序章 始まりの言葉
ルビがおかしい箇所がありますが、後日修正致しますので、御容赦下さい。
ピシャ……ピシャ……
一定のリズムを刻み、どこからか、水の滴り落ちが聞こえる。
「うっ……」
自らの呻き声が耳に届くと同時に、意識が覚醒しだす。
埃っぽく冷たい風が肌をなで、その少しばかりの刺激を合図にしたかのように、頭が、今自分の置かれている状況を理解しようと動き出した。
情報を得ようと、ゆっくりと目を開ける。
えっと……跳び箱に、マットに、バスケットボールの入ったカゴ。
なるほど……ここは体育館の体育倉庫か。
視線を下に下げると、よく見慣れた小学生が座る様な椅子に座らされていて、両手両足を縛られている。
ただし両手両足を縛っている縄は、小学校四年生の俺でも解けるくらいヨレヨレだった。
「まぁ、普通ならここで、恐怖で泣き出すところだろうけど。さすがにこうも頻繁に拉致されたらなぁ……」
そう呟いて部屋の奥に目をむける。
「またお前の仕業かよ、月姫……」
すると一人の少女が微笑を浮かべて歩いてくる。
肩をくすぐる位の栗色の髪。
一度見た者は二度と忘れることが出来なくなる程に整った顔立ち。
純白のワンピースに身を包んだその佇まいは、彼女自身の育ちの良さを感じさせる。
「あっ、気がついた?遙くん」
「『気づいた?』じゃねぇよ!お前、俺を拉致するの、今月に入って何回目だ!」
「五回目ぐらい?」
「二十一回目だ!毎日毎日気絶させられている俺の気持ちを考えろ」
「ごめんね~。でも……遙くんが悪いんだよ」
瞬間、月姫の顔から微笑みが消え,冷ややかな風が流れ出す。
「さて、本題に入ろうか」
月姫はそう言うとスッっと金属バットを取り出す。
「遙くん……さっき女の子と話してたよね……。あの女だれ?どんな関係?何の話をしていたの?」
「あの月姫さん……顔が怖いんですけど……」
「そんな事はどうでもいいの。はやく答えて」
そう言うと月姫は一気に顔を近づけてきた。
はぁぁ面倒くせぇ。
「四組の千里ちゃんだよ。ほぼ初対面。曲がり角でぶつかって、その時に持っていたプリントを数枚落しちゃって、一緒に拾ってもらったんだよ。月姫が見たのは、俺が謝っているときか、お礼を言っているときだろう」
「完全にフラグじゃない!」
「フラグじゃねぇよ!こんな事で自分の運命が決まってたまるかよ」
「遙くんがそう思ってなくてもこれはフラグなの!私はこのまま捨てられちゃうんだ……」
「捨てるも何も、俺たち別につきあってないだろ。幼馴染みってだけで」
「幼なじみが結婚相手って、よくあることよ。結婚しようよ、遙くん」
「俺ちゃっかりプロポーズされてる⁉」
「それともやっぱりあの女がいいんだ……」
月姫はそう呟くと、真っ直ぐ扉の方に向かった。
「どこ行く気だよ」
「そんな事決まっているでしょう。あの女を殺るの」
『またまた、ご冗談を』っと言いたい所だが、月姫の場合はマジでやりかねない。
俺は両手両足に力を入れて、一気に縄を解くとすぐさま月姫の前に立つ。
「なんで……今回はちゃんと縛ったのに……」
「確かに昨日よりは強く縛ってあったけど、あれぐらいじゃあ人間は拘束出来ないよ」
「どうして……どうして遙くんは、私のじゃまをするの……やっぱりあの女の方が遙くんは好きなんだ……」
月姫はそう言うと、頬に一滴の雫を垂らし、下を向いてしまった。
俺はそんな月姫の頭にポンと手を乗せる。
「本当にあの娘とは、何もないよ。それに、月姫の事は誰よりも信頼している。小さい頃からずっと一緒だったしな。だから何も心配せずに、これまで通りに過ごしていればいいよ」
「でも、遙くんの周りにはたくさん女の子がいるから、ちゃんと捕まえておかないと、と思って……」
「物理的に捕まえても、気持ちを捕まえておかないと意味ないだろ」
「他の女に取られるよりはましだよ」
「あのなぁ……」
すると突然、月姫は顔をあげた。
その表情から何かしらの強い意志を感じる。
「決めた。私、今日から毎日筋トレする!遙くんを捕まえておくため、遙くんより強くなる」
「いやいや。ただでさえお前は、ほかの女子よりも筋力も体力もない上に病弱じゃねぇか。俺は男だぞ。普通に考えたら、俺より強くなんて無理だろ」
「じゃあどうすれば……」
そう言うと月姫は、再びうつむいてしまった。
「そうだなぁ」
俺は、そんな月姫をみて、冗談でこういった。
「魔法使いにでもなればいいんじゃないか」
次の日、月姫は消息を絶った。