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世界大樹と狐の唄  作者: 春ノ嶺
狸と鴉の鎮魂歌
31/293

3-7

 指定された朱雀亭なる施設は外観を見ただけであたり一番の老舗だと判断できるくらいボロ、年季の入った旅館だった。枝の先端付近に位置し、斜め上を通る分幹から伸びる多数の枝が突き刺さって結合している一帯の中にあり、縦横150メートルほどの敷地内に木の骨組みに土壁と瓦で造られたそれは、雑木林の中にある隠れ家旅館といった雰囲気。中に入ると初老の女将さんに出迎えられ、事情を話すと貸し切りだから好きにしろと言う。

 だったら好きにしようと思い、スズの言う通りであれば日の出までの長丁場となるので、ゴールデンハインドに無線連絡し護衛を呼び寄せる。曲がりなりにも我々は反政府活動の真っ最中だ、防備は固めた方がいいだろう。前回の反省を踏まえ、あたりが薄暗くなり始めた頃に4人の私服男性が武器を木箱に詰めて持ってきた。4人分のサブマシンガンとアリシアのライフル、それから一応持って来ましたよと雪音にハンドガンが渡された。この少将閣下の真価は軍艦の艦橋に立つ事で発揮されるため、海の上ですらない現状、彼女の戦力的価値はほぼ無い、ちょっとスタイルの良いただの狐だ。


「ゲリラの戦闘員ってこんな気分なのね……」


 旅館の裏手にある林のような場所で隠れるようにしゃがみ込み、瑞羽大樹提供P08ハンドガンを準備しつつ雪音は言う。撃つ訓練は当然受けているだろうがどうも動きが素人臭い、マガジンを挿入してセイフティ解除しスライドを引いたら撃てるようになる事を知っているだけに見える。ぎこちない手つきで準備を終えると今度は自身の服が収納ゼロだと気付き、巾着袋に入れる努力をしたが入らず、んもぅとか言いながら帯に突っ込んだ。


「そういえばあなた、元々は軍事用のロボットなんですって?という事はあなたの時代にも恒久平和は達成されず戦争していたのかしら」


「人から争いを取ったら何も残りませんよ」


 雪音の問いに答えつつ、アリシアは自分の武器を掴んで持ち上げる。

 gew98ボルトアクションライフル、猟師が使うハンティングライフルと同じ木製の肩当てと一体構造のボディに長い銃身、独立したグリップは無く僅かに曲がったくの字型のフォルム、この頃のライフルといったらこの形である。機関銃の登場により騎兵突撃や銃剣突撃ができなくなり互いに塹壕ざんごうを掘り合っていた時代のもので、陸地は無いのでトンネルは掘れないものの技術レベル相応の装備だ。長射程、高威力、スコープを付ければスナイパーライフルとまではいかないもののマークスマンライフルにはなる。


「人類の繁栄を支えてきたのは高度な頭脳からくる思考能力ですが、それは様々な道具の発明を可能とすると同時に思想の細分化をもたらしました。どうしてもわかり合えない相手が存在してしまう以上、対立の末にあるのは戦争です。もし戦争が起こらなくなるほど人々から思考能力を奪った場合、それはもはや人とは言えません、圧倒的に頭脳の劣る猿ですら集団で争うのですよ?」


 ボルトハンドルを引いた後7.92ミリ弾5発の付いたクリップを給弾口にセットし、弾丸だけを下に押し込む。薬室の下にある弾倉へ5発詰め込まれ装弾完了、クリップを外してボルトを戻した。


「人とは戦争をする生き物です、どれだけ平和を望んだとしてもその議論はこの前提の上に成り立たなければなりません」


「それはあらかじめ埋め込まれた思想?それとも自分で考えた結果?」


「……わかりません」


 言われてから気付いた。個体として製造された際にプリセットされたデータがどこからどこまでか、そもそもどこにあったかも不明になっていた。衛生兵である手前、戦闘と医療はそうであろうが、それ以外の科学研究だとか家事だとかが容量を食い過ぎている。マスターデータが失われている以上初期化もできない。


 だがまぁ、当時であれば致命的な損傷だったろうが、今となっては重要ではないだろう、残容量も十分ある。

 特に深く考えずそう思った。


「とにかく、私の時代にも戦争はありました、今とは少し違いますが…………」


「どうかした?」


「人が来ます」


 複数の足音が聞こえたため思考を中断、護衛達に注意しろとハンドサインを出す。戦えない雪音は屋内に隠したいが、どうもそんな時間は無い。ジョギングくらいの速度で走る男性の足音だ、数は4、紐が服に擦れる音とカチャカチャという金属音が付属している。肩紐スリングの付いた銃を携行する兵士と音パターンが一致する、宿泊街に用のある住民はあまりいないし観光客などそれこそいない。雪音をその場に伏せさせ、アリシアは片膝をつきライフルの肩当てを体に押し付ける。


「敵?」


「まだわかりません」


 音はまっすぐ近付いてくる、他の旅館が立ち並ぶ主幹の方向をじっと見ると、一瞬だけ白い制服のようなものを着た、ライフルを持つ男性が建物の影からちらりと見えた。胸の部分にエンブレムがあり、細長い樹の右下に皇と書かれた、以前ゴールデンハインドにも描かれていた紋章。


