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世界大樹と狐の唄  作者: 春ノ嶺
狸と鴉の鎮魂歌
42/293

3-18

 まぁそうなるよね、という時間に目が覚めた。


「……」


 日が落ちた直後あたりに寝たのだ、日が昇る前に起きるのは当然というもの。布団に入ってても仕方ない、スズは無言で上体を起こす。時計の針は3時58分、あと1時間足らずで日の出を迎えるだろう。

 立ち上がり布団から抜け出、浴衣の帯を解いて脱ぎ捨てた。そのまま部屋の端まで歩いてショートパンツ、黒のTシャツと体に通す。その後洗面台へ向かい、歯を磨き、顔を洗って、髪を整える。

 ファッション以外に何の用も成さない緑色のヘアピンを右頭部に差し込みつつ部屋の端へと戻り、3個のポーチとホルスターが付いたウエスタンベルトを腰に巻きつけ、パーカージャージを羽織る。靴下を履いて、キャスケット帽で狐耳を隠せば、それで着替えは終了した。

 脱ぎ捨てた浴衣を簡単に折り畳み窓から外を見る、東の水平線は明るみ出していたが、大樹はまだ夜間の状態を保っていた。家屋の光は消え、街灯が代わりに輝き、それを星空が装飾している。


「……ん…?」


 その中に白い少女が立っていた。


 ケープレットの付いたお嬢様コートとベレー帽、木製ストックのボルトアクションライフルを斜めに背負い、アリシアは東の上層部をじっと見つめている。まるで何かを待っているように、朱雀亭の前から動こうとしない。

 何だと思い、パーカージャージのファスナーを閉じて部屋から出る。ギシギシと音を立てて歩いただけで、いやきっと布団から起き上がった時点でアリシアはスズが起きた事に気付いている。実際、靴を履いて玄関から出た頃にはその目はこちらを向いていた。


「何かあった?」


「いえ、何かあるのはこれからです」


 含みのある言い方をしながら目線を上に戻す、その先は主幹の枝、上に何も乗っていない未開拓地である。主幹上部は政府施設が集中しているものの住宅地が無い訳では無い、が、やはり分幹の方が人気なのかああいう場所が目立つ。


「スズ」


「ん?」


「希望を失うことなく生き続ける為にはどうすればいいかと先程からずっと考えていたのですが、少なくとも、すべて諦めて他人に結末を委ねた先に希望はありません」


 その反対側、東の空に、朝焼けを背に受けて飛び上がる、翼を持つ人影が見えた。


「絶望することなく、閉塞することなく、前を向き続ける為には、自分の結末は自分で決めなければならないのです」


 それに呼応するように、未開拓地から白線が伸びる。

 細い、煙でできた線だ、それはまっすぐ飛行する人影、鴉天狗へ向かい、接近に気付いた彼が身をよじって旋回すると、白線も同じく曲線を描いて追いかける。


「え……」


「自分でやらねば意味がない、あなたではいけません」


 外れる素振りも見せずヘルスティングミサイルは鴉天狗に突き刺さった。

 が、事前に聞かされていた話とは違う、命中しても爆発せず、速度もそれほど出ていないように見えた。彼はミンチなどにはならず、人の形を保ったまま未開拓地へ墜落していく。


「ちょっと待って…まさかあの子が…!?」


 無理だ、と真っ先に思った。

 あれを撃ったのが小毬だとする、撃ち落とされた鴉天狗、相良さがらは翼を失ったもののまだ生きているはずである、となれば当然、あの未開拓地で戦う事になる。

 狸と鴉、何もかもが違う。かつてすべての動物に神が宿るとされていた頃は狸も神格を持っていた、稲荷神の使い、人の守り神として狐が格を上げる一方、いつからかいたちむじなとともに狸の神格は失われ、変化の術を以って人を惑わす妖怪へと落ちぶれてしまった。古くから続く家系に生まれ、最上級の能力を持つとはいえ小毬がそれ相応の力しか発揮できないのに対し、鴉天狗はれっきとした神格を持つ、大天狗になる前の修業中の身とはいえ天狗は天狗、かつては天狗てんぐと書いて”あまつきつね”と読まれる場合もあり、すなわちまったく同じ読み方のできる天狐と同等なのである。


