シルバーヘルメット誕生!(その1)
1、嵐の山荘
「大学時代の友人、毒溜博士が、今夜この山荘にやってくる……」
七十三の博士号を持つ天才科学者、野戸傘博士は、雨水が滝のように流れ落ちる窓ガラスを見ながら、一人つぶやいた。
19××年、ある秋の夜の事だった。
ここは富士山のふもと、S県とY県の県境に広がる森の中。
細い一本道の先に建てられた瀟洒な山荘の一室である。
「今、私が没頭している研究は、偶然にも、毒溜くんが長年研究しながら一向に成果の上がらない研究と同じテーマ……
胸騒ぎがする……何か悪い予感が……」
ふと思い立った野戸傘博士は、書斎を出て、となりの部屋に入った。
見るからに子供用といった壁紙のその部屋の真ん中に、赤ん坊用の柵付きのベッドが一つ。
ベッドの中では、生後間もない男の赤ん坊がスヤスヤと眠っていた。
「妻のキヨコは、この一人息子マモルを産んで直に死んでしまった……
私にとって家族と言える人間は、もはや、このマモルだけだ」
言いながら、その体を包んでいる毛布ごと、赤ん坊を抱きあげる。
息子を胸に抱いて廊下に出た博士は、そのまま渡り廊下を通り、ガレージに入った。
ガレージの中には、自動車が二台。
一台は、国産の中型セダン。
そして、もう一台は……
不思議な形の自動車だった。
それほど大きくはない……いや、むしろ自動車としては小さい部類だろう。
葉巻型のボディーに、張り出した四つの車輪。
運転席を囲むガラス窓は……窓というより、大きな一個の透明なドームと言った方が良い。
全体の印象は、ジェット戦闘機の操縦席周辺だけを切り出して車輪を付けたような感じだった。
席は二つ。
その二つの並びも、自動車というよりは航空機に近く、前後に座るいわゆる「直列複座方式」だ。
「わんっ、わんっ」
突然、鳴き声と共に、物陰から一匹の大きな犬が現れた。
ジャーマン・シェパードに良く似た、ツヤツヤした毛並みの大型犬だった。
……しかし、この犬を覆う毛皮は、本物だろうか? もしや、人工の毛では……
「おお。よしよし、ブレット……」
野戸傘博士は、そのジャーマン・シェパードに良く似た大型犬の頭をなでながら言った。
「ブレット号や……お前に一つ頼みがある。
私の息子、野戸傘マモルを、東京のT孤児院まで送り届けておくれ。
……いやいや……
送り届けると言っても、お前に背負って行けと言うのではない。
この山荘からT孤児院までの道のりは、この万能自動車、ワンドラー号の電子頭脳に、あらかじめ覚え込ませてある。
お前は、このワンドラー号にマモルと一緒に乗り込んでくれれば良い。
そして、T孤児院の院長にマモルを渡した後、十三年間『秘密基地』で待つのだ。
マモルが十三才の誕生日を迎えた日、T孤児院に迎えに行ってくれ。
これがT孤児院の院長の写真だ」
そう言って、野戸傘博士は、白衣のポケットから一枚の写真を出すと忠犬ブレット号に見せた。
突然ブレット号の目が光りだし、サーチライトのように写真を照らした。そして目の奥で「カシャッ」という、まるでカメラのシャッターを切るような小さな音がして、光が消えた。
「よしよし、顔写真を覚えてくれたな?
