6-17
そうして行われたのは退路の存在しない突撃行だった、などと言ってはみたものの、実際のところウワバミが追っかけまわされてる間にフェンスをぶっ壊しただけである。
「中央見張り台無力化」
『オーケー、それで進路はクリアだ。私らは地下に潜る、お前は副目標に移れ』
「居場所を確かめるだけでいいんデスよね」
『できれば拉致っといて貰いたいんだがな、できない事を求めても仕方あるまい。んじゃあな、1時間以内にはどうにか戻る』
それきり小毬の握るトランシーバーからは日依の声が聞こえなくなった。手のひらサイズのそれを襟元にクリップで引っかけ、いびきをかいて眠る兵士の背中から符を回収、うつ伏せでは寝にくいだろうとひっくり返してやってからハシゴを使って櫓を降りる。眼前にある建物が演習場司令部、コンクリートで作られた3階建ての施設である。司令部とはいっても大した機能を持っている訳でなく、主には演習中の部隊を管制する為のもので、機材が揃っているから司令部として使う事もまぁ可能な程度でしかない。
「よし」
砂浜を走って壁に張り付く、手近な窓の鍵の状態を確かめる。目標はこの場所に展開する教導隊の指揮官、日依の話によるとその人物は”話のわかる奴”らしい。つまり、その指揮官を懐柔して見なかった事にして貰おう、というのである。味方してくれる保証など無いしそもそもここに居るかどうかもわからない上、スズの父、現役天皇陛下である嘉明さんを指揮官の前に引き出せる事を前提とする、正真正銘の博打だった。
開かないようなら他の場所を探すか壁をよじ登る所だったが、幸いにしてその窓は鍵がかかっていなかった。体を滑り入れられるだけ静かに開け、まず耳をすませて何も反応が無いのを確認、次にそーっと中を覗き込む、窓枠の向こうは何の変哲もない、強いて言えば砂っぽい通路である。右左と目を動かす、誰もいない、大丈夫そうだ。ジャンプして上半身をまず飛び込ませ、次に鉄棒のように前転、下半身も内部へ。そうしたら後はさっきの見張り番あたりに化けて
「んぎぎ…とぁ!」
「ぐぇっ!!」
「ひぅっ!?」
下になんかいた。
「なんだ……」
落下中に衝突、気付いたら兵士のようには見えない金髪男性の背中に座っていた。服はカーキ色などではなく白、山伏の法衣か、もしくは弥生〜古墳時代の人々が来ていた日本神話古来の(ゴテゴテ装飾を付け出す前の)装束に雰囲気は似ているが、形式に則っている訳ではまったく無く、何より着崩してしまっているので、雰囲気としてはさすらってそうな侍、そうでなければ死装束着た幽霊か、見方を広げればギリシャ神話のアレにも見えるが、とりあえず前開きの上衣を帯で締めているので分類的には着物になるだろう。髪色は金色で間違いないものの、本場出身である水蓮のそれと比べると酷くくすんだ茶色に近い金髪である。
「やば……ひっ!」
これが何者なのかまったくわからない、しかししくじってしまったのは事実であるので、とにかく曲がり角まで駆け込んだのちなんでもいいから姿を変えて。などと考えて男の背中から尻を離した瞬間、右足首を掴まれバランスを崩して引き倒された。逃げようとしても小毬の肩を押さえつける腕の力は恐ろしく強く、されるがまま仰向けになり、恐怖で心拍数を跳ね上げながら男の顔を直視する。年齢はおよそ30代後半、十二分に引き締まっており、髭は無く、髪色に反して東洋人の顔の特徴、白い和装(?)の下には何も着ておらず腹は綺麗に割れている。その右腕は何ら武器を持ってはいないが、大きく開いた手を上げ、そしてまっすぐ振り下ろした。
「ゃ…!」
やられる、と、確信した瞬間に、恐怖のあまり脳がシャットダウンの準備を始めたようで、目の前が真っ白になり、男の姿がぼやけていく。
が、その腕は小毬の首を絞める事も殴る事も無く。
「うん?」
すぐに視界が回復した時、そいつは小毬の胸を引っ掴んでいた。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!!」
「ぐっふおぁぁぁ!!」
思いっきり蹴った、急所に当たった。
「ぉぉぉ……」
「な…ななな……!」
なんだこいつは痴漢なのか、混乱しながらもうつ伏せで身悶える男から後ずさって出来る限り離れる。
最初に言ったが兵士ではない、だがこんな場所にいる以上市民でもなかろう。じゃあ何だと言われてもやっぱりわからない、少なくとも痴漢という以外は。
「……ふむ…以外とでかいがガキすぎるな、ナシだ」
「何が!!何の!!」
小毬が立ち上がっている間にうつ伏せから少し転がって肘枕をつき、舐めるように下から上へ目を動かした後、見下すような表情でそいつは言い放つ。
「だ…誰デスかぁ……」
「狸はなぁ…なんつーかあざとすぎんだよなぁ形とか形とか形が、お前自分の10年後を想像してみろ、痛ったいだろぉ」
会話ができない。
「おい!何だ今の悲鳴!」
「おおっ!?やべやべやべ!」
「ちょっ!?」
結局何者かわからぬまま、通路の奥から人の声と足音が聞こえてきたのを皮切りに男は急いで立ち上がり、やはり、というか当たり前ながら小毬と同じく見つかったらまずい立場にあるらしく、兵士のやってくる方向とは反対側へ向かって走っていってしまった。
ただし、草履を履いた足で極めて素早く足払い+押し倒しのコンボを決め、瞬く間に小毬を小脇に抱えてから。
「離してぇぇぇぇぇぇ!!」




