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世界大樹と狐の唄  作者: 春ノ嶺
アンドロイドは電気羊の夢を見るか
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5-2

 軍隊飯といえば何と言ってもまずおにぎりである、小麦が無いから片栗粉で唐揚げ作ったりシチューを作れと言われて肉じゃがを発明してしまったりする海軍だが、食の根底に米があるのは変わりない。すぐに作れて、立ったまま食べられるおにぎりは主に戦闘中の糧食として主計科(食料、消耗品担当部署)が大量生産し軍艦の各所に配達される。これは単に栄養補給というだけでなく、飯が送られてくるという事は乗っている軍艦がどんな状況にあろうとまだ”生きて”いるという証左である為、各乗組員の腹を満たす以上に戦力増強効果があるのだ。だからこそ主計科は戦闘にこそ参加しないものの、駆逐艦で100人前後、戦艦ともなると1000人を超える乗組員に熱々のご飯を握ったどでかいおにぎりを提供し続け、調理場が破壊されれば倉庫から缶詰を引っ張り出し、時として仲間の血肉が散乱する通路を駆けて戦闘中の彼らを胃袋から支え続けるその様は”主計の戦争”の名に相応しい。


 まぁ、今は戦闘中ではなく、艦上ですらないのだが。


「何故デス……」


 港湾施設は大わらわだった、急に出撃が決定したからである。第6艦隊は今まで別の指揮系統のまま残していた第3水雷戦隊を完全に内包してしまい、三笠を旗艦とする20隻のまとまった部隊となっている。ふたつの艦隊であまりにも装備の差がありすぎる為、別々の部隊として残しておいた方があらゆる状況に柔軟に対応できるとの判断だったが、これから彼らが向かうのは敵の中枢近海、1人の人間がすべての艦に直接指示できるようにしておかないと命令伝達速度において不利なのだ。その新生第6艦隊は20隻すべてが港に接舷、倉庫の中身を食い散らかすように物資積み込みを続けている。その港湾施設の建物のひとつに小毬こまりは詰め込まれ、駆けずり回る軍人、及び民間人協力者の為に延々とおにぎりを作り続けている訳だ。

 誰が何と言おうとうどんしか作らなかった小麦信者が。


「走りながら食べる訳じゃないでしょう、立ち食いうどんでもいい筈デス」


「なかなかシュールな提案だな、仕事の合間に急いでうどんを食うのか?」


 小毬の隣、同じくご飯を握る、握るというか圧縮する円花まどかが手を止めずに言った。出来上がるおにぎりは小毬のものより一回り小さいが、実際に使用する米の量は遥かに多い、不器用が握ったと一目でわかるのか明らかにハケが悪く、中には1個で満腹になれると好んで持っていくものもいるものの、そういうのに限って塩の塊を引き当てていく、リピーターはいないのだ。結果的に小毬が大増産を強いられ、その結果。


「少なくとも作る側が火傷したりはしない」


 そう火傷するのである。

 炊き上がった熱々のご飯をすぐさま握って即時消費される、冷ます暇など無い、釜の中身を使い切ったらまた新しい釜が現れるのだ。主計科やべぇとか言いながら最初は普通の握り方、濡らした両手に塩をまぶしていた、円花は未だに素手でやっているが、少なくとも柄の握りすぎで皮膚が硬くなってなどいない小毬は最初の炊飯釜が空になった時点で限界を迎えていた。その為本業のアドバイスに従って塩水に浸した軍手をはめる、まん丸い球形のものしか作れなくなるのと引き換えにいくらか熱くなくなったので何とか凌いでしばらく、いよいよ火傷して熱いが痛いに変わり始める。そこで小毬は考えた、どうせ三角おにぎりが無理なら手で握る必要自体が無いと。茶碗にご飯と塩を入れ、もうひとつ茶碗で蓋をし、バーテンダーよろしく上下に振る。品の欠片もない作り方ではあるが、品を気にして戦争はできない。


「まぁ世界には戦場でパスタを茹でる軍隊があるとは聞くが」


 ちなみにそのどこぞの軍隊、真実はどうかというと、パスタを持って行ったのは事実だが水が無いので断念したとのこと。北アフリカの砂漠地帯、飲み水の確保にも困る場所でパスタ茹でたらどうなるか理解できない者はさすがにいなかったようだ。さらにちなみにイタ、どこぞの軍隊、レトルトや缶詰で構成される現行のレーションパックにパスタが入っているのは当然として、なぜか歯磨きセットやリキュールのミニボトルまで入ってたりする、世界一贅沢な戦闘糧食の名はお隣に持ってかれたようだが。


