらに顔を向けたのは、二十代後半の女性。紫紺の髪の持ち主で気の強そうな雰囲気を纏っている。
「で。その子が問題の篠原遥希ね。両手が拘束されていない様だけど、どういう事?」
その言葉にはっとした様子で俺の手元に目を向け、とたんに焦り出す。
「申し訳ありません!しっかりと魔法で強化した縄で縛ったんですけど、戦闘時に解けたみたいで……」
「まぁ、こうして連れて来られたのだし、今回は不問とするわ。さて遥希、どうやって死にたい?王道は首つりだけど、首つり以外も選択出来るわよ。銃殺とか、ギロチンとか」
なにその恐ろしい選択肢!死にたくねぇよ!でももう逃げられなさそうだし……。
俺が泣く泣く『何でも良いですけど、即死でお願いします』と言いかけたところで翡翠元帥が続ける。
「っと言いたい所だけど、ウチは今、人手不足でねぇ。あなたには魔法の資質があるみたいだし特別に軍に入隊するという選択肢をあげるわ。どうする?死ぬか?入隊か?」
「えっ……俺に魔法の資質があるってどういう……」
「簡単な話よ。魔法使いは、魔力を使って魔法を使う。魔力は遺伝でしか体に宿る事はあり得ない。そしてあなたの両親は優秀な魔導士なのよ」
「えっ……」
俺の両親が魔法使い⁉俺を一人残して去って行ったあの人達が……。
「……俺の両親をご存じなんですか?」
「ええ、知っているわよ。篠原夫妻はウチの軍の諜報部隊に属しているわ。その辺は軍に入るのなら教えてあげるわ。さぁどうする?」
今さら両親の事を知りたいとは思わない。とはいえ死ぬのもごめんだ。
「不肖、篠原遥希。貴殿の軍隊入隊したく思います!」
とりあえず、敬礼してみる。
「ふふ、良い返事ね。それじゃあ改めて、心葉市軍総司令部へようこそ。私が元帥の翡翠紗華。じゃあ早速、今貴方が知るべき事を教えるわ。っといってもどこから教えたものかしら……質問形式の方が楽そうね。何か質問はある?」
「んー……。ここに来る前に変な奴らに襲われたんですが何者なんですか?」
「あいつらは敵国の魔導士よ。魔導士については花奏大佐から教えてもらったのよね?」
「教えてもらいましたけど、敵国って……。相川って人も言っていましたが、日本はどこかの国と戦争しているんですか?戦争なんて百年以上前の話じゃ……」
「今は戦時中よ。っと言っても、相手は国ではなく市だけど……」
市って、本来は助け合うはずの日本人同士が戦っているって事かよ……。
「どうしてこんな事になっているんですか?」
「どうして……か。日本で魔法が確認されたばかりの頃は皆で協力しあっていたわ。この国をどこの国よりも豊かで幸せな国にするという大きな目標に向かって。でもすぐに持っている魔法資源や思想の違いから、対立が起きた。人々の間に出来た心の溝は次第に大きくなっていった。そこで国は県を廃止して、その違いごとに市をおいた」
「廃県置市……」
「そうよ。その後すぐに事件は起きた。魔導士を何人も持っていた市が魔導士を使って無理やり魔法資源を奪いに隣の市に攻め入った。すぐに国は軍隊を派遣したけど、魔法にはまったく歯が立たなかったわ。魔法には魔法を。事件後、国だけの力では、今後暴動を止められないと悟った国は、一般人を巻き込まない様に夜間静謐法を制定し、二十時から翌朝五時までの間だけ戦争を許可したの」
「戦争を許可って……そんな無茶苦茶な……」
「仕方なかったのよ。その後すぐに各市で軍隊を作り、魔導士を育てる競争が始まったわ。戦争も各地で起り、負けた市は勝った市に市町村合併という形で吸収される。そんな訳で五十あった市も、今や二十五まで減ってしまったって訳」
「そうだったんですか……ってちょっとまって下さい。心葉市は市町村合併をしていないって学校で習いましたけど……」
「よく勉強しているわね。心葉市は今まで市町村合併をしたことが無い。裏を介せば、戦争で勝った事が無いの。負けた事も無いけど」
「話を聞く限り、戦争が五十年以上続いているのに何も変化が無いのも凄いですね」
「私たちは最近まで話し合いによって問題を解決していたの。戦争なんて愚かな事だからね。でも好戦的な市が力をつけてきて平和主義の市をどんどん吸収していった……気づいたら私たちだけになっていたわ。そこで私たちは戦う事を決意したの。でも遅すぎた……。今や、日本一小さくて弱い市なんて言われているわ」
「俺の知らない……日本の裏側でそんな事になっていたなんて……」
日本一最弱。それはつまり現在最も消える可能性が高い市である事だ。でもよく考えたら、心葉市って名前が消えるのは悔しいけど、それだけで一般人には関係ないんじゃ……。
そんな俺の思考を読んだ風に、翡翠元帥は口を開く。
「事の重大性が分かっていないわね。確かに魔法資源が原因で戦争は始まったけれど、魔法資源を渡しただけでは満足してもらえないわよ。市町村合併後は勝った市が全て権利を握るわ。だから元々負けた市に居た人たちには、あまりお金が回して貰えず、さらに課税される。結果的にその日生きるのがやっとなレベルの生活をしているわ」
自分たちを待ち受けている最悪の結末。
そんな事を考え、重々しい空気が部屋を満たしていく。
「他に質問はあるかしら?」
その空気を打ち消す様にして、明るい声で翡翠元帥は話す。
「月姫は……月姫は何者なんですか?」
「あぁーあの娘ね。宇野月姫。貴方たちが見た通りSランク魔導士よ。心葉市は周囲を四つの市で囲まれているけど、そのうちの一つ……里木市の軍の元帥の娘さんよ」
元帥の娘⁉マジかよ。
「ちなみに里木市は日本でも有数の強国よ。ウチみたいな弱小国が攻められたら一日で全滅するかもね。まぁ今は同盟関係にあるからその心配はしなくても平気よ」
