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ヤンデレ幼馴染みが魔法使いになって帰ってきました。  作者: かじかん
ヤンデレ幼馴染みが魔法使いになって帰ってきました。
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第一章 再来

 学生には、気をつけなければならない時間が存在する。

 それは、学校に登校する前の(わず)かな時間と、午後一時から二時にかけてである。

 なぜ午後一時から二時にかけて、注意が必要か。大多数の学生は、この答えは一瞬でわかるだろう。もちろん答えは睡魔が襲ってくるからである。

 さらに、今は五月上旬であるから、教室には、独特な暖かい風が入ってくる。

 そんなこの状況が俺の睡魔に拍車をかける。


「え~。二〇四八年に(はい)県置(けんち)()があり、それまであった四七都道府県は廃止され、新しく五十の市が置かれました。現在では合併などにより二十五の市にまで減り……」


 日本史の先生の、睡眠作用があるお経の様な授業が耳から入ってくる。

 なんで日本史の先生は、だいたいの人が睡眠を誘う声なのか。


「もう……無理……だ……」


 俺は授業を聞く事を断念し、机に伏せる。だいたい睡眠欲を我慢できる訳がないだろ。人間だもの。

 すると数秒もしないうちから、脇腹をシャープペンシルでつつかれる。


「ほら、遥希(はるき)君!ちゃんとおきて下さい!」


 目を半分開けて、俺をつついた人物を見る。

 猫のように愛らしいつり目。

 肩を少し過ぎる位にのびた黄金色の髪。

 実際にはもっと長いのだろうが、右側で結ってある。

 かなりの美人さんなのであるが、ムスッとした表情が、そんな彼女の魅力を台無しにしていた。


 菊谷花奏(きくたにかな)


 小学校五年の時に、隣の家に引っ越してきて以来、ずっと一緒にいる。腐れ縁というやつだ。


「遥希君も、もう高校生なんですよ。真面目に授業聞かなきゃだめじゃないですか!」

「寝るか、寝ないかの状態で授業聞いたって、意味ないだろ。だったら今は寝て、他の時間に頑張る方がいいんじゃないか?」

「全ての授業、一つ一つを大切にすべきです!眠いのは、普段から夜遅くまでゲームをやっている遥希君が悪いんじゃないですか」

「今日は見逃してくれよ~。ここまで寝なかっただけ褒めてくれ。そんなに怒ってばかりいると、顔のしわが増えるぞ?」

「私の顔のしわの話はいいんです!」

「のう、二人共」


 不意に後ろから声がする。声の主は、津留崎(つるざき)(のぼる)だった。

 暑苦しい筋肉の持ち主で、中学一年の時、花奏と同時期に出会った、唯一無二の親友である。


「なんだよ、陽。急に話しかけてきて。今授業中だぞ」

「お前にだけは、言われたくないのじゃ。それよか二人共、声が大きすぎるのじゃ。そろそろ先生に注意されるぞ」

「花奏。お前の声、大きいって。気をつけろよ」

「遥希君もでしょう!私のだけのせいにしないで下さい!」

「コラー!そこの二人、うるさい!」

 先生の怒声が、教室にこだまする。

「すいません!ほら、遥希君も謝る!」

「すいません……」


 花奏と共に頭を下げる。


「またお前たち二人か!今回はゆるさんぞ!罰として放課後に学校中の廊下を掃除してから帰れ!」

「げっ、まじかよ」

「なんで私まで……」


 俺と花奏は愕然(がくぜん)とした表情を、陽は(あき)れた表情をそれぞれ浮かべていた。


      ◇


「あぁ~つかれました。なんで私までこんな目に……」

「だから悪かったって。その代わりに、さっき晩飯おごっただろ」


 あの後、俺は先生に言われた通り、花奏と共に、学校中の廊下を掃除した。

 そんな訳で、帰る頃には、時刻は六時を過ぎていた。さすがに花奏を掃除に付き合わせてしまった事に罪悪感を覚えた俺はその後、花奏に晩飯をおごったのである。

 今はその帰り道。


「晩ご飯を奢ってくれた事は感謝します。ですが、もう私は掃除なんて嫌ですよ!今回のことに()りたら、明日から、ちゃんと授業を受けて下さいね。あと今日からゲーム禁止!」


