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「これどこまで降りるんデスか」
「石炭紀の地層まで。ほら見ろ、壁にはっきりした筋があるだろ?これが恐竜一斉絶滅で名高いK-Pg境界、科学的には巨大隕石の破片と思われる成分が検出され、魔法的には想像を絶する負念が詰まった層だな。すなわちここから下が恐竜の時代である白亜紀末から三畳紀中期の…だいたい6600万年から2億2〜3000万年前の地層になる。石炭が大量に眠る石炭紀はさらに下にあって……」
「聞きたいのと違う答えが返ってきた……」
下へ下へと伸びる通路を淡々と進んでいた日依は小毬の質問に対して足を止め、壁面の縞模様を説明し始めてしまった。坑道は一貫して縦横2mの四角形、かつてトロッコが走っていただろう線路は僅かな痕跡を残して完全に撤去されていたが、ジグザグに走る事で斜面をなだらかにし、馬力の弱い、もしくは人力駆動のトロッコでも高低差を突破できるスイッチバック構造はそのままである。坑道に入ったらすぐ右に行かされ、緩い斜面を降りていったらいきなり180度転換、またひたすら斜面を歩かされ、行き止まりかとと思えばまたまた180度転換という、多少の急勾配なら無理矢理突破できる徒歩にとっては迷惑極まりない形状なのだ。
「ちなみに石炭とは大昔の樹木が化学変化により炭素濃度を上げていった、いわば植物の化石だ。石炭紀と呼ばれる時代は大気中の酸素割合がなんと30%以上あって、これにより多くの動植物は巨大化の道を突き進んでいった。しかし当時は巨大植物が光合成で吸収した空気中の炭素を再び空気に戻す草食動物もバクテリアも乏しかったからな、倒れた樹木のほとんどが腐りもしないうちに地中へ埋まってしまったんだ。温室効果を持つ二酸化炭素が失われた結果地球は寒冷化し、ペルム紀と三畳紀の間のP-T境界における大火山活動までこの状態は……」
「聞いてない事まで喋り出した……!」
いったいどこにスイッチを刺激する要素があったのか、べらべらべらべら地質学的な話を喋りまくる日依の背中を押して足の動きを再開させる。彼女の周囲には燃え盛る火の玉が3個浮かんでいて、それが坑道内部をやや赤く照らしていた。まさか本当に妖怪を照明扱いするとは思わなかったが、この狐火という物体に大した意思は無いらしく、沈黙したままただ日依に追従していく。
「まぁなんだ、ここは中生代、石炭が出ない訳ではないが、やはり古生代に比べて量が劣る。もう少し下れば石炭層に沿ってあっちこっちと枝分かれする事になる、パンくずよろしく紐を伸ばしていけば迷う事はまずないが、問題は酸素だな、可燃性ガスが立ち込めてるかもしれん」
「……狐火、大丈夫なんデスか?」
「大丈夫、妖怪だから、ほんとの火じゃないから」
歩を再開しながら壁面を流し見てみれば、なるほど他の部分と比べて明らかに白い筋があった。負念が云々言う話は小毬にはまったくわからないものの、あらかじめそういう話を聞いてから眺めるとそんな雰囲気が漂っている気がしないでもない。坑道の床から現れて斜めに壁を走り天井に消えていく厚さ30cmほどのその層を通り過ぎておよそ10m、白亜紀とか言っていた地層で日依の足はまた止まってしまった。
「行きマショ……」
「…………近いぞ」
「え?」
「自律式の防御機構、だが敵味方を区別する能力はないな。武器を持て、襲ってくるぞ」
