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世界大樹と狐の唄  作者: 春ノ嶺
嘘の社
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6-3

 来たか、と水蓮すいれんはまず思った。

 空を飛ぶ航空機が動力源にガソリンエンジンを選んだように陸運を担う車両もそれが主流となりつつあるものの、この時代のガソリンエンジンとはびっくりするくらいやかましいものであり、石油や石炭を使う外撚式蒸気自動車や電気自動車、または馬車、牛車もまだ一線にある。特にイギリスでは自動車は馬を驚かせたり路面を傷めると目の敵にされ、19世紀末まで自動車の走行を制限する法律が定められており、先進各国で最後まで馬車にこだわっていた上、その後の自動車開発において欧州諸国に徹底的に遅れを取る原因となった。

 そんな騒音を撒き散らす車両である、建物の前に停まっただけで気付くというもの。隠れ家が要るというから色々準備してやったのにあいつらは隠れる気があるのか小一時間問い詰める必要があるが、とにかく今は電話の最中だ、右耳に当てていたスピーカーを左耳へ移動し、まったくの無言を貫く電話相手に指示を与える為マイクに顔を寄せる。


「今到着したらしいわ、現時点をもって状況を開始する。君の分担はここの隠匿よ、敵の偵察、捜索員、怪しい人物を監視し、ここに近付くようなら排除して。同時に複数箇所で陽動を行う、忙しい週末になるわよ」


 自動車のエンジンは停止したが表はいまだ騒がしい、若い女が2人か3人はしゃいでいるようで、やはり奴らは隠れる気が無い。ゲリラ活動というものに理解が無いようだ、早く出ていって静めなければ。


「VIPの外見は……まとめて後で伝える。我々始まって以来の好機だけど、とにかく今は静かに動いて、間違ってもこちらの状況を知られないように」


『了解』


 電話相手は最後にぽつりと返答、通話を切った。スピーカーを置き、手近な椅子にかけていた上着を取る。緑と茶色と黒を複雑なまだら模様で組み合わせたウッドランド、迷彩服と聞いてまず想像する柄である。白いブラウスと灰色のタイトスカートの上からそれを羽織り、ふたつに分けて結んだ金髪を前に出してから玄関へ。この家屋は住宅街の外縁にあり、戸を開けるとまず細い無舗装路、左右には民家があって、正面、無舗装路と潮風を防ぐ森林の間には田んぼが広がっている。現在は一面で稲作が行われており、稲の背は高く穂も出ているがまだまだ葉は青い。一見すると草原のようなそれを背景に停まっているのが赤いボディのガソリン自動車。


「へたり込んでないで早く運べて」


「いやあたしも運びたいのよ…でもお尻がね……」


 なんだこいつら…というのが第一印象だった。

 エンジンルームの後ろに壁の無い屋根だけの運転席と助手席があり、その後ろにセダン方式でガラス窓に守られた客席がある7人乗り車両という今になって考えるとゲテモノっぽい、馬車の馬部分をエンジンに差し替えただけの自動車を取り囲む子供4人、白いのはエンジン不調でも感じたのかボンネットを開けていて、車体手前で緑が膝をつき、それを赤がぺしぺし、荷物を降ろしているのは茶色だけだった。扉を開けて外に出るとまず白が気付く、手を振って赤の注意を引き、その後こちらを示す。

 きつね色ボブカット緑のパーカーと赤髪麦わら帽子、茶髪小動物、それから真っ白なの、というのが事前情報であった、連中どうだろう、確かに一致する。


「なに……その…なんだこいつら……」


「そちらがクラリスちゃん?」


「本名で呼ぶんじゃない、……いやちょっと待って、なんで知ってるの」


 どーも、と麦わら帽子を取りながら赤は近付いてきた。印象の良くない笑みを浮かべる狐耳な彼女は体の左側を中心に包帯&湿布まみれで、どう贔屓目に見たって歩き回っていい状態ではない。