 頬を膨らませながら、俺にビシッっと指を指す花奏。

 花奏の愛らしいルックスのせいか、正直怖くない。


「ゲーム禁止なんて嫌だよ。てか無理。だいだい俺に構わなければいいだろ。そうすれば、花奏は怒られる事はないんだし」

「私が怒られるかどうかが問題じゃないんです!私は、遥希君の間違えた行いが許せないんです!」


 花奏はそう言うと、プイッと前を向き直した。

 まぁ花奏に迷惑をかけ続けるのも気が引けるし、明日から頑張ってみようかな。

 そんな事を考えていると、家の前についていた。


「じゃあね、遥希君。ちゃんと授業受けるんですよ」

「ああ、じゃあな」


 そう言って、お互いに家に入ろうとしたところで、花奏のスマホが鳴る。

 瞬間、花奏の顔色が明らかに変わる。慌てた様子で電話に出た花奏は、二言(ふたこと)三言(みこと)話すと、すぐに体の向きを変え、走り出す。


「おい、どこ行くんだよ」


 俺の声が聞こえていないのか、そのまま走りさっていった。


 なんなんだ……?


 気にはなるが、今更追いかけても追いつけないだろう。

 そう思い、家の中に入る。


「ただいま……」


 真っ暗な家の中に向かって(つぶや)く。俺には親はいない。

 と言うのも両親は仕事のために、俺がまだ小さい頃に遠くへ行ってしまったっきり合っていない。生活に必要な事は全て親戚の人に教えられ、小学校に上がる頃には、一人で暮らせる様になっていた。


「はぁ……」


 誰もいない部屋に向かってため息をこぼすと、パチッっと電気をつけた。

 もっていた(かばん)をソファーに置き、明日の朝食は何にしようかなどと考えていると、ふと時計が目に入った。


「十九時五十分!マジかよ……」


 花奏がヤバい。


 現在の日本には、夜間(やかん)静謐法(せいひつほう)というものがある。

 それは廃県置市の数年後、つまり今から五十年以上前に制定された法律で、二十時以後から翌朝五時まで外出を禁止し、各自が自宅にある地下シェルターに()もるというものである。

 違反した場合の罰則が、現存する罰則のなかで最も重い事もあり、制定された当初は猛反発を受けたが、強引に押し通されたそうだ。


「花奏……帰ってるよな……」


 正義感の強い花奏の事だから、法律違反は無いだろう。

 そうわかっているのに、なんなんだこの胸騒ぎは…。


「……っ!」


 弾き出されたかのように玄関をでる。

 花奏が犯罪者になるかもしれない。それだけで動く理由としては十分だ。


 どこだ、花奏!

 駅か。公園か。学校か。

 時間が無い。故に考えるより体を動かすんだ!

 俺は、当てもなく走り出した。


      ◇


 「はぁ……はぁ……」


 どこ行ったんだよ花奏!

