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「質問させてくれ」
「言いたい事はわかってるから言わなくていい」
「いいや言うぞ、わかってようが何だろうが私は言う」
ひとまず大まかな行動計画の決まった午後2時半、三笠は鳳天大樹を離れ進路を南に向けた。皇天大樹までの間にはサンゴ礁が周囲を取り囲む環礁がふたつあり、そのうちひとつを仮泊地として確保する事が第1の目標である。そこでゴールデンハインドと合流、集めた偵察情報を受け取って、乗員を休息させた後、計画通りの作戦を実行する。その為に艦隊は足の速い何隻か、というか三水戦の球磨と件のスピード狂駆逐艦こと峯風型3隻を先行させつつ、”三笠の経済速度に合わせて”南進を続ける事4時間。
速度10ノット(18.5km/h)で4時間、環礁への到着予定は今から半日後である。船なんてそんなもんだ、(客船として考えた場合なら)三笠が特筆して遅い訳ではない。ともかく飛行船と比べると想像を絶する時間をかけて接近する事になるので、艦橋や司令部区画、長官公室に詰めたまま到着を待つ、などという事はせず。
「なんで戦艦の艦底部にこんな立派な風呂があんだよ」
今いるのは後部魚雷発射管室、だった場所だ。ここより下は主砲弾薬庫があるのみで、壁の外側はもう海中である。そんな場所に檜で組まれた木風呂がひとつ、3〜4人がゆったり入れるほどのサイズを持ち、シャワーと鏡が1セット。これまた檜のバスチェアと、底に製薬会社の広告が書かれた黄色のプラスチック桶が付属する。またあったり前ながら使用されるのはすべて真水で、水量制限も現在解除中。
「なんなんだよここ、大丈夫かこの大雑把にリベット留めされた壁」
湯船に浸かり、水中発射口のあった部分をべしべし叩きながら日依は言う。
軍艦の風呂事情に関しては艦種によってまちまちだが、三笠においては士官用の浴室がひとつあるのみで、艦の随所で汗水たらして働く下々の者共は雨が降った際に水浴びするか、もしくはドラム缶風呂である。当然ながら場所はむき出しの上甲板、降雨が始まった瞬間に素っ裸の野郎共がタオルと石鹸握って一斉に飛び出してくる様はなかなかに壮絶である。見た人間は一様に唖然とするものの、海上で真水が貴重なのは言うに及ばず、水浴びなんて悠長な事をやってられない戦争中を除き、そんな貴重なもんが空から降ってくるのを見逃す訳にもいかず、まぁ男同士ならそれでも構わないのだが。
男同士ならそれでも構わないのだが。
「必要でしょ」
「それは認める、認めるが、なんだってこんな旅館顔負けな……」
「浴室を作ると決めた時、何故かそこに材料があったそうです」
「どう考えても確信犯だろそれ。つーかお前もな、何食わぬ顔で居やがって」
「何か問題でも?」
新陳代謝がなくたって汚れるものは汚れるだろ、
人型をしてる自分の体を最も効率良く洗えるのは風呂場だろ、
という理屈を持ってアリシアはシャワーを占領していた。長い髪をまとめ、やっぱり何度見ても人間としか思えない体を丁寧に洗浄しており、ただし温まる必要は無いので風呂には入らない。その様子を苦虫噛み潰した顔でしばし見つめた日依、浴槽の反対側で肩を揉むスズと、その隣で深ーく浸かって動かない小毬へと寄っていく。
「機械じゃないだろ」
「あたしだって認めたかないけど機械なんだって」
「いやいやいや、よく考えろよ、どこの世界に〈謎の光〉まで付いてる軍用ロボットがあるんだ」
「おま…一歩間違えたら発禁処分だ」
