7-3
皇天大樹標高2500m地点
高級住宅街、武川邸
鈴姫
それは突如として始まった。
機関銃の登場、火砲の長射程化、被害を分散するための散開戦術はまだまだ煮詰まっておらず、陣地の天敵たる航空機もいらがらせ程度の爆弾しか積めないという、元々防御側に有利な条件しか無い時代である上、大樹という縦にひたすら長い天然の要害が加わった結果、真上からの猛烈な砲撃に晒された教導連隊は、指揮官不在も手伝って蜘蛛の子を散らすように統率を失っていく。
「どうしたの!?」
「私とアホオヤジがババアのイかれっぷりを計り間違えてただけだ」
日が昇って、街そのものが目を覚まし始めた頃、どうもあと30分はかかりそうだと言うのでスズは少しばかり抜け出していたのだが、帰ってきたらその有様だった。館の庭でアルビレオを待機させたまま勾玉でお手玉する日依へとまず詰め寄り、ぱっと見はただ呆れたように笑っているだけながら実際これはキレる寸前の彼女からそんな事を聞いた後、アルビレオの向こう側で無線機に向かって怒号を飛ばす武川、叩き起こした小毬の髪を高速で整えるアリシアと腕を組んで顔をしかめる嘉明を順に視界に収める。
「まずこれはお前が持っとけ」
「え、うん」
今は何をやっている最中なのかという所からまったく聞いていないスズに日依からいきなり投げ渡された八尺瓊勾玉、両手で持っていた小型ケージから右手を離してうまいことキャッチし、そのままキンという音を立てて消失させた。直後、揺らしたケージがくぅんと鳴き声を上げたため、およそ20m離れた位置にいるアリシアが自慢の地獄耳で聞き取って、首がもげるんじゃないかって速度でこっちを向く。
「事の顛末は後だ、今はとにかく時間がない。葛葉の目的は地表を制圧、もしくはメチャクチャに荒らして私らをここに閉じ込める事にある。これに対するこちらの対応はふたつ、味方をしてくれる部隊が壊滅する前に天皇陛下を港まで送り届けあらかじめ確保しておいた艦に乗せる、そしてアリシアが言うところの”脱出手段”をもって追撃を振り切る。いいな?アホオヤジを乗せる、追撃を潰す、第6艦隊に辿り着く、この順番を忘れるな。あとそれから、使う艦の名前は夕張だ」
「あたしは?」
「武川の部隊に守ってもらう予定だったがもはやそんな贅沢は望めん、”脱出手段”は座席がふたつあるらしいからアリシアと一緒にそっちに乗れ。遺物保管庫までの足としてアルビレオを貸してやる、いいか貸すだけだかん…づぅっ!?」
真上から襲ってきた壮絶な爆音によって日依の声はかき消される。咄嗟に耳を押さえるスズらの横をソニックブームを唸らせつつ一直線に落ちていった41cm榴弾は着弾と同時に炎と破片を撒き散らし、あたりにあった建物を根こそぎ吹き飛ばした。それが用いられる事は予想ができたものの、信じられないものを見たという感じに日依は一度固まり、すぐに駆け出して門の外側、地表を見下ろせる位置へ。
「おい今どこを撃った!?」
「見ればわかるでしょう!市街地に逃げ込んだ隊を民間人ごと吹き飛ばしやがったんだ!」
あまりの無差別ぶりに気が遠のいたのか、武川からの返答を聞き終える前に日依はふらついてスズへ寄りかかった。それから目を向けたのは真上、昨日ウワバミを一撃で葬り圧倒的な威力を見せつけた、4000mの位置にある41cm榴弾砲である。
「何故そんな事ができる……」
「ひ…ひより…」
「……ああ大丈夫気にするな、だが少しばかりやる事が増えたらしい、私はアレを止めに行く」
表情としてはいつもとさして変わりない笑い顔であるものの、完全にプッツンいってしまったとこの中で唯一理解しているスズが距離を取り、ひとまずアルビレオの所まで戻ってから、何が起きているかよくわかっていない、ただ怯えてるだけの小毬にケージを押し付ける。
「何デスかこれ……」
「不用意に揺らさない事、余裕があったら水あげて。合流した時に死んでたらたぶん、お母さんが姑に変わる」
これで身軽になった、改めて周囲を確認する。あらかじめ用意しておいたライフルで武川の部下は全員武装、アリシアもその中の1丁を取り、予備弾薬を持たない代わりに銃剣を装着した。スリングを取り払いつつ彼女がやってくる間に日依は武川へ話しかけ、嘉明と小毬を連れて港まで自力で辿り着けるかを相談。こうなってしまった以上すべての障害をねじ伏せて進む以外に選択肢は無く、ねじ伏せるという点に関して嘉明の右に出る者はいないため、時間はかかるが十分可能との結論に達する。死人はなるべく少なく済ませるとも合意して日依が離れまたこちらへ、入れ替わりにスズは小毬の背中を押して集団に合流させた。
「最終確認する、”脱出手段”とやらは敵軍からどんな攻撃を受けようが撃破されず、逆に敵軍のどんな部隊、兵器だろうと無力化が可能、この認識で合ってるな」
「間違いありません、しかし限界があるのは記憶に留めてください」
「オーケー。30分だ、それまでに敵軍に対して何らかの打撃を与えないと退路は閉じる、ほら早く行け」
「あんたは?」
「心配すんな」
と、笑いながら日依はスズとアリシア、アルビレオから離れ。
「新入りがいる」
直後、ズン!と、いきなり出現した金色の巨体が地面を大きく揺さぶった。
「え……」
今まで一度も見た事の無い、全長15mに及ぶ竜である。ワイバーンという種別に属するアルビレオと違い4本の足とは独立した翼を持つ、ドラゴンと聞いてまず想像されるシルエットだ。その西洋的な体は金色の甲冑を着込んだように装甲板によって覆われており、長い首の先端には2本角の兜を装着した頭部。
『お初にお目にかかる、先の戦いでは迷惑をおかけした』
脳に直接響く声でその金の竜はスズに向かって言い、日依を背中に乗せるべく足を曲げる。その場のほとんど全員が度肝を抜く中、何かに気付いたらしい嘉明が腕組みをやめ、日依が首元に収まった頃、竜の正面へ立ってそれを見上げた。応じるように理解も目線を嘉明へ、大きな口から短く呻き声が上がる。
「どこかで会った事があるな」
『20年前だ』
たたんであった翼を開けば全幅もやはり10mを超える、その威容にスズは言葉を失いながらも、微かに、竜から鳳天大樹で遭遇したワイルドハントの匂いを感じ取れた。
あれの中核だったもの、この感覚が本当ならばそうだ。
「お前が生まれたのは俺の責任か?」
『肯定する』
「だとしたら……」
『謝罪はいらぬ、省みて頂けるならばそれで良い』
結論を得た事で我に返り、アルビレオの背中にしがみついて、手を伸ばしアリシアも乗せる。
「よし行け!」
日依の号令に合わせて翼を打ちつけ、
一息に空中へ飛び上がる。




