■第68話 予選
7月、 全国高等学校総合体育大会陸上競技大会の予選が開催された。
今年、
双葉高校陸上部は各都道府県予選を勝ち上がり、次は地方大会予選だった。
予選に出場するのは、ナツ他部員3名。
そして部長のアサヒとマネージャーのダイスケが予選会場への遠征をする
メンバーだった。
毎年、地方大会予選も通れるかどうかギリギリだった陸上部が、
今回は危なげない走りで見事に通過したのは、各部員の頑張りは勿論のこと、
部長のアサヒが自分のケガをおしてまで、入院している時から部員一人一人の
練習プランを練った事と、マネージャーのダイスケが綿密な記録を録り部長を
サポートしたことが大きかったのであろう。
アサヒ、ナツ、ダイスケそして部員3名と顧問が、予選が行われる競技場近くの
民宿で最後の打合せをしていた。
予選は明日。 どこかみな緊張の面持ちで、肩に力が入ってしまっている。
なんとかそれを少しでも和らげようと、アサヒが話を盛り上げるが、
皆その気遣いに感謝しつつも強張ってゆく頬をどうすることも出来ず、
早目にその夜は解散となった。
ひとり民宿をそっと抜け出し、ナツが夜道の散歩に出た。
すると、その後を追ってアサヒが小走りでやって来た。
『ちょっと走れるようになったんですね?』 ナツが嬉しそうに言う。
『まだ、ちょっとだけどな。』 アサヒが膝をぐんと伸ばして見せた。
夏の夜の草むらに、クビキリギスが大きな音を出して鳴いている。
サンダルを擦って並んで歩くふたりの足音が、それに混じる。
夜でもまだだいぶぬるい風が、ナツの前髪を通りすぎ揺らした。
アサヒが、そっとナツを覗き込んだ。
まるでからかうような、そのイタズラな視線。
『オノデラも、キンチョーしてんの~?』
『・・・そりゃ、しますよー!』 ナツが、どこか威張った感じで返す。
アサヒはクククと笑うと、『たこ焼きおごってやるから、まぁ、ガンバれ~!』
とかなり軽い感じでエールを贈る。
これ以上プレッシャーを与えないようにとの気遣いだという事は、
ナツにはちゃんと分かっていた。
『デスね~! たこ焼きの為だけにガンバんなきゃ!』
ナツも笑って軽く返した。
そしてふたり、ケラケラ笑った。
どこのたこ焼きが美味しいかという話で盛り上がり、明日の予選本番のことなど
全く話題にはしないふたりだった。
ぼんやりと常夜灯が灯りをともす道を、ふたりでのんびりと歩くその時間。
道路脇の防護柵がしっとりと影を落とし、街路樹の葉が風に小さくそよぐ。
アサヒが、そっとナツの手を掴んだ。
その大きな手でぎゅっとにぎると、ナツもその小さな日焼けした小さな手で
にぎり返す。
『大会終わったらさー・・・ どっか行っか? たこ焼きとは別に。
・・・休みの日、とかに・・・。』
ナツがパっと表情を明るくする。
そして、まくし立てるように早口で言う。
『え?行く行くー!! どこ?どこにします?
行きたいトコとかあるんですか?!』
その反応が可笑しくてアサヒは笑った。
まるで、休日にどこか連れて行ってもらいたがる小学生と父親のようで。
『どこ行きたいのー?』 やさしく語り掛けると、ナツは眉根をひそめて
真剣に考えている。
やや暫く考えこんで、しかしまだ答えが出せずにいる横顔にアサヒが尚も笑う。
『まぁ、別に・・・ これからいくらでも一緒に出掛けられっから
そんな真剣に悩まなくてもいーんだぞ?』
その言葉にナツがちょっと嬉しそうに口許を緩めた。
照れくさそうに前髪を指先で弄び、下を向いている。
すると、
『あ!! 動物園がいい!!』
ひときわ大きな声で叫ぶと、自分の案に自分で納得するかのように、
ひとり『うんうん』 と頷いて嬉しそうに頬を染めている。
(動物園て・・・ オノデラらしいな・・・。)
その愉しそうに笑う顔を、アサヒは目を細めて見つめていた。
『おぅ! じゃ、最初のデートは動物園だな。』
”デート ”というキーワードに、またもやナツが照れくさそうに俯いた。
ナツが愛しくて仕方なくて、アサヒはつないだ手を思いっきりブラブラ
揺らして笑った。
ふたりの笑い声が満天の星空に吸い込まれて消えた。




