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純粋数学部  作者: 既知
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愛好会、始動

俺はなんで、高校入学初日に道端でぶっ倒れているんだ。

今の状況を思い返し、そう自分に問うた。

割と大げさなことのように聞こえるが、理由は単純。前日が徹夜で眠たかっただけだ。

倒れている俺の頭の先にはノートとシャープペンが落ちている。

つまり、徹夜明けで眠たいまま歩きながら数学をしていたらいつの間にかぶっ倒れていました、という話だ。

入学初日から情けないな、と思いつつノートを拾い上げ、再び歩き始めた。

――――これから行く高校で、俺の「数論の桜井」なんていう異名が知られていないことを祈って。


式典が一通り終わった後のホームルームで、こんなことを教師が言った。

「入部希望、明日までに決めといてね」

幾らなんでも早すぎやしないか。

だがそんなことで一々教師に腹を立てているようでは学生は務まらないので、今のうちに入りたい部活を絞り込むことにした。

配布されたパンフレットの部活紹介欄に目を通す。

水泳部、空手部、陸上部、相撲部、テニス部、野球部・・・

王道がそろっているが、相撲部とは珍しい。

次は文化部にも目を向ける。

将棋部、茶道部、コンピュータ部、ロボット研究部・・・

(コンピュータ部とか面白そうだな)

そう思って半ば流れで入部希望を決めようとして、俺は違和感に気づいた。

自分の中に眠る本能が不平を訴えている。

頭に血が上った俺はどうしようもなくなり、おもむろに立ち上がって叫んだ。

「数学部ないやんけコラァァァァ!」

自らがやらかしたことに気づいた時には、もう遅かった。

周りが容赦なく俺に向ける冷たい視線。

担任教師も気まずそうな顔をして見つめてくる。

「あの、桜井君・・・?大丈夫?」

とりあえず適当に返事して誤魔化そう。それしか方法はない。

「あー、すいやせん!気にしないで!」


入学初日特有の適当にもほどがあるホームルームが終了し、各々が帰宅しようと鞄を抱えて動き出した。

俺も早く帰りたいので、教室を足早に去る。

教室のある4階から階段を下りて2階に差し掛かったところで、急に後ろから首を引っ張られた。

突然の事態に抵抗するすべもなく、そのまま引きずられていった。

数秒経過後、俺は二階の廊下の突き当りで男子生徒三人に囲まれていた。

「テメェ、さっき数学部がどうたらとか言ってたな」

リーダーらしき不良の生徒が、俺の肩を掴んで話しかけてくる。

こういうのは怯えた側が負けなので、気迫を込めて応じる。

「おう、言うたぞ。なんや、文句でもあんのか?」

「文句というか、正確には意見ですがね」

不良生徒の隣にいた眼鏡の真面目そうな生徒が答える。

不良の腰巾着だろうか?そんな雰囲気ではないが。

「君の言う事に関して我々も思うところがあるんでな」

一番端にいた三人目の帽子を被った奴も言葉を添える。

「ほー。その意見ちゅうのはなんや?もったいぶらんと言え」

早く終わらせようとそう催促すると、リーダーの不良がはっきりと述べた。

「俺らも同じことだ。数学部がねぇのが不満なんだよ」

驚きの答えが返ってきた。

どうも、こいつら三人も俺と同じく数学部がほしい様子だ。

数学が好きで好きでたまらない俺としては、こういった仲間が居ることが一番嬉しい。

「なんや、お前らも数学部欲しかったんか?

ええやん、俺合わして4人やろ?作れんちゃうの?」

≪ないもんは作れ≫というのが俺の生き方だ。

数学部に入りたいのにそれがないならば、数学部を新しく作ってやればいい。

こういうのはたいてい、部員がいくらか集まるとできるようになっている。

部員と設立意志がここに用意されているのだから、後はこいつらに設立を提案すればいいだけの話だ。

「作る?この高校の部活動の設立には部員が7名以上必要だった筈ですが」

不良の隣の眼鏡君が酷な事実を告げる。

なるほど、それで部員が集まらずに作れなかったから同じ意思を持つものとして俺を見つけたわけか。

「7人もいんのか。でも、それやったら絶対部活にする必要ないやろ?愛好会とかそんなんでええやん」

「愛好会か。そう言われてみればそういう発想もありなんだな」

不良がそう呟いた。今までその方法に気づいていなかったのかこいつは。

「うん、それやったらいけるって。作ろうや」

「・・・そうだね。我々3人と君を合わせた計四人で数学愛好会を作り上げるのも良い」

「おう、そうしたら全部解決やろ。決まりや、今から俺らで数学愛好会作るで」

善は急げ、だ。ここで迷っていては意味がない。

「名前を聞いておこうか」

変わらず偉そうな態度で不良が問うてくる。

不愉快だが、数学をこれから共に学べるのなら悪い気はしない。

「桜井や。お前らはなんちゅうねん?」

「俺か?葛城だ」

葛城と名乗った不良に、端にいる帽子の奴が続いた。

「鈴木。よろしく」

最期に眼鏡君が答える。

「秋吉です、よろしくお願いします」

「よし。この不良が葛城で、帽子が鈴木。眼鏡が秋吉やな。覚えたで」

「・・・俺は帽子を外すときもある」

「大丈夫大丈夫、間違えへんて」

こいつらの名前もわかった。学生服を見ると俺と同じ一年らしい。

新入生四人だけでこれから数学を愛する会が作られるのだと思うと、無性にわくわくしてくる。

「お前らも、やっぱり数学好きなん?」

「当然だ。数学のためにこの高校に入ったようなもんだしな」

「数学ほど面白い学問はありません」

「数学は趣味。決して強制的に行われるべきものじゃない」

やはり俺と大体似通った思想を持っている連中みたいだ。どこまで数学ができるのかは知らないが。

「それでこそ数学愛好会作る人間ってもんよ!」

「はっ、よくわかってんじゃねぇか」

なかなかに面白い。

一緒に数学に立ち向かえることがこの上なく楽しみだ。

きっと3年間の高校生活も、俺の望む数学にまみれたものになってくれるんだろうな。



「・・・君って、もしかしてあの『数論の桜井』?」

ちょっと待てやコラ。

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