月姫って、スペックも立場もハンパないな……。
「月姫は今どこに?」
「帰ったんじゃないかしら。貴方達がここに着く前に救護班から連絡が来て、逃げられたって言っていたから」
「そうですか……」
何となくだけど、すこししゃべりたかったかな。
「なに。遥希はあの娘と知り合いなの?」
「幼馴染みです。隣の家に住んでいて、物心つく前から一緒に遊んでいたんですが、小学校四年生の時に月姫が引っ越していって、それ以来あっていませんでした」
「幼馴染みって。花奏とも幼馴染みだってきいたけれど?」
「花奏は小学校五年の時に隣に引っ越して着たんです。隣と言っても、月姫とは反対側にですが」
「へぇー。なかなか面白い話ね。……っと、もうこんな時間か。もう少し色々聞きたいのだけれど、今日はもう帰っていいわ。最後に一つ。今、スマホ持っている?」
「はい。持っていますけど」
俺はポケットからスマホを取り出すと翡翠元帥にスマホを渡す。翡翠元帥はスマホを受け取ると、少しの間操作し、遥希に返す。
するとすぐにスマホから緊張感をかき立てる様な、サイレンにも似た音が流れ出す。
「これ……。花奏のスマホから流れてきた音だ……」
「これは軍の緊急事態用の着信音よ。この音が鳴ったらすぐに出てちょうだい。くれぐれも出られませんでしたなんてないように!」
「そうだったんですか。分かりました」
「よろしい。じゃあ二人共、帰って良いわよ。お疲れ様」
「「お疲れでした」」
そう言って、花奏と共に部屋を後にした。
◇
「しかし今日は壮絶な一日だったな……」
「あはは……」
市役所を後にした俺と花奏は帰路についていた。驚いた事に、俺達の市は壊されてほぼ壊滅状態にあった(主に月姫のせいだが)が、急ピッチで復旧作業が行われ、家の近くに来る頃には、殆ど直っていた。
「しかし魔法の力って凄いな。こんなに早く町が直るなんて」
「私達の軍の修復班は優秀なんですよ」
「修復班なんてのがあるのか。花奏はどこに所属しているんだ?」
「戦闘班学徒第一小隊です。私はこの隊の隊長をしているんですよ。遥希君もこの部隊に配属になります」
「戦闘班って。俺は魔法とか使えないけどどうすればいいんだ?」
「使えるようになればいいんですよ。次の学徒出陣までに、最低でも自分の身を守る位までのレベルにしなければなりませんね」
「次の学徒出陣って、具体的にはいつなんだ?」
「大人の魔導士だけで対処出来なくなった時に招集がかかるって感じですから。いつになるかは分かりません。なので出来るだけ早く魔法を習得して欲しいのですが……。遥希君。明日の昼休みは開いていますか?」
「昼休み?昼休みなら暇だけど……」
「それなら、明日の昼休みに学校の屋上に来て下さい。そこでお弁当を食べながら、魔法について少し説明します。あっ、でも実際使って見せたりは出来ませんよ。戦争可能時間外に魔法は使ってはいけないので」
「いいけど。学校の屋上は鍵がかかっていて、生徒は入れないんじゃ……」
「念のため、学校の鍵は全て持っています。他の生徒が他の生徒が来られないので密談には屋上が丁度いいって訳です」
「なるほどな……」
他の人には絶対に聞かれない場所。
屋上のドアには鍵があるんだし、確かに密談にはもってこいかもな。
そんな事を考えているうちに、お互いの家の前に着く。
「それじゃあ遥希君。また明日!」
「おう。また明日な」
本日二度目のさよならだな。そんな事を考えながら、家の中に入る。
「……ん?」
リビングに入ると明かりが付いていた。
まぁ急いでいたんだし、消し忘れたのだろう。おかげで入ってすぐに時計が目に入る。
「……って、もうこんな時間かよ!」
現在の時刻は午前二時。
夕飯は食べていないけど、時間も遅いし……。夕飯を食べずにお風呂に入ってからすぐに寝ようかな。
夕飯よりもお風呂を優先するのは、女々しいだろうか。
「ふぁーふぅ。眠い……」
大きなあくびをしながら、脱衣所の電気を付け中に入る。
魔法……か……。
漫画やアニメでよく出てくるけど。実際はあんなに怖い物なんだな……。
まぁそもそも実際にあるなんて思っていなかったけど(中学生の時は除く)。
そんな事を考えつつ、浴室の電気を付け中に入った瞬間。
「きゃぁぁ―――――」
甲高い声が浴室に響き渡る。
声に反応し前を見ると、そこには……一糸纏わぬ姿で月姫が立っていた。
髪や体は濡れ、恥じらった様子でこちらを見ている。
「月姫!お前なんて格好をしているんだ!」
「ここはお風呂なんだから、裸なのは当たり前でしょ!」
「そうかもしれないけど!てか、そもそもなんで俺の家にお前が……」
「いいからでてってよ!」
「あぁっ、悪い!」
すぐさま浴室を出る。
「見えた……よね……」
「見てない見てない!絶対に見てない!」
「数年ぶりの私はどうだった?」
「最高でした」
「やっぱり見たんじゃん!もう最悪……うぅ……うわぁーん」
「だから悪かったって!頼むから泣かないでくれ」
泣き出した月姫に、焦る俺。そりゃあ焦るだろ。目の前で女の子が泣いているんだから。
「初めて……見られた……。これはもう、責任を取ってもらうしかないよね!」
「責任って……俺にどうしろと?」
「それはもう、一生を添い遂げる形に決まっているでしょ」
「けっ、結婚って事だよな……。無理に決まっているだろ!俺の気持ちとかの前に法的に!」
「うぅ……遙くんが無責任だよぉ……うわぁーん!」
「お……落ち着けって……」
こりゃぁ困った事になった。一体どうすれば月姫は泣き止んでくれるんだ?本当に責任を取るしか無いのか。
……ってちょっと待った。おかしくないか。
俺は浴室に入るまで、月姫がいる事が分からなかった。なぜか?
