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世界大樹と狐の唄  作者: 春ノ嶺
竜と刀と仇と狩りと
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4-20

「薄いな……」


 3日ぶりに顔を見せた日依は5日ぶりの米の昼食に対してまずそう言った。

 カレイの煮付け、焼きカブのサラダ、タケノコとシメジの炒め物、大根と人参のすまし汁、それと白米。見ただけではごく普通なのだが、口に入れるとすぐわかる、健康の事しか考えていないレシピだ。日依が言ったとおりすべてが薄い、元々味の薄いサラダでさえ例外ではない。


「ここまでの統計によると皆さんの平均塩分摂取量は1日あたり9.5グラム、厚生労働省による女性の推奨摂取量は7グラム、世界保健機関では5グラム以下とされています。つまり、最低でも1食あたり0.83グラムの減塩が必要になるのです、薄く感じるのは当然でしょう」


「ふはは…理屈っぽいなお母さんは……」


「誰がお母さんですか」


 主食が電気であるにも関わらずちょびちょび食べ物を口に運んでると思ったらそんなもん測ってやがったか、みたいな顔をする一同の視線を受けながらアリシアは説明した。要するに病院食、もしくは学校の給食と同じ規格で作ったのである、あれはあれでとても頭の使う作業なのだ、好き嫌いの激しい子供に食べさせなければならない給食はなおさら。


「てかそれ以前にここ旅館だぞ、なんで自分で作ってんだよ、料理長に仕事やってやれ」


 それはまあ、朝夕は作って貰ってるので大丈夫。


「あんたもあんたで顔色薄いけど?」


「あ、わかる?正直言うとね、今すぐお布団入りたい」


 スズの問いに日依は口だけでにへっと笑い、対しスズは乾いた笑いを返した。いや地獄というものを見せて貰ったわー、とかいうのを聞きながらひとまず食事を片付ける。

 斎院のお祭り騒ぎは今日でおしまい、すべての機能を停止した訳では無いが、戦えるものは帰宅して休息という事になったようだ。となると日依は今すぐにでも横にならねばならないのだが、あとちょっとだけとご飯を平らげる。睡眠時間は合計でどれだけだったろうか、肌は不健康に白く服も綺麗とは言い難い。昼食を終え、アリシアが食器を厨房へ持っていって片付ける間にいきなり櫛を突き出され、はいはいと受け取って日依の背後に座り、スズは彼女の赤い髪を整え始めた。


「雪音ちゃん……ちゃんはきついな、雪音さんの報告は届いたか?私まだ聞いてないんだが」


「届いてる、届いてるけどその前に、多少きつかろうと雪音さんはやめたげて」


 櫛を通しながら簡単に経過を話す、台風内部にひしめく兵隊、つまりザコ敵は全身を甲冑で防御した武士と、胴体や関節のみ具足ぐそくを付ける足軽、双方とも霧のような存在で致命傷を負うと霧散する。防御力に関しては足軽はほぼ皆無、武士はある程度抵抗するが防げるのは小銃弾程度で機関銃の制圧力に陰りは無かった。武器は刀、槍、薙刀、弓、ごく稀に斧。移動速度はせいぜい40km/hで、やはり火器の敵ではない。そも敵の文明レベルは平安時代から室町時代までの付近で止まっている、多少空を飛んでいようが、その戦闘の様子は原住民族の虐殺そのものであった。

 問題なのはやはり数だろう、横から上から三次元的機動で迫るそいつらはまさに無限、2時間かけて台風を突っ切った三笠の機関銃弾は9割が使い切られた、弾薬庫から溢れ通路にも所狭しと並べたにも関わらずだ。どれだけ弱い相手だろうとこの巨大な大樹全域で民間人を守りつつ通り過ぎるのを待つ、というのは現実的でない。


「やっぱ受け身は駄目だな、攻めにゃならんか。すげーな西洋人、毎年こんなのとやり合ってんのか」


 一応言うと、本場のワイルドハントは範囲が狭いうえ移動速度が非常に早い、少し頑張れば十分凌げる、という感じ。

 話している間、ずっと櫛を上下させ続け、全体的に髪をすき終えたらそれを座卓へ置く。絡まっていたものはすべて解いた、赤色の髪は綺麗に整列している。用を終えたスズは立ち上がろうとしたが、その前に日依の頭が倒れてきた。


