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第二話

「ふわあああっ……」


 宿の一室で、見張り役のアルヴィンは、大きなあくびをする。


 昨日、今日は本当に疲れた。

 だというのに、夜も満足に眠らせてもらえないという自分の立場は、貧乏くじを引かされた竜人協力要請部隊のメンバーの中でも、とりわけ貧乏くじに恵まれているのだとアルヴィンは思う。


 部隊は昨日、ドラグノ山に登って山小屋を見つけ、竜人の少女に協力を要請するも、無碍むげに突っぱねられた。

 しかし部隊はそのまま、街には戻らずに、山中で野宿。

 そして今日、少女が出かけている隙に山小屋に押し入り、一人の幼い竜人の子どもを気絶させ、確保してきたのである。


 まあ、確保というか、誘拐なのだが。

 国の命運を懸けた一大事であるのだから、断られましたと言って帰る子どもの遣いでは済まされない。

 少しでも形に残る成果を出すためには、綺麗事ばかりも言っていられないというのも、理解はできる話だ。


「にしても、こんな小さな女の子が、竜人ねぇ……」


 椅子に座ったアルヴィンは、目の前のベッドですやすやと寝息を立てる女の子のほっぺたを、指先でつんつんと突つく。


 この子どもは、まだ竜としての力を使えないらしい。

 そんなものを誘拐してきてどうするんだとも思うが、部隊長は、この子どもを人質にすれば、竜人を制御することができるだろうと言う。


 そんなにうまく事が運ぶだろうか?

