表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/71

■最終話 雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。


 

 

その日は、天気雨が降った。

 

 

 

パラパラと落ちる小さな粒は、青空が覗く雲の隙間からどこか遠慮がちに

落ちてきているように見える。

透明のビニール傘を差して、家を出た日曜2時。

 

 

アスファルトに打ち付ける雨粒は然程強いものではないはずなのに、生意気にも

しっかりジーンズの裾は、その小さな跳ね返りで濡らされてしまった。


しかしその場所へ向かう足も、心も、まるでその雨粒のように1秒でも早く

そこへ向かいたいと小気味よく跳ね上がり踊る。

 

 

息せき切って目指すそこには、若緑が生い茂る石畳の小径脇に、溢れるほど

紫陽花の花が咲いている。

コバルトブルーや白色、赤紫のグラデーションが訪れる人の目を惹いて

止まないその場所。


この街の有名な紫陽花スポットで、休日ともなればいつも人でごった返している

が天気雨に降られた今、きっと色とりどりの傘の群れで溢れているのだろう。

 

 

雨の中、傘を差しカメラを構える物好きを横目に、石畳の小径を横切り大振りの

葉を広げるムクロジの木々をくぐり抜け、彼女が待つ秘密の場所へ向かった。

 

 

まるで迷路のようなその径の先。

彼女以外、誰も知ることのないその径の先。


すると、そこに。

 

 

 

ビニール傘を差し、しゃがみ込む姿を見止めた。

 

 

 

小柄なその姿は、肩にビニール傘の柄を乗せ、小さくコンパクトに体を縮こめて

目の前に溢れ広がる紫陽花たちを愛おしそうに眺めている。


頬はほんのり高揚させて、その口許はやわらかく微笑んで。

透明の傘に、雨の雫がスタッカートを付けて弾かれる音だけ小さく響く。

 

 

 

ふと、雫に目をとめた。

 

 

 

ビニール傘に小さく留まっている幾つもの透明の雫に、

紫陽花の色が映りこんでいる。

そして、小雨を落とす空に大きく掛かった七色の虹の色も、そこに。

 

 

彼女はそっと手を伸ばすと紫陽花に触れたのかと思いきやその日焼けした指先は

葉っぱの陰に隠れていたカタツムリの背中の殻を、チョン。小さくつついて

愉しそうに笑った。

 

 

そして振り返り、待ちわびていたその姿を見付けると、


『見てくださいよー! ほれほれ。』 と指を差す。


『かわいくないっスかー!この時期しか見れないの寂しいなぁ・・・』 

満面の笑みで。

 

 

 

 

 

  ”心を、奪われる ”


  こうゆう事をいうんだって、改めて痛感した。

 

 

 

 

胸の奥の一番やわらかい部分に触れられて、包まれて、

抱きすくめられるような気分だった。


じんわりとあたたかくて、切なくて、苦しい。

その眩い笑顔を、目を細めて見つめていた。

 

 

 

『ほら、動物園行くぞっ』 そう言って手を伸ばすと、彼女は嬉しそうに

日焼けした小さな手でそれをしっかり掴み、歩き出した。

 

 

ふたりの右手首には、お揃いのミサンガが結わえられている。


”青 ” ”赤 ” そして ”ピンク ”の3色の編み紐で作られた、それ。

ふたりがいつまでも一緒にいられるよう、願いが込められていた。

 

 

 

 

 

いつの間にか天気雨は上がっていた。

紫陽花の花びらから、ひとつ。 

小さな雫がこぼれてコバルトブルーが一枚やさしく揺れた。

 

 

 

 

 

        雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。

 

 

 

                           【おわり】

 

 

 

 


本編終了です。お目汚し失礼致しました。 引き続き、読み切りで【番外編1,2,3】【スピンオフ1,2,3】があります。 宜しければ、どうぞお付き合い宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