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世界大樹と狐の唄  作者: 春ノ嶺
始まる侵食、止め出す両手
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1-1

 1人の見栄っ張りがついた嘘からそれは始まった。

 男は自らを神の子孫と宣言した。なんてことはない、少しかっこつけたいだけの奴がその場で考えた嘘だった、少なくともその時点では。

 今同じ事を言っても信じる者はいないだろう、だが時代が時代だった、民衆は何ひとつ疑いもせず男を信じた、統制を得た民衆は軍勢となり、敵を駆逐し、ここにひとつの国が生まれる。

 見栄っ張り男には国を守る義務が与えられた、男は期待に応えようとした、だが彼に広大すぎる領土を隅々まで収める力はなかった、ただの1人の人間、そもそも実在しない神なんてものが、ここに居る筈も無いのだから。

 それでも男とその一族は諦めなかった、人なりの手段を尽くして国を纏めようとした。いくつもの混乱、戦いを乗り越えて、その頃には嘘などどうでもよくなっていて、一族は自らの地位に相応しい家系となっていた。だがようやく国を纏め切ったのも束の間、今度は世界が牙をむいた。

 過ちが無かったとはとても言えない、強くならねば国を守れないという焦り、身の丈を弁えない軍拡、いつしか目的はすり替わって、一族は世界へ戦いを挑んだ。それが必要なものだったのかはもうわからない、だが彼らは猛々しく戦い、そして惨敗した。

 命運は尽きただろう、一族は自らの命と引き換えに国を守ろうと考えたが、彼らは世界に許される。結局、世界は彼らを嫌ってなどいなかったのだ。

 その国はようやく世界の一部となった、彼らを脅かす存在はもうないように見えた。しかしそれでも終わりはやってくる。

 それはすべてに対して平等だった、あるものは焼き尽くされ、あるものは押し潰され、またあるものは水に沈んでいった。あらゆるものが崩壊し、人々は秩序、統制を失い、そして最後には汚染された世界だけが残された。破滅の中で彼らは嘆く、いつからか忘れ去っていた神へと願う。彼らだけではない、何百、何千、何億と積み重なったその願いを受けそして

 最初の嘘は、ここに現実となった。



























 日和田ひわだ すずは呪術師である


 まず説明しておかなければならないのは呪術とはなんなのか、という事だが、一言でまとめると”呪いを祓う術”であり、神社の神主がなんかよくわからない事を呟きながら木の枝を振り回したりキャンプファイアーの周りを躍り狂いながら降雨プリーズとか叫んだり、大学入試の前にカツ丼を食べたり、そういうお祓いや、祈祷や、更には単なる願掛けも広義的には呪術である。世間一般的に想像される藁人形に五寸釘とか、写真を切り裂くとかいう”呪いをかける術”は邪術というものなのだ。まぁ呪術師だからといって呪術しか使えないとは言っていない、邪術も妖術も使えるし大天使召喚やらルーンやらの、いわゆる西洋の魔術もいける。西洋的な呪いをかけられたのに呪術師の所にお祓いしてくれと来てしまううっかりさんに対応するため黒い系の魔術については特に。となるといったい職業は何なのかとなるのだが、最初に始めたのは呪術なので呪術師でいいはずである、確かにタロットとかできるし、家の床に魔法陣描いてるけど。


 オーケー、わかった、言い直そう。


 日和田ひわだ すずは魔法少女である。


 そんな魔法少女が居を構えるのは瑞羽みずは大樹、巨大な樹木の上である。家屋が据え付けられた図太い枝は差し渡しが10kmほどあり、ひとつの都市のようなものとして機能している。なんで樹の上で生活してるかというと答えは簡単、樹の外はすべて海であり、陸地が無いからだ。

 そんな大人数が暮らす巨大な大樹にも関わらず、いわゆるお祓いができる者は限られており、年中行事やら各種祈願やらで、政府関係者からスズにお呼びがかかる事も多い。

 そういう事情もあり、一部の偉いさんに顔を覚えられているのだ。という訳で。


「おいスズ!丁度いい所に来た!ついて来い!大至急だ!」


「え、なに?仕事?」


 なんて感じに、道端で引き止められてそのまま業務、とかが日常茶飯事的に起こる。ただ、そんないきなりの仕事は大抵がつまらないものであり、その場でお駄賃貰っておしまいとするのが通常だ。


 が、今回はそういう訳にもいかなかった。


 腕引っ張られて行った先には兵隊さんと、地べたにへたり込んで嘆き悲しむ一般市民と、バリケードで閉鎖されつつある枝先への道があった、枝といっても全幅数百メートルという巨大なものだが。スズの腕を引っ張る男は部下らしき複数の兵隊さんへ市民の避難を急がせるよう指示を出したのち、自分が出した命令とは逆に枝先へ向かおうとしたものの、僅か数歩で立ち止まってしまった。気付けば黒い影が落ちていて、その影の先を見ようとした瞬間。


 ドォォォン!という轟音と共に作りかけのバリケードが木っ端微塵となり、続いて叫び声、銃の発砲音、そしてまたドォォォン!




