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第一話

 あるところに、戦争をしている二つの国があった。

 その戦争は、片方の国が優勢で、もう片方の国が劣勢だった。


 劣勢の国は、幾多の戦場で敗退を喫し、その命運はもはや、風前の灯といった様相であった。

 もはや後のない劣勢の国──バルマール国の首脳たちは、戦局を覆すべく、起死回生の一手を画策した。


 その一手とは、「竜」の助力を得ることであった。


 バルマール国の領内にあるドラグノ山には、竜人の一族が住んでいるという。

 竜人とは、普段は人の姿をしているが、竜の姿に変身することができる者たちのことだ。


 竜人が変身した竜は、人間には及びもつかないほどの力を持つとされている。

 十メートルをゆうに超える巨大な体躯を持ち、全身を覆う鱗は鋼のように堅く、鋭い鉤爪と牙、そして口から吐く灼熱の炎は、甲冑を着た騎士の一団すらも、瞬く間に殺してしまうという。


 そんなものが、人と人とが戦う戦場に降り立てば、まさに無類のバケモノとなる。

 一体の竜は、数十の兵──否、数百という数の兵力に匹敵するとすら言われている。


 国同士が、数百対数百という規模の兵力で争う世界である。

 竜人の助力を得ることができれば、劣勢のバルマール国にも、まだ十分に勝機はあると言えた。


 しかし竜人たちは、自らの支配領域テリトリーに人間が踏み込むことを快しとはしない。

 バルマール国の人々にとって、ドラグノ山に踏み入ることは、禁忌であった。


 だがもはや背に腹は代えられぬと、バルマール国の指揮官は十ほどの兵を選び、彼らをドラグノ山へと向かわせた。


 貧乏くじを引いた兵たちは、いつ空から竜が襲い掛かってきて自分たちを食い殺すのか恐々としながら、ドラグノ山の山道を登った。


 すると彼らは、山頂付近まで登ったところで、一件の山小屋を発見した。

 彼らは、この山小屋こそが竜人の住まう家に違いないと確信し、家の戸を叩く。


 小屋の扉が開き、奥から現れたのは、一人の美しい少女だった。

 年の頃は、彼女が人間だとするならば、十六、七歳といったところであろう。


 赤い髪と赤い瞳を持ったその少女は、小屋の前に並んだ兵たちを一通り見渡すと、腕を組み、さも不愉快だという顔で言った。


「人間が、ここに何の用?」


 兵たちは、その少女の言葉に怯んだ。

 彼女の言葉は、彼女が人間でない何かであることを、如実に表していた。


 しかし彼らとて、ここで退くわけにもいかない。

 兵たちの中から、道中の指揮官を任されている部隊長が一歩前に踏み出し、口上を述べた。


「竜人の一族に連なる方とお見受けいたします。あなた様に是非ともお願いがございます。我らがバルマール国は、悪逆なる敵国からの襲撃を受け、窮地に立たされております。どうかあなた様に、我らの戦にご助力をいただきたく、はせ参じた次第でございます。我らが王は、戦に勝利した暁には、あなた様に対して何なりと望む報酬を支払う所存にございます」