「なんて言ってる間に山場は過ぎたな、私のは見事に残ってるが」


「それはまぁ……」


「いいんだ、わかってる、刀しか握ってこなかった奴の握り飯など……」


「ああめんどくさい……」


 感情で成り立つ存在だとは理解しているがいくらなんでも起伏が激しすぎるだろう、いきなり俯き黒のポニーテールを垂らしながら炊飯釜の中に残ったご飯を米びつに移して、炊飯釜は洗うために水道へ。周りの作業員はあらかた食事を終えたらしい、これ以上増やす必要はない。

 地獄であった。


「じゃあ片付けを……ちょっと待ってクダサイ」


「む?」


 その炊飯釜は直径50センチはある巨大な代物だった、電気炊飯器に装着して使う内釜で、およそ2升の米を炊く事ができる。それは現在コンクリートの水場に立つ蛇口の付いた水道管の横に置かれており、これから水洗いされようとしている。それはいいのだが、問題があるのは円花の右手、洗浄用具には間違いないのだが。


「そのデッキブラシで何をするつもりデス?」


「釜を洗……」


「たわしィィィィィィ!!」


 そばにあった茶色いトゲトゲを掴んでぶん投げる、若干お焦げの付いた釜に命中し、カーンと音を立てた。その間に走り寄って床掃除用デッキブラシを没収、元あった場所へ立てかけた。


「すまない…こういう事をやるのは初めてで……」


「見りゃわかりマス!」


「そ、そうか」


 こいつはやばい、不器用とかそういうレベルではない。剣に一生を捧げるなんて戯言をそのまま体現したような人間だ、およそ家事と認められるものすべてが怪しい、何をやらせればいいのやら。


「とにかく、これは私がやっときマスから、炊飯器の電源切って、奥に持ってっといてください」


「承知した」


 物を移動させるくらいなら問題なかろう、そう思って指示し、その場でしゃがみ、蛇口をひねる。

 しかし浅はかであった。


「電源を…斬る…」


「何故そこで刀を抜く!?」


 まさかの機械オンチ、しかもスズが裸足で逃げ出すほどの重症である。彼女も彼女で電話の意味がわからないとかPCモニターで動画を移せば中に人が入ってるとか言っちゃう人物だが、少なくとも炊飯器とガスコンロの使い方くらいは心得ている。直刃で無地風という毛ほどの面白味も無い数打の打刀うちがたなを何も無い空間から取り出しちゃったりなんかしている円花の背中へ咄嗟に叫ぶと、意味が違うと理解してくれたらしい、すぐに刀は消え、これ以上無いくらいうなだれる。


「駄目だな私は……何の役にも立たん……」


「ああもうめんどくせぇぇぇぇ…!!」


 と、やっているうちに背後で足音が響き、誰かが室内に入ってきた。振り返ると見えたのは何から何まで白い少女。


「手伝いましょうか?」


 女神が現れた。


「お母さぁぁぁぁぁぁん!!」


「誰がお母さんですか」


 地獄に仏、いや蜘蛛の糸、気付いたらアリシアの細い体に抱きついていた。即時引き剥がされ、炊飯器のコンセントを引っこ抜き、塩やら皿を高速で片付け始める。

 体育座りで膝に顔を埋める円花は無視。


「住民からの待遇はかなり改善されたようですね」


「え?あー、そうみたいデスね」


「禍根はありませんか?」


「……?」


「いえ、愚問でした」


 ひょいと片手で炊飯器を持ち上げた、よく見る光景だ、もはや驚かない。気をとりなおして釜を洗う、たわしで内側をごしごしと。


「もうすぐ出発なんデス?」


「1時間後です」


 早いな。


「偵察半分とはいえ敵地に乗り込むのは変わりありません、無事に帰ってこれればいいのですが」


「……ちゃんと帰ってきてくださいね、まだその…お礼とか色々してマセンから」


「何を言っているのですか」


 無表情そのまま、それでも理解できないという雰囲気を出しつつアリシアは言う。そして炊飯器含め雑多なものを片付け終え、円花はやはり無視し、小毬のそばまでやってきてから。


「あなたも行くのですよ」

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