■第8話 想い人
翌日の放課後、ナツはアキのクラス1-Aの教室入口に顔を出していた。
開放された扉に寄り掛かり、中の様子を見渡す。
モップ掛けをする掃除当番の中に、黒板前に立つアキの姿を見つける。
黒板消しを掴み、少し背伸びをして高い位置の白文字を消そうとしている。
アキも今日は当番のようだ。
あまりに黒板に近付くものだから、紺色ワンピースの制服にチョーク粉が付いて
しまうのではないかと心配になるナツ。
ふんわり背中に垂れる長い髪と制服が眩いアキは、決して汚れてはいけない気が
する。
『アキーぃ!』
声を掛け軽く手を上げると、ナツに手を振り返して小さく笑うアキ。
『もうちょっとで終わるから、待っててーぇ。』
アキが教室の全開にした窓から上半身を少し乗り出した。
黒板消しを両手にはめてボフボフ打ち付けるその背中は、リズミカルでなんだか
愉しそうで。
春の緩やかな風が、白い細粉を真っ青な空にさらってゆく。
次の瞬間、風向きが急に変わり白いチョークの粉に襲われ、吸い込んでしまって
ケホケホとむせるアキ。
『あーぁ・・・』
その姿に、ナツは余所の教室なのにお構いなしに駆け込んだ。
涙ぐんで咳き込むアキの背中をトントンと叩き、ハンカチで目尻の涙を押さえて
あげる。
そんな様子をモップ片手に見ていたアキのクラスメイトが、ナツをまじまじと
凝視し『・・・似てる。』 一言呟いた。
『・・・双子だもんで。』
ニヤっとナツが笑った。つられてアキが涙ぐんだまま情けなく笑った。
アキに連れられ、例の先輩がいるという図書室へ向かう。
『木曜は、その先輩の当番の日なの・・・。』
図書室へと続く廊下は、放課後の喧騒も届かず静かで、窓から差し込む西日だけ
やさしく揺らいでいる。
同じ背丈、同じ顔、同じ声色、それ以外は真逆のふたりが仲良く並んで歩みを
進める。
古い校舎の床板は磨き上げられて上品に艶めきふたりの足音をやさしく奏でる。
図書室前は、更に輪をかけて静寂に包まれていた。
重い扉にはめ込まれた四角いガラス窓から、ふたり顔を並べて少しだけ中を
覗いてみる。
後方から今、この中腰で覗き見するふたりを見たらだいぶ滑稽に映るだろう。
窓枠に指先をかけて、顔半分だけで覗く室内。
すると、咄嗟にアキがしゃがみ込んで、口許に手をあてた。
『いた?』
ナツも同じように隣にしゃがんで訊くと、首を縦に数回振って頷くアキ。
『今、丁度。 すぐ目の前の貸出カウンターのトコにいる・・・
・・・背が高くて、日焼けした人・・・。』
ナツが再度、ゆっくり扉の窓を覗き込んだ。
鼻から上だけ出してこっそり覗いたナツの目に映ったもの、それは。
『・・・アサヒ先輩・・・?』
その声に、アキが慌てて『シーっ!!』 と口許に人差し指を立てた。
そして『あれ? フジエダ先輩のこと知ってるの・・・?』
ナツへ驚いた顔を向ける。
パチパチとせわしなく瞬きを繰り返した、ナツ。
扉前で、コンパクトに体を屈めしゃがみ込んだまま。
(アキの・・・ 好きな人、って・・・。)
思わず、足元に目線を落とした。
なんだか頭がぼうっとして、状況が中々整理出来なかった。




