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「マジで!?マジで言ってんデスか!?えっ、ちょっと待って…せめて準備をおおぉぉおおぉぉぉぉぉぉ!!」
皇天大樹へ忍び込むにあたって、さすがに大型飛行船で横付けする訳にもいかないので、ゴールデンハインドは偵察のため一足先に出発してしまった、実際にどうやって接近するかは大霧船長からの報告次第となる。当然ながら非常に危険な任務だが、遺物まがいの高高度性能が証明されている現在、誰からも大して心配されていない。この世界で運用されている戦闘機は貧弱なエンジンに与圧されていないコクピット、複葉の翼はまだまだ木製や布張りが主流であり、最高到達高度はおよそ5000メートル、ごく僅かだけ配備される最新式の全金属製機でも8000メートルである。対してゴールデンハインドは偵察機と爆弾を積んだままでも10000メートル近くまで昇れるのだ、撃墜される可能性は無に等しい。
階段の先の上甲板で小毬が叫んでいるのを聞きながら、スズは中甲板からさらに降りて三笠下甲板へと向かう。下甲板の最後方、雪音のいる長官室から見てほぼ真下にあるのが士官居住区で、今は元いた連中を追い出して女性居住区に仕立て上げられている。雪音は自分が艦長室に居候して空いた長官室を使わせたがっていたが、艦隊司令官が居るべき場所に居ないというのは場合によっては致命的な結果を招くため、あと上官命令とはいえ実の娘と同年代の女性と相部屋させられる事になる穂高艦長にも配慮してそれより下の皆々様に苦労して頂く事にしたのだ。実際に苦労するのは上官と相部屋になるさらに下の下士官達だが。まぁ皇族だろうが民間人だろうが軍艦に女性を乗せるとえてしてこうなる。
「日依ー」
その士官居住区のドアを3度叩き、そしてすぐ開く。計画狂わせこそあれ鳳天大樹にいなければならない理由が無くなった彼女も同行を予定しており、一足先に乗り込んでいるはずである。室内は多段ベッドが左右に並ぶだけの質素な構成で、その中のひとつ、左の下段に日依はいた。
押し倒された状態で。
「おっ……」
まず日依は転身済み、マント姿である。ベッドの上で仰向けに寝転がり、滅多に見せない焦りと怒りが混じった表情で、両手と右足を使ってのしかかろうとするピンク頭を押しのけようとしていた。その上にいる女性は軽い外ハネのあるピンクの長髪と兎の垂れ耳を持ち、緋袴をベースにした千早風ポンチョ付き巫女服を着て、顔を鷲掴みにされ面白い表情になりながらも日依から離れようとしない。
真昼間から何やってんだとか、七海さんまだ帰ってなかったんすかとか、まぁ色々あったが
「あ、ごめん」
とりあえずスズはドアを閉めた。
「反応が違げぇーーよ!!早く助けろ!!いや助けてくださいお願いします!!」
よもやあの常時スター取得状態みたいな無敵女から助けろなんて言葉を聞く事になるとは、なんて考えながらジトっとした目をしつつ再度室内に入る。さっきと同じ光景、日依と七海はベッドの上で格闘中。
「……自分でなんとかできないの?」
「私は今まで破壊するのを諦めたもんがふたつある!伊和の紋章が付いた石とコイツの防御装甲だ!」
そりゃ単純に貫通できないのか七海を殺さずに装甲だけの破壊ができないのか、とにかく本気で無理そうなので溜息つきながらそれに近付く。
「つれないのう、久々に親睦を深めようとしただけだというに」
「オマエの親睦云々言う行為はいわゆるひとつのレズプレイなんだよエロウサギ!!つーか久々とか言うな…!15年の人生でオマエと親睦を深めた事は一度たりともねぇぇ…!!」
いよいよ力尽きるかという所でスズは七海の左耳を持ち上げる。60センチほどあるそれの内側根元に人差し指を当て、そのまま先端へ向けつーーっと。
「ふおおぉぉぉぉぉぉっ!?」
間一髪、上から両肩を押さえつけていた腕の力がいきなりゆるんだ日依はピンク頭を横に押し飛ばして脱出した。ベッドから転げ落ちつつキンと鳴らして白キャミソールと赤チェックスカートに戻り、スズの腰あたりにしがみついて立ち上がる。