 やっぱりある程度検討をつけてから探した方がよかったのか。

 諦めかけたその時、見違えようのない金髪が目に入る。


「花奏!」


 一目散に駆け寄ると、花奏は一瞬驚いた顔をしてから、明らかに困惑した表情になった。


「遥希君、なんでここにいるんですか⁉」


 花奏が物凄い勢いで詰め寄ってくる。


「なんでって……お前を探しに来たんだろうが!」

「早く帰って下さい!今ならまだ間に合うかもしれ…」


 その時。遠くからの轟音(ごうおん)により、花奏の言葉の最後がかき消された。

 困惑している俺をよそに、花奏はハッとした表情で、自らの腕時計をみる。


「二十時にです……」

「さっきの音は何なんだ⁉」


 そう問いかけるが、花奏の耳には届かなかったらしく、俺の腕をつかんで走り出す。


「おい、どこに行くんだよ」

「帰るんです!死にたくなければ走って下さい!」

「はぁ⁉お前、何を言って……」


 瞬間、一秒前にいた位置が発光した後、辺りが炎に包まれる。

 状況を理解しようとするが、あまりにも異様な光景に、ただ驚く事しか出来ない。

 花奏を見ると、空を忌々しげに見つめている。つられて同じ方向をみると、数え切れないくらいの火の玉で覆われていた。

至る所から爆発音が聞こえてくることもあって、これはまるで……。


「空襲されてる……のか?」


 いやいや。今の日本は戦時中ってわけでもないし、内乱が起る程治安が悪い訳でもない。

 それに、飛行機から爆弾を落されていると言うよりは、何もない所から火の玉が出現している様に見える。


「遥希君、伏せて!」


 花奏の声に反応し、とっさに身を屈める。すると一秒もしない内に、今まであった場所に火の玉が通過する。その事事態、十分に驚くべきなのだが、それよりも……。


「えっ……今、横から……」


 とっさに火の玉が飛んできた方向を見る。

 するとそこには薄気味悪い(うすきみわるい)男が五人立っていた。ニタッっとした表情を浮かべているその男たちは全員、足下に紫紺に光る幾何学的な模様を浮かべ、手には細い杖の様な物を持っている。奇妙な事に、五人とも腰元にEと書かれたバッチをしていた。


「遥希君。私の後ろに隠れていて下さい」


 花奏が小さい声で俺に話しかける。そんな俺たちの事を気にする事無く、男たちは話始めた。


「なんだ、ただのガキだぞ」

「おいお前ら、二十時以降は地下シェルターに行けって教わらなかったのか?」

「まぁどちらにしろ、見られたからには、このまま帰す訳にはいけねぇな!」


 そこでやっと花奏が口を開く。


「今なら特別に見逃してあげます。だから早くそこをどいて下さい!」

「はぁ?このガキ何言って……」


 花奏の腰元に視線を移した瞬間、男たちが固まる。つられて俺も花奏の腰元に目を移すとそこにはアルファベットのAをかたどった銀のバッチ。


「はぁ⁉このガキがAランクだと」

「ばか。ハッタリに決まっているだろ。気にせずやっちまえ!」


 猛々しい怒号をあげながらこちらに向かって来る男たち。

 そんな彼らを残念そうに見つめた後、花奏が呟く。



「魔方陣展開――パターン《正義(ジャスティス)》――」



 そう言い終わると同時に、花奏の足下に、男たちの何倍もの大きさの幾何学的な模様が出現する。黄金色(こがねいろ)に輝くその模様は、見る人に有無を言わせない様な威厳(いげん)に満ちていた。

 男たちが一瞬動揺を見せるが、一斉に火の玉を放ってくる。

 花奏は腰から細い杖の様な物を取り出すと、天高く掲げた。


「神々しき(ヘブンリー)障壁(オブスタクル)


 花奏がそう呟いた瞬間、俺たちを囲う様にして半透明の黄金色の膜が現れる。

 一秒もたたない内に、火の玉が衝突するが、何の衝撃もないまま、あっさり霧散していく。

 それを確認するやいなや、杖を一降りし、花奏は障壁を解除する。そして杖を敵に向け、先程と変わらないトーンで呟く。


天界(ヘブンオブ)(ミストル)(ティン)


 その瞬間、花奏の周囲が発光したかと思うと、その光が杖の先に収束し始める。そして全ての光が収束した後、勢いよく前方に打ち出した。

 男たちは即座に、自分の周囲に膜の様な物を張り防ごうとした。

 しかし、打ち出された巨大な光は、それを無い物とするかのように、ただ一直線に男たちを貫く。そして数秒後には、男たちは、跡形もなく、消滅していた。

 俺は、あまりにも現実味のない衝撃的な光景に目眩がするが、どうにか耐え、混乱した頭でどうにか言葉を紡ぐ。


「花奏…お前今何を……それに……さっきの奴らは一体……」


 今一(いまいち)呂律(ろれつ)が回っていない俺の手を取り、花奏は諭す様な口調で話し出す。


「聞きたい事は沢山あるでしょうけど我慢して下さい。知らなくてよい……いや、知らない方が良い事ですから。さあ、急ぎましょう。今ならまだ待ち合うかもしれ……」


 その時、花奏のスマホが鳴る。スマホを手に取り、電話をかけてきた相手を見たとたん、今までに見たことがないくらい悲しそうな表情をする。ほんの僅かな間、会話すると、スマホをしまって俺にこう告げた。


「遥希君……時間切れです。篠原(しのはら)(はる)()、あなたを夜間静謐法違反で逮捕します」



      ◇


 俺はあの後、花奏に両手を拘束され、現在は花奏と共に町を移動している。

 今になって思うと、花奏を助けに来たのに、花奏に捕まるなんて、なんて馬鹿げた話なんだろうと思う。

 その間に何度も知らない人たちに、不思議な力で様々な攻撃を仕掛けられたが、すべて花奏によって何の危なげも無く処理されていく。不可思議(ふかしぎ)な光景が続いたためか、今となってはちょっとやそっとの事では、驚なくなっていた。