このT孤児院の院長は、正義感の強い、正直な人物だ。
決して欲に目がくらんで私や息子を裏切るような人物ではない。
それに、こんな事もあろうかと、T孤児院には毎年、莫大な金額の寄付をしている。万が一、私が死んでも、遺産の中から自動的に毎年振り込まれるように手配もしておいた」
その時、触れてもいないのに、自動的にワンドラー号のドーム状のガラス……風防が開いた。
博士は、その前席の上に赤ん坊をそっと置いた。座席ベルトで毛布ごと赤ん坊を固定する。
後部座席にブレット号が飛び乗った。
再び、触れてもいないのに、風防が閉まる。
博士は、ワンドラー号の風防が完全に閉まったのを確認すると、ガレージの壁ぎわへ歩いて行き、梃子を押し下げた。
……ガガガガガ……
電気モーターのうなる音が響き、ガレージの扉がゆっくりと持ち上がっていく。
扉が完全に開くのを待たず、誰が運転するでもなく勝手に動き出したワンドラー号は、庭を横切り、開けっ放しの門を抜け、嵐の中へと消えて行った。
2、毒溜博士
「野戸傘の奴め……」
嵐の夜、野戸傘博士の山荘へ向かう森の中の一本道を、一台の黒塗りの高級セダンが走っていた。
ハンドルを握るのは、濡れた地面に反射するヘッドライトの光を受けて目をギラギラと輝かせた、太り気味の男。
その下品な顔に似合わず、着ているのは上等な三つ揃えのスーツだ。
「まさか、この私と同じ研究テーマを選んでいたとは。
あいつは、つい一年前まで、宇宙開拓用のロボットを研究していたはずだ!
……しかし、噂によると一年前から私と同じ研究テーマ『人間の知能を飛躍的に向上させる薬』の開発を始めたとか……
してみると、宇宙開拓用ロボットは完成したという事なのか……
まあ、ロボットの件はともかく、問題は私と同じ研究テーマである『知能向上薬』の開発に成功しているかどうかだ。
たった一年ぽっち研究した程度で、私が人生を賭けて挑み、未だに芳しい成果を上げられずにいる薬の開発に、よもや成功してはいないだろうな?
しかし、奴の研究者としての手並みは侮れん。
認めるのは悔しいが、奴は天才だ。百年……いや、千年に一人の天才だ。
万が一、薬の開発に成功していたとしたら……フフフ……その時は、これで……」
言いながら、スーツの懐から出したのは、一丁の小型拳銃。
「これで、あの世へ行ってもらう。
この分野で私を出し抜いた罰としてな。
そして、その研究成果は全て私が頂く。
フッフッフッフッフ……」
その時、前方から来た対向車のヘッドライトが毒溜博士の顔を照らした。
あわててピストルをポケットに隠す。
「……おかしい。
ここは森の中の一本道。行き止まりに野戸傘の家があるばかりだ。
まさか、奴め、どこかへ出かけようと言うんじゃあ?
いやいや、そんな事は、あるまい。
私は、ちゃんと前もって会う約束を取っておいたのだ。あの正直者で律義者の野戸傘が約束を破るなどということも無いだろう」
対向車とすれ違った。
その時、ちらりと横目で見た自動車は、なんとも奇妙な形をしていた。
中に乗っている者の姿までは見えなかった。
「何だ? あの自動車は?
運転手の姿は良く見えなかったが、後部座席に犬が乗っていたような……
……まあ、いいさ……
おおかた、どこかの別荘に泊まっている金持ちの坊ちゃんが、外国製のスポーツカーを乗り回しているうちに、道に迷ったんだろうさ」
勝手に決めつけ、毒溜博士は、すれ違った自動車の色も形も直に忘れてしまった。
やがて博士の乗った黒塗りのセダンは、一本道の突き当りに建つ野戸傘博士の山荘へ到着した。
3、二人の博士
ブーッ……
来客を告げるブザーの音が鳴った。
「いよいよ毒溜博士が来たか。何も無ければ良いが……」
言いながら、野戸傘博士は机の引き出しから銀色の小さな箱を取り出した。
箱には、アンテナと赤いボタンが一つ。それをポケットに入れ、玄関へ向かう。
扉を開けると、はたして外には毒溜博士が嵐の中に立っていた。
「フー、早く中に入れてくれ。びしょ濡れになっちまう」
なかば強引に扉を押して入ってくる毒溜博士。
「遠い所を良く来てくれたな。さあ、客間へ、どうぞ」
コートを脱ぎ、案内されるまま、客間へ入る。
「ずいぶん洒落た山荘じゃないか」
毒溜がお世辞を言った。
「ああ。家内の趣味さ。もう死んでしまったが……」
「それは……ご愁傷さま」
形だけの御悔みを言う。
しばらくの沈黙の後、山荘の主が客に言った。
「何か飲むかい?