「確認します、到着直後の話では皇天大樹の兵が常駐しているとの事でしたが」


「っ…いますわ!100人ほど!」


 直後、バン!と反響を伴った銃声が鳴った。

 背後で。


「挟撃…!」


 枝の柱に隠れていた護衛の1人が背中から血を噴いて倒れ、確認した途端にアリシアの視界は戦闘モードに切り替わる。可視光のみの視界が熱源感知サーマル画像と合成された映像に差し変わり、味方は青、敵は赤、無関係な住民は緑で塗り潰された。膝を浮かせ素早く反転、上部の分幹、400メートルの距離に2人、ライフルのボルトハンドルを引く狙撃手と双眼鏡を使う観測手をその眼で捉える。狙撃手は1発目を撃ち終えボルトを引いて排莢中、そのボルトが押し込まれる前に自分のライフルの照準器を視界に入れた。右目、照門、照星、敵の頭を一直線に並べ、そいつが装填までを終え次の獲物を定め出す前にトリガーを引く。

 耳をつんざく爆発音と肩にガツンとくる反動、視界の振動が収まると同時に敵狙撃手は分幹から転げ落ちる。トリガーに指をかけていた右手を離しボルトハンドルへ、上げて引いて押して下げれば熱々の空薬莢が飛び出してくる代わりに次の1発が薬室に入っていく。残った観測手は腰を抜かして、すぐ逃げようとするがもう遅い。排出され空を舞う薬莢が地面に落ちる前にもう一度トリガーを引く、もんどりうって同じく海に落ちていった。


「ひ……!」


 キキンとふたつの薬莢が落ち、一瞬の神業を見て敵の代わりに雪音が悲鳴を上げた。再度反転、前方200メートルに展開する赤4つ、既に発砲を始めている。反撃しようとした護衛が肩を撃ち抜かれ倒れ伏す、残り2人は駄目だ、ああも集中砲火を受けては動けない。撃ち返してこないのを見て敵は前進を始め、見え隠れしていた反応が一斉に現れる。


「これじゃ押し負け…ひぅ!」


 発砲、発砲、発砲。同じ数だけ赤は消える。ボルトを引き、木箱に右手を突っ込んで5発クリップを入手、叩き付けるように弾丸を押し込んで、ハンドルを押すとクリップは弾け飛ぶ。あっと言う間に1人となった敵は背を向けたが、その足に狙いを定めて最後の1発を撃ち込んだ。

 銃声の反響が収まった後、残ったのは銃撃戦を察して騒ぎ出す住民達の声。


「皆殺し…!?」


「まだ1名生きています、皆殺しは誤りでしょう」


 立ち上がり、まず撃たれた味方に駆け寄る。狙撃されたのは即死、肩に貰ったのはそこそこ重傷だが弾丸は貫通していた、止血をちゃんとすれば死にはしない。応急処置を他の味方に任せ、足から血を流しながら呻く敵兵へ。

 やはり皇天大樹のエンブレムを付けていた、うつ伏せになっていたのを転がして仰向けにし、頭の横でアリシアは両膝を地面について、自分の左腕、服の裾を引っ張る。


「では我々に攻撃を行った理由をお聞かせ願います」


「ぐぅ!」


 返答がされる事は無く、そいつは素早くハンドガンを抜いてアリシアに突きつけたが、それのトリガーが引かれ発砲される前に光の筋が一瞬だけ走った。ほぼ同時に肉が焼けるような音が鳴った後、頭に風穴が開いた彼は事切れ、腕をぱたりと落とす。


「……訂正します、皆殺しという表現で構いません」


 アリシアの左手首内側に装着された腕時計のようなそれはゴム素材のバンドが付き、それで固定されているように見えるが実際は外観を良くするためだけのものだ。体全体で数少ない、外に露出した接続ポートが下にあり、そこから電力を供給、高出力レーザーを発射する装備である。何が起きたか理解できた人間はいないだろうが。


「バレてる……いや、何も聞かされず攻撃しろと命令されただけかしら」


「まだ不明です、とにかくゴールデンハインドに連絡を。……っ…」


 ザザ、と視界にノイズが走った。

 戦闘モードを終了させ原因を探る、すぐに判明した、強烈な電波が大樹最上層から発信されている。


「ジャミング……」


 そこにあるのは斎院だ、スズがいる。神祇官の仕事場であり、指揮を取るのはあの赤い九尾の狐。

 雪音の無線機がザーザーとしか言わないのを見てから立ち上がって耳を澄ます、斎院からは何も聞こえず、ゴールデンハインドからは住民の悲鳴に紛れて断続的な発砲音。


「あれ…壊れたかしら?」


「壊れていません、通信が妨害されています。それとゴールデンハインドが同じく攻撃を」


「なっ……」


 残りの護衛に負傷者を任せ足をエレベーター方向へ。結局彼らの役目は武器の運搬と弾よけだけで終わってしまった。


「戻りましょう、何か起きています」

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