玄関に月姫の靴は無かった。脱衣所に入ったときに浴室から何の音も聞こえてこなかった。
そして何よりもおかしいのは、午前二時にもかかわらず浴室の電気がついていなかった。
これらの事から導き出される答えは……。
「月姫……お前、わざとだろ……」
ピタリと泣き止む月姫。
「ナッ、ナンノコトカナ……」
「思いっきり動揺してんじゃねぇか!どうせ浴室で待ち伏せていたパターンだろ。何分待っていたんだ?まさか濡れた状態で三十分とか言わないよな?」
「ふふっ、違うよ」
「そうだよな。さすがの月姫でもそれは……」
「二時間でーす!」
「馬鹿なのかお前は!風邪引くだろ!もっと自分を大事にしろ!心配になるだろ!」
「遙くん……やっぱり優し……くしゅん!」
「あーもう。言っているそばから……。タオルをここに置いておくから、しっかり暖まってから出てこいよ。話はその後だ」
「わかった……ありがと!」
月姫がそう言ったのを確認し、俺はその場を後にした。
◇
「それじゃあ改めて。なんで月姫がここにいるんだ?」
「それはもちろん、遙くんと同棲して、ゆくゆくは結婚するためだよ」
風呂場での騒動があって、約二十分後。ようやく月姫とゆっくり話す機会が作れた。
月姫は今、俺と向かい合う形でリビングの椅子に座っていて、長い栗色の髪をタオルで拭いている。可愛らしいピンク色のパジャマを着て、その隣には大きなキャリーバックを置いている。
こいつ……完全にここに住む気だ……。
「結婚はおいとくとして……同棲って、そんな急に言われてもなぁ。そもそも高校生の男女が一緒に住むなんておかしいだろ。それに月姫のご両親はこの事を知っているのか?」
「遙くんと同棲したいって言ってあるよ。反対されたから家出してきたけど」
「家出って、お前なぁ……。ご両親が心配するだろ。さっき軍の人に色々聞いたけど、一様今は戦時中なんだろ。」
「大丈夫だよ、心葉市と里木市は休戦状態だし。それに私を倒せるのは遙くんだけだよ!」
「一応きいておくけど……月姫が言っている『倒す』って、戦う方じゃなくて押し倒す方だよな?」
「それを私の口から言わせようとするなんて……遙くん……大人になったね……」
手を口にあて、モジモジしだす月姫。
「そういう小芝居いいから!とにかく、同棲は色々と問題があるだろ。学校とかはどうするんだ?」
「それなら全く問題なし」
そう言ってキャリーバックの中から一枚の紙を取り出し、机の上にだす。
その紙の上部には、誰でも知っている様なアメリカの某大学の名前が書かれている。
「なっ……なんだこれは……?」
「卒業証明者だよ。大学のね。これで問題ないでしょ!」
「たっ、確かに学校の方は問題ないみたいだけど、他にも問題は……」
「お願いします。私をここにおいて下さい」
月姫はその場に立ち上がり、深々と頭を下げる。表情はさっきまでのそれとは違い、真剣だ。
「遙くんからしてみれば急な話かもしれないけど、私はずっとこうしたかったの!それだけのために、私は今日まで頑張ってきた……。なにか障害があるのなら、全部私が取り除くし、私自身に問題が有るのならすぐに直すから……だから……どうかお願いします!」
何が月姫をここまで動かしているのか分からない。
月姫がなんと言おうと高校生には、同棲なんておかしいし、一般的じゃないのは十分承知している。
だけど、なぜだか俺はこの時、純粋に月姫と一緒にいたいと思った。
「……わかったよ」
そう言った瞬間、月姫が涙ぐみながら抱きついてくる。
「ありがとう……遙くんありがとう……。一生大切にするから……」
「別に結婚する訳じゃないからな……」
そんな事を言って笑い合い、暖かな時間が流れ出す。