「手出し無用です、彼女が1人でやらなければ」


「勝てる訳ない!いくら手負いだっていっても狸に戦う力は……あ…だからあの刀…いやでも!それでもし勝てたとしたって…!」


 アリシアの肩を掴む。

 その横、ゴールデンハインドの方向から信号弾が打ち上がる。


「そんなの…辛すぎる……」


「堪えてください」


 肩に乗ったスズの手に自分の手を添え、

 いつも通りの淡々とした口調を僅かに曇らせながら。


「自らの手を汚さなければ先に進めない方もいるのです」






















 あの狸が現れた、という情報はすぐに秋菜の耳にも入ってきた。

 残った部隊戦力28名すべてに即時出動を命じ、ありったけの札を持ってセーフハウスを出る。この状況下で動くべきではないと部下共は言ってきたがどうでもいい、奴らにとっては反逆罪で処刑されるか戦って死ぬかだ、いつも通り脅しをかけたらすぐに黙った。

 この2ヶ月、あの女を見つけられない腹だだしさに苛まれてきたのだ、これでようやく痛い目を見させられると思えば、出し惜しみなどする気にもならない、後の事はこれが終わってから考えればいい。


「殺さずに捕まえなさい、大事な見せしめなんだから」


 部隊と共にそこへと向かう、無意識に笑みがこぼれる。返事をしない部下共は気に入らないが、頭の中は狸でいっぱいだ。捕まえたらどうしてやろうかと楽しく考えながら、目的地の直前、建物のひとつも作られていない未開発状態の枝根元に達する。ここには何も無い、落下防止のフェンスだけは設置されているが、それ以外に人工物は認められず、また真上に別の枝がある訳でも無い為、視界を遮るものが何も無い、非常に広い空間だ。


 で、そこでまずサーチライトに照らされた。


「なに…!?」


 照射元はほぼ真上、空中にある、明るさからして軍用の高出力なものだ。強力な光の束に目を眩ませながらそこを見ると、白地に緑のラインが入った巨大なラグビーボールが、エンジンを切った状態で朝焼けに照らされていた。


「私としては有無を言わさず撃ち殺してあげたかったのだけれど……まったく、あの方の優しさに感謝なさい。…いやでも、人道的に扱うとは言ってなかったわね」


 全長200メートルを超えるその飛行船は止めていたエンジンを唸らせ、同時にサーチライトを散光させる。一点を集中して照らし上げる光の束は消え、代わりに辺り一帯が昼間のように明るくなった。

 それで待ち伏せを受けたのだとようやく気付く、団子状態の部隊の正面、両側面に兵士が隠れていた、総数100名以上。


「まぁいいわ、これでようやくあなたの同期という汚点から解放されると思えば」


 ゆっくり飛行船が降下してくる、ゴンドラに装備された機関銃と小口径砲がこちらを向く。

 その真下に彼女はいた、肩の出る藍染の着物、長い髪から耳を伸ばした青の狐。


「雪音…!」


「降伏勧告よ、登谷 秋菜大尉」


 ライフル、サブマシンガン、あらゆる銃器に睨み付けられる、部下共が狼狽える。


「ふざけるな!反逆者風情が私に!」


「その誰彼構わず噛み付く度胸は素直に感服するわ、だから陸上勤務なんてやってるんでしょうけど」


 呆れたように彼女は言い、俯いて溜息を吐いて、次に顔を上げた時にはその目を据わらせ。


「こちらは伊和陛下が第一皇女、鈴姫様の直属部隊!反逆者はあなたの方よ!理解した者は武器を捨てなさい!」


 その直後、部下共の動揺は頂点に達し。


「そんな戯言を!ふざける……な…!?」


 まずガチャリと1丁、ライフルが地に落とされた。続けざまに同じ音が続き、武器を捨てた者から両手を上げてその場に棒立ちしていく。

 総数28、1人残らず、口を上げて唖然とする秋菜に冷めた目を送りながら。


「よろしい」


 コツコツと足音を立て、護衛を引き連れながら雪音が近付いてきた。もう事は終わったと言わんばかりに。


「ふざけるな…ふざけるなぁ!!」


「あなたそれしか言えないの?」


 懐の札を掴み取る、投げ捨てるように辺りにばらまく。


「それじゃ、降伏勧告は拒否という事でいいのね?」


 一斉に出現した式神達が咆哮を上げ、

 銃と砲がそれに呼応する。

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