ここまで雨の中、大変だっただろう。
気つけにブランデーでも、どうだい」
「頂こうか」
ブランデーを舐めながら、客の男が、いよいよ本題に入った。
「ところで野戸傘くん、我々は、何年ぶりの再会だったかな?」
「大学を卒業して以来だから、もう十三年近くにもなるか……」
「その十三年の間に、君は別々の分野で七十三もの画期的な論文を物にして、その全てで博士号を授かったそうじゃないか」
「偶然だ」
「まあまあ、謙遜するもんじゃない。
最近は、宇宙開拓用のロボットの開発に没頭していたと聞いたが……」
「ああ、それなら、もう止したよ。ちょうど一年前に」
「なんだ、研究を途中で投げ出したのか? もったいない。
ひとつ、その宇宙開拓用のロボット研究とやらを、私に解説してくれないかな?
門外漢にも分かりやすいように」
「良いとも。
……そもそも……
最初に思ったのは、このまま行くと増えすぎた人類の重みで、この地球は沈んでしまうという事なんだ」
「ほほう。地球が沈むとは、面白い」
「ものの例えさ。
どんなに人類が増えたとしても、地球の大きさは変わらない。表面積も変わらない。
すなわち、農地として利用できる土地の広さも変わらない」
「まあ、それは、そうだろう」
「いずれ、この地球上では、増えすぎた人類の胃袋を満たすだけの食糧を生産できなくなる」
「それで、他の惑星を開拓、というわけか」
「そうだ。
大型のロケットを作って、冷凍睡眠させた何万という人類を乗せて外宇宙に飛ばし、行った先の惑星を開拓して植民地にする以外、人類を救う方法は無いと思ったのさ。
私は考えた。
植民先の惑星で必要な道具は、何か?
まず第一に、高性能かつ強靭な宇宙服だ。
灼熱の高温、絶対零度の冷気、放射線、真空、高圧、衝撃……外界からの有りとあらゆる有害な作用を遮断し、高性能な探知装置をそなえ、高い崖や深い谷も一っ跳びで越えられるよう踵に小型ロケット・モーターを装着した宇宙服。
万が一、凶暴な異星生物に遭遇した時のために、ポジトロン銃も装備する。
まさに万能なる防護服だ。
……そして、第二には……
愛玩動物だ」
「ペットかね?」
「開拓初期の惑星は、人も少なく、開拓民たちは孤独感に苛まれるだろう。
孤独を癒してくれる存在が必要だ。
ペットと言っても本物の動物をロケットに乗せるわけじゃない。高性能な電子頭脳を搭載したロボットの犬を乗せるのだ。
もちろん単に遊びや孤独を癒すためだけに狭いロケットに乗せたんでは、もったいないから、ロボット犬も開拓先の惑星で人間を助けて活躍できるように、高性能探知機や強靭な人工脚を装備して、危険な音や光をいち早く察知し、どんな荒地でも疲れず走りぬき、高い崖も一っ跳びで飛び越えられるようにする。
万が一、凶暴な異星生物に遭遇した時のための武器として、スーパー・チタニウム合金製の牙と爪も。
……そして、第三には……
物質を原子の大きさにまで分解し、貯蔵する、原子分解タンクだ。
どんなに大きなロケットを作っても、そこに何万人も乗せるとなれば、機内の空間は幾らあっても足りない。少しでも節約するため荷物の一部は、この原子分解タンクの中に納めておく。
さらに、この原子分解タンクを小型化したうえで、さきのロボット犬の胃袋に相当する部分に格納すれば、ロボット犬一匹を連れて行くだけで、水や食料、宇宙テントなど、惑星探検に必要なすべてをここに収納することが出来る。
ロボット犬の口の奥に、物質分解吸収光線と物質再生光線の両方の発振器を付けて置けば、好きな時に好きな物を、ロボット犬の腹の中に納めたり、逆に腹の中から出したり出来るのだ。
