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世界大樹と狐の唄  作者: 春ノ嶺
竜と刀と仇と狩りと
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4-8

 鬼探しが終わった頃にはもう夜になっていた。


「…………」


 彼女を見つけ出すに当たってまず行ったのはかつて小毬が隠れ家にしていた場所を総洗いにする事である、警察が見つけられない以上まず疑うべきはそこだったが、実際に隠れていた本人曰く、人が立ち入った形跡は無いとのこと。

 次にアリシアの目と耳をアテにしたものの、高所に陣取って平たい地面を捜索するならまだしもこんな入り組んだ地形では全域をくまなく探すのは不可能と回答。

 結局足で探すしかないと歩き回ること数時間、彼女は上層、鬼の匂い、というか気配を漏らしつつ高級住宅街の内部にある公園で下層を眺めていた。近付いた途端、来るのがわかっていたように振り返る。

 相変わらずの味気ないシャツとジーンズパンツ、刀はどこかに消えていて、また他に荷物も持っていない。この近くに家を借りたのだろうか、スズらが入り浸っているあの一帯にしか旅館は無いのだが。


「狐か」


「うん、そう」


 枝の端、落下防止のフェンスが普通はあるべきなのだが、ここは高級住宅街、金持ちが考える事は常軌を逸しているもので、眺めが悪くなるからと申し訳程度に手すりが置いてあるのみ。彼女の横に立ち、それに掴まりながら下を見てみる、放射状に伸びる枝に沿って無数の明かりが立ち並び、目を凝らせば、先程日依が行った放送のおかげで混乱を起こしつつあるが道行く人々も確認できる。

 下々の生活を眺めるのがそんな楽しいかとスズは思った。


「スズって呼んで。名前聞いてもいい?」


「ああ、諏訪すわ 円花まどかという」


 もう少しきつい性格をイメージしていたが、外見から感じる印象とは裏腹にフレンドリーな声と応答であった。狐である事は見破られたが、少なくとも警戒されているようには見えず。

 また身分がバレているようにも思えない。


「こんな所で油を売っていていいのか?金持ちはこぞって脱出の準備を始めているが」


「ああ、大丈夫、逃げる気ないから」


 逃げた所で地獄である、移住先としてまず思い浮かぶのは瑞羽大樹だが、あそこも台風の進路を掠める事に違いはない、もし進路がずれたらと考えると行こうとは思わないだろう。そしてその他は皇天大樹の勢力圏内、大した理由もなく、恐怖支配の維持の為の虐殺が未だ行われる場所だ。ワイルドハントが通り過ぎた後ここに戻ってきても、残っているのは傷を負った大樹と、家屋の残骸程度。


「ここには何しに?観光?」


「……そんな所だ」


 真実であれば偶然この騒ぎに巻き込まれた不幸な人で済むものの、鍛冶屋に用があったり、旅館に宿を取っていなかったり、不自然な点が多々ある。嘘なんだろうが、それはよしとして。


「お前は、私が鬼だから寄ってきたのか?」


「もちろん」


 円花と名乗ったその女性は自ら問い、嘘をつくことなくスズは返す。急に態度が変わる事はない、涼しげな顔で下層の光を眺めつつ少し沈黙、視線を変えないまま口を開いた。


「親とは一緒に暮らしているか?」


「いや……」


「では、ここは故郷ではないのだな」


 ぽつりぽつりと彼女は話す、表情は変わらない、あくまで淡々と。


「私は親の顔を知らない、故郷もだ。生きていればいつかは会えると始めはは思っていたが、二度と会えないというのにはすぐ気付いた。こうなったのはその時だと思う」


「思う?」


「わからないんだ、いつからこうだったのか」


 聞いて、まずスズは目を細め、眉を寄せた。

 鬼になるに当たって必要なのは激しい憎悪だが、たったそれだけ、という訳ではない。

 いつからかわからない、というのは食い違いがある可能性を示しているが、鬼になる女のほとんどは憎しみを持っている上、親の仇というわかりやすいものがいるのも事実。


「まぁ、不便はない、自我もちゃんとある」


「でもそれは……」


「すまない、この後用事がある」


 円花が手すりから離れる、咄嗟に手が伸びたが止め、横に振って見送った。その背中は公園を出て、エレベーターへ向かっていくように見える。


「…………わからない?」




























「マンデリンG1です」


「ああ…ありがとう……」


 1日目の夜明けを雪音は三笠艦内で迎えようとしていた、長官室の椅子にだらしなく座った彼女の前に艦長がコーヒーカップとソーサーを置き、自分は立ったままもうひとつのカップを口元へ。


