6-19
無線機から漏れる音声で判明したのは、目当ての指揮官は対空砲撃訓練に参加中でありこの建物の中にはいないという事である。
「はぁ……」
戦闘指揮所に相当する部屋を無力化したのち入口のドアを二度叩く、そろーり中に入ってきた白着物の金髪痴漢男は室内をざっと見渡して、副官らしき人物を含む全員が眠っているのを確かめてから感嘆の顔で入室。
「すげえ、お前すげえな、見直したぞ狸、だが嫁には取らんからな」
「その頭蓋骨はちゃんと脳みそ入ってんデスかねぇ」
しっかりドアの鍵を閉め、それから状況を整理する。現在位置は司令部3階の最奥部分、本来なら誰にも気付かれずここまで辿り着くつもりだったがこの痴漢男のおかげでご破算、内部は侵入者を探す兵士達が走り回っている。安心してここにいられる時間はあと5分も無いだろう、なにせ指揮所だ、間もなく異常事態を伝える為の兵士がやってくる。が、指揮官の居場所は突き止められた、少なくとも小毬の目的は既に達している。問題はこの男、何物なのか未だわからない、わかりたくもないが。なんとなく乗せられてここまで同行したものの、小毬にとっては足手まといでしかなかった訳で。
問題、いや問題無いな。
「しかし居ないとはな……どうするか、連中誘拐犯が忍び込んでると思ってやがる」
「まったくの事実デスけど」
「なんだとぉ?誰が誰を誘拐したってんだ」
「オマエが!ワタシを!」
なんてやってる間に無線機がもう喚き出してしまった、一切応答が無いのだから当然であるが、これで演習場内部にいるすべての人間が異常に気付いた事になる。
「まぁいいや…ここに座ってればそのうち会えマスんでご自由にどうぞ」
「お前は?」
「逃げる」
「待て待て待て!せめて誘拐犯って誤解を解いてから行ってくれ!」
「だから事実ゥゥゥゥゥゥ!!」
そこらの窓から飛び降りようとした小毬の右足を掴んで室内に引き戻す男を左足でげしげしやるも、どうしたってパワーで勝てず逃走失敗、泣きながら窓枠にしがみつく。間も無くここは包囲の中心となるのだ、小毬にとっては容易く抜けられる包囲網だが、化けるにしたってその瞬間を見られる訳には。
「そもそも誰なんデスかぁぁぁぁぁ!!」
「逆に聞こう!何故わからない!」
「痴漢の知り合いなんていないしぃぃぃぃ!!」
いやいや痴漢じゃないあれはただの確認作業とか言ってる野郎の顔に一撃加えたあたりで砂丘の向こうから20人程度の小隊が現れた。装填済みのライフルを全員装備してるとかでは流石にないものの、まっすぐこちらに向かって来ており、タイムリミットが迫っているのを確信。ここはもう鳥かなんかになって無理矢理、と考えた途端。
「止まれ!」
「へ?」
建物から200mの位置で小隊は叫んだ。小毬らに対してではない、こっちはさっきから止まっている。北に向かう舗装路を塞ぐように展開、何人かは膝をつきライフルを構えて、最後方の1人が何かを停止させようとしきりに声を張り上げる。なんだなんだと押し引きやめて2人で眺めると、やがて道の先から人影が現れた。
「ウワバミ…?」
甚平を着た2mの巨体、ギリギリ人として認識できるフォルム、狐の某略により囮として供されたあのヘビ男である。遠目ながら明らかに様子がおかしく、酔っ払いの千鳥足のようなふらふらした歩き方で、目はどこも見ていないとばかり頭を揺らしている。一体何があったのか、兵士がどれだけ叫ぼうと足を止めずゆっくり前進していく。
「何なんデスかね」
「ふむ…操られてんな、幻術と、それから狐の匂い」
「ぅ……」
操って、いや操ってはいない、16歳のJKで釣っただけだ、思いっきり騙したのは事実だが。というかこの距離で気配を察するコイツは一体、なんて感じに顔を見た瞬間、ぼけっとしていたその顔はいきなり目を据わらせ。
「来やがったか……」
言った途端に雰囲気が一変する。
状況が理解できず、侵入者と思えないくらい絶えず喋り続けていた口を閉じて反転、部屋から出ていく男を見送り、しばし唖然とした後、ひとまず姿勢をウワバミと小隊へ。
大まかな状況は変わらず、近付いてくる大男を止めようとする兵士達。目立った動きといえばまず兵士の背後に三菱A型を小さくしたようなオープンカーが止まり、それから士官が降りてきた。あああれがここの指揮官だな、と思った所で、ウワバミの背後からは紫色をした霧が立ち込めてきて。
ウワバミがそれに呑まれた数秒後、強烈な地響きと共に大蛇が姿を現した。