「なぁ、いつまで歩くんだよ」


 何十分も町を歩かされた俺は、痺れ(しびれ)を切らしてそう訪ねる。


「もう少しですから、我慢して下さい」

「どこに行くつもりなんだ?俺は本当に逮捕されるのかよ?そもそも花奏ってなんなんだ?」

「その全ての問いには、行けばわかると答えておきます」

「じゃあせめてそのバッチは何なのか教えてくれよ。なんで似たようなデザインのバッチをさっきから皆持っているんだ?花奏がさっきから使っている不思議な力に関係するんだろ?」

「そうですね……簡単に言うと私は魔導士で、このバッチは魔導士の質を表す物です。AからFランクまであり、Fランク百人分の力を持つのがEランク、Eランク百分の力を持つのがDラングといった感じに上がっていって、一番上がAランクです」


 花奏はこちらを一度も見る事なく答える。真剣な表情がなんか怖い。自分の置かれている状況がヤバいことは何となく察した訳だが。逃げた方がいいかな……。


「遥希君、止まって!」


 突然、花奏の大きな声が耳に届く。『止まって下さい』じゃなく、『止まって』っと言っている事からも焦っている事がわかる。


「どうかしたのか?」

「私から離れていて下さい……守りながらでは戦えない」


 そう言うと視線を目の前の十字路に移す。


「おやおや。あたしの部下がずいぶん沢山やられていると報告を受けて来てみたら。思ったより随分と可愛い女の子が相手じゃない。まぁAランクならこれだけやられるのも納得だけど」

 そう言いながら交差点の角から出てきたのはメガネをかけた二十代後半と思われる女性だった。ただ、今までの敵とは違った緊張感を放っている。

 そして腰につけたバッチはアルァベットのAをかたどっていた。

「あたしは相川美智留(あいかわみちる)って名前よ。あなたは……って自己紹介をする雰囲気ではなさそうね」

「そこを通して下さい……と言っても無理ですよね。それならば無駄なおしゃべりは無用です。魔方陣展開――パターン《正義(ジャスティス)》――」


 花奏の足下に黄金色の魔方陣が出現する。心なしか今までよりも大きな気がする。


「魔方陣の大きさは感情の大きさに比例し、それを維持する為の魔力量も魔方陣が大きくなる程増加する……さすが、Aランクに相応しい魔力量ね。でも……魔方陣展開――パターン《自信(コンフィデンス)》――」


 相川の足下に紅色の魔方陣が出現する。その大きさは花奏より(いく)らか大きい。


「自信ですか……察するに自分の実力に相当自信を持っているみたいですね」

「まぁね。あたし負けた事無いもの」


 お互いの出方を(うかが)っているのか、しばらくの間、にらみ合いが続く。俺は花奏から離れるタイミングを失い、近くで見守る事しか出来なかった。

 先に動いたには花奏だった。杖を構えたまま、相手に肉薄する。

 常人の俺では見る事の出来ない程の速さだったが、相手は常人ではない。花奏の動きに反応し杖を向ける。

 近距離での魔法の打ち合いは、互いに防御魔法を使う暇も無く、先に相手の魔法に当たった方がやられるだろう。魔方陣の大きさで負けている花奏が勝つ可能性がある局面。

この局面を花奏が狙って一瞬で作り出した。

その事実が、相川に花奏が戦い慣れしている事を悟らせた。

 凄まじい速さでお互いを攻撃し合う。相川が花奏から距離を取ることが出来ないのは、単純に花奏の攻撃速度が速いからだろう。


「かかったわね」


 しかし、永遠に続くかのような凄まじい攻防戦は突然おわった。

 花奏と俺が重なる位置かつ、花奏が魔法を打ち終わった一瞬の隙。

 相川はそこをずっと狙っていたのだろう。花奏よりも相川が一枚上手(うわて)だった。

 相川は慣れた手つきで杖を自らの頭上に(かか)げると、相川の頭上の空間が歪み、闇色に染まる。その中から無数の実態のない、全体が闇に覆われた矛が出現する。


「虚空より出でし魔矛」(ファクームハルバード)


 無数の矛が一斉に同じ方向に動きだす。その延長線上には俺と花奏。

 花奏はそれを確認すると瞬時に杖を向ける。


天界(ヘブン)の(オブ)(ミストル)(ティン)!」


花奏から放たれた黄金色の光りは相川の放った無数の矛とぶつかり辺りに火花を散らしながら、その規模が広がっていく。

 しかしこれは単純な力勝負。魔力量の劣っている花奏が勝てる道理はなかった。徐々に光と矛の境界線が花奏近づき、花奏は後退していく。


 俺は本当に何も出来ないのか?

