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地表外縁部、砂浜の南側には有刺鉄線の付いた鉄網が張り巡らされていた、かつてはこの地域も石炭採掘場として栄えていたが、南への採掘は早々に資源を食い尽くしてしまい、北側で分厚く広大な石炭層が発見された事も相まってこのあたりの炭鉱はすべて閉鎖、今は陸軍の演習場となっている。敷地内に入る為のゲートはふたつ、わざわざここを通らずとも網を壊すなり有刺鉄線を飛び越えるなりすれば容易に浸入できるものの、ここは平たく見通しの良い砂浜、下手な事をすれば演習場中央の見張り台から容易に発見、通報されてしまうだろう。運良く中に入れたとしたって身を隠すものは風で集まった砂山くらいしか存在しない、ちゃんと門番の許可を受けて中に入らない限り探索するなど不可能なのだ、だからこそ、閉鎖された坑道という明らかに怪しい場所があるにも関わらず水蓮達は手を出せなかった。
のだが。
「八面様?」
黒い袴と単の上から瑠璃色の装飾が付いた白の狩衣を重ね、頭には烏帽子を乗せた、まさしく陰陽師という風貌の青年は赤い三菱A型から降車して2人いる門番の前に堂々と立った。人を見下すような冷めた目で見られた途端に彼らは名前を思い当たり、顎で開けろと指示すると慌てて門を開き始めた。
「行方不明だと…噂が立っておりましたが」
「誰ですか?そんなものを流したのは。くだらない話をしている暇があったら自分の仕事をしてください」
カーキ色の戦闘服にヘルメット、全長127cmに及ぶ三八式歩兵銃を背負った彼らが門の鍵を外し、押し広げている間に検問所から彼らの上司らしき人物が飛び出してきてまず敬礼、慌てた様子で言ったが、青年は冷たく返答、身を翻して乗ってきた自動車へと戻っていく。
「ああ、司令に会いに来た訳ではありませんので、伝えなくて結構」
「了解致しました!」
実際のところ噂ではなく事実である、この政府要人らしい陰陽師はおよそ3週間前にスズの身柄を拘束するべく鳳天大樹を訪たものの間も無くぶちのめされ、敵方から見れば消息を絶った形になっている。単純に実力だけなら世界中の陰陽師の中でも5本の指に入るらしいが、直に姿を見た時にはもう烏帽子を失い、両手を縛られ、死んだ魚のような目で斎院に連行されてしまっていた。そんな事を知る筈もない彼ら下っ端兵士にとっては行方不明以外に表現のしようが無く、きっともう少し噂が広がれば公式な発表がされるだろう、たとえば事故で死んだとか。
「開きましたよ」
「今話しかけるな、ここでエンストさせんのはまずい」
赤いラインが1本下部に入る黒のマントを胸元のボタンだけで体に留め、余った上部の布をフードとして被った少女が車のハンドルを握っていた。顔は見えないが冷や汗だらだらであり、ここに辿り着くまでにエンスト2回、車体最後部には謎の凹みが縦に走る。後部座席に収まりドアを閉めるとエンジン音が増大、クラッチペダルが離され三菱A型は前進を再開した。
門番達の敬礼を受けながらのろのろと内部へ入り、迫撃砲の射撃訓練を横目にアスファルトの道路を進む。正面には演習場司令部の建屋が見えており、右には砲撃の土煙が上がる。車体の隠し場所を探すようにやや蛇行した後司令部のかなり前で左へ進路変更し小高い砂山の裏側、司令部や演習中の部隊など、演習場内部にいる誰からも見えない具合の場所で停車した。やかましいエンジンの沈黙と同時に運転手がフードを取っ払い真っ赤な髪と狐耳を露出させる。
「もーぉこんなもん運転せんぞわたしゃぁ!」
「じゃどうやって帰るんデスか」
「デスマス調で喋るな、野郎が使うと気持ち悪い以外の何物でもない」
