■第64話 真実
翌朝、アキの様子にすぐ気付いたダイスケ。
『・・・どうしたの?』 目元を真っ赤に腫らし俯くアキを、ダイスケが
覗き込んだ。
口を真一文字につぐみ何も喋らないアキ。
こんなアキは、長い付き合いだが見たことがなかった。
(ナツは大丈夫なのかな・・・。)
瞬時にナツの事が頭に浮かんだが、アキには訊くことは出来ない。
家はもう出たようだから、学校に着いたら真っ先に様子を伺おうと思っていた。
2年に進級してクラスが別れたダイスケとナツ。
ダイスケは学校に着くとまっすぐナツの2-Aの教室へ向かい、
そこにいるはずのナツの姿を探した。
しかし、ナツの机はもぬけの殻で、机横のフックにもカバンは掛かっていない。
慌てて廊下を駆けるダイスケ。
校内の思い付く所を探し廻った。
陸上部の部室に駆け込もうと扉に手を掛けると、鍵が開いている事に
気が付いた。誰か中にいるようだ。
『ナツ!!』 勢いよく扉を開けてその名を叫ぶと、そこにはアサヒの姿。
突然のダイスケの叫び声に驚いている。
『ナツ・・・見ませんでしたか?』 ダイスケのその声色と必死の形相に、
アサヒが只事ではないことを察し、事情を訊いた。
『なんか・・・ アキとケンカしたみたで・・・
今朝、先に家は出たみたいなんですけど、学校にいなくて・・・
多分、ナツ・・・ 泣いてるんだと思うんです、またひとりで・・・。』
その時、アサヒに ”あの場所 ”が思い浮かんだ。
松葉杖で立ち上がり、まだ覚束ない足取りで廊下を必死に駆けるアサヒ。
その足は靴箱へ向かい、そして昇降口の段差を駆け下りて、
まっすぐその場所へ向かう。
汗だくになりながら、初夏の照り付ける日差しの下、アサヒは出来る限りの
スピードで駆けた。
松葉杖を突いて走ることの不甲斐なさに、それを放って駆け出したい気持ちを
ぐっと堪え杖を懸命に先へ先へと送る。
やって来たのは、あじさい寺。
丁度、見頃の季節となったそこには、若緑が生い茂る石畳の小径脇に溢れるほど
紫陽花の花が咲いている。
石畳の小径を横切り大振りの葉を広げるムクロジの木々をくぐり抜け、
その場所へ向かった。
まるで迷路のようなその径の先。
アサヒのお気に入りの場所。
そして、ナツがひとりぼっちで泣く秘密の場所。
紫陽花が咲き誇るその場所で、ナツはひとり、小さな体を更に小さく小さく
縮めて流れる涙を隠しもせずに、泣いていた。
すすり泣く声が小さく哀しく響く。
なにかが擦ってこちらに向かって来る音を感じ、大粒の涙をこぼすナツが
そちらを見た。
すると、ムクロジの大葉をかき分けて現れたのはアサヒだった。
びっくりして声も出ないナツ。
この場所を知っていることも、アサヒがここに来たことも、なにもかも、
驚き過ぎて声も出ない。
『ごめん・・・。』
アサヒがそう呟いた。
ナツが立ち上がり『ぇ・・・?』 アサヒの顔を見た途端に涙が止まる。
条件反射のように人前では涙が流れないようになってしまっている。
すると、『ごめんな・・・。』
そう言って、アサヒが駆け寄りナツを抱きしめた。
何度も何度も『ごめん』と繰り返している。
アサヒに急に抱きしめられ、ナツは一瞬強張って固まり、そして慌ててその腕
から離れようと必死にもがいた。
しかし、アサヒは更に強く抱きしめ、ナツを離そうとはしない。
ナツの、アサヒから離れようとする力がどんどん弱まっていく。
その代わり、その小さな体は震えはじめた。
『どうしよう・・・
先輩・・・ どうしよう・・・
アキを、気付かないうちにいっぱい・・・
いっぱい、傷つけてたんです、あたし・・・
今まで・・・ ずっと今まで、あたしが。
アキをいっぱい傷つけてた・・・
それに・・・
アキが、先輩のこと好きなのに・・・
それ、あたし・・・分かってたのに・・・
どうしても、どうしても・・・
あたし・・・ 諦められない・・・
・・・先輩が、好きなんです・・・。』
次から次へとナツの大きな瞳から涙がこぼれた。
包み込むように抱きすくめるアサヒの体もまた小さく震えていた。
そして、
やっと絞り出すように呟いたアサヒの言葉もまた涙声のようにかすれた。
『俺も・・・ お前が、好きだ。』
ダラリと力無く垂れ下がっていた腕を、アサヒの背中にまわし抱き付いたナツ。
アサヒもまた、キツく抱きしめ返す。
ナツが声をあげて泣いた。
それはまるで何年も我慢してきたのが決壊したかのような、幼
子のような泣き声だった。