「あーー……」


「ちょっと!もう……」


 背もたれ代わりかと言いつつもその場に留まる。足を投げ出し上半身をスズに預けた日依はそのだらけきった姿勢で少し目を閉じ数秒、意識を失いそうになったのかびくりと震え目を見開いた。やべえやべえと首を振って、その途端に座卓の隅っこで両肘をつき口元で手を重ねる不機嫌面が目に入ったらしい、視線をそこで固定する。


「なんで小毬はどこぞの司令官みたいな顔してんだ」


「それは後で説明するから」


 何も知らせずモルモットにしたのを怒っていらっしゃるのだが、ひとまずほっとくしかないとして。


「そんで、私は何と戦えばいいんだ?」


「源頼光と四天王、それから謎の竜」


 まず頼光御一行、本物か偽物かで言ったら間違いなく偽物だろうが、あのワイルドハントが生まれた原因は規格外の出力を誇るいつもの宝石アレである可能性が高いので、起動した本人が彼らに憧れがあったか、ああなった瞬間に何らかの理由で想像していたかすれば偽物の体に本物の意思が呼び寄せられていても不思議は無い、いわゆる形代かたしろという状態になっている可能性はある。頭領格には接触出来なかったものの、兵隊より遥かに戦闘能力の高い個体が残り3体。それぞれ刀、斧、弓を武器とし、うち斧は脳みそ単細胞と報告がある。


「アホオヤジが騙された結果ってのは確定してんの?」


「確定はしてないけど、少なくとも完全な本物ではないでしょ、まがりなりにも英雄だし」


「そうだな、まがりなりにも英雄だしな、ややこしい事にはなってそうだがワイルドハントになる筈ないな」


 片付けを終えたアリシアがお盆と一緒に戻ってきて、人数分の湯のみを座卓に移す。重なるように座るスズと日依は一瞥したものの眉ひとつ動かさず湯のみを並べ、お盆を置いて座布団へ。


「まがりなりとは?」


「やり口に問題があんだ、鬼を討ったとただ聞いたら真っ向勝負で戦って勝ったと思うだろ?」


 アリシアが聞いて、日依が返す。


「上司から鬼を狩ってこいと命令された、勝てそうにないから山伏に変装して奇襲しようと思った、そしたら道中で神様が毒入りの酒をくれた、通りすがりと偽って家に泊めてもらい鬼にお礼と言って酒を飲ませたら痺れて動かなくなったから首を切り落とした、以上」


 突きつめて簡略化するとそれが源頼光の酒呑童子討伐である。一応、一応ながら、怪しまれないように出された人肉を残らず食ったりしているものの、それ誰でもいいよね?とか、どっちが悪役っすか?とか、朝廷に敵対する存在はどんな理由であれ吐いて捨てるべき悪とされた当時ならいざ知らず、今となってはもう。


「これを英雄と呼びたいか?呼びたくないだろ。でも世間で英雄扱いされてる以上英雄なんだよ、その分類に入ってる限り彼が人に危害を加える事はない。なんでかっつーとそもそも神様という存在の成り立ちについて説明しないとならないんだが、それはまた今度として」


 とにかく今の問題はワイルドハントだ、頼光公のネガティブキャンペーンは重要ではない。


「連中は間違いなく偽物だが、まぁ呼び名がないと不便だしな、それぞれ名前を貸して頂くとしよう。以降頭領格を源頼光、刀を渡辺綱わたなべのつな、斧を坂田金時さかたきんとき、弓を卜部季武うらべすえたけとする。個体ごとの強さはどんなんだろな」


「修行7年目の兎が知恵絞って1体倒したって」


「兎ってあれか?巫女さんの」


「そう巫女さんの」


「あれかぁ……」


 真の意味で見境無く人を愛するピンクの垂れ耳兎を思い浮かべて若干気を落としたものの、じゃあなんとかなるだろと言い、日依は茶色い釉薬の湯のみを持ち上げ緑茶をずずずとすする。