「衛生兵だろ?消毒液の噴射装置とか、内蔵式の医療器具とか、そういうのが負傷者の救護に必要な能力じゃないのか。どうしてあんな〈謎の光〉とか〈妙に厚い湯気〉とか付けちまったんだ」
「やめなさい!」
言ってる事は正論だがスズは湯船を揺らして日依の口を塞ぎにかかる。実際そのあたりは確かに気になってはいたのだが、人間同様の感情を持つ事が確実視される以上聞いたらまずい気がするというか、現にすべて聞こえてる筈のアリシア本人から返答は無い。
作った人間の意図なんか私が知る訳ねーだろって意味の沈黙かもしれないが。
「せめて身長とバストサイズは比例させろよ」
「比例してるよ、オマエがぺったんこなだけだ」
というか気に食わないのはそこだけだろ、なんて言うと本格的に乱闘が始まる。檜風呂の風情も何もない、これが公共の浴場だったら瞬く間に出禁だなってレベルの。
とかなんとかやってたら
「……衛生兵って要するに人を癒す仕事デスよねぇ」
微動だにせずじっと浸かっていた小毬がいきなり口を開き
「そもそも軍隊がロボットを使う理由ってなんデス?」
「破壊されても人的損害が出ないからだろう、脳が死んだら二度と動かない人間と違っていくらでも修理できるし量産できるからな」
「つまり乱暴に扱えるって事デスよねぇ、そんなものを敢えて支援役である衛生兵に当てて、なおかつ人間そっくりに作る理由というと、軍隊という組織が慢性的に抱える問題がひとつありましてねぇ」
乱闘が止む、
アリシアは黙っている、
すぐ近くで動作する蒸気機関の唸りを背景に、
「女性衛生兵に癒して欲しいものって体の傷だけなんデスかねぇ」
言った。
「正直すまんかった……」
「謝罪の意味がわかりかねます」
「そんな…とんでもない過去を……」
「前時代の個体情報は千羽大樹での再起動時にすべて失われています、発生していた削除すべきエラーと正常な記憶を区別する手段が無かったと聞……」
「いくら私だって思い当たらねーよ!機械に〈突然の電車〉させるなんて!ああ考えただけで○△L( ^ω^ )┘**々◇ゑ……」
「………………」
なんかトリップし始めた日依を無視しつつ桶に溜めておいたお湯を頭からかぶって泡を流し、アリシアは用を済ませたので立ち上がる。その姿が脱衣所に消えてから耳引っ張って落ち着かせ、さっきの続きとばかり耳の引っ張り合いを少々、のぼせてきたしいい加減上がるかとなったので、アリシアを追って湯船を出た。
「大丈夫…まだこれから…まだ増える……」
「結局そこじゃん」
「結局とか言うな、いいか神話において女性の胸というのはだな…………」
が、浴槽の横で日依は止まる。
「…………え……」
何があったか、スズと小毬が不思議に思うも、うちスズはすぐに察し、小毬だけがしばらく困惑、していたが。
やがて視線が自分の(まぁ確かに改めて見れば大きい部類に入る)上半身に集まっている事に気がついた。
「ちょっとどこ見てんデスか!!」
「ふむ、なるほどそうか、お前はそっち側か、どれ、どれどれどれ」
「へっ!?ちょっと待って!?待ってまったった……!」
「ご入浴中失礼しますお二方!重大な問題が発生してしまいまして!申し訳ありませんが司令部まで来て頂けま……」
で、切羽詰まったように走ってきた雪音は見た。
「す……ま……」
なんというか、その惨状について色々表現のしようはあるのだが、少なくとも詳細な描写ができる状況ではないし、極めて簡潔にそれを説明すると
泣き叫ぶ小毬
堪能する日依
悪ノリするスズ
どっかのウサギが聞いたら飛んできそうな有様
である。
「まざっ…!まじっ!まっ混ぜ混ぜ混ぜ混ぜ!!」
「いやぁ、キミのは度を越しすぎてて劣等感しか生まれなさそうだからいいや、うん」