「同棲するなら部屋が必要だよな。この家の二階の俺の部屋の隣の部屋が開いているから、そこを使ってくれ。布団は地下シェルターから持ってくるから少し待っていろ」
そう月姫に言い残し、シェルターから布団を取り出してから、月姫の部屋に敷く。
夜間静謐法に従う必要もなくなったし、俺もシェルターじゃなくて、自分の部屋で寝ようかな。そう思っていると月姫がやって来た。
「わざわざ、ありがとうね」
「いいって。俺はもう寝るから、お休み」
「どうせなら、遙くんと一緒に寝……」
俺は月姫の部屋の扉をゆっくり閉め、自分の部屋にも布団を敷いて、床に付いた。
◇
トントントンと軽快な包丁のリズムが耳に届くと共にほのかな甘い香りが鼻孔をくすぐる。
昨日の就寝時間が遅かったにも関わらず、こんなにも寝起きの良い朝は何年ぶりだろう。
「あっ、遙くん起きた?おはよう!」
そう言いながら、月姫が俺の方を振り返る。その装いは、学校の制服の上からエプロンを付けていた。
「あぁ、おはよう月姫。一つ、いや……二ついいかな?」
「ん?なぁに遙くん?」
「なんで月姫は学校の制服を着ているんだ?もう高校には行かなくてもいいんだろ?それと……」
改めて部屋を見回して、再び月姫に顔を向ける。
「なんで俺の部屋が、リビングとキッチンが一緒の古いワンルームマンションみたいになっているんだよ!」
「ふっふっふ。気づいちゃった?」
「『気づいちゃった?』じゃねぇよ!どういうつもりだ!」
「『学園幼妻、貧しいけれど愛さえあれば大丈夫!』ってつもり」
「朝っぱらからなにやっているんだよお前は!」
「えー、何が不満なの?あっ、わかった!制服エプロンより、裸エプロンの方が好きなんだね!」
「そういうことじゃねぇよ!いいから早く元に戻せ!」
「ぶー」
月姫は不満そうな顔をしながら指パッチンをする。その瞬間、辺りがぼやけ初め、数秒後にはいつもの光景に戻っていた。
「……今は午前七時だぞ。この時間に魔法は使っちゃだめなんだろ?」
「遙くん。いつの時代も、バレなきゃ基本なんでもOKなんだぜ!」
「『良いこと言った』みたいなドヤ顔決めているけど、全然良いこと言ってないから。むしろ悪い事言っているから!」
「まぁまぁ。朝ご飯は本当に用意してあるから。はやくリビングまで降りて来てね」
ニコニコしながら一階に降りていく月姫。何がそんなに楽しいんだか……。
そんな事を思いながらも、制服に着替えて、リビングに向かう。
リビングに入ると、どこかの高級旅館が出してくれそうな、豪華な日本料理が机の上に、所狭しと並べられていた。
「凄い……めちゃくちゃ旨そうじゃん。これ、食べて良いんだよな」
「もちろん!全部遙くんの物だよ。私も含めて」
最後の言葉が気になったが、飯だ飯!
眠気が吹き飛ぶ様な食欲に駆られ、味噌汁を手にとる。
そして口に持っていき…………まてよ。
月姫は現在押しかけ妻状態にある。そして月姫は容姿端麗な上、かなりのスペックの持ち主であり、性格的にも強い方だ。料理の見た目は完璧と来ている。
あれ……料理がクソまずいヒロインの定義そろってね?
チラッっと月姫を見ると、ニコニコとこっちを見ている。逆に不気味だな……。
「月姫……この料理に何かしたか?」
「味付けを工夫してみたの」
完全にフラグ建ったー!
変な汗が額に浮かび上がるのを感じつつ覚悟を決め、一気に口の中に流し込む。
「……うめっぇぇぇぇ。何これ超旨いじゃん。なんでこんなに旨いんだ?」
「もちろん遙くんと結婚するためだよ!私は家事全般をプロ並みにこなすことが出来るんだよ。どう、惚れ直した?」
「惚れ直すも何も、元々惚れてな……惚れ直した!惚れ直した!だから今持っている包丁を今すぐ台所に戻してくるんだ!」
危ねぇ……もう少しで刺される所だったわ。防刀チョッキって幾らだっけ?