 以上、体長5メートルの大鬼とリアル鬼ごっこするまでに辿った過程である。




「チクショウメェーーーっ!!!!」


 身長156センチ、黄色っぽい褐色の髪はボブカット、頭の上にはライトグリーンに黄色のアクセントが入ったキャスケット帽。トップスも同じく緑と黄色で配色されたパーカーだが、素材はジャージみたいな機能性最重視、フードの付いたジャージといってもいい。ボトムスはジーンズ生地のホットパンツで、上からウエスタンベルトを装着し、左から背後に向かってホルスター、小さいポーチふたつ、大きいポーチ。現在鬼のような形相で主枝から分枝へ向かって逃走中。


「まだ言ってなかったな!アレをどうにかして欲しい!」


「遅いわバカ!!こうなる前に言えやヴァーカ!!!!」


「仕方ないだろ俺だって焦ってたんだ!説得してお帰り頂くなり何なりしてくれ!」


「何でもかんでも話し合いで解決するなら警察はいらねーんだよぉ!!」


「自分の存在否定してんじゃねぇーー!!!!」


 ドスンドスンと地響きを起こしながら追いかけてくる怪物を確認する。筋肉隆々の巨体は黒い色をしているものの、雲のうねりのように時折後ろの背景が透けており、確実な実体が存在していないように見える。かろうじてパンツを履いているのはわかったが、首から上は今にも消え入りそうで、表情を読むことは不可能に近い。唯一、角のような突起だけが確認できる。


「オオオオオオォォォォオオーー!!!!」


 それとこの雄叫び。


「怖っえー!何やったらこうなんの!!」


「30分ほど前の事だ!ここの枝先が黒い霧みたいなのに覆われてるのが防衛隊本部から見えた!大慌てで見に行ったらいきなりあいつだ!死に物狂いで撤退してバリケード作ってたらお前が見えたもんでな!」


「つまり何もしてないし何も知らないし思いつきであたしを巻き込んだって事だな!」


 200メートルあった分枝を走り切り、他の枝に繋がる橋を視界に捉えた。ポーチ(大)の留め具を走りながら外し、中から符、長方形の白い和紙を1枚引き出した。ミミズがのたくったような文字が書かれたそれを左手で保持し、木造の橋の中央で叩きつけるように投げ落とした。符を残して橋を渡りきり、そこで止まって振り返る。


「発破!!」


 号令一声、橋桁は吹き飛ぶ。火を伴わない衝撃波を起こした符が骨組みを叩き割り、ふたつに分かれた橋は支えを失って遥か下方の海へ落ちていった。落着を確認する前に片膝をつきながらハンドガンを抜き取り初弾装填、大鬼へ照準する。橋が落ちたのを見たそれはこちらの追跡をやめた。その場で何度か地団駄を踏んで、その後未練がましく咆哮、やがて背を向けて来た道を戻っていく。


「……少なくとも空は飛べないらしい」


「オーケー。蜉蝣かげろうから全隊へ、隔離区域に繋がるすべての橋を落とせ。作業終了後主幹側に集結し防御を固めろ、以上」


 ボルトアクションライフルを構えながら男は無線で指示を飛ばす。着ているオリーブドラブの服は防衛隊の制服で、瑞羽大樹が描かれた盾状のエンブレムを胸に、星1つに横線2本の階級章を肩に。黒い短髪と無精髭はあんまり清潔そうに見えない、仕事ばっかしてるからだ。あの大鬼のナイスバディを見た後だとその体は若干頼りなく見えるが、部下達と一緒に上半身裸になって1時間懸垂し続けるという非常に暑苦しい場面を一度だけ見た事がある。その筋肉オヤジは無線交信を終えるとその場にしゃがみ込み、すぐ立ち上がって、スズへキャスケット帽を差し出した。


「ほれ」


「おっ……」


 頭の上に帽子はなかった。触って確認するも、手に当たったのは走り回ったおかげで汗ばんだ褐色の髪、髪を押さえる訳でもなく単にお洒落で付けている緑色の髪留め。


 それと、上方左右から立つ三角形をした狐の耳。


「何回見ても慣れねえな」


「別に珍しいもんじゃないでしょケモミミなんて」


「他の樹じゃそうらしいが、ここで40年生きててお前以外に見たのは何か妙な喫茶店で働いてる兎耳の子だけだ」


 帽子をかぶる、耳は隠れる。


 位置を整えながら大樹の外側、枝の先端へ目を向けた。

 だいたい30メートルほど、真っ黒い霧か雲のようなものが枝を覆っている、大鬼の前にまずあれが現れたと走ってる最中に聞いた気がする。

 ああアレはまずいな、と無意識に呟いた。


「主幹に戻るぞ、壁を作らないと」


「……オーケー、仕方ないから付き合いましょう」

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