 何もわからない事を理由に花奏がやられていくのを見ていていいのか?


「いい分けないだろ!」


 俺は後ろから力強く花奏を後ろから支える。


「遥希君⁉危ないから下がっていて下さい!」

「花奏の言うことは昔から正しい。だから多分、今言っていることも正しいだろうさ。俺は、今何が起っているかわからない。けど、お前がピンチだって事くらいは何となくわかった。いいから黙って助けさせろ」

「遥希君……。わかりました。片手を杖に添えて下さい」


 花奏の手の上に自分の手を重ねる。その瞬間、花奏の杖から放たれている黄金色の光が増す。だが……。


「……っ!がはっ……!」


 俺たちの抵抗も虚しく。無数の矛が無慈悲に俺たちの体を貫き、俺は花奏と共に大きく後ろに吹き飛ばされる。


 うっ……全身が痛ぇ……。


 そんな俺たちを見下ろしながら相川は近づいてくる。

 俺が下敷きになったこともあってか、花奏はすぐさま立ち上がる。しかしそれはもう遅い。


「殺すのには惜しい存在ね……でも残念。死になさい。弱い者が死ぬ。それが戦争よ」


 こちらに向けられた相川の杖が発光しだす。


 こんなところで死にたくねぇ。でももう打つ手はない。


 クソッ……。


 諦めかけたその時だった。



「魔方陣展開――パターン《愛情(アフェクション)》――」



 ハーブの様な高くて上品な声音(こわね)が耳に届くと同時に、空が桃色(ももいろ)に染まる。

そして数秒とたたない内に、目の前に大きな炭の塊が出現し、風に吹かれて空気に溶けていく。

 否、それは数秒前まで俺たちを追い詰めていた、相川だった物だ。


 助かった……のか……。


 生命の危機を脱し、全身の力が抜けるが、すぐに再び体を硬直させる。

 自分を救ってくれた相手とはいえ、花奏でも倒せなかった相川を一瞬で炭に変えた存在が頭上にいる。その事実を認識したとたん、恐怖がこみ上げてきたのだ。

 恐る恐る周りを見渡すが、俺たちを助けてくれた(ぬし)は見当たらない。しかしそこである違和感に気づく。

 多数の男たちや相川を目の前にして少しも動じなかった花奏が、目を大きく見開き全身を大きく震わせて、立っているのがやっとな状態なのが、目に見えてわかったのである。

 花奏の視線を辿り(たどり)、ゆっくりと顔を上げる。


「………」


 言葉を失った。


 腰まで伸びているが手入れが行き届いた、柔らかそうな栗色の髪。

 出る所はしっかり出ていて、引っ込むところはしっかり引っ込んでいるスタイル。

しかしそこに下品さを感じさせない、むしろ清楚な印象を与える桃色と白色で(いろど)られたワンピース。

 どこか良い所のお嬢様の様な佇まい。


 自分がさっきまで死にかけていた事や、自分の目の前で一人の人間が灰になった事、その少女が今、宙に浮いている事などどうでも良くなるくらいに、美しい少女がそこに立っていた。

 俺はしばらくの間、その少女に見とれていたが、ある物が目に入り、一気に現実に引き戻される。それは彼女の腰に付けているバッチ。

 彼女の腰についたバッチは金色。

 そしてその形は――――Sだった。


「Sランクって……。AからFランクまでじゃなかったのか⁉」


 花奏に再び視線を戻しながらそう質問する。


「ごめんな……さい……。Sランクは……この世に七人……しか……いないので……説明する必要は……無いと……思ったんです……。Sランクは……AランクやFランクとは……別格の……存在……。AからFランクの魔導士が……全員で一斉に襲いかかっても……Sランク一人には……勝てない……」


 花奏が震える声で説明する。


「Sランク……そんなのってありかよ……」

「いるんですよ……。それより、もっと周りを見て下さい……」


 周り?