前席から飛び降りた日依に続いて降車、アスファルトに着地した時には青年は煙に消えダボダボなTシャツ姿の小毬が代わりに現れていた。肩にたすき掛けした1点式ライフルスリングで吊り下げるダブルバレルソードオフショットガンの装填状態を確認し、目的地の廃坑を探す日依と合流する。
「この人どうなったんデス?」
「知らなくていい事だ、の一言で片付けたいが、ひとつ言うのであれば、いずれは解放するさ」
着物の下半分をばっさり切り落としたような上着とタイトスカートをマントで覆った彼女はブーツを鳴らして道路を端まで進み、やがて砂地へ降りた。
「人の性格、目的に違いはあれ罪は罪だ、等しく罰を受けなきゃならん。だが死にたがってる奴を殺したって罰になるか?やられて嫌な事をされるから反省するし抑止力を持つんだろ。だから私は円花を放ったらかしにした、世界中の犯罪者があんな性格してれば裁く方は楽なんだがな。とにかく奴は今反省させてる真っ最中、自己中を更生させるのは時間がかかる、期待しないで待っとけ」
砂山の斜面に当たりをつけて日依がブーツを蹴り入れる、単純な砂の塊ならば深く沈み込むだろうが、それに反してブーツはかなり浅い位置で止まってしまい、ガツンと砂らしからぬ音を上げた。横にずらす形で砂をかき分けると下には岩、管理しなくなった坑道に誰も入らないよう岩石で入り口を塞いだ跡が現れる。
「入り口が無い場所に人がいるとは思えマセン」
「私もそう思う、思うんだが、常識的な考えで隠れられると判断できる場所に隠れてるんならもう見つかってるとも思うんだ」
非常識な探し方をするのであれば、中に入ってみるしかあるまい。岩石の範囲を大まかに特定、その裏側に地底へ向かう広大な空間があるはずである。入り口を開くには丁寧に岩をどかすか、もしくは発破。
「よし、迫撃砲の着弾に合わせて吹っ飛ばすぞ、音は消せる筈だ」
「煙は?」
「そこは私の腕次第」
せっせとどかすという選択肢は最初から無かったようで、言いつつ中央部分の砂をどかし、そこに符を貼り付けた。本来ならkm単位で離れなければならない所を申し訳程度に10m後退、自動車の陰に避難してスタンバイのジェスチャーでタイミングを待つ。なお今の日依はスズとほぼ同じ呪符や護符を1セット所持しており、これはいつもの錫杖が海に沈んだ為である。だからといって錫杖が健在なら叩いて壊したとかそういう訳では無いが。
「よし!」
背後でヒュルルルと砲弾の落下音が聞こえた途端に上げていた右手を振り下ろす、着弾より僅かに早く符が炸裂、衝撃波は岩を内部へ押し込むべく一方向だけに限定され瓦礫が2人を襲う事は無かった。抑えられなかったのは砂だ、砲弾の爆煙に負けないくらい巻き上がり、三菱A型の赤い車体が茶色く染まる。
「うえっぷ!あぁークソ!ほら開いたぞ!探索開始だ!」
「ほら開いたぞじゃないしぃぃぃ…!!」
自信の有る無しに関わらずちゃんと退避すれば良かったのだ。申し合わせたかの如く砂から逃げる為に坑道へ駆け込む、瓦礫を避けて中まで進むと待っていたのは暗闇だった。縦横2mかそこらの洞窟が斜め下に向かって遥か先まで伸びており、空気は異様に冷たい。東西南北問わず宗教や神話での地底はあまり良い扱いをされておらず、神道においては死者の国である黄泉が広がっているとされ、そこを支配しているのはイザナミノミコトと、彼女に付き従うブサイクな女性のみで構成された軍勢、その名も黄泉醜女である。
いくらなんでも酷すぎる。
「はぁ……で照明は?」
「ある訳ないデショ廃坑にそんなもの」
「だよな…ま大丈夫、東洋には腐るほどの火の玉妖怪が存在しててだな……」
「妖怪を照明代わりて……」




