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世界大樹と狐の唄  作者: 春ノ嶺
竜と刀と仇と狩りと
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4-5

 ワイルドハントとは、簡単に言ってしまえば西洋で発生した百鬼夜行である。

 天候不良を具現化したものが起源だと思われるが、西洋全域において似たような伝承が数多く残されているため、どこが最初で、どうやって成立したかなどはよくわかっていない。最初期の伝承では北欧神話の最高神オーディンの狩猟団とされ、魔界の猟犬や妖精、死者を引き連れ、暴風や雷雨と共に上空を飛び去っていくものと伝えられている。ワイルドハント自体は戦争や疫病の前触れとされ、目撃した者は死に、追いかけたり邪魔をした者は冥界へと連れていかれる。オーディンと出会ってしまった者は心の純粋さ、狩猟団に対する敬意の強さ、度胸強さ、それからユーモアのセンスを試され、合格した者には黄金を与え、不合格の者は死ぬまで狩猟団に連れ回されるという。ただしこの狩猟団は子供には非常に優しく、オーディンの乗馬であるスレイプニルの為に食べ物を用意して夜眠りにつくと、翌日それは無くなり代わりにキャンディなどのプレゼントが残っている。この伝承が変化したものがかの有名なサンタクロースである。

 強烈な排他性を持つキリスト教が西洋に流入した頃、他の神話と共に北欧の神々は悪魔とされ、オーディンの狩猟団は魔物化していく事になる。妖精は妖怪に、死者は大罪人に、時代が下るとリーダーであるオーディンも他の人物や悪魔へと置き換えられた。彼らは残虐で、罪人や洗礼を受けていない者を襲い、特に若い女性は罪が無くとも連れ去られた。現代のワイルドハントもその特徴を受け継いでおり、不吉の象徴、または災厄そのものとされる、人間にとっての畏怖の対象である。


「ワイルドハントって冬の現象じゃん」


「西洋ではな。暴風雨を伴って現れるもんだから、天候の崩れやすい冬場が狩りの時期とされた。東洋で暴風雨っつったら何だ?思いつくのは台風だろう」


 ビニール素材で作られたボディバッグのファスナーを少しだけ開けて中を覗き込む、死体というより人型の炭だ、顔をしかめてすぐに閉めた。


「そもそも東洋でワイルドハントは発生しない、しないんだが、実は一度、というより1グループだけ記録がある。噂の奇妙な台風がワイルドハントで、過去発生したものと同一個体であるなら、あの鬼っ子との関係を疑う事も可能だ。彼女の故郷は天災で壊滅したって聞いたろ?」


「……暑さしか覚えてない」


「ふふふふ……。何にせよ私らが生まれる前の話だ、当時は音声無線通信が無かったし、さほど記録は残っとらん。故郷をワイルドハントに襲われて家族を失った、そこがわかればいい」


 ボディバッグから離れて寝室をざっと見渡してみる、少なからず暴れた形跡があったが、燃えてはいない。

 現場に残されたのはそれだけだ、確実に事故ではないが殺人と言われても確証が無い。


「では女が鬼になるきっかけは?」


「恨みか妬み」


「その通り、ほら繋がった」


 見るものをすべて見た日依は不意に天井を気にして、押し入れの襖を開けた。


「小毬は眼中にも入れなかったがな、きっと奴は自身が鬼に変質するくらいの憎しみを持って、復讐するためにここへ来た。まぁだからどうって訳でもない、理由に関わらずワイルドハントが迫ってきてるなら不利益とはならん。……今のところは」


 普段は布団を収納する場所だが、当の布団は敷かれたまま。何もない押し入れの上段に乗り、天井の板を1枚外す。


「アンタは復讐肯定派なの?」


「バリッバリの肯定派だ、私自身そうだからな」


 天井裏に手を入れて軽くまさぐる、何かを掴んで引き戻す。


「だが程度によるとは思ってる、ほれ」


「おっ?」


 スズに向かって投げられたのは財布だった、茶色い革製の、普通の財布。


「まだあるぞ、ほらほらほら。…こりゃ何だ?仏像?」


 玄関口で待機していたアリシアと香菜子も呼び寄せ、天井裏に隠されていたものすべてを畳に並べる。財布13個、預金通帳5冊、宝石類7個、仏像1体。財布は現金だけ抜かれ、通帳は漏れなく残高ゼロ。宝石と仏像は、売ったらバレるからか。


「せ…窃盗犯…?」


「身分証明証が残ってるのもあるな、警察に教えてやんなさい」


「は、はい!」


 香菜子がばたばたと外に出ていった。

 これで少なくとも殺される理由はできた事になる、被害者は泥棒で、ざっと考えても被害額は7ケタを超えるだろう。

 死刑になるほどか、というと、それはまた別の話だが。


「……何故気付いたのですか?」


「これも恨みだよ、被害者の感情が染み付いてんだ」


 アリシアは財布の前で正座しながら天井をじっと見つめ、次に財布を凝視、まったく理解が出来ないとばかりに目を伏せた。それを見て日依はにやりと笑い、財布達から離れて寝室の入り口へ。


「本題に入ろう、物理的な痕跡は何も残っちゃいないがここにも感情がこびりついている、スズ、わかるか?」


「わかんね」


「おまえはもぉぉぉ……!」


 崩れ落ちて四つん這いになった日依の横を通って居間、更にその先の玄関へ向かう。

 スズとて勉強はしてきたが、勉強であって訓練ではない、考えろと言われれば答えて見せるが、感じろと言われた所で先天的に身についた能力以上の事は。


「ただ……」


 居間と玄関の間に立ち、そこから寝室を見据え、両手を腰に当てながら。


「鬼の匂いはするよね」

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