その後俺は発言に気を付けながら朝食を食べ終え、月姫に見送られながら登校するのだった。
◇
昼休み開始のチャイムが教室に鳴り響く。
授業の疲れからかため息がいたる所から聞こえ、数人は机に伏せている中、俺は屋上へ行くため、一足早く動き出す。
「やっべ。弁当忘れちまった……」
いつもは朝食と一緒に弁当を作っているが、今日は月姫が作ってくれた。だから弁当を作る事事態忘れてしまったのだ。
「遥希君、行きましょう」
「おう、今行くよ」
そう言って花奏の背中について行く。
……まぁ一日ぐらい昼飯抜きでもいいか。そういえば、陽に今日は一緒に昼飯食べられないって言ってないな。まぁいいかのぼるだし。
屋上にはほんの三分ぐらいで着いた。
「そこのベンチに座って話しましょう。それでいいですか?」
「良いよ。ところで、なんで誰も来ないのにベンチがあるんだ?」
「さぁ。私がここに入学した時点でここにあったんですよ。入学式以降は私が手入れしています」
花奏と共にベンチに腰を下ろす。
「あれ?遥希君、お弁当はどうしたんですか?」
「忘れた。でも俺に構わずお弁当をたべてくれ」
「いえいえ。そういう訳にもいきませんよ。それにしても珍しいですね、遥希君がお弁当を忘れるなんて」
「あぁ、多分それは月姫が……」
……っと、あまり月姫の事は言わない方がいいか。
「まぁ……うっかりしていたんだよ」
「遥希君らしいですね。それでは早速魔法の話をしましょう。と言っても魔法はひどく曖昧な物なので、説明できる事は少ないんですけどね」
「感覚で覚えた方が早いって事か?」
「まぁそうですね。でも基本的な知識がないと話にならないので、しっかり聞いてくださいね。魔法とは一部の人間だけが先天的に持っている魔力を使って起こせる事象の事です」
「翡翠元帥が遺伝するって言っていたやつか?」
「そうです。魔力量には個人差があって、それにより使う魔法の強さや質が変わってきます」
「つまり元々魔力量が多い奴は弱い奴よりも強い魔法が使えるって事か?」
「そうとも限らないんですよ。魔力は感情により爆発的に高める事が出来るんです」
「感情……」
「そうです。喜びや悲しみ、憎しみなどが一般的に使われていますね。感情によって魔力を高める時には、魔方陣と展開させる必要があります。思いが大きければ大きいほど、魔方陣は大きくなり、その効果も増大していきます。だいたい一メートルぐらいが平均です」
「そうなのか。花奏の奴は結構大きかったな。月姫のは……」
「あれは本当に凄かったですね。たしか、使っている感情は『愛情』ですね」
愛情ねぇ……
「たしか花奏は『正義』だったな。他に魔力を強める事ができる物はあるのか?」
「魔力を強める事は出来ませんが、効率良く魔法を使う道具ならあります」
そういって花奏は懐から杖を取りだす。
「私の持っているこの杖などがその道具に該当します。私は使いやすさを重視して小さくて振りやすい物にしていますが、ほかにも大型のものや、杖でなく銃や剣の形をしているものがあります。これらには全て、魔法資源が使われています。そして武器として使えるようになった魔法資源を総じて、恵具と呼ばれています。」
「確か魔法資源が原因で戦争が起きているんだよな……。そういえば月姫が詠唱魔法……だっけ?それも魔方陣を展開させて、恵具を使えば俺でも出来るようになるのか?」
「それは無理です。詠唱魔法は他の魔法と比べものにならない程の威力を持っているのは、遥希君も見ていたから分かりますよね。その為、詠唱魔法を使うには膨大な魔力を必要とします。ですから事実上、Sランク魔導士しか使えないんです。『Sランク魔導士が持てる魔力を全て使って起こせる奇跡』とさえ言われている位ですから」
「そうか……。軍にはどんな部署があるんだ?」
「戦闘班や修復班、諜報班、採集班、統括班などがあります」
「俺や花奏は戦闘班なんだよな?」
「そうです。ただ私は学徒部隊全体のリーダーでもあるので、統括班にも所属しています。統括班はこの軍を統べる班で、翡翠元帥などが所属しています」
「俺は学徒第一部隊だったな。第一って事は他にもあるのか?」
「第二部隊と第三部隊がありそれぞれ五十人ずつ所属しています。ただ第一部隊は遥希君を含めて五人です」
「たった五人⁉なんで?」
「動かしやすいからです。私が言うのもなんですが、遥希君以外は全員優秀な魔導士なんですよ」
「プレッシャーかかるな……。学徒っていう位なんだから、その五人も学生なのか?」
「はい。そのうちの一人はよく知っている人物ですよ」
「よく知っている人物。それって誰な……」
「わしのことなのじゃ」
そう言いながら屋上のドアを開けて入ってきたのは、陽だった。
陽は持っていた缶コーヒーを俺と花奏に渡すとベンチに腰をかける。
「若干コーヒーが冷めている気がする。お前……出てくるタイミング見計らっていただろ」
「ガハハ。まあまあそういうな。思ったより驚かないんじゃのー」
「昨日から変わった物見過ぎたせいで、大抵の事では驚かんよ……」
そういって陽から貰った缶コーヒーを開け、口に運ぶ。……っとその時。
――ピーンポーンパーンポーン――
『一年二組篠原遥希君、篠原遥希君。至急職員室へ……ってちょっと君!――――――遙くん!お弁当持ってきたよ!』
ブ――――
「ちょっと!遥希君、汚いじゃないですか!」
「わっ悪い!」
なんでこんな所に月姫がいるんだよ!
