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面白味が無いやら何やら言っていたが武器としては文句の付けようが無い出来である。70センチと少しある刀身は僅かに木材に似た線状模様が浮き出ているものの、柾目肌というよりはぱっと見無地風。申し訳程度に乱れた刃と、砂を掃いた後のような模様がいくつかあり、切っ先の刃は頂点を回って峰にまで伸びている。確かに芸術品として見れば2級品なのだろうが、これは武器であり、重要なのは斬れ味と、折れや刃こぼれに対する抵抗力である。紺色の柄と鞘に収められ、鞘には吊り下げる為の金具と紐。さっきまで紐は暴れないよう結ばれていたが、今は黄色の帯に巻きつけられ、鞘を右腰に吊り下げている。
東條夢幻真改と茎に切られた太刀を確かめるように鞘から半分ほど抜き、照明の光を反射する刀身を眺めてから元に戻した。
朱雀亭の窓はすべて雨戸が閉じられ絶えずガタガタと音を鳴らしている、それを聞きながら照明を消し、スズは廊下を通って囲炉裏のある玄関ホールへ。
まず無線傍受機が吐き出すノイズを黙らせながらヘッドギアから流れる軍と警察と民間の無線通信を聖徳太子も真っ青の複数音声同時識別で聞き分けるアリシアがいた。有益な情報を抜き出しつつ、前線部隊のものと思われる周波数は鳳天大樹近海まで戻ってきている三笠へ転送する。それの手助けをしているのが小毬なのだが、彼女はガラス張りの玄関戸の向こう側、屋外で無線傍受機に繋がる大型アンテナに張り付いていた。灰色のレインコートを着て、針金とペンチを使い、一度吹っ飛ばされかけたらしいアンテナ基部に過剰なまでの補強を施していた。当然ながら強風をモロに受けており、びしょ濡れになりつつレインコートを猛烈にたなびかせ、何も聞こえないながら口の動きを見るに何かを歌っているように見える。
「どう?」
「三笠、日進、球磨は既に交戦中ですが敵勢力範囲内には入らず敵戦力の分散を図っています。次の部隊が交戦を始めるまでおよそ15分、1時間後にはここも戦闘範囲内に」
台風の速度20km/h、勢力範囲は直径60km、幅12kmの鳳天大樹が残らず範囲から脱するまで3時間半ほどかかる。しかし民間人を守らなければならない軍隊にそれだけの時間戦い続ける弾薬も体力も無い。頭領格を見つけ次第速やかに討ち、ワイルドハントを解散させる必要がある。
アリシアの報告を聞き頷きつつ玄関まで歩いていき、ジャンプする形で両足同時に土間へと降りた。空中にいる間にキンと小さく音が鳴って、出現した下駄を鳴らし着地、少しだけ開けた戸の隙間から体を滑り込ませるようにして外へ出た。途端に風と雨が襲ってきたが、風は裂けるようにスズから逃げていき、雨の大部分も風と一緒に進路を曲げるものの、それでも当たった雨粒は肌や着物に一切染み込まず、ワックスでもかかっているかの如く弾かれて落ちる。涼しい顔でそのまま歩き、懐から符を出しながら小毬の横で立ち止まった。
「なんで濡れてねーんデスか!」
「こうなるってわかってたんだから対策くらいするでしょ、ほら」
レインコートのポケットに符を突っ込むと小毬も同じく風と雨を受けなくなった、といってもとっくに服から何から水浸しであり、サイドテールの先端とかスリングで吊り下げたソードオフショットガンとかから絶え間無く水滴が落ちていく。
「手遅れか」
「そーデスね……」
ひとまず落ち着いて作業できるようになった小毬を残し屋内へ戻って戸を閉め、髪についた水分を振り落とす。
「……これはスズの母親が巡らせた謀略の名残なのですか?」
「たぶんね」
そうすると、無線傍受機のダイヤルから一旦手を離したアリシアに話しかけられた。玄関から上がらず、下駄を履いたまま地板に腰掛け。
「どのような意味があったのでしょう?」
「政治機能及び周辺大樹の支配権を翔京大樹からぶん取るため。あの頃は西洋軍が本格的な東洋侵攻を準備し始めてて、対抗するための軍備がどうしても必要だったんだけど、当の政権は平和的解決がどうだとか。まぁそれはいいとして、軍備をまったく進めないってのは考えがなさすぎたよね。丁寧なやり方で政治機能を皇天大樹に移す時間も惜しいから、一番手っ取り早い方法を取った、って事じゃない?」
戦わず降伏して年間何万人もくびり殺される奴隷生活を受け入れるか、一気に50万殺して抵抗するか。何にせよ、何万とはいかないものの結局奴隷生活にはなった訳だが。
「政治ぶん取って東洋統一して、三笠とか作ってから防衛戦張って。今度は話し合いをまったくしなかったんだけど、そうしなきゃ今頃あたしらは英語を話してただろうし。未来的には正解、だったんだと思うよ」
「今よりも先を見た、という事ですか」
「まあね、そういう考え嫌いだけど」
相変わらずガタガタと鳴る戸の先を見つめながら言い、足首を片方ずつ回して関節をほぐす。アリシアが沈黙している間に肩と手首にも同じ事をして、そうしたら腰に違和感を感じたので太刀緒の位置を直した。
「多少の犠牲を厭わず未来の為に事を起こすというなら、スズ」
「ん?」
終わった途端にまた声をかけられ、首だけを回してアリシアを見る。
「気付いていますか?この世界の先の無さについて」
それはどういう、と返す前にアリシアは無線傍受機へ視線を戻した。ダイヤルを回してノイズを黙らせ、複数あるチャンネルのうちひとつを残してOFFにする。しばらくそのひとつを聞き入り、やがてまた顔を上げ。
「この話はまたにしましょう、取り急ぎ対処しなければならない問題が発生しました」
スズは立ち上がる。
カロンと下駄が鳴る。
「第8避難区画、円花が向かっています」