「じゃあ何と呼べば?」


水蓮すいれん、それがコールサインだから」


 東洋最大の反政府武装集団の首脳、と言えば聞こえは最悪だが、まったく拍子抜けな集団であった。協力関係を築けたら光明が見えるとせっかく接待の準備をしたのに、送られてきたのはバカンスにでも来たようながきんちょ4人。認めたくないがこれが今回の接待相手だとして、もてなして何になると。


「……とりあえず各員、名前を教えて」


両神りょうかみ 日依ひより


「あ、えっと…日和田ひわだ すず


高指たかさし 小毬こまり


「アリシアとお呼びください」


 事前に伝えられた名前と完全に一致である、どうも間違いなさそうだ。盛大に溜息をつきたい所だが、仕事は仕事、それにもしかしたら何か一芸に秀でている集団かもしれない。各々作業を中断するか、お世辞にも乗り心地が良いとは言えない自動車にやられた腰をどうにかして水蓮の前に並ぶ。身長は…中、中、中、小。いや、1人厚底サンダルを履いている。


「…………年齢は?」


「15」


「そのひとつ上」


「19デス」


「「えっ」」


 それぞれ日依、鈴と名乗った赤と緑の視線が茶色に集中、やっぱり気付いてなかったなこんにゃろう、みたいな顔に小毬がなって、残る白、アリシアは年齢を聞かれた瞬間に顔をやや上に向けて遠くを見出してしまった。少ししてスズへ相談、私どれくらいに見えますか。


「…………14」


「14です」


 嘘だ。


「ええと…私はあんた達へセーフハウスを提供する役目を負ってる。どうして隠れてまでここに来たのかは聞かされてないんだけど、それは聞かせて貰えるの?というかあんた達、何ができるの?」


「質問が多いなー」


「ねー」


 まだ出会って数分ながらだいたいノリがわかってきた日依とスズはコンビネーションばっちりに顔を見合わせ、そのうち日依が1歩前に、麦わら帽子を被り直す。


「私らはあれだ、行方不明の天皇陛下を探しに来た。そう簡単に見つかる場所にいるならとっくに引き出されてるだろうが、まぁ探してみない事にはな。そちらさんもずっと探してるんだろ?現地のコネも何も持ってない西洋の諜報機関であるそちらさんが彼の身柄を確保できれば政権転覆どころか東洋全体を従属させるのも不可能じゃない。つまり今のところ、我々の目的は一致している訳だ」


「…………なんで知って」


「部下を再教育するべきだ、としか言えんな。それからお前さんに言っても仕方ないが、西洋人は根本的に東洋人を見下しすぎなんだよ。敵を徹底的に調べ上げ、自らに驕る事なくあらゆる評価を行った上で状況に対処する、基本だろう?」


 からかうように笑いながら日依はこちらの顔を覗き込む。こいつは何者なんだとか、こちらの身元はどこまでバレているのかとか、苦虫噛み潰した顔で混乱していると、すぐに日依は離れる。


「だが今はそんな事どうでもいい、言った通り我々には協力する理由がある。……次の質問、我々は何ができるのかだが、言うより見た方が早いわな」


 言いながら2歩後退、次に水蓮の左へ移動した。このセーフハウスと隣の民家の間には庭木がいくつか立っている、そのうちひとつの根元に落ちていた葉をつまんで持ち上げ、元の位置に戻ってから深い緑に染まった葉を小毬へ差し出す。