「俺。ちょっと職員室行ってくるわ」
階段を二段飛ばしで駆け下り、職員室までダッシュで向かう。なんか憂鬱だ……。
月姫がいたのは、職員室の前だった。先生と一緒である。月姫は、俺を見かけるとタッタッタッと駆け寄ってきた。
「おい篠原。その娘は誰なんだ?この学校の生徒ではないようだが……。学校に、行かなくて良いのか?」
「この娘は、えーと……従妹です。今日が学校記念日で、家に遊びに来ているんですよ」
もちろんウソである。
「そうか……。この学校の生徒でないから、用事が終わったらすぐに帰るように」
そう言い残すと先生は足早に職員室へ戻っていった。信じてもらえたようだな。
「月姫……あまり学校にはくるなよ。同棲しているのがバレたらヤバイだろ」
「そうだね……ごめんね……迷惑だったよね……」
そう言ってしょんぼりする月姫。『ごめんね』っと言っているけれど、俺のために弁当を持ってきてくれたんだよな……。
「まぁでも、お弁当を持ってきてくれた事には感謝するよ、ありがとな。よかったら……その……一緒に食べるか?」
「食べる!食べるよ遙くん!」
パッっと表情を明るくし、俺の胸に飛び込み顔を胸にこすりつける月姫。
だが、しばらく続くように思われたその動きは、すぐにピタリと止まる。
「……女の臭いがする……」
一トーン下がった月姫の声。全身から冷や汗が吹き出すのを感じる。
「遙くん……どういう事……。どこの泥棒猫なのかなぁ……。…………ぶっ殺してやる」
瞬間、体が固まったように動かなくなる。
「……魔法を使っているのがバレたらヤバいんじゃないか?」
「大丈夫。他の人からは、ただ立っているだけにしか見えてないよ。それよりも……この臭いは、この前の戦争で一緒にいた人のものでしょ?何をしていたのか、吐いてもらうよ。」
駄目だ……力を入れても動けねぇ……。
「お願い。私に遙くんを傷つけさせないで」
怖ぇ……これはもう、言うしかないな。別にやましい事をしていた訳じゃないし、言っても特に問題無いだろ。
「魔法について教わっていただけだよ。花奏は俺達のリーダーだしな」
「花奏……それがあの泥棒猫の名前……」
フッっと一瞬の浮遊感の後、体の自由が戻る。それと共に、月姫は体の向きを変え歩き出そうとする。俺は即座に月姫の手を掴む。
「待てよ。どこ行く気だよ」
「決まっているでしょ!あの女を殺るの!」
「そんなの駄目に決まっているだろ!だいたい何もしてないだろ!」
「私の許可なく、遙くんと会うなんて万死に値するよ!最低でも一週間前には、書類で申請してくれないと!」
「アホか!」
俺の腕を振り払おうと、腕をブンブン振りまくる月姫。俺も負けじと力を強める。
「もう!離して遙くん!私はアイツを殺さないといけないの!」
ジタバタと暴れる月姫。魔法は使えるようになっても、力は弱いようだな。
とにかく花奏の方に行かせない様にした方が良いよな。
「時間を見てみろ。今行ったら、一緒に弁当を食べられないぞ。それでも良いのか?」
「うっ……それは……困る……」
「だろ。校庭の方に、あまり知られていない、お弁当を食べるのに丁度いい場所があるから、そこに行こう」
「わかった……」」
渋々といった感じに、月姫は俺の提案を受け入れてくれたようだ。
こうして俺は無事月姫と昼食を取り、月姫と分かれて、教室に戻ったのだった。
◇
その日の放課後。俺は陽と花奏と共に帰路に付いていた。
「のう遥希。そういえば昼休みに呼ばれていたのは、何だったのじゃ?放送の最後に女の子の声が聞こえたのじゃが……まさか彼女?」
「違う、違う。そんなんじゃねぇよ。まぁ……色々だよ」
「なんじゃそりゃ」
陽とそんな他愛もない話をしていると、ふと花奏の様子がおかしい事に気づく。何やら深く考えこんでいるようだ。
「どうしたんだよ花奏。難しそうな顔して」
「あ……いえ。今日、おかしな事があったんです」
「おかしな事?」
「はい。具体的には、昼休みが終わってからの出来事なんですけど、私のロッカーの取手に画鋲が仕込まれていて、中を見ると『不倫は死刑だ』って書かれた紙が入っていたんです。他にも、トイレをしていたら上から水が降ってきたり、階段で後ろから押されたりしたんですよ。誰の仕業なんでしょうか?」
犯人に心あたりがある……。
「何じゃそりゃ。陰湿じゃのー。花奏は大丈夫なのか?」
「私は大丈夫ですが、その方が誰なのかが気になるんです。どうしてこんな事をしたのか、しっかりと事情を聞きたいですし」
俺から月姫に止めるように言っておかなきゃな。
「ところでこれからどうするんだ?」
「もちろん魔法の練習ですよ。場所は……遥希君の家でいいですか?」
「あぁ別に構わな……」
まてよ。今家には月姫がいる。今俺の家に行くのはまずいんじゃ……。
「あっ。着きましたよ遥希君」
げっ、もう家に着いたのか。同棲がバレるのはどう考えてもまずい。
「魔法が使えるのは、夜八時以降だろ?今はまだ五時なんだし、一旦解散しないか?」
「魔法の説明はまだ終わっていませんよ。夜八時になるまでに、しっかり知識を詰め込んでおいたほうが、効率が良いじゃないですか」
「たっ……確かに。でも夕飯食べたりしなきゃいけないし」
「せっかくなんで一緒に食べましょうよ。私が作ってあげますよ。一昨日、一緒に買い物行ったんですから、食材はありますよね?」
ヤバイ。もうなんて言ったら良いか分からん。
「遥希君、どうしたんですか?ドアノブを持ったまま固まって」
「いや……何でもないよ……ははは……」
まぁ先生に言った嘘をそのまま言えばいいか。月姫だって普通にしていてくれれば、上品な感じがして、悪印象を与える事はないし。頼むから普通にしていてくれよ……。
そう思いながら、ドアノブを引き、中に入る。
「お帰りなさい遙くん。お風呂にする?ご飯にする?それともワ・タ・シ?」
瞬間、辺りの空気が凍り付く。
理由は簡単。月姫は花奏の姿を見て、明らかに敵意を向ける。花奏は月姫の姿いや、その装いにただただ驚愕していた。月姫は……裸エプロンだったのである。
アウトー!
