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安達ヶ原の鬼婆って話は知ってるか?という質問からその話は始まった。
遥か昔、岩手という身分の高い姫の乳母がいた、彼女の子である恋衣は生まれつき声が出せず、あらゆる治療を試みたが無駄に終わった。そこで占い師に相談すると、母親の腹の中にいる赤子の生き胆を食べると治ると言う、岩手は最愛の子を助ける為に、お守りをひとつだけ残して旅に出た。
しかし赤子の生き胆なんて簡単に手に入る筈も無い、流れ流れて安達ヶ原までやってきた岩手はそこで洞窟を見繕い、妊婦がやってくるのを待つ為に岩屋暮らしを始めた。それでも妊婦はなかなか現れない、時間だけが無情に過ぎていく。
長い月日が経ち、岩手がすっかり老婆になった頃、旅をする一組の夫婦が彼女の住む岩屋に宿を求めてきた、その若妻は妊婦だった。そしてその晩、妊婦は産気づく。岩手は夫に薬を買いに行かせると咄嗟に出刃包丁を掴む、そして妊婦を捕まえて大きく膨らんだ腹を切り裂いた。
ようやく赤子の生き胆を手に入れた岩手、これで最愛の子を治してやれると喜んだ。だがその喜びも束の間、腹を裂かれて虫の息の妊婦が絞り出すように言った、生き別れた母にとうとう会えなかったと、その直後妊婦は息絶えた。よく見ると妊婦はお守りを持っている、かつて岩手が旅に出る前、自らの代わりと恋衣に託したあのお守りだ。
たった今、自分が殺した妊婦こそが、自力で病を治し、母を探す為に旅に出た最愛の子だった。その事実を知った岩手は悲しみと、後悔と、絶望から発狂し鬼となった。
「安達ヶ原の鬼婆と呼ばれ人を喰い殺すようになった岩手はいずれ討伐される事になるんだが、まぁそれはいい。諏訪武甲正宗、俗名朱門の人生も少しばかりこれと似たようなもんだった」
刀工の鍛冶場、木炭の材料と思われる薪に腰掛け、熱して赤くなった鋼を叩く弟子達を眺めながら彼は話す、一度も間を挟むことなく、溢れ出すように。
「奴自身も親の顔を知らなかった、当時の都だった翔京大樹には敵がいてな、今のお前らみたいなもんだ。両親はそいつらに殺されたと奴は教えられてた、実際は殺されたんじゃなく参加してたんだが。んで奴は復讐を始めた、顔も知らない親のためにな」
ごうごうと燃え盛る炎を背に槌を持ち、それより大きな槌を持つもう1人と掛け声を重ねながら交互に鋼を叩いていく。十分に引き伸ばした後ふたつに折って重ね、そしてまた叩く、その繰り返し。
「そしてある日、奴は敵対勢力の根城を叩き潰した、怒りに任せてなぶり殺したそうだ。察しはついてると思うんだが、その中に実の親がいた訳だ、殺されたんじゃなく、自らの意思で連中とつるんでいたのをその時ようやく知った。その時の絶望といやあ、もう」
「……悲しい話デス」
「すげえなお前、あんだけやってまだ他人の心配できるとはさ」
「え?」
疑問符を浮かべる小毬へ笑みながら傍の棚へ手を伸ばし、何かを掴んで小毬の手へ。
アメ玉貰った。
「とにかく奴は、自分の手で親を、生きる意味ごと殺してしまった。その後奴が何を考えて刀を打ち始めたかはもうわからん、はっきりしてるのは、奴は鬼婆と違って発狂などしなかったという事だ」
「……妖刀なんじゃないかって噂があるんデスけど、実物を見た時何か感じマシた?」
「ただの鍛冶屋に多くを求めすぎだ、俺は霊感なんて持ち合わせてねえよ。ただ奴の出生を踏まえると十分あり得る話だ、恨むという概念がないお前にはわからんかもしれんが……おいどこ打ってんだテメエ!」
「ひぅ!?」
何か気に入らない事があったらしくいきなり怒号を飛ばした、無論小毬ではなく弟子に対して。
弟子を育てるのはいい事である、昔の鍛冶屋は無口なもんで、程度の違いあれどここまでべらっべら喋る事は無い。
「……血を吸って鋭くなる刀か、俺は打ちたくねえな」
「…………刀は芸術デス?」
「人生の伴侶」
「………………」
「引くなよ」
まぁしかし、と話を続ける間にアメ玉の包装を解いてみる、黒糖、甘い。
「親のために生きた奴の娘がまた親の仇を取ろうとしてる、それが事実ってんなら、止めてやるべきなのかねえ」
「それは何故?」
「刀にとって何度も何度も折り返すのは重要な工程だ、だが奴は刀じゃない、人間だ。色んな人間がいるが、少なくとも俺は自分の子供にまで同じ人生送らせたくねえ。お前みたいな若者にゃまだわかんねえか」
「…うーん……」
「自分とは違う事やって、違うものを見て欲しいんだ。なんでもいいからとにかく、自分を超えて欲しいんだよ」
「……」
「親ってのはそういうもんだ、子供に踏み台にされて嬉しくない奴なんてなあ……だから打つのはそこじゃねえっつってんだろうが!!」
「ひぃぃぃぃっ!!?」