 いや、部隊長自身も、確実性なんてものは、端から求めていないのだろう。

 少しでも可能性のある方法だったら何でも利用するという、がむしゃらな行動をとっただけにすぎないと思える。


「……んぅ……」


 ぷにぷにのほっぺたを突ついていたら、子どもが目を覚ました。

 彼女は寝ぼけ眼をこすりながらベッドの上に座り、周囲を見渡したが、その視線はアルヴィンを見つけたところで止まる。


「悪い、起こしちまったか」


「……おにいちゃん、だれ? ここ、どこ?」


「俺はアルヴィン。お前は?」


「リィン。……おにいちゃんは、あぶないおじさん?」


「お兄ちゃんか、おじさんか、どっちかにしてくれ」


「じゃあ、あぶないおじさん」


「すまん、やっぱりお兄ちゃんにしてくれ」


「あぶないおにいちゃん」


「どことなく危なさが増したな」


「アルヴィンは、あぶないおにいちゃん」


「お前さては、分かってて言ってんだろ」


「えへへー」


 そのリィンの笑顔を見て、アルヴィンは自分の頬をかく。

 変な意味ではないが、可愛いなと思ってしまったのだ。


「リィンは人間、嫌いじゃないのか?」


「うん、リィンはニンゲン、すきだよ。おねえちゃんも、きらいじゃないって」


「お姉ちゃんって、あのおっかねぇ子か? 焼き殺すわよとか言ってた」


「おねえちゃん、おっかなくないよ。でもせいりちゅうで、いらいらしてるの」


「マジか」


「まじ。……おねえちゃんは?」


 リィンは再び、きょろきょろと周囲を見渡す。

 しかしそこには、狭い宿の一室の内装があるだけだ。


 アルヴィンは、困ってしまった。

 誘拐犯なんてやったことがないから、どう対応していいものか分からない。


 周囲を探しても姉を見つけることができなかったリィンのつぶらな瞳が、再びアルヴィンを見つめてくる。

 アルヴィンは、いたたまれない気持ちになった。


「……リィン、お姉ちゃんに会いたいか?」


 アルヴィンはつい、そう口走っていた。


 アルヴィンは、今年で二十五歳になる、生粋のバルマール国民だ。

 金髪碧眼へきがんで容姿は淡麗、浮いた話も少なくないが、妻子はいない。

 両親は早くに死んだ。


 生来ふらふらとした性格のアルヴィンは、成り行き任せに生きていたら、いつの間にか兵士になっていた。

 そしていつの間にか、竜人の幼子おさなご誘拐に加担していたという次第である。


 何者にも思い入れをしないのが、アルヴィンという青年の本質だった。

 「お国のために」なんて意識は毛頭ないし、友人や、過去に付き合った女性すら、彼にとってはどうでもいい存在だった。


 そしてそれは、目の前の竜人の女の子に関しても、そうなのであろう。

 彼女は別段、アルヴィンにとっての特別ではない。


 今この瞬間、気が向いたことを、気が向いたようにやる。

 それがアルヴィンという青年だった。


「うん。おねえちゃんは、リィンがいないとさみしくてないちゃうんだよ」


 アルヴィンの問いに、リィンは首を縦に振ってそう言った。

 その瞳に涙がうっすら浮かび上がっていたから、寂しいのはこの子自身なんだろうなとアルヴィンは理解する。

 アルヴィンは、決意を固めた。


「よし、じゃあ危ないお兄ちゃんが、お姉ちゃんのところまで連れて行ってやろう」


「…………」


 ベッドの上で、うわぁという顔をして、一歩身を引くリィン。

 言い方がまずかったらしい。


「よし、危ないお兄ちゃんだと危ない気がするから、俺のことは普通のお兄ちゃんにしよう。リィン、普通のお兄ちゃんと一緒に来るか?」


 そう改めて、アルヴィンが手を差し出すと、リィンはこくんと頷いて、その手を取った。




 そうなって、さて、とアルヴィンは思考する。


 今は夜中、普通の人間は眠っている時間だ。

 十人ほどの兵で構成された部隊の残りのメンバーも、最高の貧乏くじを引いたアルヴィンを尻目に、宿の別室でぐっすり夢の中のはずだ。

 時間になったらアルヴィンが交代要員を起こしに向かう手はずになっているが、それはつまり、アルヴィンが起こしに行かなければ、彼らは熟睡したままだということでもある。


 アルヴィンたちが今いる場所は、街の宿の、二階にある部屋の一室だ。

 何の小細工も必要ない。

 普通に忍び足で宿の廊下を抜け、一階に降りて、宿の外に出ればいい。

 それから街を出て、リィンたちが住んでいた山へと向かい、例の山小屋までリィンを連れて行けばいいだけの話だ。


 そうしたら、アルヴィンはお尋ね者になるだろうが、まあそのときはそのとき、きっとどうにかなるだろう。

 将来に対して楽観的なのは、アルヴィンの短所であり、長所であった。


 アルヴィンは、部屋のもう一つのベッドの上に置きっぱなしにしてあった自分の剣を取って腰に下げ、リィンの手を取って、部屋の扉を静かに開く。

 そして、口元に人差し指を立てて、それをリィンに見せる。


「静かにするんだぞ。お姉ちゃんのところに行きたけりゃな」


「うん、わかった。やっぱりあぶないおにいちゃん」


「……確かに、台詞はそうだけどな」


 アルヴィンは苦笑しながら、廊下に出る。

 靴が廊下の木の床を踏むと、きぃと軋む音がする。


 アルヴィンたちのいた部屋は、宿の二階の部屋でも、最も階段から遠い場所にある。

 アルヴィンたちの部屋を出て、廊下は左に延び、右手は行き止まり。


 その左手側いっぱいに進んだ先に、階下へと降りる階段がある。

 廊下は暗く、静まり返っており──


「──っ!?」


 そのときアルヴィンは、廊下の先、階段の手前側に立つ人影を見つけて、心臓が止まりそうになった。


「──キミ、確かアルヴィンって言ったっけ。とらえどころのない男だと思っていたけど──一体、その子を連れてどこに行くつもり?」


 廊下の先の暗がりから、抑えた声で問いただされる。

 そこに立っていた人影は、竜人協力要請部隊の、メンバーの一人だった。


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