「少し横になられてはいかがですか?電文が届くのがいつになるかもわからんのですから」


「そういう訳にもいかないでしょ……」


 三笠中甲板、一般的に甲板と呼ばれる階よりひとつ下層の最後尾に長官室はあり、ここから更に後部にはもはや軍艦には珍しくなったスタンウォークという船体外側に張り出した通路がある。そこに繋がる出入口から外を眺めると、空は雲に覆われているものの白み出しており、凪いだ海と、経済速度で航行する三笠の航跡が僅かに見えた。

 ゴールデンハインドが出発してから13時間、三笠は艦隊の大部分を残し、装甲巡洋艦日進と駆逐艦2隻を引き連れて鳳天大樹と瑞羽大樹の中間地点までやってきていた。たった4隻しかいない理由は単純、もしあの台風に突入する事になった場合、雷雨の吹き荒れる内部で戦闘力を維持できるのは船体の大きな三笠と日進だけだからである。もしかしたら潜水艦がいるかもしれないし…と3水戦から最新鋭駆逐艦が出張してきたが、その時になれば彼らは三笠を置いて先に帰る事になる。


「肌が荒れますよ」


「なんであなたが私の肌の心配をするの……」


「いや、睡眠不足は害悪だと娘がよく言っていたものですから、真似してみたのですが」


 はっはと笑う艦長に苦笑いを返しつつコーヒーカップを持ち上げた。まぁ実際、一睡もせず待ち続ける意味は無かったように思えるが、こうなってしまっては後の祭り。

 ブラックのままのコーヒーに口をつける、できれば砂糖が欲しいのだが、眠気覚ましである都合上甘くしては意味が無い。と思ったら艦長さん、これでもかと言わんばかりに焙煎ローストしてきやがった、炭同然に真っ黒となった豆から抽出されたであろうコーヒーは非常に苦く、思わず顔をしかめていると、ソーサーの横にスティックシュガーがそろりと置かれた。


「一口飲めば十分でしょう、カフェイン摂取量は変わりませんからな」


「あなたいい性格してるわ……」


 砂糖を流し込んでかき混ぜ、それでも苦いコーヒーを一気に飲み干す。カップをソーサーに戻した頃、どたどたと慌ただしい足音が聞こえてきた。

 来たか、と艦長がすぐさまソーサーを机の端に寄せ、傍に退けていた海図を広げる。すぐに水兵が1人現れ、艦長へ紙を1枚。海図の横に並べられ、ざっと内容を流し見た。


「返信はどうなさいますか?」


「追跡しつつ待機、異常のない場合でも1時間置きに報告させなさい」


 水兵が出て行った後、まず海図に赤い駒を置く。進路は事前情報と変わらず、瑞羽大樹を掠めて、鳳天大樹にほぼ直撃。


「直径80km……え、ちっちゃ……」


「南下する台風に常識を求めても仕方ありません、中心部風速は推定秒速30メートル以上、立派に台風です」


 秒速30メートルとなると、ゴールデンハインドを突っ込ませたらおそらく帰ってこないだろう。が、最も重要な情報、中に何が居るのかがまだ手に入っていない。もしかしたら三笠の主砲だけで相手取れる敵かもしれないが、海坊主の恐怖は染み付いている。


「真上を通過させてみては?」


「……あの飛行船、どこまで上がれるの?」


「最大記録は8000メートルですが、性能上の限度は西洋軍に問い合わせなければ。鹵獲兵器の辛いところです」


 ここまで小さい台風だ、高くても10000メートルを超える事はないだろう、あくまで常識で考えればだが。最速150km/h、爆弾倉を備え、飛行機4機を搭載、付け加え高高度性能を持つとなると、一体どれだけ高性能な飛行船を我々は捕まえてしまったのかとなる気もする。

 もし成功してしまったら、一度くらいは西に向かって謝っておこう。


「夜が明け次第実行します、ゴールデンハインドに指示を」

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