うんちくを語る為に止まった訳では無いらしく、片手3枚ずつ、計6枚の爆符を引き出し、言い終わったかどうかで壁を叩くような振動が何度も発生する。慌ててソードオフのグリップを握り、振り回すのを考慮してスリングから外した。水平2連と呼ばれる形式のショットガンの前後を切り詰めて切り詰めて切り詰め切った代物であり、全長にして40cmも無い。肩当てや銃身を失った代償として銃というにはあまりにも射程が短く、同時に装填できる弾は2発のみというベース銃から引き継いだ特性もそのまま。この銃が戦闘で重宝される理由は近距離威力のただ1点に集約されており、ガバメントの撃ち出す45口径弾など言うに及ばず、適正距離でぶっ放された日にはマグナムだろうが何だろうが豆鉄砲と成り果てる。仮に屋内戦闘、出会い頭で喰らおうものなら……とてもじゃないがここには書けない。
「な…なにぃ……」
「ゆっくり下がれ、K-Pg境界の向こうまで行くんだ、たぶんこいつは……」
ビキリと壁面に亀裂が入る、右側の1本を皮切りにあちらこちらとヒビだらけになっていく。崩落、というよりは壁の内から何かが出てこようとしているような崩れ方である。ついさっき通った白い線まで戻ってきた頃には最初の1体が岩石を突き破って顔を出し、鳥のようなトカゲのような、鋭い牙と全身の羽毛を兼ね備えたなんかよくわからないモノが次々と幅2mしかない通路に溢れ出てきた。
言った通り鳥とトカゲが合体事故を起こしたような生物だ、体高50cm、鼻から尻尾の先までおよそ2mでその長さの半分以上が尻尾によるもの。頭部はトカゲで、鉤爪を備える後ろ足2本で立ち、シルエットとしてはニワトリにも似ているが前足はまだ翼への変化を終えておらず、超ちっちゃいティラノサウルスと言えなくもない。現時点でもう10体、壁を突き破ってまだまだ現れる。
「なにぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「ヴェロキラプトル、直訳で”素早い略奪者”という名を持つ。こんなナリだが立派に恐竜だ、むしろ白亜紀末期ではこの羽毛に覆われたトカゲみたいな外観はごく普通なんだぞ。そもそも恐竜とは一般的にはでかいトカゲ、学術的には古代に生息した爬虫類のうち竜盤類と鳥盤類のみを指すが、恐竜直系の子孫は実はトカゲではなく鳥なんだ。専門家に対して恐竜とただ言うと現生鳥類まで範囲に含まれてしまうから、厳密にはこいつは非鳥類型恐竜。ああそれから、このふたつの類のうち実際に鳥へと進化したのは竜盤類の中の獣脚類、おい信じられるか?鳥盤類なんてわかりやすい名前がついてるのにこの鳥っぽい連中は鳥盤類じゃないんだぞ」
「そうじゃなくてぇぇぇぇ!!」
甲高い鳴き声を上げながら迫ってくるそのヴェロキラプトルとかいう小型恐竜に対して符を持ったままの両手を拍手するように動かしけらけら笑う日依の背中を叩いて迎撃を促す。わかったわかったと言いつつ彼女は右手の爆符を1枚投げた、ただの紙らしからぬ直接的で素早い軌道を見せてそれが群れの先頭へと突き刺さり、直後、火炎を伴う爆発を発生させる。
「迎撃範囲に居続ける限りこいつらは無限に湧いてくるぞ、一気に殲滅して次が出てくる前に突破する、ありったけ叩き込め!」
「はいぃ!」
どごんどごんと爆炎が舞う度に恐竜達は焼き鳥というか焼きトカゲというかやっぱりよくわからない何かになって消滅していく。右手の3枚を使い切った後、骨折が治っていないからか左手の3枚は大雑把に放り投げられ、一際大きく坑道が揺れた。崩落したかと思うも壁や天井はなんとか耐え、炎が収まった後にはたくさんの瓦礫と死に損なった何体かのヴェロキラプトル。日依の左傍から小毬がソードオフの銃口を突き出し発砲、1体が足を失い、続いてもう1体が肉片となった。マトモに動けそうな奴はいなくなったと見て日依が床を蹴る。追従しながら銃身を折って空のショットシェルを吐き出させ新しいものを2発突っ込み、再装填を終わらせ顔を上げるとすぐ左の壁から鳥トカゲの顔が生えてきていて、驚いて咄嗟に引き金を引くと首だけ千切れて飛んでいった。
「よし行け!走れ走れ!」