 主要な敵はそれ以外にもう1体いる、とはいっても存在を主張するのが雪音だけで、まぁ居るんでない?儂は支持するよ、というのが付く程度。その僅かな情報によると、体長15メートル、金色で、四肢から独立した翼を持ち、鎧を着込んだような外皮の、竜。


「これについてドラゴンライダーから意見をお聞きしたいんだけど」


「知らん」


「知ら……」


「竜は伝説種だ、常識の通じる相手じゃないし明確な定義もない。どんな種類がどれだけいて能力はこうだとか誰にもわからんよ、”夢の数だけ竜がいる”と思え」


 湯のみを座卓に戻し、そして相変わらずスズにもたれかかったまま両腕を左右に伸ばして肩の凝りをほぐした。限界が近いらしくまぶたを閉じ始めたので後ろから頬を引っ張る、呻きながら目を開く。


「……とにかく、会ってみないと何もわからん、明日のお楽しみだ。情報収集はこれで終了、後は準備して待つ」


 じゃあ寝るのか、というとそうでもなく。

 被害は甚大ながらワイルドハントと比べると優先度の劣る話に移る。


「最後に鬼童丸きどうまるについて」


諏訪すわ 円花まどか、目的は復讐で確定」


「ああ、名前はわかってんのね」


 名前が出た瞬間、黙りこくっていた小毬が鼻を鳴らす。

 総計52名、現時点において彼女の犠牲となった人数である。武甲正宗、あの妖刀と思われる大太刀を目覚めさせる為に払った犠牲なのだが、これだけやってもうんともすんとも言ってくれないのか明らかに焦っており、多数の目撃者を出して今もなお警察に追い回されている。


「円花ちゃんの父親は刀工だが、翔京大樹の防衛事情にも深く関わっていた、20年前の惨事が皇天大樹の謀略ってんなら事を起こす前に排しておくべき存在だったんだな」


「調べたの?」


「ああ調べたぞ。なんでもな、ワイルドハントの発生前に霧が出たそうだ、非常に不自然な紫色の霧が。わかるよな?」


 上を仰いで、日依が真下からスズを見る。霧と聞いた瞬間にスズは白けた顔になっていたが、構わずにやりと笑った、疲れ切っているためかふやけた笑みだったが。


「まぁ今それはいいだろ、我々でケリをつけるべき案件だ。結局彼女、何がしたいんだと思う?」


「……うん、そこでアレが出てくるんだけど」


 両肘ついた体勢のまま小毬がスズらを睨む、数秒そのままだったが、やがて諦めたように溜息、腕を降ろして、少し考え。


「たぶん、もう、仇に大した執着は無いと思いマス」


 彼女の感情を直接知った小毬は語る。


「あるのは義務感と絶望感、何をしても仇を討たなければならないと思ってる反面、何もかもが嫌になりつつある。途中で投げ出したら今までの犠牲が無駄になる、その思いだけで生きている。あんなの私には…ちょっと耐えられないデス」


「ふぅん、ぶち込まれたのか、丸ごと」


「そうデスよ!いきなり!何の説明もなく!」


 ずっと黙ってた反動の如く座卓をべしべし叩く、あんな手の込んだ事をせずともそもそも最初から知っていた日依はそこに対してまったく反応無く、小毬の様子を見てやはりふやけた笑い。


「んま、じゃあ止めにかかるか、それも必要な事だろう」


「うん」


「日が沈んだら起こして」


「うん。……ちょっともぉぉぉぉぉぉぉ!」


 そのまま目を閉じてぐでーんとなってしまった日依をようやく横に転がし、部屋で寝ろと言うももはやピクリとも動かない。仕方なく抱き上げて、廊下に出。


「お母さん布団敷いて」


「誰がお母さんですか。それから寝かせる前に歯を磨かせてください、睡眠中が最も虫歯菌の活動が活発になるのです」


 やっぱお母さんだ。

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