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第六話

「はぁ……はぁ……どうにか、撒いたかな……」


 トリスは街の商人が使っている倉庫の一つを選び、複雑に曲がった針金のような道具で入口の扉の鍵をこじ開けると、その中に忍び込んで扉を閉めた。

 暗く狭い小屋の中で、壁際に無造作に積まれた荷物の上にもたれかかるように腰掛け、抱えていた竜人の娘を解放する。


「うー……」


 自由になった竜人の娘は、涙の溜まった目でトリスを睨みつけてくる。


「あはは、そんなに睨まないでよ。あと、さっきも言ったけど、騒ぐようなら殺すからね」


 トリスは腰から短剣を一本引き抜くと、それを指先でくるくると回して弄ぶ。


「……おまえなんか、おねえちゃんがやっつけるもん」


「そうだね。キミのお姉ちゃんに見つかったら、僕なんかあっという間にやっつけられちゃうよ。まったく、竜人なんてバケモノに目の敵にされて追いかけられるなんて、災難極まりないよ。──でもね」


 トリスはすぐ前に立っていたリィンの襟元を引っつかみ、自分のもとに引き寄せる。

 そして手にした短剣をリィンの首にあてた。


「こうしてキミを人質にすれば、キミのお姉ちゃんは僕に手も足も出せなくなるんだ。場合によっては、僕はキミのお姉ちゃんを殺さなきゃいけなくなるかもしれない。だから、僕たちはお姉ちゃんには見つかったらいけない。分かるね?」


 冷たい鉄の刃を首にあてられ、リィンの顔が恐怖にひきつる。

 そして次には、ぽろぽろと涙を流す。


「ひぐっ……えぐっ……おねえちゃん……」


「あはっ、ごめんごめん。キミが騒いだりしなければ、僕も手荒なことはしないよ。お姉ちゃんにはちょっとばかり、働いてもらうけどね」


 トリスは再びリィンを解放して、短剣を弄ぶ。

 今のトリスにとって、リィンは重要な人質だった。

 リィンには脅しをかけているが、実際には殺すわけにはいかない。


 彼女の姉にトリスの存在が知れる前であれば、リィンを殺害してしまうだけでも、そう悪くはなかった。

 それをバルマール兵の仕業と思った姉が、怒り狂ってバルマール国に攻撃を仕掛けるという筋書きが描けたのだ。


 しかし今となっては、竜人の姉が事情を正しく知ってしまっている公算が大きい。

 その状況下でリィンを殺してしまえば、姉の怒りの矛先はトリス自身やアルトヴァルン国に向かう可能性が高く、それはトリスにとって、避けなければならない事態だった。


「さて、あとはここで朝まで待って──っと?」


 そのとき、トリスの耳がぴくっと動いた。


「外で物音? まさかこの潜伏場所を見つけられた? どうして……」


 トリスは短剣を鞘に戻すと、座っていた荷物から静かに降り、壁際まで忍び歩きをすると、その壁に耳を寄せる。

 そのとき──


「リズ、今だ!」


 小屋の外から、聞き覚えのある青年の声。

 それから一拍遅れて、トリスが潜伏している小屋の扉が蹴り破られた。


「──っ!」


 トリスが、何事かと入口の方を見たときには、すぐ目の前に竜人の少女の姿が迫っていた。


「くっ……!」


 トリスは両手で、腰から二本の短剣を引き抜いて応戦しようとするが、抜いたところで少女の両手でそれぞれの手首をつかまれ、取り押さえられた。

 リズは勢いのままにトリスを押し倒し、二人はそのまま倉庫の荷物の山の中に突っ込んだ。

 小麦の入った袋が破れ、中身が床にまき散らされる。


「けほっ……な、何してるんだよ。こんなことしてたら、妹さんが危ない……!」


 トリスは再びリズを騙すべく、言葉を弄する。

 リズは、自らが押し倒して拘束しているその少年から視線を離さず、妹に向けて声を発する。


「リィン、悪いやつはどいつ!?」


「ぐすっ……おねえぢゃんが、つかまえてるやつ!」


「オーケー! ……よくも騙してくれたわね」


「……ちっ!」


 トリスは、右足のブーツのかかとを地面に叩きつける。

 すると、ブーツのつま先部分から、ナイフの刃が飛び出した。


「なっ──!?」


 その足を振り上げられ下腹部を刺されそうになったリズは、やむなくトリスを拘束していた両手を外し、体を横に転がして回避する。

 しかし転がった方向はリィンのいるほうで、そこに抜かりはなかった。


 リズはすぐに体勢を整えて立ち上がり、妹を背に守る形で、同じく体勢を立て直した人間の少年と対峙する。

 少年は、ひきつらせた顔で愚痴を言う。


「あーあ、竜人相手に正面対決とか、無理すぎるでしょ。──悔しいけど、引き下がるしかないか。まったく忌々しいよ」


 少年はそう言うと、あっという間に身を翻して、倉庫から逃げ去っていった。

 リズはそれを追いかけようか迷ったが、それにもリスクがあると思い、やめた。

 それよりも、取り戻した妹を大事にしようと思った。


「リィン!」


「おねえぢゃあああん!」


 駆け寄ってきた小さな妹をぎゅっと抱きしめる。

 もう二度と手離さないと、心に誓っていた。


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