「なななななっ。何をしているんですか!貴方は!」
「遙くん……どうしてソイツがここにいるのかなぁ?」
俺はどうすればいいんだ。とりあえず余計な事を言う前に、月姫を移動させて……。
「月姫さんは早く服を着て下さい!どうしてそんな格好をしているんですか!」
「どうしてって……それは今朝、遙くんが……ポッ」
「下を向いて頬を赤らめるな!俺が何かしたと思われるだろ!」
「遥希君……この娘に何をして……って待って下さい。今『今朝』って言いました⁉月姫さんは今朝もここに居たんですか?」
「そうだよ。私と遙くんは一緒に住んでいるの。夫婦なんだから当然でしょ!」
「一緒に住んでいるって……同棲……。遥希君……もしかして……年端かもいかない女の子を騙して、家に連れ込んでいるんですね!見損ないました!」
「どうしてそう思った!俺がそんな事するわけ無いだろ!陽もなにか言ってくれよ!」
「遥希とは友人じゃった……明るくて良い奴じゃったが、まさかあんな事をするとは思ってもいなかったのじゃ……」
コイツ……テレビのインタビューに答える練習をしてやがる……。
「とにかく月姫さんは早く服を着て下さい!話は後で聞かして貰いますから!」
「絶対に嫌だね。遙くんは私をみて萌え萌えだったもんね!これを機に好感度アップを狙うんだから!」
「何馬鹿な事を言っているんですか!早く着替えに行って下さい!」
そう言って、花奏は月姫を家の奥の方に押していく。
「ちょっと押さないでよ!私と遙くんを引き離すつもりなら容赦はしないよ!」
構わず月姫をおし続ける花奏。それに抵抗する様に月姫は力を込めるが、花奏の方が、力が強いせいか、どんどん押されていく。
「もーう!頭きたー!」
月姫はエプロンから杖を取り出す。
「ちょっ。月姫!杖はまずいって!」
「私と遙くんの邪魔をする者は、みんな死んじゃえー」
そう言って月姫が杖を振ろうとした瞬間、スマホの音が鳴る。
「もう誰!こんな時に!」
月姫がスマホを見て、怪訝な顔を浮かべた後、スマホでしゃべりながら家の奥に消えていった。助かったのか……。
花奏はそんな月姫の様子を不思議そうな顔で見ていた。
◇
その後、俺達は花奏の作った料理を食べた後、魔法についての話を始めた。一通り話し終わったがその時はまだ八時前だったので、リビングでのんびりしていた。月姫はその頃になってようやく再び姿を見せる。
そして、魔法の使用が解禁される午前八時。
「それでは早速魔法を使ってみましょう!」
そういうと花奏は俺に自分の持っている杖を俺に差し出す。
「これは花奏の杖だよな?」
「ええ、私の杖です。先程話した様に杖以外にもあるのですが、まずはこれで試してみて下さい」
「わかった。そうするよ。まずは魔方陣なしでやるんだっけ?」
「そうです。魔法が暴発した時に被害が最小限ですむので」
「自分の得意な魔法がなんなのか分からないから、とりあえず火でもだしてみようかな」
頭の中に魔法の構成式を書き、杖を前に突き出す。するとボッっと杖の先から小さな炎がでた。
「俺、本当に魔法が使えた!おっしゃー……ってあれ、テンションの差が激しい……」
俺が舞い上がっている横で、ジトっとした目を向ける三人。
「だって……実用的な威力とは言い難いですし……」
「ライター以上コンロ以下ってとこかのー」
「遙くん、もしかして魔法の才能ないんじゃ……」
「ちょっ、火系が不得意だっただけかもしれないだろ!次は水だ!」
先程と同じように杖を前に突き出す。すると杖の先から水が流れ出すが、杖がやや上を向いているせいで水が杖を伝い腕に流れ込む。
「あっつ!これ熱湯じゃねえか!俺は水を出そうとしたんだけど!」
「遙くんの頭の中にかいた構成式が間違っていたんだよ。私が手本見せようか?」
「「「それは駄目だ!」です!」じゃ!」
もし月姫が失敗すれば市全体が壊滅しかねない。そんなリスクをわざわざ負わなくても良いだろう。
「俺……魔法の才能無いのかなぁ……」
「そんな事は無いと思いますよ。少なくとも潜在能力はあると思います。そうじゃなければ私の部隊に入る事事態不可能ですし。でも魔法の威力が弱いのも確かなんですよね……。試しに魔方陣を展開させてみましょうか」
「どうやるんだっけ?感情が重要なのは覚えているけれど……」
「自分の中で最も強い感情を心のなかで膨らませて下さい。つぎに膨らんだ感情を体中に循環させた後、魔力と融合させ、足下に放出して完成させます。多少やり方に個人差はありますが、だいたいこんか感じですのでやってみてください。遥希君の中の最も強い感情は何ですか?」
自分の中で最も強い感情……。
目を閉じて感情を探しに行く。すると瞼の裏に広がる闇の中にぼんやりと情景が浮かんでくる。暗い家。中に居る人の温かさはもちろん、人工的な光すら感じない。これは俺の家だ……。ただいま……それに続いて返ってくる音はない。食卓を共にする者はいない。それはもはや食事という名の作業だった。