「何故こんな危険物を連れてきた……」
「あたしに聞かれても」
九尾といえど天敵のひとつくらいはあるようだ、ノリで付き合ってたとかではなく本気で困り果てていらっしゃる。一応、食物連鎖的には逆であるべきなのだが。真に見境が無いとはこういうものか、献身者という属性と万年発情期が合わさったおかげでひどい生物兵器が生まれたものだ。
なお本物のウサギの場合、一般的なペット種でも生後3ヶ月で発情し始め、親も親で産み終えた直後に次を求めだすとかなんとか。
「姫御子」
こっちもこっちでなんか寝転がったまま横をぽんぽん叩いてるし。
「……出港準備終わったから艦橋行くよ」
「ちょ、無視はやめとくれ、寂しくて死んじゃう」
相変わらずのジトっとした視線を七海へ送り、ベッドから降りてくるのを見届けてから部屋を出る。上階での喧騒は止んでおらず、小毬は連行されつつあるようだ。
「付いてくる気?」
「いいや、儂はもう帰るよ、手伝うのはここまでじゃ」
追って七海も通路に出てきてスズを追い越す、3日も4日もバイトを休んだらキャベツの芯で食い繋ぐ羽目になるなどとまず言い、通路中央で停止、それに、と付け加えつつ振り返る。
「どれほどの悪党であろうと、相手が人なのは確かなのじゃろ?」
「まぁ」
「知っての通り兎は献身者、分け隔てなく人を助ける事を是としておる。だからこそ、人同士の争いに加担する事はできぬ」
善悪ではなく、間柄も関係ない、真に見境なく人を愛しているからこそ協力できないと告げ、そして笑いながら手を振り、下艦するべく階段に向かっていった。
「それがお主の心にも良いだろうしの」
余計な事を言い残して。
「人を押し倒すのはいいのかよ……」
ドアの枠に寄りかかるようにして顔だけ通路に出す日依が恨めしげに呟き、それに対し溜息ついていると、帰っていった七海に代わり小毬を肩に担いだ円花が降りてくる。小毬は未だ呻いているものの抵抗をやめており、手足をだらりと垂らしつつ運ばれてきた。
もっとも、円花は小毬の頭を後ろに向けて腹部を担いでいるため、こっちから見たら黒いスカートはいた尻が運ばれてくるようにしか見えないが。
日依曰く
潜入、偵察のプロが必要だ、鬼や竜や場合によっては神まで蹴散らしてきた我々だが敵に気付かれず忍び込む能力に関してはトーシロだろう。狸は変化以外何も出来ないが、変化が出来るのは狸だけなんだよ。
とのこと。
「なんだあの兎は…すれ違った瞬間に寒気が走ったぞ……」
その直感は正しい。
円花がスズの前までやってくる頃には日依もいつも通り笑い始め、部屋から完全に出て運ばれてきた小毬のスカートをつまむ。
「えっマジか、マジかお前、レースが……」
「ちょっと何の話してんデスか!!」
パンツの話に決まっとろうが。
「まぁそんなもんはいい。今回お前には色々やってもらうぞ、誰にも気付かれずに走り回るの得意だろ」
「やだぁ……」
「大丈夫、捕まって牢屋に入れられたら牢屋吹っ飛ばしてでも助けてやるよ」
「捕まるの前提やだぁぁぁぁ!!」
実際は牢屋行きの前に尋問か拷問かもしくは女性である都合上モニョモニョがあるだろうからそれじゃ遅いのだが、牢屋吹っ飛ばして、ということは隠れるのをやめるという事なので、そしたら彼女とアルビレオから逃れられる者はない。強いて言えば脱出を請け負う雪音と第6艦隊が発狂するくらいか。
「そして円花、お前には留守を任せる。向こうから送られてくる私の代わりが到着した時の対応は?」
「なびくようなら金を渡す、歯向かうようなら締め上げる」
「上出来だ、詳しくはその都度香菜子ちゃんに聞くように」
上出来なのか?とまず思う、まぁ円花に仕事を与えるに当たって何ができるか調べた所、刃物を振り回したりする以外何もできないポンコツである事が判明したため、複雑なものを言って聞かせても仕方ないのだろうが。
「では行くぞ、8年ぶりの帰郷と洒落込む事にしよう」