 部隊長は必死であった。

 彼らの任務は、竜人の助力を何が何でも得て帰ってくること。

 そのためには手段を選ぶなとすら指示されている。


 しかし、少女の返答は、にべもないものだった。


「嫌よ。人間同士の殺し合いに手を貸すなんて、真っ平ごめんだわ。どんな報酬も欲しくはない。私たちは、ただここで平穏に暮らせればそれでいいの」


「そ、そんな……! どうか我らをお助け下さい、竜人さま!」


「しつこい。これ以上話すことはないわ。さっさと帰って」


 そう言われても、なお食い下がるバルマール国の兵たち。

 少女は徐々に苛立ちを募らせてゆく。


 そうしてしばらく押し問答をしていたときだった。

 山小屋の中から、幼い声が聞こえてきた。


「んぅ……おねえちゃん、どうしたの……?」


 山小屋の奥の部屋から、眠たげに目をこすりながらとてとてと姿を現したのは、人間で例えれば六歳か七歳ぐらいの女の子だった。

 兵たちを追い返そうとしていた少女は、このとき初めて、焦りを見せた。


「リィン、出てこないで! 向こうの部屋にいなさい」


「……なんで? おねえちゃん、そのヒトたち、だれ?」


「いいから!」


 少女は小屋の中に戻ると、女の子を追い立てるように、奥の部屋へと押し込んだ。

 そして戸口へ戻ってくる。


「竜人さま、今の子どもも、竜人の一族なのですか……?」


「あの子は関係ないわ。まだ竜としての力も使えない。──とにかく帰って頂戴。そしてもう、二度とここには来ないで」


 それからも小一時間、兵たちと少女は問答を続けたが、少女が好意的な返事を返すことはなかった。

 最後には、「あなたたち、あんまりしつこいと、今ここで焼き殺すわよ」と言われ、兵たちは渋々引き下がったのであった。




「……はあ、まったく何なのよ、めんどくさい」


 兵たちをどうにか追い返した後、竜人の少女リズはいらだたし気に、バリバリと頭をかきむしった。

 そして家の扉を閉じ、奥の部屋へと戻ってゆく。


 奥の部屋では、彼女の妹のリィンが、ベッドの上にちょこんと座って待っていた。

 リズは、その妹が座っているベッドに向かって、ばったりと倒れ込んだ。


「おねえちゃん、さっきのヒトたちは?」


「人間」


 妹の問いに、リズは不機嫌そうな声で、端的に答える。


「おねえちゃん、いらいらしてる?」


「してる」


「せいりちゅう?」


「……そんな言葉どこで知った」


 姉からそう言われた妹は、ベッドから降り、てってと歩く。

 そして自分の持ち物がしまわれた木箱の中から、一冊の本を持ってきて、姉に見せた。


 それは二人が人間の里におりたときに、リィンが姉にせがんで買ってもらった物語本だった。

 リズは、それを見て、さらに疲れた顔をする。


「一体その本の中には何が書かれているの?」


「どろどろのあいぞうげき」


「あ、そ……」


 リズは再びぱったりと、ベッドに突っ伏した。

 買ってやる前に、内容をあらためるべきだったかと後悔した。


 ──リズとリィンは、このドラグノ山で暮らす、竜人の姉妹である。

 今は彼女ら二人だけで暮らしている。


 父親はだいぶ前から家におらず、母親も数年前に「お母さん、ちょっと新しいロマンスを探してくるわ。リズ、リィンのことお願いね」なんて言って竜の姿でばっさばっさと飛び去って行って以来、一度も帰ってきていない。

 以後、リズがリィンの親代わりだ。


 リィンはまだ、竜としての力を使うことができない。

 自分で狩りをすることもできないのだから、力を持つリズが、妹の面倒を見てやるしかない。


 リズとリィンは、ときに人里に降りて行くこともある。

 人間を装って、人間の街で買い物をし、食事をする。


 リズは決して、人間が嫌いなわけではない。

 同族同士で殺し合いをする愚かな種族だとは思うが、それは何も人間に限った話ではないし、自分たち竜人族だってそういうことがまったくないではない。


 何より人間たちは、面白い物語を作るし、おいしい料理を作るし、驚くような発明をすることもある。

 百年も生きられないような短命の種族だというのに、自分たち竜人族が何百年とかけても及ばないような、素晴らしい何かを生み出す能力を持っている。


 そして、街に降りたときに話してみれば、彼らが善良で気のいい種族だということもわかる。

 リズは街の人間たちを、自分たち姉妹にとっての、良き隣人だと思っている。


 一方でリズは、人間が行なう戦争というものは嫌いだし、その戦争にたずさわる兵士や騎士、貴族や国王などといった者たちは、あまり好きではない。

 彼らはいつもピリピリとしているし、偉そうで、乱暴者で、攻撃的だという印象がある。

 そして何より、彼らは無節操に、殺し合うのだ。


 リズも狩りをするのだから、食べるために動物は殺す。

 けれど、自らの血肉とするためでもなく命を奪うその行為を、リズは好きにはなれなかったし、ましてやそんなものに自分が加担するのは、真っ平ごめんだった。


 リズは妹と二人、心穏やかに暮らしていきたいのだ。

 人間たちとは、隣人として付き合ってゆくのはいいけれど、彼らのくだらない縄張り争いに巻き込まれたくはない。




 ──そう思っていたリズだったが、彼女は翌日、狩りから帰ってきた際に、人間たちへの怒りに打ち震えることとなる。




 山小屋の戸が打ち破られ、妹のリィンが、いなくなっていたのである。

 リズはすぐに、昨日来た人間の兵たちの仕業であると確信した。

 とうに下山したと思っていたが、山に残って、リィンを誘拐できる好機を狙っていたのだろう。


 リズは怒り狂った。

 しかし、人間の里を焼き滅ぼしたくなる自分の気持ちをどうにかなだめ、妹を取り戻すための手立てを考える。


 山中を探しても、兵たちの姿は見当たらなかった。

 すでに下山された後のようだ。


 山を下りて、人の足で小一時間ほど歩いたところに、人間たちの住む小さな街がある。

 そして、そこから三日ほど歩いたところに、王城を備えたバルマール国の王都がある。

 リィンを連れた人間の兵たちは、おそらく一度街に入って、そこで一夜を過ごしてから、王都に向かうだろう。


 竜の姿になって街に飛んでゆき、その姿で脅しつけて妹を取り戻そうとしても、リィンを人質に取られてしまえば、リズには為すすべがなくなる。

 リィンはまだ竜の力を扱うことができず、人間同様に、小さなナイフ一つでも簡単に命を奪われてしまう。


 事は、隠密裏に運ぶ必要がある。

 そう考えたリズは、人里に降りるときに使う旅用のマントを身にまとい、人間の姿で、山のふもとの街へと向かうことにした。


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