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世界大樹と狐の唄  作者: 春ノ嶺
竜と刀と仇と狩りと
74/293

4-30

 大樹全域を荒らし回っていた兵隊が1体残らず一斉に消え失せた途端、空には青色が戻り始めた。役目を終えて崩壊する台風は至る所に生まれた雲の切れ目から太陽光の筋を引いており、天使の梯子と呼ばれるそれが水平線の端から端まで埋め尽くす様を見て、スズは太刀を鞘に納め、小さく息を吐き出した。これで敵はいなくなった、もうこれ以上死人が増える事は無い。しいて言うなら急速に蒸し暑くなりつつあるが、それは夏だから仕方ないとして。


「派手にやりおったな」


 背後でアルビレオの着地する振動が起き、間も無く日依が隣に現れた。彼女がまず目に入れたのは足元の枝に走る亀裂である、人間1人がすっぽり入れそうな幅と深さのV字の切り込みが枝上面を斜めに横断しており、大樹が汲み上げ、濾過された海水の通る導管を傷付けて噴水が上がっている。長さおよそ400メートルあるそれが1振りの大太刀によって刻まれたなどと言ってもほとんどの人間は信じないだろうが、少なくとも日依は一目見た瞬間に理解してくれたらしい、いつも通り笑いながら錫杖の先で亀裂の内側をひと撫で。構造は普通の樹木とさほど変わりない、表面と比べ薄い茶色をした繊維質、明瞭な年輪が見え、樹液の通る導管と師管がある。決定的に違うのは導管がやたらめったら太いという点と、そこを通るのは完全な真水という点。


「知ってたの?発動条件」


「ふふ、こうなるのを狙ってた訳じゃないよ。そりゃ言って聞かせるのは簡単だが、持ち手の魂をトリガーとする以上、自分で気付かなきゃ意味がない。私が考えてたのはそれだけだ」


 亀裂の観察を終え、日依は振り返ってアルビレオの頭を何度か叩く。さすがに疲れたという風に地面へ伏せ暗緑色の巨体を丸めていたが、魔法陣が現れ、吸い込まれるように粒子となって消えていった。


「で……」


 消えたアルビレオの先、見えたのはまっすぐ突き立てられた大太刀と、その奥で正座する1人の女性。正座といっても畳に座るようなものではなく、少し足を開いた、切腹するための体勢である。日依が近付いていくと閉じていた目を開け、円花は日依をじっと見据えた。そのまま数秒、黙ったまま目を合わせ、やがて円花が口を開く。


「216人、今まで私が意味なく殺した人の数だ」


 当時、彼女はただそれだけに生きる理由を持たせていたが、敢えてだろうか、意味なくと称した。


「そのすべてが私欲の為に犯した罪だ、裁判などという煩わしい事をする必要もないだろう。好きに裁いて欲しい、手をかけたくないというなら今すぐにでも腹を切ろう」


 話している間に日依はちらりとスズを見る。溜息をつき、黙って見返すと僅かに笑って視線を戻す。


「そうすればすべて終わる、復讐が連鎖する事はない。頼む」


 そして錫杖が持ち上がった。

 頭の上まで握る右手を持ち上げ終えるとカチリと遊環が鳴り、次に先端を突き刺す姿勢を取るべく傾ける。僅かに、逡巡したかの如く止まったが1秒にも満たず。


「ふっ!」


 が、鳴ったのは金属音だった、棒が肉に突き刺さる音はせず、実際円花の体に錫杖は触れてすらいない。


「……え…?」


 砕かれたのは円花の眼前、武甲正宗と名付けられた大太刀である。今となっては大太刀だったものだが、突き立てられていた刀身のほぼ中央で折れ、間を置かず粉々に砕け散った。ぱらぱらと落ちる断片と柄を唖然と見つめ、対して日依は笑いながら顔を寄せる。


「死んで償うって奴は嫌いでね」


 誰がどう見ても修復不可能、当然ながら力は失われ、鉄の破片以外の何物でもなくなった。親の形見という面に関しては本人次第か。


「罪を償うってのは生きていないとできない事だ、死刑が一番重いってのはどうもおかしい。自分の行為を申し訳なく思うならまず償って、死ぬのはその後にするべきだろうに。お前はどうだ?まだ何もしちゃいない」


 破片をブーツで踏みつけ、音を鳴らしながら更に近付き、そして耳元で一言だけ。


「楽に死ねると思うな」


 言い終えた後、日依はそのまま通り過ぎるように去って行った。

 残された円花は固まったように破片を見つめており、そのまましばらく動かなかったが、スズが近付いていくとようやく俯き、目を伏せる。


「……承知した…」


 声が震えているのはどちらなのか知らないが。


「この身のすべては贖罪の為に」


 それでようやく、この一大騒動は終わりを迎えた。

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