そうか……俺は……孤独なんだ……。
「魔方陣展開――《孤独》――」
瞬間、幾何学的な銀灰色の模様が足下に出現する。花奏のそれには及ばないものの、十分な大きさをもっている。
「孤独ですか……。遥希君、もしかして……」
「何か悩みごとがあるんですか?」「寂しがり屋じゃのー」「中二病なんだね!」
「よーし。ツッコミどこは色々あるが、とりあえず月姫は歯を食いしばれ!」
「大丈夫だよ!私は遙くんが中二病でも問題無く愛せるから!」
「そういう問題じゃねーよ!」
「ちょっと月姫さん!あまり遥希君をからかわないで下さい!遥希君は中二病なんかじゃなくて、何か悩みを抱えているんです!」
「はぁ?あなた、遙くんのなんなの?」
「何って……私は遥希君の幼馴染みです!」
「私だって遙くんの幼馴染みだもん!私の方が古い付き合いなんだから、私の方が遙くんの事をちゃんと分かっているもん!」
「ちゃんと物事が判断できる年齢になってからの付き合いは、私の方が長いです!」
睨み合う両者。花奏にしては珍しく、向きに待っていた。
「へー。あくまで自分の方が遙くんの事を知っているって言い張るんだ……」
そう月姫が言った瞬間、彼女の周りの空気が凍り付く。完全に怒ってやがる……。
「遥希君、杖を返して下さい!」
危険を感じ取り、花奏は俺から杖を取ると即座に構える。月姫はそれを確認するとゆっくりと杖を構える。
「私のランクを知っているくせに、よく魔法で戦おうとおもったね。どうして?」
「月姫さん、魔力の回復が普通より遅いそうですね。昨日、月姫さんは詠唱魔法を使いました。もしかして月姫さんは魔方陣を展開させる事が出来るほど、魔力が回復していないんじゃ無いかと思いまして」
「バレてたか……でも、私は魔方陣がなくても負けないよ!」
「ちょっ、お前ら!家が壊れるから止めろって!聞いてんのか!」
駄目だ……。全然聞こえていない……。
「陽!なんとかしてくれ!お前も魔導士なんだろ!」
「あの中に行くのは自殺行為なのじゃ!遥希が止めれば良かろう。魔方陣を展開させているのじゃし」
「どんな魔法を使えば良いのか分かんないんだよ!」
「中二病なんじゃから、中二病っぽい魔法でどうじゃ。風系とか」
「だから俺は中二病じゃねぇぇ!」
まぁ風ってのは良いかもな。とりあえず試し撃ちしてみるか。杖が無いから威力はどうしても落ちてしまうけど。
手が銃の形になるように指を折り曲げ、誰も居ない所に向ける。頭に構成式を書き魔法を発動すると、凄まじい風圧を感じた後、指を向けた先に立っていた木が真二つに両断されていた。
「……出来た。これなら文句なしに成功だろ!」
「感動に浸っているところ悪いんじゃが、早くあの二人を止めて欲しいのじゃ!」
そうだったな。
二人の居る方向に向かって、指を向けてみて気づく。
この魔法を二人に使うのは危険では無いのか?二人を危険にさらすのはごめんだ。
では……どうすればいいか……。
……そうか。なにも二人を狙う必要は無いじゃないか。
「陽……俺はあいつらの服を狙う!」
「やめるのじゃ遥希!あの二人に直接魔法を使うのは危険と判断しての事じゃろうが、そんな事をしたら後々なにをされるか……」
「とめてくれるな!あの二人がお互いに意識を集中させている、いまがチャンスなんだ!確かに後々どうなるか分からない……。社会的に終わってしまうかもしれない。それでも俺は……あの中が見てみたい!」
「煩悩百パーセントじゃった!」
指先からの風圧を感じ、発動に成功した事を悟らせる。行っけー!
不可視のナイフとなった風は、一直線に二人に向かっていき……霧散した。
「へ?どうして……こっちには気が向いて無かったはずじゃ……」
そんな呟きにも近い問いかけに、二人はこっちを睨みながら答える。
「戦闘中において、相手よりも周囲に気を向けるのは基本中の基本です」
「それに遙くんの魔法は分かりやすいんだよ。だからどこを狙っていたのかも分かるんだ」
二人はゆっくりと近づいてくると、俺の胸ぐらを掴んでこう言い放った。
「遥希君!どういうつもりですか!そんな事をするなんて見損ないましたよ!」
「遙くん!自分でみせるのと見られるのは違うんだよ!こういうのは困るよ!」
「でもほら……二人を止めるために仕方なくと言いますか……」
「「言い訳は結構です!」だよ!」
二人の杖の先端が同時に発光しだす。
「お前ら!それはさすがにやばいって!グフッ……」
腹部に激痛を感じると共に視界がかすんでいく。あぁ終わったな。
結局、俺はこの日、再び目覚める事は無かった。
後々聞いた話だが、これからも花奏が毎晩俺に魔法を教えに来る事を知った月姫は、猛反対した。そこで妥協案として、月姫が俺に魔法を教え、花奏が定期的に出来を確認しに来る事になった。
なんだこの展開……。