2-10
-瑞羽大樹沖北1.5km地点、三笠艦橋
参戦した直後、魚雷発射管は使用不能となった。
「水雷戦、対潜戦用意!囲い込みなさい!」
露天艦橋に陣取りながら雪音は下令した。対潜戦闘、とは銘打ったものの、第6艦隊所属の旧式駆逐艦に爆雷投下軌条なんて小洒落たものは装備されていない。艦尾付近の空いているスペースに鎖で縛り付けて固定する形で4つ、ドラム缶型のシンプルな爆雷が置かれている。三笠、敷島が海坊主の進路と交差するよう斜めに反航し、後続する日進は途中で左に舵を切り奴を挟んで反対側へ。一度距離を置いた駆逐艦群はその間に爆雷の鎖を解き安全装置を外す。
ひらすらまっすぐ走っている時にいきなり進路に誰かが割り込んできたらどうするだろうか。普通は止まるか避ける、だが奴はそうしない。断続的に発砲を続ける備砲をものともせず、いきなり目の前へ現れた三笠の側舷へ衝突した。ズン、と、20センチ以上ある装甲がへこんでしまう程の衝撃が艦橋を襲う。
「ぐぅ…!」
「副砲撃ち方始めぇ!!」
よろめき手摺りに掴まりながら艦長は叫んだ。中世のガレオン船と似たような形で側舷に埋め込まれるように搭載された15.2センチ砲が体当たりしたままへばり付こうとする海坊主へ砲弾を見舞う。やたらめったら硬い皮膚を貫通こそできなかったものの引き剥がす事に成功し、後続する敷島、反対側の日進からもつるべ打ちが叩き込まれた。爆雷を準備し終えた駆逐艦10隻、ほんの少しだけ動きを止めたそいつを包囲するように再展開し。
「やりなさい!」
魚雷が残っている艦は残さず発射する。すべて合わせて32個の爆雷が海中へ投下される。先程と同じ別方向からの魚雷攻撃、取っ組み合った直後の3隻を無視して行われたその魚雷攻撃から三笠、日進は全速直進で、敷島は回頭して逃れた。まっすぐ突っ込んできたそれを海坊主はやはり同じ方法で回避しようとし、頭を海面へ叩きつけるように海中へと潜っていく。
既に爆雷がばら撒かれた海中へ。
「あ゛ああああぁぁぁぁーー!!」
交戦を開始してから初めて咆哮を上げた。三笠を取り囲むように轟音を伴って打ち上がった合計32本の水柱と共に垂直浮上してきたそいつは駆逐艦のうち1隻の真横で我を忘れたようにのたうち回る。駆逐艦は再度退避、三笠と敷島だけが追撃をかけるべく回頭、横腹を向けた。
「主砲照準!!」
沈黙していた30.5センチ砲が動き出す、副砲の2倍ある砲口が海坊主を睨み付ける。奴は駄々をこねるように手足を振り回して波飛沫を上げるのに夢中だ、落ち着いて撃てば当たる。
連装2基4門、2隻合わせて8門。ガコン、と、砲塔が動きを止めた。
「てぇーー!!」
三笠は絶叫した。
爆煙、轟音、暴風。ライフリングの刻まれた砲身を通り抜けて砲弾が撃ち出される。旧式とはいえ戦艦の主砲だ、マトモに受けて無事で済むものはない。
仕留めた、と確信した。
「え……」
それが着弾する直前、仰向けになっていた海坊主が体勢を復帰させる。砲弾は虚しく水柱を上げ、訳もわからぬうちに船体へ衝撃が走る。
「っ……振り落とせ!!」
左舷艦首付近に暗緑色の物体が乗り上がる。そこは死角同然だ、副砲、備砲含め僅かな数しか向けられない。あまつさえ、左舷最前方の副砲が右ストレートを喰らってぺしゃんこになった。
「敷島!撃て!構うな!……ッ!」
ぬらりと、そいつは眼前に立ち上がる。
体長は40メートルほどだろうか、すべてのパーツがだらしなく垂れ下がった顔は普通の海坊主と同じ。べちょりべちょりと、粘液が甲板に滴り落ちた。
「あ…あぁ……」
膝ががくりと落ちる、喉は震えるばかりで言葉を発せない。
死ぬ、と、振り上がる腕を見ながらただ感じた。
他の者達と同じように引き裂かれ、原形も留めぬほどにすり潰されて死ぬ。
そうなるはずだった。
「……え…?」
雪音の目に映ったのは、落ちてくる爪と腕、ではなく。
黄色く光り輝く4つの光球が。
ふわりと現れる瞬間だった。




