■第9話 モチヅキ ダイスケ
『・・・なんか、あった?』
ダイスケが、机に突っ伏すナツの後頭部に話し掛けた1-Cの昼休み。
丸みのあるやわらかいショートカットのフォルム。
重力でサラサラの髪の毛先は前方に流れ、軽く顔にかかっている。
『別に。 ヘーキ・・・。』
突っ伏したままのナツの声は、冷えた机にぶつかりくぐもって響く。
その声に反して机脚から飛び出した、制服の襟と同じ水色ソックスの足が
不機嫌そうにバタバタと空をバタ足する。
すると、
『あのさー・・・ 何年の付き合いだと思ってんの?』
ダイスケの溜息まじりの呆れたよな声に、ナツが『ん?』 と、のっそり顔を
上げる。
『ナツの ”別に。ヘーキ ”が平気じゃない時のサインだってくらい
分かんない訳ないでしょー・・・ 僕を、みくびんなよー・・・。』
そうダイスケに言われ、ナツは気怠そうに体を起こすと、背中を丸めてイスの
背もたれに寄りかかり俯いた。 どこか不機嫌そうな、その顔。
『なに? どーした??』 少し首を傾げ、ナツの顔を覗き込む。
しかし、ナツは目を合わせようとはせず、口を開かなかった。
そんな様子に、ぷっと笑ったダイスケ。
『ナツがそんな風になるってことは・・・ まーた、アキ絡みかー・・・』
机に片肘を付いて、呆れ顔でナツをまっすぐ見る。
ダイスケのその目は、誰よりやさしくて誰より厳しい。
モゴモゴときまり悪そうに口ごもり、二の句を継げないナツにダイスケは毅然と
した口調で言った。
『ナツのやり方って、多分、誰もプラスにはならないと思うよ。』
ダイスケは、アキ・ナツ姉妹と幼稚園からの付き合いだった。
子供の頃のふたりは、親でさえ見分けが付きづらい程よく似ていた。
その頃は髪型も服装もすべて同じにしていた為、尚更で。
唯一、瞬時に見分けられるのは当時からダイスケ一人だけだった。
小学校に上がってすぐの頃、アキ・ナツ姉妹と一緒にダイスケもピアノ教室に通っていた。
ダイスケはふたりが通うからそれにくっ付いて通い始めた、という程度だった
のだが通ううちに、ナツがぐんぐん上達していくのが子供心に見て取れた。
頬を染めイキイキと楽しそうにピアノを弾く姿。
子供特有のふっくらした小さな手は、仔犬のようにコロコロと鍵盤の上を
はしゃぎじっとしている事に我慢出来ず駆け回るように、メロディーが溢れる。
その後ろで、懸命に努力してもナツほど上達しないアキの悲しそうな顔。
それを、ダイスケはひとり、眺めていた。
ある日、ナツが突然ピアノを辞めたいと言い出した。
理由を訊くと『つまらないから。』 とひとこと言い、それ以上は口を開かない。
姉妹の両親は、常日頃から一生懸命練習するアキの背中しか見ていない為、
ナツはピアノには向かなかったのだと解釈したようだった。
それを、ダイスケはひとり、眺めていた。
子供ながらになにか引っ掛かりを憶えたダイスケが、ナツに訊く。
『ピアノ楽しそうだったのに・・・。』
すると、ナツは足元に目を落として小さく言った。
『アキが楽しいのが、一番だから。』
そして続けた。
『あたしは、他の好きなものを見付けられるから・・・。』