「……っ!」


 それに気づいた瞬間、戦慄が走る。

 なぜ気づかなかったんだろう。

 今まで空が桃色に染まったと思っていた物は、町一つを覆う位の巨大な魔方陣だった。


「でっ、でも、あの娘は、味方……なんだよな?俺達を助けてくれたんだし……」

「私……あの娘の事……知らない……つまり……少なくとも……味方ではない」


 味方じゃ……ない……。

 思わず後ずさりする俺。

そんな俺の様子を気にする事無く、その少女はゆっくりと近づいてくる。


「遙……くん……そ……だ……」


 距離がまだ遠いせいか、よく聞き取れない。

 すると、再び空が発光しだし、一筋の光が花奏に向かって伸びる。


「花奏っ!」


 とっさに花奏を突き飛ばし自分が身代わりになる。

 ぐっ歯を食いしばり、衝撃に備える。しかし俺に届く直前で霧散(むさん)する。


 あれ……なんで?


 数秒もたたない内に、第二波が花奏に襲いかかりすぐさま花奏の前に立つ。

 するとまたもや当たる直前で霧散する。

 

 これはもしかして……。


 すぐに女の子を見るともうかなり近くまで来ていた。



「天界の神よ。地獄の悪魔よ。万物の精霊よ。汝、我の欲する力を与え給え。我はこの世の理に抗うのもなり。我は常世を統べるのもなり。約束の地へと……」



 女の子は杖を顔の前に持って行き、祈る様に話だす。


「詠唱魔法!?遥希君!どこかの家のシェルターに早く逃げて下さい!あの娘、町ごと私たちを消すつもりですよ!」

「逃げてって。花奏はどうするんだよ?」

「情けないことに、体が震えて、全く動けないんです。私のことは良いですから早く」


 クソっ、試してみるしか。


「花奏!ごめん」


 花奏を思いっきり抱きしめる。


「ふぇっ!ちょっと遥希君!こんな時に何やって……」


 その瞬間、強い閃光の後、爆音が周囲を包む。


「くっ……!」


 目を(つぶ)るのが遅れ、頭がクラクラしだす。

 それらを耐えきり、完全に周囲から音が消え、俺と花奏の呼吸音のみが聞こえる状況になり、ゆっくりと目を開ける。

 すると目の前には俺と花奏の足元を残し、何も無い空間が広がっていた。


「がれきすら無いとか……バケモノかよ……」

「こっちに来ます!」


 花奏の声に反応し、すぐに女の子に目を向ける。


「お前、何者だよ!どうして俺を殺さない!」

「私に遙くんを殺す事なんて出来るわけ無いよ。そんな事よりその女誰?遙くんと抱き合っちゃって……。絶対に許さない!」


 そう言って、女の子が杖を空高く掲げた瞬間、その子の真上を中心として、雲が回転し出す。


「遙くんって。遥希君、もしかしてその子と知り合いですか?それだったら早く止めて下さい!」

「いやいや!知り合いに こんなバケモノみたいな子いねぇよ!」


 ん?遙くん……。

 俺の事を遙くんなんて呼んでいた人物なんて一人しかいない。

 でも……そんな……まさか……。


「月姫……なのか……?」


 そう言った瞬間、その女の子……月姫は表情をパッっと輝かせた。


「そうだよ。久しぶり、遙くん!」


 そう言うと、月姫は魔法を解除し、花奏を付き飛ばして抱きついてきた。


「よかった……忘れられちゃったかと思った。本当によかった……」


 胸に顔をこすりつけてくる月姫。その一瞬みえたその瞳は涙ぐんでいる。


「お前……なんで、こんな所に……。今までどこに行っていたんだよ!」

「色々あって、私も大変だったんだよ。でももう絶対離さ……な……い……」


 一気に月姫から感じる体重が増える。


「おい!月姫!どうしたんだよ」


 俺のうでにぐったりともたれ掛かる月姫。呼び掛けても返事はない。

 すると花奏が近づいてきて、月姫の体を調べ出す。


「魔力切れですね。まぁ詠唱魔法を使ったのですから、無理もないです」


 花奏はポケットから携帯を取り出す。


「もしもし。救護班を回してください。あと翡翠(ひすい)元帥にもうすぐ着くと連絡を」

 俺は花奏の声を聞き流しながら、月姫をただ見つめているのだった。



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