「ほれ」


「いらねーデスよ、葉っぱ使うとかナニ時代の狸デスか」


 じゃあはいなんかやって、とか適当に引き出された小毬、渡された葉っぱ1枚をいじくりながらうーんと悩んだ後、右手で体操選手の如く挙手した。

 葉っぱを使って一体何をするのか、想像してみたがまったく有用な使い方が思い浮かばず、シュリケン代わりにでもすんのかと腕を組みながら思い。


「数日間のすし詰めが終わった直後の休日、泥酔のあまり本人に本人の愚痴を言う長官秘書香菜子かなこ


 どろん、といきなり煙が吹き上がった。


「……は…?」


 小毬の全身を包み隠すように発生した白い煙はすぐに消え、たった今まで茶髪サイドテールの狸耳がいた場所にまったく別の人物が現れる。

 ブラウンの髪はやや薄くなってベージュのおさげに、

 10センチ近く身長が伸び、オレンジの薄いパーカーと黒のシャツ、グレーのスカートを着て、葉っぱを持っていた右手にはなぜかバドワイザーの白い缶。


「もぉーーほんとにぃーー!辞めるんだったらちゃんと辞めてくださいよぉーー!部屋ちゃんと片付けてくださいよぉーー!溜まった書類にハンコ押してくださいよぉーー!そー思うでしょーー!?」


「うんうん思う思う、でも片付けない、8年分の紙ゴミが溜まった部屋なんて」


 事態が理解できず固まっていると、いきなり現れたおさげ女は日依に抱きついて、間髪入れずよーしよしよしと頭を撫でられる。

 変化の術、聞いた事は当然あるし西洋にもそういう能力を持つ神や怪物が山ほどいる。だが人の身でそれをやるとなると人生投げ捨てて極めでもしない限り非常に中途半端なものとなり、以前西洋の魔術師に見せて貰ったものはなんというか作画崩壊したような外見に声はまったく変化無しという、優秀なスパイを求めて人材を漁っていた側からすればまったくの溜息ものであった。だが今眼前で行われているそれはまさに神業、変化元を知らない水蓮にも外見と声が完全に変わった事くらいはわかる。


 簡単にまとめると、究極のスパイ能力がそこにあった。


「だぁいらい大副様を昇格させれば万事解決なんて安易な考えはどこから来たんれすかぁーー、辻褄合わせるの私じゃないれぅぅぅぅぅ……あんにゃろぅぅぅぅぅぅ……」


「そうだなーー。……もう止めろ再現度高すぎる」


 ぺしりと頭をひっぱたく、またどろんと煙が上がる。

 小毬の姿は元に戻った、抱きついた体勢から体を離して、やはり体操選手よろしく両手を上げる。


「見たな?」


「え…ま…まぁ……」


 変化を終えても残っていた葉っぱは日依に返され、それの使い道を考えるように何度か指で弾き、その後アリシアに手招き。


「こんな芸当ができるのはこいつだけだがまぁ、その気になれば私はこの家を地上から消すくらいはできる、役に立たないとは言わせんぞっと」


 と、いきなり日依は葉っぱをアリシアに向かって投げる。

 ひらりと舞って落ちるだけのはずだったそれはアリシアの斜め上方に差し掛かった途端、白い腕が素早く振られると僅かに焼ける音がして真っ二つとなってしまう。それぞれ違う軌道を取って道へと落下、刃物で切ったような断面を見ると黒く焦げていた。


「スズ」


「あたしもかい」


 駄目押しとばかり、石を拾って田んぼの方向へ軽く投げる。呼応してスズが腰のポーチから小さい紙っぺらを出し、放り投げ、放物線を描く石の近くを通った瞬間に破裂した。ゴン!と短く良い音が鳴って、発生した衝撃波が石を突き飛ばし、最終的に、37ミリくらいの小口径機動砲が着弾したかの如く田んぼの向こうの森で木が倒壊を起こす。


「こちらが提供できるのは諜報力と戦闘力、そんなところだ、しばらくお邪魔してもいいかな?」


 そしてわざとらしく、彼女はにやついたまま小首を傾げた。


「あー……何が起きたのかよくわからないけど、今私に拒否権がないっていうのは理解した」


 遊びに来たのではない、この連中は明確な理由を持ち、それを達成する為に必要な能力を携えてここに来た。ならば邪険にする訳にはいかない、というか敵対したら間違いなく今ここでぶちのめされるだろう。

 固まっていた腕を解く、体を左に動かして、屋内へ招き入れるように右手を伸ばし。


「いいわ、ブリーフィングを始めましょう」

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