……第四に……
電子頭脳を内蔵し自動操縦可能な、陸、海、空を自在に移動できる高性能ビークル。
君は、水陸両用車というものを知っているだろう?」
「ああ」
「あれの発展型だと思ってくれれば良い。
ただし、陸上と海上だけではない。
完全密閉型の運転室を持ち、動力は超電導タービン・ジェット。
潜水艇として海中に潜ることも、小型ジェットとして空を飛ぶことも可能だ。
万が一、凶暴な異星生物に遭遇した時のための武器として、先端にポジトロン砲二門と空中・水中両用の魚雷ロケット砲二門を装備している」
「万が一、凶暴な異星生物に遭遇した時のための武器……が、多いんだな」
「当たり前だ。
宇宙には、どんな危険な生物が生息しているか分からんからな。
備えあれば憂いなしだ。
そして最後が……
開拓地で効率よく入植者用の住居を建設する、土木・建設用巨大ロボットだ。
どんな厚い岩盤でも一撃で粉砕する特殊ゲルマニウム鋼の拳。
高重力下での落盤に備えて、全身を覆う装甲も特殊ゲルマニウム鋼製だ。
動力は永久プラズマ・エンジン。
開拓基地から建設現場まで速やかに移動できるよう、飛行能力を持たせる。
しかも、飛行形態に変形することにより、着陸することなく永久に空を飛ぶことが出来る。
そして、もちろん……
万が一、凶暴な異星生物に遭遇した時のための武器として、両腕に高質量マシンガン二門、高出力ポジトロン砲二門。
さらに、さらに、万が一、巨大移民ロケットが制御不能に陥って、開拓民の居住区に落下しそうになった時を想定して、地上から大気圏外の巨大ロケットを破壊する能力を有する超強力砲も装備する」
「それを、全部、開発していたのか」
「そうだ。
宇宙開拓時代には、全て必要だと思っていたからな。
それに、私の取得した数百もの特許が、毎年、莫大な特許料を生んでいたから、極秘裏に地下秘密工場を稼働させる事は、難しくなかったのだ」
「それなのに、一年前、突然、研究を止めてしまったのは、なぜだ?」
「一年前、突然、気づいたからだ。
私は人類の未来を一心に思って、宇宙開拓用の道具を開発してきた。
しかし、これらの技術は全て、容易に兵器に転用できるという事に気づいてしまったのだ」
「つまり、軍用に……戦争の道具になるということか」
「そうだ。
過酷な惑星で作業をするための宇宙服は、どんなに銃弾が当たってもビクともしない兵士のための服として最適ではないか。
装備したポジトロン銃は、どの国の銃より高性能で強力だ。
開拓民の心を慰めるペットとして開発したつもりのロボット犬は、軍用犬に使える。
鋭い牙と爪、そして何千里走ろうとも疲れを知らない強靭な脚。
腹に内蔵した原子分解タンクは、爆弾を抱えるのに最適だ。
陸、海、空を自在に飛ぶ自動車は、スパイ活動に持って来いだとは思わんかね?
そして……土木・建築用の巨大ロボット……どの国の戦闘機も戦車も、これには敵うまい。いや、この巨大ロボット一台あれば、国一つ丸ごと支配する事さえ可能だろう。
今から一年前、その事に気づいた私は、この長年の研究の成果を闇に葬り去る決心をしたのだ。
そして、真に人類の平和と繁栄のために役立つ研究をしようと心に誓った」
「なるほど、それで、目を付けたのが『人間の知能を飛躍的に向上させる薬』の開発というわけか?」
毒溜博士の目が、ギラギラとドス黒く光った。
「私が長年、苦労に苦労を重ねて、未だに、まともな結果を出せていない研究……
それと同じことに挑戦しようと思ったというのか、君は……」