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世界大樹と狐の唄  作者: 春ノ嶺
アンドロイドは電気羊の夢を見るか
84/293

5-10

 当時のアリシアはあの時、ワイズマンが廊下を歩いていったのに気付きながら何もしなかったし、何も感じなかった。もはや救出不可能な人間の事でCPUを使うのは無駄だと本気で考えていたため、勝手口の開く音を聞いた後、廊下に出るとまず行なったのは流入していた霧を集めてサンプル採取、事態を報告したのは日向博士の起床していた4時間後である。起きてしまった事は変えられない、現在の状況を最大限に活用し、与えられた仕事を効率良く達成する、機械の思考とはそういうものだ、他人の不幸を悲しむためのものではない。

 通常ならば。


「ぅ…あぁ……」


 当時はそうとして、現在はどうだろうか、少なくとも今のアリシアは感情を第一の行動理由に持ってきている。既にそれは起きてしまった事であり、その事実について疑う余地は無い。だが疑問が残る、それは機械の行動として許されるものだったのか。

 まず考えてみて欲しい、要らなくなったファイルを削除しようとしたらいきなりパソコン自身が可哀想だ!とか言い出して削除を拒否したら困るだろう。人間としては良いのかもしれないが、機械としては致命的な欠陥である。だから通常のパソコンに感情は無い、OSで定められた通り人からの命令をこなすだけで、それ以上の事はしないし許されない。人型をして人工知能と自己学習ソフトを積んでいようがアリシアとてその根本は変わらないのだ、感情という不明瞭なものを理由に持ってきて、無意味な行為を肯定し、命令主である人間の行動を阻害する、なんて事はできないよう作られている筈である。それを実際に行ってしまったのだから、アリシアのOSは海底で寝ている間に破損してしまっていたか

 もしくは最初からそういう風に作られていたか。


「アリシア……」


「……はい」


 閉じていた目を開ける、ベッドで横たわる男性を視界に収める。

 4月22日、最期の日だ。外部からのエネルギー供給を完全に断たれたこの施設において2年近く電力を供給し続け、いくつもの不可能を可能に変えてきた超小型原子炉であったが、ちゃんとした補修を施さずに稼働させた代償がこれだ。日向博士の全身にある悪性腫瘍はあと10分もせずに心臓を止める、進行を食い止める為の知識も治療を行う技術もアリシアには備わっている、だがここには麻酔もメスも無い上、原子炉から漏れる放射線を起因とする以上、ここに居続ける限り完治する事は無い。かといって施設内の全エネルギーを賄う原子炉は止められない、というか燃料が燃え尽きるまで絶対に止まらない、核分裂反応とはそういうものだ。だからこれは不運ではない、最初から予想がされていた、いわばタイムリミット。


「すまない…君を1人にしてしまう……」


「私の事はいいのです」


 シワの目立つ手が震えながら持ち上がり、もはや満足に動かないそれを支えるように両手で握る。


「我々の都合で眠りを妨げて、その結果がこれとは……海底で君を見つけた時、とても頑丈なカプセルに入れられていて…前時代の人達はよほど君を大事にしていたらしい」


「それは……」


 記憶は無い、再起動した時にすべて失われた。

 だがついさっき、垣間見たような。


「前の主人が聞いたら怒るだろうな…こんな…目に遭わせて……」


 見る間に声が小さくなっていく、終わりが近付いてくる。どうすればいいかわからない、痛みを和らげる薬も無ければ安楽死させる事もできない。いっそ左手首のレーザーガンで頭を撃ち抜くべきかとも思ったが、その手段を検討する度にソフトウェアは強烈な拒絶を吐き出してくる。対処手段無し、普通ならそこで思考は終わりだ、にも関わらずアリシアのCPUは諦めようとしない。


「いえ……少なくとも私自身は、ここに居る事を後悔などしていません」


「……そうか…ありがとう」


 何か打つ手が浮かぶ事は無い、ただひたすら出力されてくるのは何もできないもどかしさと、壊れてしまいそうな程の悲しみだけ。

 それを理由にこの後、目的を失っても。


「私ももういなくなる…君1人だ……君だけでも助かってくれ…それが最後の……だからアリシア…君は……」


 握っていた手からも力が失われ、ゆっくりと目を閉じた彼は静かに、眠りにつくだけのような形で。


「研究を……続けてくれ…………」

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